第三十話:母を訪ねて②/Missing My Mother?



「うわーん、ママーッ! どこに行ったのーーっ!?」


 ギルド選抜試験の翌日、疲れて眠りこけていたスティアとフィナンシェの目を覚まさしたのは少年の泣き声だった。


「う、う〜ん……? な、なに……誰か泣いてるの……??」


 最初に気が付いたのはフィナンシェ。小さな男の子のぐずり泣く声で目覚めた彼女は隣で寝ているスティアとカティスを刺激しないようにそうっとベットから起き上がると、脱ぎ散らかしていたローブやインナー、下着を拾い集めながら窓辺へと──生まれたままの姿で向かって行く。


 そして、カーテンを開けて朝日を晒した素肌に目一杯に浴びて大きく伸びをすると、フィナンシェはいそいそと下着や服を着ていく。


「スティアちゃん……! 起きて、何かあったみたいだよ……?」

「う、う~ん……。わ、分かってるよ〜」


 フィナンシェの声に促され、寝惚け眼で起き上がったスティアはそれまで被っていた布団をマントのように羽織はおって、一糸いっしまとわぬ身体を隠しながらフィナンシェの元までよろよろと歩いていく。


「ね、眠い……。フィーネ……あたしの下着と服どこ〜?」

「ここにあるよ〜♪ さぁ、スティアちゃんも早くお着替えしましょうね〜♡」


 普段からこの調子なのか、寝ぼけ気味のスティアはフィナンシェに身体を預け、彼女にされるがままに下着や服を身に着けていく。


(こいつら……いつの間に全裸に!? 寝る前は寝間着パジャマを着ていた筈でちゅのに!??)


 その様子を、寝た振りをしながら──カティスはいぶかしむのだった。



〜〜〜



「どうしたんですか……!?」


 起床から5分後、着替えを済ませたフィナンシェはカティスを抱っこしながら一階の居間へと顔を出す。


(いや、おれ連れてくる必要ないでちゅよね!? もうちょっと寝かちぇて欲ちいのでちゅが……!?)


 そこでは、フオリが泣きわめく孫を必死にあやしており、朝の雰囲気とは思えない物々しい雰囲気を呈していた。


「おぉ、お前さんたちか……!! 実はアヤが……あの子が何処にもおらんのじゃ……!!」

「アヤさんが……!?」


(アヤ……この家の主婦でちゅね。昨日、寝る前まではたちかこの家にいた筈……?)


「どうしたの〜フィーネ〜? 何があったの〜?」

「スティアちゃん、寝惚ねぼけてる場合じゃないみたい……。アヤさんの行方が分からなくなったみたいだよ!」

「…………ッ!! アヤさんが!?」


 まぶたを手でこすりながら居間に顔を出したスティアも、フィナンシェの風雲急ふううんきゅうを告げる言葉に目を丸くしながら驚愕する。


 ふたりの記憶では──アヤはふたりが就寝するまで夫と共に居間で家事をしており、出掛けた形跡けいせきなど無かった筈だった。


「──か、母さん!! 井戸の側の街灯に──う、家のバケツが……!!」


 スティアとフィナンシェ、そしてカティスが昨日の記憶を辿っていると、この家の家主である男性──アヤの夫が慌てふためいた様子で家に駆け込んで来た。


「落ち着きんしゃい、バカ息子!! この子の前じゃ、父親らしくどっしり構えんかい!!」

「────ッ!? ご、ごめん母さん……!!」

「…………で、他に何か分かったことは?」

「そうだった……! アヤだけじゃないんだ! 街中で人々が行方を暗ましてるそうなんだっ!!」


 それは街を襲う異常事態の合図。この家の主婦であるアヤ以外にも大勢の人々が行方不明になっていると言う報せ。


「────集団失踪ってこと!?」

「旦那さん……他に何か手がかりはありませんか!?」

「それがさっぱりで……! 母さん、俺はどうしたらいいんだ……!?」


 スティアとフィナンシェの言葉に頭を抱えて混乱する夫は、自信なく母親であるフオリに助言を求める。


「しっかりせんか!! ずはギルドに行ってアヤの捜索の依頼をしんしゃい!! 報酬金はあたしゃが工面くめんしちゃる……!!」


 そう言って、居間にある戸棚とだなから金銭の入った袋を取り出したフオリは、それを勢いよく息子に投げ渡す。


「母さん……これ、母さんが冒険者だった頃に集めた財宝じゃないか!?」

「あほんだらぁ!! あたしゃの過去より、アヤの今の方が心配じゃあ!! 早うソレ持ってギルドに走らんかい!!」

「わ、分かったよ母さん……!! 息子を……スコアを頼んだよ!!」


 袋の中身はフオリが冒険者だった頃に集めた『在りし日の栄光』。それを投げ売ってまで、嫁であるアヤを気遣うフオリは、動揺する息子を一喝いっかつ──急ぎギルドに向かわせるのだった。


「スティアちゃん……わたし達もギルドに急がなくちゃ……!!」

「分かってるよ! ほら、あんたも着いて来なさい!」

「ばぶっ、ばぶぶばばぶぶ!?(約:えっ、なんでおれまで!?)」


 アヤの夫がギルドに向かって駆け出したのに触発しょくはつされ、スティアとフィナンシェも慌てて身支度を整える。


「すまんねぇ……こんな面倒に巻き込んでしまって。あたしゃもう歳じゃ……此処ここで孫と一緒にアヤの帰りを待つよ……」

「フオリお婆ちゃん……! アヤさんはわたしたちが絶対に連れて帰ってきます……!!」

「おぉ……なんと頼もしい……!! ありがたや……すまんが、アヤを──あたしゃの大事な嫁を……どうか頼む……!!」

「…………はい!!」


 大事な嫁を案じるフオリの為に、フィナンシェは彼女に力強く約束をする──必ず、アヤを此処ここに、彼女の我が家に連れて帰ってくると。


「お姉ぢゃん……!! ママ、死なないよね……?」


 スティアやフィナンシェ、父親やフオリのやり取りを見ていたアヤの息子──スコアは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、フィナンシェのローブの袖を掴んで必死に泣きつく。


「──大丈夫! あんたのお母さんは……あたしたちが絶対に連れ帰って来るから!! 絶対に……!!」


 少年の悲痛な叫びに、強く反応したのはスティア。膝を着いて震えるスコアの肩をがっしりと掴むと、彼の眼を見つめながら──スティアは少年に巣食う不安を取り除くように、強く言葉を掛ける。


『お母さん……どうしてあたしを置いていっちゃったの……?』


 ──かつて、自分が受けた深い悲しみを目の前の子どもに味わって欲しく無かったから。


 だからこそ、スティアのあおく輝く左眼の視線は──確かな“約束”の色を少年に伝える。


「…………ゔん、僕……お姉ちゃんを信じる!! 絶対に──ママを連れて帰ってきて!!」

「…………あんたの依頼──このスティア=エンブレムが請け負った……!! 行こう、フィーネ!!」


 そして──フオリとスコアに、アヤの安否あんぴを託されたスティアとフィナンシェは、カティスを連れてギルドへと向かう。


(ちゃて……本当なら、『らん』と突っぱねたい内容でちゅが……あの家族には“一宿一飯いっしゅくいっぱん”がおれにもある……! はてちゃて……どうしたものでちゅかね……?)


 フィナンシェの背中で心地良く揺られながら、カティスはおのれの身の振り方を考える。絶対たる“裁定者”──魔王カティスとして事態を俯瞰ふかんするべきか、ただ一人の“人間”──無垢なる赤子として事態に干渉するべきか。


 いずれにせよ──事態は既に大きく動き出している。


 ふたりの少女と独りの赤ちゃんは、風を切り裂きながら街を駆け抜ける。行き先は再びのギルド支部──待ち受けるは未知なる敵。


 渇愛と狂喜の満ちる“依頼クエスト”──『母攫い』、開幕。

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