第三十ニ話:母を訪ねて④/手掛かりを求め、痕跡を追って



「う〜ん……なんっにも手掛かりがない……!!」


 ギルドでアヤの捜索を正式に請け負ったスティアとフィナンシェは、行方不明となった彼女が最後に向かったであろう井戸の周辺を念入りに調べ回っていた。


 未明に発生した集団失踪の噂は瞬く間にカヴェレ中に広がっており、身の危険を感じた住人の多くは自宅に籠もっており、時刻は正午前だと言うのに街なかには見廻りを行う自警団やスティア達のような冒険者しか出歩いていない閑散かんさんと──しかしどこか物々しい雰囲気に包まれていた。


「そもそも……アヤさんはどうやって居なくなったのかな? 攫われた……? それとも、自らの意思で失踪したのかな……??」


 背中のカティスをあやしながらフィナンシェはスティアに素朴な疑問をぶつける。アヤは──失踪した人々は果たして、どうやって居なくなったのか。彼女たちには、それがだ判明していない為、フィナンシェは憶測おくそくで様々な“可能性”を口に出して読み上げていく。


「痴情のもつれ……通り魔による誘拐……間男まおとことの駆け落ち……育児放棄による失踪……それとも──」

「誘拐だよ、フィーネ。アヤさんは誰かに攫われたんだ……!」


 すると、淡々と“可能性”の項目をあげるフィナンシェの言葉をさえぎるように、スティアは声をあげてアヤは誘拐されたのだと断言する。


「どうしてそう言い切れるの?」

「アヤさんの眼を見たら分かるの……。あの人は家族を愛しているって……! そんな人が──家族を捨てて何処かに行くなんてあたしには思えない……!!」


 それが、スティアの言い分──アヤの眼には、家族への深い“愛情”がともっていたと。


「……ごめんね、スティアちゃん。わたしには人の眼を見て、その人の“想い”を読み取るなんて出来ないみたい。教えて……アヤさんは、本当に家族を愛しているの……?」

「愛してるよ。だって……アヤさんが家族みんなを見ている時の眼は──あたしのお母さんと同じ、優しい眼だったから……!」


 アヤが家族に向けていた“優しい眼”は、スティアにとって──何よりも


「アヤさんは──きっと、自分の命と引き換えにしてでも、家族を守れる人だよ」

「…………スティアちゃんのお母さん…………みたいに?」


 彼女がどれだけ手を伸ばしても、もう届かない“母の愛”──それを深く渇望かつぼうしてるからこそ、スティアはアヤが消えた原因は“誘拐”だとハッキリと感じ取れた。彼女には、家族の元を離れる理由が無いのだから。


 フィナンシェの言葉に無言でうなずきながら、スティアは井戸の周囲を再び注意深く調べ始める。しかしながら、アヤに繋がる手掛かりは今のところ無い。


 スティアの言う通り、アヤが誘拐されたのだとしたら──彼女の生命いのちに何らかの危害が加えられる可能性は高い。もし、相手が暴行目的でアヤを攫ったのだとしたら、それこそ事態は一刻を争う。


「…………とは言ったものの、はぁ……現状は何も分からないまま────んっ? なんだろう、これ……?」


 アヤの身を案じるあまり、若干の焦燥感しょうそうかんに駆られるスティアだったが──ふと、井戸のふちに、照り付ける朝日を反射してキラキラと光る『何か』の存在に気付いて足を止める。


 井戸の為に積まれた石材──そのふちの一部分に付着するように、何かの“液体”の痕跡があった。


「…………うぇ、べとべとするぅ〜〜って、コレもしかして……!?」


 恐る恐るスティアがその液体に指を触れると、“ぬちゃあ”──と気味の悪い感触と粘ついた不快な音が、スティアの指先から全身に駆け巡る。


 しかし──その不快な感触と音に、スティアは思い当たる節があった。


『うぇ〜、ベトベトするしくっさ〜い……!!』


(これ……昨日の試験の時に、あたしがぶっかけられたスライムの感触に似ている……? うぇ、思い出したら気持ち悪くなってきた)


 それは、液体状の魔物モンスターである『スライム』の感触。スティアの記憶に残るスライムの感触が──目の前にある液体が、スライムと同等の物であると主張する。


「スティアちゃーんッ! こっちに来てーーッ!!」


 指に付着したゼリー状の液体にスティアが思考を巡らせていると、少し離れた位置にある街灯の下に立っていたフィナンシェが手を振りながらスティアを呼ぶ。その声でハッと我に返ったスティアは駆け足でフィナンシェの元へと向かう。


「どうしたの、フィーネ? 何か見つかった……!?」

「スティアちゃん……この痕跡、何だと思う?」


 フィナンシェの足元に広がっていたのは、井戸にあったのと同じスライムの痕跡。


「近くの家の人に訊いたら、この水の跡みたいな所にバケツが落ちていたって……!」

「ねぇ、フィーネ……。もしかしたら──」


 街灯の近くにあった痕跡、井戸の縁に付着した痕跡、いずれも魔物モンスターであるスライムの痕跡。それに気付いたスティアは、自らの脳裏にぎった“仮説”をフィナンシェに説明し始める。


 一方──、


魔王九九九まおうきゅうひゃくきゅうじゅうきゅうちゅき──『真実の碧トゥルー・エメラルド』!!)


 ──フィナンシェの背中で揺られるカティスもまた、ふたりとは別の方法で事件へのアプローチを仕掛ける。


 “星の瞳”を周囲から隠すために、両眼を覆うように巻かれた包帯の下であおく輝く“剔抉てっけつの魔眼”が──隠された『真実』をつまびらかにしていく。


(スティアの推察ちゅいちゃつ通り──アヤを攫った犯人はちゅライム。それも高度に知的──恐らくは“突然変異種ミュータント”でちゅね……?)


 碧く輝く魔眼が指し示すのは──アヤを攫った犯人。カティスは魔眼によって得た真実を以て、誘拐犯をスライムだと断定する。


 しかし、問題は何者が犯人であるか──


(解せぬのは──スライムであると同時に……? ただの人間ヒトへの擬態ぎたいなら、おれの『真実の碧トゥルー・エメラルド』には引っかからない筈でちゅ……!)


 アヤを攫った者は──『スライム』であり『人間』。その不可解な符号が、カティスの脳裏に大きな“疑問”として浮かび上げる。


(おれの『真実の碧トゥルー・エメラルド』に浮かび上がる──スライムを操る少女。こいつは一体、何者でちゅか……?)


 一方で──、


「アヤさんを攫ったのは──多分、スライムを操っている何者か。それか、スライム自身だと思う」


 ──スティアも着実に犯人に近付きつつあった。昨日、偶然にも味わってしまったスライムの感触から、スティアは手掛かりを紐解ひもといていく。


「それってどう言うことなの……? 犯人は“魔物使いモンスター・テイマー”ってことなの……?」

「そこまではあたしにもまだ分からない……。でも、此処ここと向こうにあった痕跡は──間違いなくスライムのものだったよ。多分、犯人は──」


 そう言いながら、スティアは井戸の方に視線を送る。そして、其処そこでスティアは自身の推察を裏付ける決定的な光景を目撃する。


「────スンスンッ……いてッ!? だぁー、ダメだ! !!」

「またですの……? はぁ……此処ここも外れですわね……」


 其処そこに居たのはラウラとトウリ。を辿っていたのか、地面すれすれまで鼻を近付けながら匂い嗅ぎ歩いていたトウリは、頭を井戸に強打して立ち止まると、ブツブツと文句を言いながら井戸を睨み付けた。


「ラウラさん、トウリさん……どうしたんですか?」

「あら……! スティアさんにフィナンシェさんじゃありませんか。おふたりも例の失踪事件を調べてらっしゃるのですか……?」

「そう言うこと。そっちは何か行き詰まったみたいね」

「そのとーりだよ。休憩室でずっとほうけているアイノアに頼み込んで行方不明者の匂いを嗅がせてもらって、その痕跡を一人ずつ追っていたんだけど……」

「見ての通り──全部の匂いが井戸で途切れてしまいお手上げ状態ですわ……!」


 スティアとフィナンシェ、ラウラとトウリ、お互いに捜査は手詰まり。しかし、双方が集めた手掛かりの“欠片カケラ”が、一筋の光明こうみょうを導き出す。


「スライム……井戸での匂いの途切れ……っ!! ねぇ、トウリ──!?」

「んっ……!? えーっと、多分……魔物モンスター──スライムかな? の、匂いは感じるんだけど……?」

「他には……!?」

「いや、行方不明者とスライム以外に匂いは感じてねぇ……! おい、まさか──!!?」

「うん、そのまさか……!!」


 何かに気付いたのか、スティアとトウリは井戸の縁に両手をつくと──井戸の中へと顔を覗かせる。


「井戸がどうかしたんですの?」

「聴いて……! 犯人は──行方不明になった人たちを捕まえて……!!」

「な、何ですって!? あ、ありえませんわ!?」

「いや……あり得るよ。犯人は──。きっと、連れ去った人ごと、井戸の下を流れる水路を通って行ったんだ」


 カヴェレの街には、いくつか井戸が設置されている。それらは、街の建設時に造られた水路を通じて繋がっており──街の近くを流れる水流から水を引いている。


 つまり──、


「井戸の中を通れば──誰にも気付かれずに街に侵入出

来て……」

「誰にも気付かれずに街から出れますわ……!!」

「つまり──行方不明になった人は全員、スライムに連れ去られた……!!」


 ──犯人は井戸の中を自在に行き来できる存在、液体状の魔物モンスターであるスライムと言うことになる。


(ほぉ……素晴ちゅばらしい推理ちゅいりでちゅね……!)


 その推理にカティスは思わず感心の声をあげる。自分と同じ精度の推察を偶然とは言え、四人の少女たちが成し得たから。


「フィーネ……! 井戸水を引いている水流の先には何があるか分かる!?」

「え、え〜っと……たしか、上流にも下流にも魔物モンスターの住処になっている森があったような……?」

「犯人は多分、その森のどっちかだな!」


 攫われた人たち、連れ去った犯人、そのおおまかな行き先を掴んだスティアだったが──その正確な居場所は未だに不明瞭ふめいりょうであった。


「スティアちゃん、一旦ギルドの支部に戻ってみない……? エスティさんが何か新しい情報を掴んでいるかも知れないよ?」

「でも、魔物モンスターが関わっているわって分かった以上、もたもたしてられないよ……! アヤさん……攫われた人たちにもし何かあったら……!!」


 フィナンシェは一度、情報を整理する為にギルドの支部に行くことを提案するが、焦燥感に駆られているスティアはすぐにでも行動しようと身体をそわそわと揺らしている。


「落ち着きなさい、スティアさん! 焦って行動すれば事を仕損しそんじますわよ……!!」


 そんなスティアの落ち着きのない様子を見かねたラウラは、彼女に静止の言葉を掛ける。


「でも……!」

「スティアさん、貴女あなたのお陰で事件の尻尾は掴めています。一刻を争うのは分かりますが、我々は確実に行動するべきですわ……!」

「ラウラさんの言う通りだよ、スティアちゃん……! ここで焦ったらダメだと思う」

「………………っ。フィーネが言うなら……分かった、一旦ギルドに行くよ」


 フィナンシェに諭されてようやく落ち着きを取り戻したのか、スティアは深く深呼吸をするとギルドの支部に足を向ける。幸いにも、四人がいる場所はギルドの支部から目と鼻の先の距離──はやる気持ちを抑えて、スティアたちはギルド支部に再び足を運んで行く。


 彼女たちは──そして、事態を俯瞰ふかんするカティスも、まだ知らない。この事件の真相、18名の女性を攫った者が抱く感情を。


 その感情の名は──『渇愛かつあい』。


 これは、“愛”をったが故に──“愛”にえた哀しき“怪物モンスター”の物語。

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