第二十七話:ギルド試験狂騒曲⑳/閉幕



『10……9……8……7……』


 ラスヴァー家旧邸宅の上空から、アイノアのカウントダウンの声が響き渡る。


「スティアちゃん! もう時間が無いよ!!」

「分かってるって……!!」


 そのアイノアの急かすような声にあおられながら、スティアは邸宅の噴水前で対峙したスライムに飛び掛かり、最後の攻勢を仕掛ける。


『5……4……』


「いっ────けぇえええええッ!!!」


 死闘を切り抜け、僅かではあるが“冒険者”として心身共に成長したスティアの剣閃けんせんは、試験開始時よりも鋭く、疾く、迷い無く──彼女を迎え討とうとしたスライムを、“コア”ごと一刀両断いっとうりょうだんし、スライムはたちまちにただの液体になって弾けてしまう。


(ほぉ~、ハウンド・クイーンとの戦いを通じて、『闘う者』とちての“覚悟”と“勇気”が芽生えてまちゅね……! まだまだ落第点らくだいてんでちゅが、流石さちゅがはおれと『彼女』の末裔でちゅね……♪)


 フィナンシェに背負われながら、カティスはスティアの──自身の血を引く継ぐ少女のささやかな“成長”に、難癖なんくせを付けながらも感心している。


「スティアちゃん、早く“タグ”を……ッ!!」


 呑気なカティスとは打って変わり、フィナンシェは険しい表情かおでスティアの頭上を指し示す。そこにはスライムの消滅と共に弾け飛んだ、デフォルメされたアイノアをかたどった“タグ”がくるくると宙を舞っている。


『3……2……』


 アイノアのカウントダウンが刻々と“0(ゼロ)”へと近付いていく。


「こんの……ッ!! に──あえーーーーッ!!」


 迫る“終わりの時”に間に合わす為に──スライムを両断したスティアは、地面に着地した勢いを利用して深くかがみ込むと──くうを舞う“タグ”に向かって最後の力を振り絞って跳躍ジャンプする。


『1……』


 そして──アイノアのカウントダウンより僅かに疾く、スティアの伸ばした右手が“タグ”を掴み取った。


「「やった…………!!」」


『……0!! はい♡ “時間切れタイム・アップ”〜〜〜〜ッ!!』

『そこまでッ!! 選抜試験参加者は動きを速やかに止めなさい! 救援隊は速やかに残った魔物モンスター鎮静化ちんせいかを……!!』

『はぁ〜い♡ ペンを置いて、手は膝の上♡』

『…………学院の筆記試験かッ!!?』


 それは──ギルド選抜試験の“終了”の合図。2時間におよんだ激闘が終わったしらせの


「────ふぎゃ!!?」


 間一髪かんいっぱつ、最後の“タグ”を掴んだ事に安堵あんどしたのか、気を抜いて姿勢を崩したスティアは背中から地面に落下して情けない悲鳴をあげる。


「ス、スティアちゃん!!? だ、大丈夫!!?」


 スティアが思いっ切り地面に叩き付けられたのを見たフィナンシェが、慌てて彼女に駆け寄って行く。


「…………う、うふふ……あっははははは!!」

「スティアちゃん……痛みで頭がおかしくなっちゃたんだね……!!」

「違いますーーッ!!?」

「でも安心して! スティアちゃんが今よりもっとおバカになっても、わたしがお世話してあげるからね!!」

「人の話を聴いてーーッ!?」


 フィナンシェのペースに巻き込まれまいと、スティアは仰向あおむけに倒れたまま、最後に掴んだ“タグ”を高らかにかかげる。


「見てコレ、最後の1ポイント……! これであたし達は──」


 そして、掲げられた“タグ”をどこか誇らしげに自慢しようとした時──、


『はぁーい♡ ピンポンパンポン〜♪ アイノアちゃんからのお知らせ……もとい〜、結果発表ーーッ!!』


 ──スティアの声に被さるように、アイノアの高らかな声が再び辺りに木霊こだまし始める。


『──っと、ちょっとまって下さいね♡ “反響共鳴レゾナンス・エコー”──La〜〜♪』

『あー、ただいま参加者各自が集めてくれた趣味の悪いデザインの“タグ”を集計している途中だ。少し待っていて欲しい……』

『〜〜〜〜♪ はい♡ 集計完了〜♡ 今回の選抜試験、合格者は〜〜、なんと6名ですっ♪』


 そのアイノアの発表に会場がざわつく。2時間に及ぶ試験を制し、見事ギルドの“許可証ライセンス”を手にした者は──6名。


『う〜〜ん、アイノアちゃんがスケベ目的……じゃなかった……ボーナスのつもりで用意したフォレストフロッグさんがまるっとハウンド・クイーンに喰い散らかされたせいか、合格者は少ないですね〜〜♪』

『確かに、そうなるな。だが逆に今回の合格者は、そんなハプニングを乗り越えた強者つわものであるとも言えるな』

『確かに〜♪ それじゃあ……合格者を今から発表していきますねー♡』


 アイノアはそう言ってワイバーンのくらの上に立ち上がると、“拡声機マイク”型の杖を口元に密着させて大きく声を張り上げる。


『まずは一人目──地元である此処ここ、カヴェレから参加してくれました〜〜、レウナ選手ーーッ!!』

『たった独り──迷宮庭園で狩りを続け、見事20ポイントを集めたな』


 アイノアが高らかに宣言した瞬間──スティアとフィナンシェから少し離れた所から、幼い少年らしき声が上がる。


『お次は二人目──こちらは隣街のリステウスからやって来た〜、アニエス選手ーーッ!!』

『こちらも迷宮庭園で“独りソロ”で狩りを行っていたが──近くで暴れまくっていたに恐れて逃げて来た魔物モンスターのおこぼれに運良く預かれた“幸運ラッキー”な合格者だ』


「やった……やったーっ♪」


 アイノアの宣言と共に──スティア達から少し離れた位置に居た薄い桃色の髪の少女らしき人物が、杖を抱えながらウサギのようにぴょんぴょんと飛び跳ね始める。


『お次はまとめてふたり発表〜〜♪ こちら──今回の大騒動を見事乗り切ってみせました新進気鋭しんしんきえいの二人組──スティア選手とフィナンシェ選手でぇーす♪』


「「や、やっっったぁーーーーっ!!」」


 アイノアが名前を言った瞬間──スティアとフィナンシェは地面にへたり込んで、お互いに抱き合いながら嬉しさのあまり大きな声で歓声を上げてしまう。


『残り1秒……最後まで諦めずに手にしたポイントで合計40ポイント。見事、合格を掴み取ったな』

『思えば……あのラスヴァーさんをギャフンと言わせ、このアイノアちゃんに“負け”を認めさせ、更にはハウンド・クイーンに見事な大立おおたち回り……!!』

『えぇ、そうね。今にして思えば──きっとふたりは“冒険者”になるべくしてなったのかものね……?』

『ですねー♡ それでは皆さん──今日一日、私たちを大いに賑やかせてくれたふたりの合格を讃えて〜、盛大に拍手〜♡』


 アイノアの音頭おんどに合わせて──スティアとフィナンシェに向けて、参加者や観客たち、旧邸宅の魔物モンスターの鎮圧にあたっている救援隊から惜しみない喝采が送られる。


「なんだか……て、照れちゃうね///」

「う、うん……/// でも、これであたし達も──冒険者になれたんだね……!」


(全く……おれがいなかったら今頃はんでいたと言うのに……。まぁ、よく頑張ったでちゅね……ふたりとも)


 ふたりが嬉し恥ずかしそうに照れているのを観ながら、カティスもふたりの合格の健闘を讃えるようにうなずく。


「ふふふっ♪ この子もお祝いしてくれてるみたい♪」

「えー、ほんと? なんかあたしには『ふたりともまだまだ甘いでちゅ』……みたいな表情かおに見えるんだけど……」

「ばぶぶ、ばぁっぶぅーー!!?(約:コイツ、エスパーでちゅかーー!!?)」


『さぁさぁ、皆さんご注目〜♡ お次の合格者は〜、なんとなんと、最後も二人組でぇーす!!』


 そして──アイノアの口から、最後の合格者の名前が告げられようとし始める。


『今回の選抜試験、最後の合格の“許可証ライセンス”を手に入れたのは〜〜っ!! この街に旋風せんぷうの如く現れた〜〜、ラウラ選手とトウリ選手でーっす!!』


「オーホッホッホッ!! お褒め預かりました──そう、わたくしこそがラウラでございますわーーーーッ!!!」


 アイノアの発表に被せるように声を張り上げながら、スティア達の近くにあった白い噴水に跳び乗ったラウラが──決めポーズをしながら現れる。


『なんとラウラ選手とトウリ選手、ふたりで合計75ポイントも集めていましたー♪ しょーじき言って、全くもって意味の無い行為でーっす♡』

『ただただ、1番になりたいと言う──露骨な勝利者願望の現れね……』


「そう……わたくしたちが──“No.1ナンバーワン”ですわーーーーっ!!!!」

「やっぱ無駄にポイント稼いだ意味無いじゃん……。はぁ……あほくさ」


 噴水の上で高らかにポーズを決めるラウラを、噴水のかたわらでトウリが呆れながら見ているのであった。


(何故だろう……トウリ嬢からは私と同じ雰囲気を感じる……。迷惑な隣人に頭を抱える苦労人のような雰囲気が……!)


『残りの皆さんは残念ながら不合格となります〜♡ また次回、頑張ってくださーい♡』

『……おっと、合格者たちは“許可証ライセンス”を渡すので、後でギルド支部に来るように』

『それではー、ギルド選抜試験──これにて終了〜〜!! 今回のお相手は……みんなのアイドル──アイノア=アスターちゃんと♡』

『アイノアの犠牲者──シト=エスティがお送りしましたー』


 アイノアとエスティの高らかな宣言と共に──ギルド試験狂騒曲は終わりを迎える。


 激闘を制し、ギルドの“冒険者”になった者たち。スティアとフィナンシェもそのうちの二人である。


 この試験で生まれた冒険者たちが何を巻き起こすのか──いまはまだ誰も知る由は無いのだった。

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