第3話「卵と猫による夜間飛行とそれに伴う欲望の忘却。」
明日は何しよう…せっかくの休みだから買い物にでも行こうかな…
最期の瞬間、女の頭に過ったのは今ではなく訪れることのない未来だった。
享年二十四歳。
世間一般で言う若者の死。
女の死体が発見された時、死体は女が飼っていた四匹の猫により喰い荒らされていた。
検死の結果、女の死体は死後推定二週間以上が経過していた。
女の死因は極度の疲労による『衰弱死』と断定された。だが、女は一般的な生活をしていて、『衰弱死』とは無縁の暮らしをしていた。
しかし、女は『衰弱死』した。
それは、女の死体が発見されてから遡ること十六日間と十七時間前───
女は真夜中に目が覚めた。
「なにこれ…空気が重い……」
女は目を覚ました瞬間に思わず口に出していた。
空気が重い…
それは物理的な事象ではなく、女の感覚によるものであった。だが、女は特に直感に優れた人間ではなく、極めて普通の人間だった。
しかし、女はそう感じた。
重い…
重い…
重い…
重い…
その重さは女に不安と恐怖を与えた。
重い…
重い…
重い…
重い…
その感覚は女から思考の自由を奪った。
重い…
重い…
重い…
重い…
重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…重い…
女は『重い…』という感覚だけに支配されていた。
「ダレカタスケテ…」
女はその重さに耐えられず、無意識のうちに言葉を発していた。
ダレカタスケテ…
それが、女の最期の言葉だった。
女の最期の言葉は、家族や友人に向けられたものではなく、見知らぬ誰か、あるいは見知った誰かに向けた無意識にして無差別な言葉だった。
しかし、女の言葉は誰かに届くことはなかった。
女は誰かに助けを求めたが、女を救う誰かは女の前に現れなかった。
女は二度と目を覚ますことはなかった。
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