第三十九話:母を訪ねて⑪/“魔王の末裔”スティア=エンブレム&“愛花の少女”フィナンシェ=フォルテッシモ - Blood of Chaos & Rein Carnation -



「死になさい、死になさい、ぐちゃぐちゃになって──死になさいッ!!」


 荒れ狂うヤーノの怒りの咆哮ほうこうが響き渡り、彼女の声に呼応するように周囲から伸びていた無数の触手が一斉にスティアとフィナンシェに襲い掛かり始める。


「スティアちゃん! 来るよ!!」

「取り敢えず──この触手をかわしながら泉の外周を回るよ!!」


 幸いにも──怒り心頭のヤーノがけしかけてくる触手は、猛烈な勢いではあるが軌道はあまりにも単調たんちょう


「“我を護れ 堅牢なる盾よ”──『白き盾シールド・ホワイト』!!」


 迫る触手を紙一重かみひとえで回避し、時折来る直撃弾ちょくげきだんをフィナンシェの盾の魔法で防いで、ふたりはヤーノが立つ泉の外周を走り抜けながら“勝機”を手繰り寄せようとしていた。


「──スティアちゃん、何か策はあるの? はぁはぁ……何時いつまでも走ってられないよ……!!」

「分かってるって──危なッ!?」


 作戦会議中も猛攻は止まらない。雨あられのように降り注ぐ触手の攻撃をギリギリでかわしながらふたりはひたすらに駆け抜ける。


 単調故に避けれる攻撃と言えど、一度でも捕まってしまえば──その瞬間に無数の触手に滅多打めったうちにされて、たちまちに肉塊にくかいにされて殺されるだろう。


「あいつは今、頭に血が……スライムだから血は通ってなさそう……」

「そんな事いま真面目に考えなくていいから〜!!」

「ともかく、あいつ……おつむは見た目通り子どもっぽいから──このままおちょくり続けて、さっきみたいに“隙”を誘発させるよ!!」


 作戦は、先程吊るされていた時に仕掛けた挑発からの隙の誘発。逆に言えば、そうやってヤーノを動かさなければふたりには攻撃する手立てが無いからである。


「そもそも──この妙にデカい泉の中心に立ってるせいで、あいつの所まで行くには泳ぐか水面すいめんを何かしらの方法で歩けるようにしなきゃいけない……!」

「でも泳ぐなんてしてたら……」

「周りでうじゃうじゃしてる触手の餌食えじきか、水面みなもから新しい触手が出てきてやっぱり八つ裂きね……!」


 スティアにもフィナンシェにも、水面みなもの上を歩く都合の良い“加護”も“祝福ギフト”も無ければ、直径20メートルの泉を丸々氷漬けに出来る上級レベルの氷魔法を扱える訳でもない。


 ともすれば、ふたりの“勝ち筋”は──ヤーノの自滅、彼女自身に墓穴ぼけつを掘らせて隙を晒させるしか無かった。


「何とか直接攻撃出来る距離まであいつを近付けさせて、“コア”を壊さないと……!!」

「その為には……!!」

「ひたすら挑発よ! あいつのはらわたが煮えくり返さして、返り討ちにしてやるわ!」


(行き当たりばったりじゃないでちゅか!?)


 そんなふたりの無鉄砲むてっぽうな作戦に呆れるカティスだったが、そうこうしている間にもヤーノの攻撃は激しさを増していく。


「このぉ──ちょこまかと!! 死になさい、死になさい、死になさいってばッ!!」

「ほら、どうしたの雑魚ザコスライムちゃん! あたしは全然ピンピンしてるわよーーッ!!」


 攫った母親たちを丁重に扱っている以上、ヤーノが彼女たちに手荒な事をするとは考えにくい。しかし、相手はどこまで行っても“魔物モンスター”──いざと言う時を憂慮ゆうりょするならば、あまり時間をかける事も出来ない。


 そう思ったスティアは触手の猛攻を避けながらも、ヤーノへの挑発を行っていく。なんとしても彼女に“隙”を晒させる為に。


「この……つるペタ貧乳色気なしの分際で〜〜ッ!!」

「なっ──!! あいつ〜〜、妙に語感ごかんの良い悪口言いやがって〜〜ッ!!」

「ちょっと、止まらないで!! スティアちゃんが挑発に乗せられてどうするのーーッ!!?」


(う〜ん……おつむの出来はどっこいどっこいでちゅね……)


 我が末裔ながら嘆かわしいとカティスは頭を抱えるが、その実──スティアの挑発は少なからず効果はあった。


「ああ──もうッ、泉の周りをくるくると……!! 折角、お母さん達と家族水入らずの時間を過ごせると思ったのに……!! わたしの……の邪魔をしないでよッ!!!」


 触手をかわし続けるスティアとフィナンシェに、明らかな怒りと、焦燥しょうそうを見せながら──震えるようにヤーノは叫んでいる。自ら、完全有利である筈の形勢をくつがえしているとも気付かずに。


「わたし……たち……?」

「ねぇ……スティアちゃん? あの子……さっきも“わたしたち”って言ってなかったっけ?」


のお母さんを、奪わせはしないわ……!!』

『あなたたち全員──八つ裂きにして、ドロドロに溶かして、のご飯にしてあげる!!』


「言ってた……アレ、何匹かのスライムが合体してるの……!?」

「違うわ……! あの子は……最初に言ってた“喰べた人間ヒト”──あの“外見がわ”の女の子と融合しているんだよ……多分……」


『はじめまして、可愛らしい子ねずみさん? わたしはヤーノ……人間ヒトべて──“人間ヒト”になれたスライム……』


「…………?? …………????」

「スティアちゃんが理解できてないのは、その表情かおさっせたわ……!! つまり……あのヤーノってスライムは、人間の女の子に寄生しているスライムなのよ!」

「あ〜、なるほど~……? 分かった分かった〜、うんうん……??」

「……………………ほんと? 分かったの??」


 スティアの曖昧あいまい生返事なまへんじをジトーっとした眼で見つめながら、フィナンシェは頭の中でヤーノについて思案する。


(寄生にしても、融合にしても、捕食吸収にしても──今、ヤーノって言う生命体の“魔物スライム”と“人間ヒト”のまじわりにほころびが出てるのは間違いないわ……!)


 問題は──如何いかにして、『ヤーノ』を“スライム”と“人間”に分離させるか。その“道筋”こそ、スティアとフィナンシェが形勢を逆転する為の“鍵”であった。


(伯父様──わたしに知恵をお貸し下さい……!!)


『良いかい……フィナンシェちゃん? 肉体と精神は必ずしも同調シンクロしているとは限らない。不安、恐怖、焦燥、憎悪、憤怒ふんぬ、絶望──マイナスの感情が精神に渦巻うずまけば、肉体と精神の同調シンクロはたちまちに乖離かいりして、どちらかが暴走し始めるんだ』


 緊迫きんぱくした状況の中でフィナンシェは、冒険者だった伯父の教えの記憶を必死に辿る。その記憶にある、わずかな希望を手繰り寄せる為に。


『良くあるだろう……気が付いたら、大暴れして部屋中めちゃくちゃになっていたとか、過呼吸かこきゅうになって身体が思うように動かせないとかさ? えっ、ない? うん、まあ……おじさんみたいに四十路アラフォーになったら経験すると思うよ』


『だから……どんな時でも冷静に。決して……自分を見失ってはいけないよ……。もっとも──今のはおじさんも知り合いからの受け売りだけどね……!』


(肉体と精神の乖離かいり──自分のことを“わたしたち”と呼称している以上、自己認識には既に乖離かいりが生じている)


 数ある思い出の中の1ページ──そこにあった伯父の言葉から、フィナンシェは勝利の“糸”を手繰っていく。


「スティアちゃん……!!」

「…………?? …………????」

「頭から湯気ゆげ出てる!? しっかりしてったら!」

「……………………大丈夫、大丈夫! あー……で、結局どうすれば良いの?」

「今のあの子は精神が不安定な状態になっているわ! このまま揺さぶりを掛け続ければ、“魔物モンスター”の精神と女の子の“肉体”の乖離かいりがもっと進む筈……!」

「それで……??」

「あの身体は──ヤーノと言う“スライム”の本来の肉体じゃないわ……! なら、このまま“肉体”と“精神”の結び付きがほどければ、あの身体の奥深くに眠る女の子の意識を呼び起こせるかも知れない……!!」


 それは、一か八かの大勝負。ヤーノと言う“魔物モンスター”に喰われて沈んだ少女の“意識”を引き上げると言う──ある種の『奇跡』にすが大博打おおばくち


「もし──女の子の“精神”が、完全に喰われてたり、消滅したりしてて…………“表”に出て来なかったら?」

「あの子を──“魔物モンスター”ごと殺すしかないわ……! それか、わたし達が死ぬか……!」

「最高……! 寒気がして今にも吐きそう……!!」


(えらい最悪ちゃいあくそうな具合でちゅね……!?)


 狙うは一瞬の“隙”──ヤーノの“スライム”と“人間”の結合が分離したその刹那せつな


(でも、何にせよ急がないと……アイツがアヤさん達に危害を加える前に……!!)

此処ここで逃げられたら──もっと多くの人が犠牲になっちゃう……! それだけは、絶対に阻止そししなくちゃ……!!)


 戦う少女たちを取り巻くは“焦燥感”──、


(早くあいつらを殺してお母さん達と逃げないと……! あいつらも、草原で足止めしたふたりも“ギルドの冒険者”なら──じきに増援がやって来てしまう……!)


 ──迫る“制限時間タイムリミット”が、少女たちの思考から冷静さを削ぎ落としていく。


 そして、少女たちを渦巻くもう一つの感情──、


(守らなきゃ、守らなきゃ、守らなきゃ……ッ!! お母さんたちを……ヤーノを──わたしが守らなきゃ!!)


 ──それははかなきもとうとき“使命感”。互いの信念、互いの矜持きょうじ、互いの生命いのちを賭けた戦いの中で──少女たちの魂は激しくたかぶる。


「わたしたちの……邪魔を──しないでぇええええええええ!!!」


 戦いの舞台──静寂の森に響き渡るヤーノの叫び。その怒りの込められた叫びと共に、激しく波打つ水面みなもから飛び出した3本のスライムの触手がぐるぐると絡まり合いながらスティアとフィナンシェへと迫っていく。


「スティアちゃん!! ヤーノが……!!」

「分かってる……さぁ、掛かって来なさいッ!!」


 絡まり合い、一本の太く鋭く尖った触手が猛烈もうれつな勢いでふたりへと迫っていく。スティアとフィナンシェの命を確実に穿うがつ為に。


「“我を護れ 堅牢なる盾よ”──」


 その激しい“殺意”のもった触手におくする事なく杖を構え、フィナンシェは魔法を唱える。直撃まで残り2秒。


「させる──かぁあああッ!!!」


 しかし、触手がフィナンシェに直撃すると思われた──その刹那せつな、彼女の背後にあった折れた木を踏み台に大きく跳躍したスティアが、迫りくる触手を振り抜いた剣で斬り裂いた。


 スティアによって先端を斬り裂かれ、迫っていた触手はたちまちに弾けて霧散むさんする。だが、ヤーノの真の狙いは別にあった。


 スティアに斬り落とされた触手の先端部分──勢いを失いただの水塊すいかいと化した筈の触手が、ヤーノへと姿を変えていく。


ずはお前からよ──スティア=エンブレム!! 背後から心臓を一突き──そのまま、さよならね!!)


 ヤーノの右腕が鋭い“槍”へと姿を変えていく。大きく剣を振り抜いたスティアはまだヤーノに気付いていない。それを確信したヤーノは槍へと変化させた右腕を思いっ切り振り抜く──スティアの心臓を目掛けて。


 しかし──、


「──『白き盾シールド・ホワイト』!!」

「────なッ!!?」


 ──簡単に“隙”を晒すほど、スティアとフィナンシェも、もう甘くは無い。


 スティアの無防備な背中を守るように現れたのは“白き盾”、フィナンシェが唱えていた魔法。


(まさか──魔法をッ!? わたしの動きが読まれ──)


 突然現れた盾に攻撃を弾かれ、大きく体勢をくずしたヤーノ。そして、自分の行動が完全に読まれていた事に焦りを感じた彼女が体勢を整えるより疾く──消えゆく盾の向こうから、振り向きざまに振り抜かれたスティアの剣がヤーノの右腕を勢い良く斬り裂いた。


「あぁ──あぁあああああああ!!!」

「ようやく──お近付きになれたわね?」


 斬り落とされた腕が地面に落ちて、水になって弾ける。斬り落とされた腕をかばいながらヤーノが悲痛な声をあげる。


 杖を構えてフィナンシェがヤーノの反撃に備える。剣を身体の正面に構えてスティアが追撃の準備を整える。


「よくも……よくも……! あの子の身体を──ヤーノの身体に傷を……ッ!!」

「そう……ヤーノって名前は、“その子”の名前なのね……!!」

「なら……ヤーノの身体も心も返してもらうよ──スライムさんッ!!」

「許さないわ、許さないわ、絶対に──許さないわッ!!」


 怒りはたぎり、視界は狭くなる。泉の中心に立ち尽くし、スティアとフィナンシェを遠巻とおまきから消耗させていくと言う思考は、既に彼女の頭から抜け落ちている。


「殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す──殺すッ!! わたしの手で、あの子の身体に傷を付けた事を──後悔させてやるわッ!!」


 左腕と、再生させた右腕を鋭利えいり刃物はものへと変形させてヤーノは殺意を──“魔物モンスター”としての本性を剥き出しにする。


「上等……!! やれるものなら──やってみなさいッ!!」


 その剥き出しの殺意に、スティアは真正面まっしょうめんから対峙する。ヤーノが振るう凶刃きょうじんを手にしたつるぎで受け止めて、いさみよく眼前がんぜんの“怪物かいぶつ”をにらみ付けながら。


 戦いは激しさを増していく。るか、られるか──その行方は3人の少女の手に。そして、決着の“鍵”を握るは、戦いの行く末を観守みまもるカティスと──ヤーノの身体の奥底で眠る少女の心。


(さぁ、目覚めの時間でちゅよ……ヤーノよ)


 決着の時は静かに近づいて来る──小さな少女の目覚めと共に。


『やめて……もうやめて……もう、戦わないで──スライムさん……!』


 深い深い水の底のような精神の世界の底で、少女は声をあげる。傷付き、それでも戦う少女の為に。

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