第三十一話:母を訪ねて③/Rank.1 Quest『行方不明者・アヤの捜索』



「ちょっとちょっと、皆さーん! 落ち着いて下さーい!!」

「順番に依頼を受け付けますので、どうか列になってお並び下さい!!」


 まだ日が昇り始めた時間だと言うのに、ギルドの受付カウンターはカヴェレの住人たちでごった返しており、何時も此処ここを利用する冒険者たちでさえたじろぐ程に物々しい雰囲気となっていた。


「うちの娘が孫を置いて居なくなったのよ!!」

「妻を、妻を探して下さい!!」

「お母さんが何処にも居ないの!!」

「姉さんを早く探してよ!!」


 集まった住人たちは皆それぞれが口々くちぐちに声を上げて、自分達の探し人の依頼をギルドに通そうとしている。


 ギルドの受付嬢や職員達も総出になって対処に当たっているが、行方不明になった身内を案ずるあまりに半ば興奮状態におちいった住人たちは火に油を注いだようにますます語気を荒らげていく。


「はぁ……仕方ありませんね……。『天使の歌声テウラストス・アーニアルト』──“癒やしの音色リラクゼーション・ハーモニー”……Laaa〜〜♪」


 ごった返した人々の向こう側──受付カウンターから痺れを切らしたような言葉と共に聴こえて来たのは少女の美声。その魅惑の“歌”を聴いた瞬間──騒ぎ立てていた住人たちは一斉に言葉を失い、気絶した様にバタバタとその場に倒れていった。


「まぁ……“癒やしリラックス”じゃなくて“失神トランス”させる為の歌なんですが……大丈夫でしょ♪ 職員の皆さーん、集まった住人の皆さんの介抱かいほうと依頼の受け取り──よろしくお願いしますね〜♡」


 そう言って、受付カウンターの前にできた人の山にニコニコと笑顔を見せながら、ギルドの受付嬢──アイノア=アスターは周りにいる職員に喜々としながら指示を飛ばしている。


「げっ!! もう復活してる!!?」

「──あっ♡ おはようございまーす、スティアちゃんにフィナンシェちゃん♡ 本日も受付は、この──昨日、カヴェレ中の皆さんに愛らしいアヘ顔と美しい裸体を晒した筈なのに、誰からも特に感想も評価も頂けなかった私……アイノア=アスターちゃんが担当しまーす♡」

「やだ、この人……ゾンビみたい……!」


(こいつ、精神メンタルはがねちゅぎるでちゅ……!!?)


 先程の出来事を一部始終見ていたスティアとフィナンシェに気付いたアイノアは、受付カウンターの下から『私は悪い子です♡』と書かれたプレートをかざしながらふたりににこやかに挨拶をする。


「そりゃ、吊るされたあんたの顔を見た瞬間──『何だアイノアか』、『アイノアならしょうがないか』、『ざまぁ』……って言って、誰一人して二度見することなくスルーして行ったからな」

「酷い!!? 一人ぐらいアイノアちゃんの裸に欲情してくれても良くないですか!!?」

「諦めろ……お前の“人”としての評価は……『見た目100点、中身マイナス100万点の──総合評価マイナス99万9900点』だからな」

「!!?? 点数がマイナスに天元突破してるーーっ!!?」


 昨日、あれだけの目にあったにも関わらず、あいも変わらず呑気なアイノアに、隣にいるエスティは呆れ顔をしながら手元にある書類の山に目を通している。


「あの、すいません。わたしたち……今朝からの集団失踪について訊きに来たんですけど……」

「…………! 何だ、エンブレム嬢とフォルテッシモ嬢も例の事件に興味があるのか……?」

「はい……実は──」


 そう言って、スティアとフィナンシェはふたりの受付嬢に事情を説明する。自分たちがお世話になった家の主婦であるアヤが失踪したこと、家族から彼女の捜索を請け負ったことを。


「──なるほどね。確かに先程、アヤと言う女性の捜索依頼が上がっていたな」

「先程カウンターで騒いでいた人たちの分も合わせたら──ざっと18名が行方知れず。これは“一大事ヤバい”ですね♪」

「愉しそうに言わない! ともかく、ギルドとしても未だ情報を収集している段階だ」

「そうですね〜♪ 取り敢えず、各個人の捜索依頼として『依頼クエスト』を発行しておきましょうか♡」

「…………だな、これがまだ関連性のある事件か、複数の単独事件かも判断出来ないしな」


 ふたりの説明に耳を傾けたアイノアとエスティは現時点で自分たちギルドが把握している情報を整理し、慣れた手つきで羽根ペンを走らせて『依頼クエスト』の概要がいようまとめた紙を作成していく。


「そんな……アイノアさんが……ちゃんとお仕事をしているなんて…………!?」

「今日はこの街に火の玉が降り注ぐに違い無い……!!」

「昨日会ったばかりなのに、おふたりのアイノアちゃんへの評価がめちゃくちゃ低い〜!?」

「…………はぁ、昨日のこたえていないとは……呆れた女だな」

「そんなことありませーん! 昨日のアレは流石のアイノアちゃんも骨身にみました〜! みすぎて……アイノアちゃん、癖になっちゃった♡ もっとやって欲しいな〜♡♡♡」


 昨日の事を思い出しているのか、アイノアは身体をくねくねさせながら妄想にふけり始める。


「うわぁ……上級者すぎる……!」

「わぁ……♪ アイノアさん、♡ わたしに任せてくれれば──天国に連れて行ってあげますよ♡♡♡」


 何時もの調子でアイノアは品性の欠片も無い話をしていたが──不意に、それを聴いていたフィナンシェの『』が入ってしまい、彼女は脅える小動物を前にした肉食獣のような眼でアイノアを見つめ始める。


「────ッ!! エスティちゃん、アイノアちゃんの貞操ていそう生命いのちがフィナンシェちゃんに狙われています!! 助けて!!」


 そのフィナンシェの眼に言いようの無い“恐怖”を感じたアイノアは、急いで隣りにいるエスティに助けを求める。


 しかし──、


「フォルテッシモ嬢……こいつのけつは私に残しておけよ……♪」

「…………は~い♡」


 ──エスティは共通の“性欲”でフィナンシェと結託してしまい、助けるどころかアイノアに向けて“欲望リビドー”の視線をふたりで向け始める。


「────ッ!!? ス、スティアちゃん……こ、これ“階級ランク1”の──アヤさんの捜索依頼書です!! そのまま〜、受注してくれませんか……??」


 フィナンシェとエスティの熱い視線にねっとりと身体をまさぐられているアイノアは、鳥肌を立たせ、額から冷や汗を流し、身体をガクガクと震わせながら──慌ててアヤの捜索依頼書を書き上げて、スティアに助けを乞うようにこうべれながら差し出す。


「…………言っておくけど──フィーネの“テク”……凄すぎてアイノアさん10秒で昇天するよ……!」

「予想外の発言ーーーーッ!!? アイノアちゃん、マジでピンチですかーーーーッ!!?」


 思わぬ発言に昨日と同じく顔面蒼白がんめんそうはくになったアイノアの震える手から、捜索依頼書をスッと抜き取ったスティアはそっぽを向いて考えごとをし始める。既に──アイノアから興味を失ってしまったかのように。


「スティアちゃん……。この子を預かって……先にアヤさんの捜索を始めておいてくれないかな……?」

「言っておくけど……いま緊急事態だからね……! さっさと終わらせてよ……?」

「はぁ〜い♡ それじゃ、スティアちゃんと一緒に良い子にしててね……♡」


 そう言って、フィナンシェは背負っていたカティスをスティアに預けると──猫のように舌なめずりをしながら、アイノアに手を伸ばしていく。


「えっ!? 本気マジでヤるんですか!!? いま割と真面目シリアスな場面じゃありませんか……!? アイノアちゃんにエッチなことしてる場合じゃなくないですか!!?」

「大丈夫♡ ♡」

「────ひぃいい!!? 私、今日まだ悪いことして無いのにーーーーッ!!?」

「さーて、まずはアヤさんが持って行った“バケツ”があった井戸の所で情報収集ね……!」

「ちょっと待って下さいーーッ!! アイノアちゃんを置いて行かないでーーーーッ!!!」


 そして、助けを求めるアイノアを無視して、スティアがギルド支部から出た10秒後──、


「いやぁあああああああああああああ♡♡♡ これダメぇええええええええええええええ♡♡♡」


 ──建物の外にも聴こえるほどに大きな、アイノアの嬌声きょうせいが響き渡るのだった。


(フィナンシェ……。もちかちて、おれはとんでもない小娘こむちゅめに拾われたのでちゅか……!?)


 スティアの腕に抱かれながら、カティスはフィナンシェの末恐すえおそろしさに頭を抱えながら肩を震わせる。


「あとは……ラウラとトウリにも手伝って貰おうかな……?」


(こいつ、フィナンシェの凶行に全く動じていないでちゅと!? て、手慣れているでちゅ……!!?)


 フィナンシェが急ぎ足でスティア達に合流したのは──アイノアの嬌声が聴こえてから、20秒後の事だった。



〜〜〜



「あら……? エスティさん、アイノアさんは今日はお休みですか?」

「おいおい……ラウラ、昨日アイノアにトドメ刺したのアンタじゃないか……!!」

「そう言えば……!」


「安心しなさい……アイノアは今日も元気に出勤しているよ。その上で、今は休憩中よ」

「マジかよ……!? あいつゴキブリみたいだな……!?」

「…………?? どう言うことですの……??」

「アイノアなら──フォルテッシモ嬢にめちゃくちゃにされて奥の部屋で失神しているよ」


「「…………ッ!!??」」


「ふふふッ♪ アイノアめ……案外かわいい表情かおするのね……! 良いもの見れたわ♪」


「なぁ、ラウラ──こいつら大丈夫か……!?」

「トウリさん──見ての通り、全然大丈夫じゃありませんわ……!! 真面目に仕事をしなさいですわ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る