第三十五話:母を訪ねて⑦/接敵 -Engage-



「敵が来た! 敵が来た! 人間だ!」

「お母さんたちを私たちから奪いに来たんだ!」

「倒さなきゃ! 喰らわなきゃ! 殺さなきゃ!!」


 ──話し声が聴こえる。無邪気むじゃきはしゃぎあうわらべたちのような、純真じゅんしん無垢むくな声。されど、その声は狂気に満ちて。


「でも……あの娘たちを見て! 人間の赤ちゃんを連れているわ……!」

「だとしたら──誰かはあの子のお母さん?」

「お母さんかも知れないね! だとしたら、すごく素晴らしいことよ」


 ──話し声が聴こえる。深淵しんえんを興味深くのぞ探求者たんきゅうしゃのような、期待に満ちた声。


「素晴らしいわ! 素晴らしいわ! とーっても、素晴らしいわ!!」

「お母さんだ! わたしたちの新しいお母さんだ!!」

「迎えに行きましょう! 歓迎しに行きましょう! わたしたちを愛してくれるお母さんを!!」


 ──話し声が聴こえる。の目の前を走る少女たちを、さも当然のように自分たちの所有物だと認識している──狂いに狂った“怪物モンスター”たちの狂気の声が。


「誰がお母さんかな? 赤ちゃんと同じ黒い髪の人かな?」

「わたしは、赤ちゃんを背負っているあのピンク色の髪の人が良いなー」

「近くにいる金髪の人も捨てがたいねー」

「もう一人のイヌ耳は──と同じ忌々いまいましい“獣”の気配がするわ……!!」


 ──話し声が聴こえる。内なる欲望よくぼうを剥き出しにして、抑えきれない願望がんぼうさらけ出して、草原を駆ける少女たちを品定しなさだめするかのように声を弾ませて。


「なら──襲いましょう、奪いましょう、わたしたちのお母さんを!」

「迎えましょう、連れて行きましょう、わたしたちのお母さんを!」

「お母さんじゃない、残りの人間は──」


「「「「刻んで、喰らって──皆殺しよ!!!」」」」


 ──話し声が聴こえる。ただ一人に向けられた狂った愛情と、残る全員に向けられた激しい憎悪をほとばしらせながら──彼女たちは、“狂気”と言う名の牙を剥き出しにして。



〜〜〜



(動き出したでちゅね……!! 流石さちゅがに、一度に18人も誘拐ちゅれば、警戒ちゅるのも道理でちゅ……!!)


 ヴェルソア平原──スティアたちがカヴェレを出立しゅったつして数時間後。一行いっこうは攫われた母親たちを救出するべく、カヴェレへと続いている大きな川に沿って走りながら目的地である森林地帯を目指していた。


「ハァハァ……フィーネ、後どれぐらいで着きそう!?」

「はぁはぁ……あともう2時間は走らないと……!!」

「そ、そんなにスタミナ保たないって……! ラウラ、ごめん……また“強壮薬”分けてくれない!?」

「全く……貴女たち、準備が悪すぎますわ!! あとでお金は戴きますからね!!」


 カヴェレから数時間走りっぱなしのスティアたちは、ラウラが購入していた“強壮薬”を贅沢ぜいたくに飲んでスタミナを適時補給しながら、草原を駆け抜ける。


 しかし──彼女たちは未だ気付いていない。既に、敵の魔の手がすぐそこまで迫っている事に。


魔物モンちゅターの気配が──1……10……100……不味いでちゅね…………!!)


 唯一、その事に気付いていたのは、フィナンシェの背中で揺られているカティスのみ。草原で揺れる黄金色こがねいろの小麦畑の中でうごめ魔物モンスターたちの“声”を聴き、周囲を囲うように集結している“気配”を察知し、カティスはただ独り──未知なる敵との“接敵エンゲージ”に備える。


「ばぶ、ばぶぶばぁっぶぶう!!(約:おい、敵襲に備えろ莫迦ばかども!!)」

「──いっっっっったっーーーーーーい!!!?」


 敵の気配に気付かずにひたすら突っ走るスティアたちに警告するべく、カティスはフィナンシェの背中を“スパァァアン!!”──と、快音を鳴らしながら平手打ち、フィナンシェの悲鳴で少女たちに警告を発する。


「どしたの、フィーネ? 急に大声上げて……?」

「せ、背中が……い、痛いよ〜!」

「フィナンシェさん……すっごく海老反えびぞりになって震えていますわね」

「海老反りになってるせいで前面フロントが凄まじいボリュームになってんな……」

「う、羨ましいですわ……! わたくしにも、アレぐらいの“大きさサイズ”があれば……!!」


 突然の激痛にったフィナンシェと、彼女を心配して立ち止まったスティアたち。一刻の猶予も惜しいと言うのに、なんて時間の無駄なんだろうと四人は内心で焦りを覚えていたが──このカティスの行動で足を止めたお陰で、四人は自身に迫る“危機”を察することとなる。


「──スンスンッ、土の匂い……草の匂い……小麦の匂い……汗の匂い……」

「ちょっと、年頃の女の子の汗の匂いとか嗅がないでよ!」


「フィナンシェがローブのふところに隠している焼き菓子の匂い……」

「ギクッ!!?」

「フィーネ……あたしに内緒でそんなの買ってたんだ……」


「ラウラが今朝、おれに内緒で食べてたケーキの匂い……」

「ギクッ!!? ば、バレてしまいましたわ……!?」


「スティアが踏んづけている魔物モンスターフンの臭い……」

「なんであたしだけ汚物なのーーッ!? イヤーッ、汚いーーッ!!」


「おれたちを囲む──魔物モンスターの匂い!!」


「「「────ッ!!!」」」


 周辺にただよう匂いを嗅ぎ、魔物モンスターの気配をトウリが察知した瞬間──残りの三人は一斉に得物えものを構えて敵襲に備え始める。


 周囲に敵影てきえいは未だ見えず、そよ風になびく穂の音と川のせせらぎだけが四人の少女を優しく包み込んでいる。


「──スンスンッ、マズイな……! 結構な数だぜ……!!」


 だがしかし、嗅覚に優れたトウリだけは──迫る“脅威きょうい”を確実に感じ取っていた。


「トウリさん……念の為に確認します。わたくしたちを囲んでいる魔物モンスターは一体……何者ですの……?」

「あぁ……ハッキリと分かるぜ! 相手は──スライムだ!!」


 そして、トウリが語気ごきを強めて叫んだ次の瞬間──穂の中、川の流れの中に潜んでいた無数のスライムたちが、一斉に飛び掛かってきた。


 スライム──ゼリー状の液体で構築された不定形の魔物モンスター。アメーバのように形を変えながらうごめき、捕らえた相手を吸収して捕食する。特段、脅威的な能力を有している訳でもなく、動きは緩慢かんまんにして耐久は脆弱ぜいじゃく


 しかし、そんな“貧弱ひんじゃく”に部類する有象無象うぞうむぞう雑魚ザコでも──無数に群れれば恐ろしい。


「──チッ! 数が多すぎる!?」

「スライムってこんなにも群れるものなの!?」


 無数のスライムの息つく暇もない攻撃の応酬を必死に防ぎながら、スティアとフィナンシェは目の前で起きている不可解な光景に驚きの声をあげる。


「スライムは知能の低い魔物モンスター……本来ならここまで群れる“知能”があるとは思えませんわ……!」


 スライムの攻撃を大剣で防ぎながら、ラウラも疑問を口にする。所謂いわゆる、“脳”を持たないスライムの知性は、人間に比べれば数段にも落ちる。


 生きる為に、餌を捕食する。この程度にしか、思考を──いな、思考と言うにも及ばない“生存本能”しか併せ持っていない。


(ちゅライム如きがここまで群れるからには──こいつらを統率とーちょつちている“女王個体”がいる筈でちゅ……!!)


 しかし、彼女たちを襲うスライムたちは──まるで群れとなっている。


「おれもそう思うぜ、ラウラ! こいつら──間違いなくカヴェレで母親たちを攫った連中だ!!」


 故に──その場にいる全員が感じ取る。この先にある森林地帯にこそ、事件の黒幕が居ると。


「トウリさん! 連携して道を作りますわよ!!」

「────ッ!! あぁ、任せな!!」


 倒しても、押し返しても、怯む事なくスライムたちは少女たちに襲い掛かってくる。その異様とも異常とも取れる底知れぬ異質さに、を感じ取ったラウラとトウリは──窮地きゅうちを脱する為に、力を合わせる。


「“凍てつく氷槍 氷柱となりて連なれ”──『氷連槍ブリザード・ランス』!!」


 詠唱と共にくうを斬るように横一閃よこいっせんに振るわれたラウラの大剣から──無数の氷の槍が放たれ、それに命中したスライムたちは次々と氷漬けにされていく。


「今ですわ、トウリさん! スライムたちにトドメを──!!」

「言われなくても──分かってらぁ!!」


 四人に襲い掛かる為に空中に飛び出したが故に、ラウラの放った氷槍の餌食となって凍ったスライムは力無く放物線ほうぶつせんを描きながら、地面へと落下していく。


 しかし──凍っただけではスライムは死なない。氷が溶ければ、すぐに復活するだろう。倒すには──身体を構築する“コア”を穿うがつ必要がある。


 だからこそ、凍ったスライムたちを標的に捉えたトウリは──全身に力を込めて、一気に加速する。


 凍ったスライムたちが地面に落ちるより疾く、鍛え抜かれた拳でスライムたちの“コア”を粉砕しながら駆け抜ける。


「必殺──『連牙弾バルカン・ナックル』!!」


 鉄鋼をはめた拳を唸らせて、目にもまらぬ疾さで凍ったスライムを殴り砕いたトウリは、10メートル進んだ所で停止──スライムが作った包囲網ほういもうに一筋の“切れ目”を入れる事に成功する。


「スティアさん、フィナンシェさん──道を作りましたわ!! さぁ、先に進みなさいませ!!」

「分かった! フィーネ、ふたりが作ってくれた道に急ぐよ!!」

「うん!! “我を護れ 堅牢なる盾よ”──『白き盾シールド・ホワイト』!!」

「この……ッ! 退きな──さいッ!!」


 ラウラとトウリが切り開いた“道”を確認したスティアとフィナンシェは、それぞれ剣と魔法で飛び掛かってきたスライムを払いのけると、砕けた氷を踏みしだきながら駆け抜けていく。


「ラウラさん、トウリさん、ふたりも早く!!」

「────先に行けッ!! おれたちはこの雑魚ザコどもの相手をする!!」

「何言ってんの!? こんな数、相手に出来っこないよ!!」


 スティアとフィナンシェが走り抜けた道、しかしラウラとトウリは動こうとしない。


「道にスライムが……ッ!! ラウラさん、トウリさん!!」


 次第にふたりが切り開いた道にスライムが再び溢れかえってくる。既に、ラウラとトウリを中心にスライムの包囲網が作られ始めていく。


「今回の手柄てがらは貴女たちにお譲りしますわーーッ!! わたくしたちはこのスライムたちを倒してから、合流するのでご心配なくってよーーッ!!」


 だが、絶体絶命の状況においても──ラウラとトウリは明るくスティアたちに笑いかける。心配するなと伝えるように。


「フィーネ!! ぐずぐずしてるとあたしもまた囲まれちゃうよ!!」

「────ふたりとも、どうかご無事で……!!」

「死んだら……さっき貰った強壮薬の代金、払ってあげないからね!!」


 そのふたりの笑顔──その裏に秘められた『覚悟』をんだスティアとフィナンシェは、スライムの包囲から逃れ──再び草原を走り抜けていく。目的地に向けて、振り返らず──まっすぐと。


「トウリさん、足は大丈夫ですの……!?」

わりぃな──ちょいと動けねーわ……!」


 スライムに囲まれたふたりは背中を合わせて、ジリジリと距離を詰めてくる敵に向けて戦闘態勢を取る。


「足にスライムの液体が……!!」

「奴らの攻撃みてぇだな……! りきんでも振りほどけねぇ……!!」


 状況は窮地きゅうち──スライムの破片に足を絡め取られて動けなくなったトウリを庇うように、ラウラは彼女の背中に立つ。


「別に、おれを置いてあいつらと行っても良かったんだぜ……?」

「ふふっ、何を言っていますの? 死ぬ時は一緒ですわ……“我が相棒マイ・バディ”……!!」

「ヘッ、変わったお嬢様だな……!! なら……どっちが多く倒せるか勝負しよーぜ?」

「まぁ……上等ですわ!! 負けた方が今日の夕飯──おごりでどうです?」

「乗った!! 言っとくけど、おれは負けねーぜ……?」


 それでも、ふたりは不敵に笑う。役割は果たした、送り出したスティアとフィナンシェ──そして、ふたりに背負われた最強の赤ちゃんが、きっと攫われた母親たちを連れ戻してくれるだろう。


 だからこそ、彼女たちは不敵に笑う。確信しているからだ──自分たちの揺るぎない勝利を。


「さぁ──どっからでも掛かって来なッ!!」

「このラウラとトウリが──まかり通りますわッ!!」


 そして、一斉に飛び掛かってきたスライムたちに──ラウラとトウリは戦いを挑む。攫われた、顔も知らない母親たちの命を救うために。


 ──自らの命を賭して。



「ラウラさん、トウリさん──どうか無事で!!」


 背後で聴こえ始めた激しい戦闘音に心を痛めながら、スティアとフィナンシェは黒幕と失踪した母親たちがいる森へと走り抜ける。


 やがて──陽はかたむき始める。


 迫るは“夜”、待ち受けるは危険な“魔物モンスター”。くはふたりの冒険者──スティアとフィナンシェ。そして、史上最強の赤ちゃん──カティス。


 やがて、邂逅かいこうの刻は迫る。歪んだ愛情を振りまいて、母親たちを連れ去った異常なる“怪物モンスター


 その名は──渇愛かつあいのヤーノ。


 人間ヒトり、母の“愛”に恋い焦がれた──かなしき“怪物かいぶつ”。

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