第三十四話:母を訪ねて⑥/母攫い



 怯えた表情かおをしながら、アイノアが過去の失踪事件の資料を取りに走ってから──2分40秒後。


「お、おっ待たせしましたーーッ!! ぜひゅ〜、ぜひゅ〜……こちら、ギルドに寄せられた過去の失踪事件──さらにその内の未解決に絞った資料になりまーっす!! ぜ──ゲホッゲホッ……!!」


 大慌てで資料を抱えて戻って来たアイノアは、激しい息切れと乾いた咳をともないながら、受付カウンターに縋り付きながら資料を広げる。


(本当に3分で戻ってきましたわ……!)

(しかも頼んでもねぇのに、資料を『未解決』の項目に絞ってくる徹底っぷりだぜ……)


((そんなにフィナンシェの『マッサージ』ってヤバいのか……!?))


 そのアイノアの限界を超えていたであろう働きっぷりに満足したのか、フィナンシェは資料を手に取りながらにっこりと微笑ほほえむ聖女ような眩しい笑顔をアイノアに見せる。


「ありがとうございます、アイノアさん♡ お礼に──とーっても気持ち良くなれる『マッサージ』をしてあげますね♡」

「んあ〜〜〜〜っ!? 結局『マッサージ』されるんじゃないですか〜〜〜〜っ!!?」


 フィナンシェにそう言われてまゆを『ハ』の字にして項垂うなだれながら慟哭どうこくするアイノアを無視しながら、スティアとエスティは失踪事件の資料に目を通していく。


「行方不明、男性……違う。行方不明、男性……違う。行方不明、女性……これは?」

「う~ん……残念だがエンブレム嬢、流石にギルドの資料にも“母親”かどうかの記述はされていないな……」

「そんな……」


 しかし、アイノアが持って来た過去の失踪事件に関する資料にも失踪者が“母親”であるかどうかと言う記述はされておらず、スティアとエスティの手の動きが鈍くなってしまう。


「スティアさん……まずはいま行方不明になっている方々の保護が最優先ですわ。ひとまず、直近に起きた失踪事件から手を付けてみては如何かしら?」

「そうだね……。えーっと、これは四日前……女性……ねぇ、この人の依頼ってどんなだったか覚えていますか?」

「四日前の失踪事件──確かアイノアが受理していたな。おい、アイノア! いつまで受付カウンターの下に隠れているんだ?」


 フィナンシェから逃れるように受付カウンターの下で隠れて震えていたアイノアを引摺ひきずりだすと、エスティは四日前に起きた失踪事件の詳細を彼女から聞きただしていく。


「四日前の失踪事件ですか〜? 確か〜……う~んと、思い出せない……??」

「しっかりしろ、アイノア! それでも白金プラチナ階級ランクの冒険者か!?」

「そんなこと言っても〜! アイノアちゃんの階級ランクは単純に戦闘能力の換算かんさんした結果だし〜」

「……………………マッサージ♡」

「──ハイッ♡ アイノアちゃん、ビビッと思い出しました!! 確か、四日前にヴェルソア平原で行方不明になった妻の捜索をして欲しい──って依頼をアイノアちゃん受けました!!」


(フィナンシェのやつ、アイノアを完全に操ってやがる……)

(ですわね……)


「妻ってことは……もしかして!? フィーネ!!」

「うん……あり得るかも……!! アイノアさん、その人の失踪の状況は分かりますか……?」

「え゛っ!? え、え〜っと、た、たしか……そう、妻の履いていたブーツがカヴェレの近くを流れる川の近くに落ちていたって……!」


「「「「そ、それですわーーーーッ!!!」」」」


(またラウラの口調でハモってるでちゅ!!?)


「川辺の近く──スティアさんの推察と状況が一致しますわ!!」

「あぁ、今日の失踪事件と行動ルートが合ってるな!」


「四日前──フィーネ、この子のお母さんだと思う?」

「はっきり言って、可能性は限りなく低いと思う。でも……」

「でも……?」

「少なくても、犯人はことには間違いないわ!」

「そっか……!! だとしたら──」

「この子の母親が事件に巻き込まれている可能性もあるわ」


(母親……おれの母親……いるんでちゅかね?)


 ひょんな事から見え始めた一筋の光明こうみょう。しかし、まだ完全とは言えない。犯人の正体をあばくためには──あと一つ決定的な証拠の“欠片ピース”がいる。


「前々から誘拐を働いていたなら──なぜ犯人は今日になっていきなり18名も攫ったりしたのでしょうか……? わたくしにはそれがせませんわ……!」

「相手はスライムだろ……? なんか、こう……大胆に行動できるような“引き金きっかけ”があったんじゃ……」


 それまで、恐らくは細々と誘拐を行っていたスライムが大胆に犯行を起こした理由わけ


「ここ2〜3日の間にあった大きな環境の変化……。18人も一気に攫っても良いと思えるような環境の変化……」

「住処の移住……? 新たな魔物モンスターとしての進化……? 縄張りの頂点捕食者の死──ま、まさか!?」

「そうですわ!! ありましたわ……大きな環境の変化……!!」

「だな──間違いねぇ……!!」


 ここ最近──いな、つい先日あった


 それは──、


「「「「ハウンド・クイーンだッ!!」」」」


 ──ある魔犬たちの女王。攫われた子どもたちを探して、ギルドの選抜試験の会場へと乗り込んだ誇り高き魔犬たちの母親。


「アイノアさん! あの時の魔犬たち──どこから連れてきたんですか!?」

「は、はいッ!! たしか、街外れにある川沿いにある森ですぅ……。ま、まさか──あんな辺鄙へんぴな森に、あんな大型の魔物モンスターが居るなんて……アイノアちゃん思ってなかったんですぅ〜〜」


 フィナンシェの問い掛けに、アイノアは自信なさげに答える。昨日の試験で放った魔犬たちは──カヴェレ郊外にある森から連れて来たと。


「川沿い……!! 間違いねぇ──犯人は其処そこだ!!」

「ハウンド・クイーンが居なくなったから、堂々と人を攫って来たって訳ね!!」


 そう、その森こそが犯人の根城。頂点捕食者であるハウンド・クイーンが居なくなった事が、事件の“引き金きっかけ”であった。


「犯人のいる所に──アヤさんたちもきっと居るはず……!! 行こう、フィーネ!!」

「うん……!! 待っててね、もう少しであなたのお母さん会えるかも……!」


 誘拐犯の居場所を突き止めたスティアたちは、急いで現場に向かおうと準備をしていく。一刻も早く、攫われた人たちを救うために。


 しかし──、


「待ちなさい!」

「──ッ!? エ、エスティさん……!?」


 ──外へと駆け出そうとする四人を大きな声でエスティが制止する。


「エスティさん! 事態は一刻を争いますわ!!」

「だとしても、人を──ましてや『母親』だけをえり好んで連れ去る高度な知能を持った危険な魔物モンスターの居場所に、あなたたち“階級ランク1”の冒険者を送ることは許可できません!!」

「──なっ!? そんな事を言っている場合なの!?」

「言っている場合だ。18件の失踪事件が結びつき、危険な魔物モンスター背後に絡んでいると判明した以上──この件は、一つの集団失踪事件『母攫い』として、然るべき階級ランクを持った冒険者に対処してもらいます!!」


 当然、スティアたちは激しく反発する。しかし、エスティも譲ることは無かった。あなたたちにはまだ早い、もっと相応しい人物をと。


それでも──、


「間に合わないかも知れない……!」

「だとしてもだ……!」

「それでも、あたしは約束したんだ……!!」


『…………ゔん、僕……お姉ちゃんを信じる!! 絶対に──ママを連れて帰ってきて!!』

『…………あんたの依頼──このスティア=エンブレムが請け負った……!!』


「絶対に──お母さんは死なせないって!!」


 ──スティアは退かない。必ず、アヤを連れて戻ると、不安で泣きじゃくる小さな子どもと“約束”したから。その強い意志を宿したスティアの碧い瞳が、エスティをしっかりと見つめているに


「お願いします……あたしたちに行かせてください!!」

「この──わからず屋g──」

「いいよ♡ アイノアちゃんが許可してあげる♡」

「──なッ、何を言っているアイノア!!?」


 だからだろうか、アイノアが──そう言ったのは。


「アイノアちゃんが許可します♪ あなた達の手で……攫われたお母さんたちを助けてあげて……アイノアちゃんからの──お・ね・が・い♡」

「アイノアさん……ありがとうございます! 行こう、みんな!!」

「ハイですわ!!」


 優しく微笑むアイノアに後押しされ、スティアたちは外へと駆け出していく。攫われた母親たちを迎えに行く為に。


「──何かあったら、責任……取るんでしょうね?」

「もっちろーん♪ アイノアちゃんが全ての責任を負ってあげまーす♡」

「……珍しいじゃない、あなたがそこまで肩入れするなんて」

「スティアさんの“眼”──大切な人の『死』を知っている“眼”でした……」

「なぜ分かる……?」

「だって──昔の私も……!」

「アイノア……!!」

「なーんて♪ らしくありませんね♡ アイノアちゃん、深っく反省〜♡」

「…………全く!」


 エスティを何時ものようにはぐらかしながら、アイノアは四人の少女たちを見送る。


 行き先は──カヴェレ続く川を上った先、ヴェルソアの平原の一画にある魔犬たちが棲んでいた森。


 其処そこに、攫われた母親たちと、攫った者が──少女たちを待ち受ける。

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