第四十三話:母を訪ねて⑮/愛しき同居人に、決意を込めて



「どうして……あたしはヤーノの世界にいるの……!?」

「────が、スライムさんがお姉ちゃんの眼を刺した時に、わたしが呼んだの……繋がったから」


 いま居る場所を理解して狼狽うろたえるスティアに、ヤーノは震える声を振り絞りながら、つぶやくように答える──自分が呼んだと。


「呼んだ……? どうして……!?」

「お姉ちゃんに……お願いがあるから……。お願い──あの子を……止めて……!!」


 自分の身体を使って、愛をむさぼるスライムの少女を止めてと伝える為に。スティアにすがり付くように、少女は懇願こんがんする。


「わたしのせいなの……あの子がこんな事をしているのは……! わたしが……お母さんにもう一度だけ会いたいなんて言ったから……!!」

「──────ッ!!」


 自分のささやかな“願い”のせいで、スライムの少女は暴走してしまったと懺悔ざんげする為に。涙ながらに少女は叫ぶ──まるで自分自身をめ立てるように。


「わたしの記憶から──お母さんとの思い出を読み取って……あの子は“愛”におぼれてしまったの……!」

「愛に……溺れて……?」

「お母さんとの暖かな思い出……。あの子は……欲しがったの……お母さんがわたしにくれた“愛情”を……!」

「…………だから、カヴェレから母親たちを……!?」


 明かされる『答え』──ヤーノの正体、ヤーノの目的、ヤーノの願い。ささやかな少女の願い、愛を知って愛を欲した少女の渇愛かつあい


「お願い……お姉ちゃん……! 止めて……あの子を……!!」


 自分の過ちを正してと、の暴走を止めてと。


「それが……あなたの“願い”……!」

「お願い……もう、わたしの声は届かない……!」


 自分が悪かったと少女は嘆く、もう自分では止められないと少女はむせぶ──だから、託すしかなかった、目の前のスティア──傷付きながらも戦った勇ましいギルドの“冒険者”に。


「でも……あたしは……あいつに……!!」

「ううん……大丈夫……お姉ちゃんはまだ死んでいないわ……」

「何で分かるの、何が分かるの……!? だって……あたし……お腹に短剣ダガーが刺さって、右眼からスライムを流し込まれて──スライムにされちゃうんだよッ!?」


 根拠のない戯言ざれごと──“魔物ヤーノ”の心の奥底で傍観ぼうかんしていただけの少女に何が分かるのかと、スティアは思わず声を荒らげてしまう。


「あたし……元の世界に戻ったら……スライムになっちゃう……! ううん……もうスライムになっちゃってるかも知れない……!! 怖い……怖いの……ッ!!」


 昨日の選抜試験から、散々に斬り殺してきた魔物モンスターに自分が成り果ててしまうと言う“恐怖”に、スティアは頭を両手で抱えながら水面みなもに崩れ落ちてしまう。


「嫌だ……あんなみじめな化け物に……なりたくないよ……!」


 ヤーノと話したせいで、今の今まで“夢見心地ゆめみごこち”だったスティアの心は“現実”へと一気に引き戻されてしまい──“魔物スライム”にされてしまうかも知れないと言う恐怖に、スティアはパニックにおちいりながら髪の毛をぐしゃぐしゃとき乱す。


 単に死ぬだけなら、単に殺されるだけならまだ良い。最悪、強姦レイプされてスライムの苗床なえどこにされるなら諦めがつく。けど──スライムにされるなんて、考えたくもない。


「嫌だ……スライムにされたら……あたし……フィーネにも捨てられちゃう……!! あぁ……こわい、怖い、恐い……戻りたくないよ……!!」


 膝を着き、うずくまり、頭をぐしゃぐしゃにき乱し、スティアは自分が得体の知れない魔物モンスターにされてしまう恐怖に、“孤独”と言う不安の中で怯える。


「大丈夫だよ、お姉ちゃん……。わたしが……お姉ちゃんをスライムにはさせないわ……!」


 そんな怯えるスティアに声をかけたのはヤーノ。優しく、柔らかく、見えない何かに恐怖する妹をあやす様に──スティアを抱きしめて、頭をそっと撫でながらヤーノは『安心して、大丈夫だよ』とささやく。


「これね……お母さんがわたしによくしてくれたの……。安心して……わたしがお姉ちゃんを守ってあげるから……!」

「…………どうやって……?」


 ヤーノのまだ小さく幼い胸に身体を預け、スティアは恐る恐る問い掛ける。根拠を知りたかった──精神世界に、この空と水の境界に囚われた少女が、何をするつもりなのかを。


「うん……お姉ちゃんたちのお陰で──いまとの結合けつごうゆるんでいるわ……。だから、今なら……わたしの身体に干渉かんしょう出来るわ……!」

「──────ッ!! ほんとう……ッ!?」


 それは精神世界に囚われた少女の精一杯のあらがい、身体を“共有”した──いとしき同居人との決別けつべつを意味していた。


「だからね……? わたしもお手伝いするから……お願いします──あの子を、を……どうか止めて下さい……!!」


 震えている──声も身体も。震えるスティアを抱きしめて、頭を撫でて、懸命けんめいにあやしているヤーノの声も身体も──震えるスティア以上に、不安と恐怖で押し潰されそうな程に震えていた。


「お願い……これ以上……わたし、無関係なお母さんを傷付けたくないの……!」

「ヤーノ……あなた……!」


 ヤーノの不安と恐怖を感じ取り、スティアは彼女の秘めたる本心を知った。止めたいのだ──もう一人の『自分』を、母親たちを攫い、彼女たちを操り“愛”をむさぼろうとするスライムの少女を。


「いっぱい傷付けてごめんなさい……! いっぱい迷惑をかけてごめんなさい……!! あなたを……まどわしてしまって──ごめんなさい……!!!」


 謝罪を言葉に出してこらえきれなくなったのか、ヤーノは大粒の涙を流し始める。幼い少女に耐え切れない程の“罪”に、彼女は今にも潰れそうになっていた。


「──────分かった」


 だから、スティアは弱々しく、それでも確かに──彼女の願いを応えようとうなずく。


「あたしが……絶対に、止めてみせるから……!!」


 止めてみせると──幼い無垢な少女の身体を使い、悪行を重ねる“魔物スライム”の暴走を。


「ありがとう……お姉ちゃん……。さぁ……お迎えがきたわ……!」


 そのスティアの言葉に、震える少女は小さく笑う。小さな少女のささやかな勇気、孤独に怯える少女の精一杯の勇気。交わした“約束”は──絶望に落ちかけた少女たちの心に再び“勇気”をともす。


『おい……何時いつまでほうけている莫迦ばかものッ!! そろそろ死ぬぞッ!?』


 空と水の境界に響く声──ヤーノの声でも、スティアの声でもない誰かの声が響き渡る。


「この声──あの時に聴いた声……!!」


 スティアがそのに気付いた時──美しい青空は禍々しく“朱”に染まり、大きな裂け目が現れる。


『やっべ……!? すっげー悪役みたいな演出じゃん!?』


「………………お姉ちゃん、あなたの知り合いかしら……?」

「………………うん……………まぁ、あの緊張感の無さは──間違いなくね…………!」


『よく聴けスティ──ギルドの冒険者よ……!! 急いで眼を覚ませ!!』


 裂け目から聴こえる声、スティアを呼び戻そうとする声。その声と共に──スティアの身体はひとりでに動き出す。別れの時、現実に戻る時、そして──戦いに決着をつける時。


 ふわりとスティアの身体が宙に浮き始める。いよいよ帰還の時が来たのだろう。


「いってらっしゃい……お姉ちゃん……! わたしも此処ここで頑張るわ……!!」


 ヤーノが送るは餞別せんべつの言葉──現実に戻り、戦いに再び臨む冒険者へと送る声援エール


「絶対に助けるから……待ってて!! 絶対に──迎えに来るから……!!」


 スティアが送るは約束の言葉──空と水の境界で、おのれの過ちと向き合い、孤独に戦う幼い少女へと送る約束。


 互いの想いを、言葉を交わした瞬間──スティアの身体は急降下して鏡のように輝く湖の中へと沈んでいく。


「────って、こっちかーーーーいッ!!?」


『あぁ、ごめん……空の切れ目は此処ここの“観測”に必要なだけであって──お前の迎えは下からなんだわ……』


 あやまる声を耳にしながら、スティアは徐々に遠ざかっていく水面みなもに──独り残るヤーノに視線を送る。迎えに行くと、強く誓う為に。


「お願い……お姉ちゃん……。あの子を止めて……わたしを──殺してでも……!!」


 現実へと回帰かいきする為に湖に沈んでいくスティアにかすかに聴こえたヤーノの声。それは、悲壮感ひそうかんに満ちた──かなしい決意の声。


(だめ……あなたが死んだら意味がない……! 生きて、生きて、諦めないで……!!)


 その決意を否定する様に──スティアは遠ざかっていくヤーノに懸命けんめいに手を伸ばす。しかし、手は届かず、ヤーノは遠く──スティアの意識は薄れていき、徐々に腹部と右眼に痛みが戻って来る。


(あたしが絶対に死なせないから……!!)


 薄れゆく意識の中で、スティアは再び決意を固める。この事件に、哀しき“怪物モンスター”が引き起こした『母攫い』に決着を。


『さぁ……目覚めの時だ……! 存分に足掻あがき、あらがい──存分に生命いのちの“賛美歌さんびか”を奏でろよ……!!』


 いつか聴いた声に導かれ、スティアの意識は深く沈んでいく──行き着く先は『現実』、暗い森にて繰り広げられる冒険者の少女たちと、スライムの少女との戦いの舞台。


 始まりの少女との“約束”を胸に──スティアは再び渇愛かつあいの少女と対峙する。

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RE:Play Baby ― その赤ちゃん、史上最強の魔王の生まれ変わり。 〜ちゅいまちぇん、世界の片隅で平穏に暮らちたいので冒険に連れ回ちゅのやめてもらっていいでちゅか?〜 @apache2056

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