第十八話:ギルド試験狂騒曲⑪/開演 - 天使の歌声


 ──ギルド支部での騒動から30分後。カヴェレ郊外、ラスヴァー家旧邸宅。


「ひぃいいいい……!! 高い〜、怖い〜、ワイバーンの背中硬い〜……!!」


 今は使われていないサルカス=ラスヴァーの大きな邸宅を、囲うように旋回しながら飛行する竜種の魔物モンスター──ワイバーンが二匹。


 そのワイバーンに取り付けたくらまたがり、くつわから伸びる手綱たずなを手に取って、アイノア=アスターとシト=エスティは空を飛んでいた。


 恐怖で身をかがめワイバーンの長い首にしがみついているエスティとは対象的に、アイノアはすまし顔で手綱を握ったまま左手に握った小さな棒状の杖を右手で突いている。


 長さ20センチ程の棒状の杖は、先端にピンク色に発光している魔石が取り付けられており──アイノアがその白くなめらかな指先で“コツンコツン”と魔石を突くと、それに呼応こおうして魔石から“コツンコツン”と言う反響音が響き渡る。


「ん〜、今日も調子はオッケ〜♪」


 その反響音を確認したアイノアは上機嫌にそう呟くと、杖を口元に──魔石にその柔らかなプリンのように弾むピンク色のくちびるがくっつきそうな程に近付けて、小さく声を漏らす。


『あー、マイクテスト、マイクテスト』


 するとどうだろうか──小さくささやいた筈のアイノアの声は魔石によって大きく増幅されて、周囲に響き渡る。


 その響き渡った自分の美声に満足したのか、アイノアは大きく息を吸うと──その魔石に向かって大声で声を上げ始めた。


『紳士淑女のみな皆さーん♪ こんにちっはーーーーっ♪』


 周囲一帯にアイノアの声が大きく響き渡る。


 ラスヴァー家旧邸宅──中央にある“おう型”に広がる屋敷を中心に、大きな門から屋敷の玄関まで続くアプローチの左右から屋敷の両隣まで伸びる綺麗に整えられた迷路のような大きな庭園と、アプローチの中央に造られた白い噴水、裏庭には数々の作物を収穫する為に作られた果樹園かじゅえん──広大な敷地しきちには、かつての主であるサルカス=ラスヴァーの趣向しゅこうが反映された造形が所狭ところせましと施されていた。


『本日は──ギルド冒険者選抜試験にようこそー♪ 今回の選抜試験の舞台はー、此処、今は亡きカヴェレ支部の支配者──サルカス=ラスヴァーさんの旧邸宅からお送りしまーす♪』


「いやいや、ラスヴァーさんはまだ死んでないから……! アイノア、勝手に人を殺すのはやめなさい」


『エスティちゃん、うるさいですー。っと失礼しましたー♡ 今回の舞台であるラスヴァー家旧邸宅はー、なんとあのラスヴァーさんがギルドの為にと、敷地を丸ごと提供してくれたのを使わせて頂いてまーす♡』


「嘘つけ!? あんたがラスヴァーさんがギルド支部の新人受付嬢に手を出したスキャンダルで強請ゆすって強奪したんでしょうが!!?」


『えーっ、何の事ですかー♡ アイノアちゃん、全然分かりません〜♡』


 上空を旋回するワイバーンからふたりの少女の喧嘩声が聞こえてくる。



 一方、地上──ラスヴァー家旧邸宅の門前。固く閉ざされた大きな門の前には、20人程の人が集っていた。皆、今回の選抜試験の参加者──つまりギルドの冒険者を志す者たちであり、剣や杖、様々な得物えものを携えた男女が試験の開幕を今か今かと待ちわびていた。


 その中には、ほんの半刻前に──見事、選抜試験への飛び入り参加を勝ち取ったスティアとフィナンシェの姿もあった。


「いいから、君はオイラと一緒にあっちに建てられた観客席で見学するッス!! な、なんて力の強い赤ちゃんッスか──早く、フィナンシェちゃんから離れるッス……!!」


 選抜試験の開幕まで残り数分と迫る中──スティアとオヴェラは、フィナンシェの胸に引っ付いて離れようとしないカティスを引き剥がそうと奮闘していた。


「ばぶぶ! ばぁっぶぅうううう!!(約:嫌でちゅー! おれが離れたらふたりが死ぬでちゅううう!!)」

「痛たたたた!! もぉ〜、おっぱいとれちゃうよ〜!!」

「早くフィーネから離れなさいっての、このエロガキ〜!!」


 一方、カティスは試験の場に突入しようとするスティアとフィナンシェに同行しようと必死になっていた。


貴様きちゃまたちがこの試験ちけんんだら、この魔王カティちゅ一生の名折れ! 魔王九九九まおうきゅうひゃくきゅうじゅうきゅうちゅき全力フルに使ってでも、それだけは阻止ちゅるでちゅ〜!!)


 ふたりの命運めいうんを一度でも握った以上──ふたりに“無様な死”を迎えさせるのはかつての魔王カティスとしての“矜持プライド”が許さない。


 故に──カティスはフィナンシェにしがみつき、無理矢理にでも試験会場に乗り込もうとしていた。


「あらあら……誰かと思えば、スティアさんとフィナンシェさん、それに可愛らしい赤ちゃんじゃありませんか? ご機嫌いかがですか?」


 カティスを引き剥がそうと擦った揉んだしているスティアフィナンシェに気が付いたのか、軽い挨拶をしながらふたりの少女が近付いてくる。


「あっ、ラウラさんにトウリさん! 昨日ぶりですね♪ ──い、痛い〜引っ張らないで〜!」

「何が昨日ぶりだよ……! おれ達を見捨ててどっか行った癖にー!」


 ふたりに声を掛けたのはラウラとトウリ、昨日──迷路ダンジョンから脱出したスティアとフィナンシェと共にカヴェレまで同行した少女達だった。


「まぁまぁ、トウリさん。それにしても……わたくしたちと同じで、やはりこの選抜試験に参加されてたのですね?」

「じゃあ、あんた達も……? ──この、大人しくしなさい……!!」

「オーッホッホッホッ! もちろんですわ! わたくしたちもギルドの冒険者を目指す身……つまりはあなた達の『好敵手ライバル』ですわーっ!!」

「また悪役令嬢みたいな品のねぇ笑い方してるし……。っと、さっきからあんた等、真っ昼間からフィナンシェのおっぱいなんか揉んで何してんだ……? 新手あらての変態プレイか??」


 スティアとオヴェラがフィナンシェに向かって何かをしている事に気付いたトウリが、興味深そうに様子をうかがってくる。


「──────何してんだ、この赤ちゃん??」

「トウリさんもこの子を引き剥がすの手伝って下さい〜。あぁん/// ちょっと、そんなに強く引っ張らないで〜///」

「ちょっとフィーネ、変な声出さないでよ/// あたし達が昼間っからエッチな事してると思われるじゃない///」

「例の赤ちゃんがフィナンシェさんから離れたがらないですの? だったら、いっそ連れて行ってしまえば良いのでは……?」


 カティスを引き剥がそうと躍起やっきになっているスティア達を見かねたのか、ラウラは『いっそ連れて行けば?』と提案を出すが──、


「な、何言ってるんですか、この成金なりきん騎士ナイト!? 赤ちゃんを連れて行けなんて正気ですか!!?」


 ──フィナンシェに凄まじい勢いで怒られてしまう。


「な、成金騎士なりきんナイト……!? わ、わたくしは成金ではありませんわ! 正真正銘しょうしんしょうめい、由緒あるヴァルプ──」

『はぁーい♡ 選抜試験参加者の皆さーん、アイノアちゃんの声──聴こえてますかーーっ?』


 フィナンシェとラウラが口論に発展しかけたその時、空を旋回しているワイバーンからアイノアの声が門の前に集まっている参加者達に掛けられる。


 その場にいた全員が上を見上げると、そこにはワイバーンにまたがっているアイノアとエスティがこちら側を見下ろすように飛んでいた。


『もうすぐ選抜試験が始まりますのでー、部外者はあちらにご用意しました観客席へとどうぞー♪ 聴こえてますかー? 貴方の事ですよ〜、オヴェラさ〜ん♡』


 オヴェラを名指しで呼びながら、アイノアは大きく腕を使ってラスヴァー家旧邸宅の敷地の側に建てられていた、高さ数メートル程の大きな観客席を指し示す。


「げっ、名指しで注意されちゃったッス……!!」

「この、早くフィーネから、離れて、オヴェラさんと一緒に、観客席に行きなさい〜! こいつ昨日もだけど、力強すぎ〜!!」


(フハハハハッ、莫迦め! この魔王カティちゅがその程度の腕力で離れる訳がないでちゅ!!)


 などど、得意気な表情かおをしながら、カティスがフィナンシェの胸にしがみついていると──、


『あぁ、そうそう……アイノアちゃん、伝え忘れてましたー♡ スティア=エンブレムさーん、フィナンシェ=フォルテッシモさーん、聴こえますかー?』


 ──アイノアは、今度はスティアとフィナンシェをご指名してくる。


「えっ!? あたし達、何かした!?」

「わたしは何かされてる途中です〜、助けて〜!!」


『おふたりには〜アイノアちゃんからの特別スペシャル指令オーダー♡ ♡』


「「────えぇ!!?」」


「ばぶぅ!!?(約:ハァ!!?)」


 スティアとフィナンシェに対して、唐突にアイノアから下されたのは『赤ちゃんも連れて選抜試験に参加しろ』と言うとんでもない指令だった。


「ち、ちょっと、あんた何言ってるの!?」

「そ、そうです! こんな小さな赤ちゃんを連れて試験を受けろだなんて正気ですか!?」


『はいざんねーん♡ おふたりは飛び入り参加の身分、アイノアちゃんに逆らう事は許しませ〜ん♡ 嫌なら今からでも参加権利を剥奪はくだつしちゃいますよ〜♡』


「「ひ、卑怯者ーーっ!!」」


『卑怯で結構〜、苦情はエスティちゃんにお願いしま〜す♪ ではでは〜、アイノアちゃんは開始宣言があるのでこれにて失礼〜♡』


 アイノアの横暴おうぼうな要求に憤慨ふんがいするスティアとフィナンシェだったが、言うだけ言って満足したのか──アイノアはワイバーンをたくみに操って観客席の方へと飛んで行ってしまった。


「運営からの直々のおたっしですわね……。諦めてお連れなさいな」

「……だな。あのアイノアって女、なに考えてるか分かんねーから、逆らわないほうが身のためだぜ」


 ラウラとトウリの忠告に、スティアは「ぐぎぎっ」と悔しそうな声を上げながら、ようやく諦めてカティスから手を放した。


 それまで引っ張られていた状態だったカティスは、放された勢いでフィナンシェの胸に激突──ポイーンっと言う軽快な音をさせながら、彼女の大きく柔らかな乳房をトランポリンにして大きく跳ね上がる。


「──すげぇ!!?」

「あぁん///」


 そして──空中に大きく投げ出されたカティスはそのまま身をくるりとひねると、フィナンシェの背中へと降りてそのまましがみついた。


「ふい〜、ばぁぶばぶばぶ……!(約:ふい〜、やっぱここでちゅね……!)」

「はぁ〜、しょーがないッスね……。と、とにかくひもか何かで最低限固定だけはするッスよ!」


 ようやくスティアとオヴェラの猛攻から解放されたカティスは、したり顔でフィナンシェの背中の感触を味わっている。


 その──傍から見れば非常にだらしのない表情かおに呆れながらも、最低限の処置を試みようとオヴェラは道具袋を漁り始めるのだった。



 ラスヴァー家旧邸宅──上空。


「ぬっふっふっふ〜♡ これであのふたりは赤ちゃんを連れて参加せざるをえない……♪ んん〜、アイノアちゃんってやっぱり天才〜♡」

「…………『外道げどう』の間違いでしょ? いくら強いって言っても、赤ちゃんを選抜試験に参加させるなんて……!」

「まぁまぁ、エスティちゃん♡ いざと言うときは──アイノアちゃんが“紋章術式クレスト・アーツ”で何とかしますから♪」

「全く……!!」


 幼いカティスを矢面やおもてに立たせてたことを糾弾きゅうだんするエスティだったが、アイノアはそれを華麗にスルーする。


「さぁ! そろそろ始まりますよー♪ エスティちゃんも……マイクパース♪」


 上機嫌にアイノアはエスティ用の拡声機マイク型の杖を放り投げ、エスティはそれを嫌そうな表情かおで受け取る。


 やがて──羽ばたきながら、ラスヴァー家旧邸宅を大きく旋回していた二匹のワイバーンは、アイノアとエスティの指示を受けて舞台の側に設置されていた観客席の前で停止し──空中浮遊ホバリング状態に移行する。


 設置された観客席には老若男女ろうにゃくなんにょ──様々な人たちが集まっていた。


 選抜試験の参加者の親族、野次馬に来たカヴェレの住人たち、未来の後輩もしくは好敵手ライバルの誕生を見届けに来たギルドの冒険者たち──もしくは、


 その観客達ギャラリー一瞥いちべつしてから──アイノアはワイバーンのくらの上に立ち上がり、高らかに声を上げ始める。


『さあさあさあ……おっ待たせしましたー!! 冒険者選抜試験──いよいよ開幕でーす♪』


 アイノアの声は杖の魔石によって大きく、響き渡るように拡散し──観客達ギャラリーはおろか、離れた位置で待つ試験参加者たちにも“その時”をしらせる。


「始まった……!! いよいよだよ、フィーネ……!!」

「うん、頑張ろうねスティアちゃん……!!」


 来たる時に──スティアとフィナンシェは胸を高鳴らせる。


 夢に観た──冒険者になる為の、試練はすぐそこに。

 夢に観た──冒険者へのみちは、その先に。


「さぁ、これで準備オッケーッス!! ふたりとも、応援してるッスよ〜!!」

「ありがとうございます、オヴェラさん……!!」


 オヴェラが取り出した白い布製の紐で作られた簡易的な“おんぶひも”によって、カティスはフィナンシェの背中にしっかりと固定される。


(あのアイノアとか言う女……一体何を企んでいるんでちゅかね……? まぁ、おれ的には好都合でちたが……)


「巻き込んじゃってこめんね〜♡ お姉ちゃんが守ってあげるから、一緒に頑張ろうね〜♡」

「ばぁぶ♡(約:は~い♡)」

「いや〜ん、かわいい〜///」

「何してんの……フィーネ……??」


 フィナンシェの甘くとろけるささやきに思わずにやけるカティスだったが──、


(ちまった……乗ちぇられたでちゅ……! おれがフィナンシェを“守る”立場でちた……!!)


 ──本来の立場に気付いたカティスは首をブンブンと振るうと、ふたりと同じく迫る開幕の時に備え始める。


 この先で待ち受けるのは──果たして、ふたりの少女の凄惨な『死』か、それとも早とちりな魔王のただの『杞憂』か?


 ──それを見極める為に。



『本日の選抜試験──実況を務めますは〜この私!! ご存知、ギルドのアイドル♪ 最高に可愛い〜、アイノア=アスターちゃんと〜〜♡』

『やる気がありませーん、早く帰りたいでーす、解説役のシト=エスティでーす。誰か助けてー』

『──の、ふたりでお送りしっまーす♡♡♡』


 カティスの心配を他所に、空中ではアイノアとエスティによる司会進行が続いている。


 本日の主役たち──選抜試験の参加者たちを喰いかねない勢いでトークをすすめるアイノアは、ますますヒートアップしたのか、観客達ギャラリーを煽るようにトークを進めていく。


『さあさあ、可愛いみんなのアイドル──アイノアちゃんの登場ですよ〜♡ 黄色い声援──行ってみよ〜♪』


 そして、アイノアが観客席に声援を要求した瞬間──、


「「「“殺戮の天使アイノア=アスター”だ!! っちまえーーっ!!!」」」


 ──凄まじい怒号どごうと共に、観客席のあちこちから弓矢や炎や氷の魔法が──アイノア目掛けて、とんでもない勢いで放たれ始める。


(あの女、どんだけヘイトを貯めとるんでちゅかーーーー!?)


『や〜ん♪ ファンの皆さんの熱烈な声援エール〜♡ アイノアちゃん、感激です〜♡』


 雨あられと飛んでくる矢と魔法を騎乗しているワイバーンと息を合わせて回避パリイしながら──アイノアは歓喜の声をあげる。


「「「この人間の屑ー!! 日頃の恨み、喰らいやがれーーっ!!」」」


『どこが熱烈な声援エールだ!? 思いっきりお前に向けられた殺意じゃないか!!』

『あははははは♡ アイノアちゃん、人気者です〜♪』


 当然、アイノアに向けられたそれが“黄色い声援”でないのは誰が見ても明らかだった──アイノア以外には。


『こんな状態じゃおちおち実況も出来ないぞ! 万が一、ワイバーンに直撃して墜落ついらくしたらどうする気だ!!?』

『う〜ん、確かにそうですね〜。──仕方ありません、ファンの皆さんには申し訳ありませんが、少し大人しくして貰いましょ〜♪』


 攻撃を必死に避けながら忠告を飛ばすエスティに渋々納得したアイノアは、手にしていた拡声機マイク型の杖を口元にあてがいながら──残った左手を喉元に当てて、白い“紋章”を浮かび上がらせる。


紋章術式クレスト・アーツ──“天使の歌声テウラストス・アーニアルト”』

『あ〜、一般観覧者かんらんしゃ及び選抜試験参加者の皆さん。急いで耳を塞いでくださーい』


 アイノアが構え、エスティが警告を発した瞬間──、


生誕せいたんの祈り──“天使祝詞アヴェ・マリア”』


 ──アイノアの天使の様なうるわしい美声が、一帯に響き始める。


『Laaaaaaa────♪』


 幼子おさなごを眠りにいざなう母の子守唄こもりうたのように、あるいは至高の天使たちの聖歌チャントのように──アイノアの歌声は心地良く、聴く者の精神を快楽の海へと堕としていく。


 そして、彼女の歌は瞬く間に観客席を包み込み──たちまちに、放たれていたアイノアへの攻撃はピタリと停止する。


『──まーたやっちゃった……! あんたのその“歌”──退、やめてって言ってるでしょ!!』

『──えへ♡ 母性溢れる聖母が如きアイノアちゃんの前では──人は皆、“赤ちゃん”になるのでした〜♡』


 聴くと精神が幼児退行ようじたいこうを起こす──そのエスティの言葉通り、攻撃に夢中でアイノアの“歌”を連中は、その場に卒倒そっとうし──赤ちゃんのようにぐずり泣いていた。



「な──何が起こったんですの?」

「耳塞いでたからよく分かんねーけど、無事じゃねえのがこっちにも二人ふたり居るみたいだぜ……!」


 門の前に立つ選抜試験の参加者たちにもその“歌”は響いており──反応が遅れ、耳を塞ぎ損ねた二名にめいの男性がその場に倒れ、幼児退行を起こしていた。


『あぁーっと、選抜試験が始まる前から脱落しちゃう腑抜ふぬけさんはっけーん!! 可哀想〜♡』

『あんたのせいだよ──この人でなし!!』

『残念ですが〜、こんな所でおねんねしちゃう悪い子は脱落ですねっ♪ しばらくしたら元に戻る……筈なんで……運営スタッフの皆さーん、担架たんかお願いしまーす♡』

『元に戻るって断言してあげて!!?』


 アイノアは大量の被害者を出したにも関わらず、まるで他人事のように言い捨て──彼女の“歌”の犠牲になった二名にめいは、運営スタッフに担架たんかに乗せられて何処どこかへと運ばれて行ってしまった。


(アレは──『紋章術式クレちゅト・アーツ』!!? 莫迦な……アレはおれがエルフ族を買収ばいちゅうちて独占契約どくちぇんけいやくちた筈……!!)


 カティスだけは──門外不出である筈の『紋章術式クレスト・アーツ』をアイノアが行使した事に驚愕する。


(アーリアめ……! 何故、エルフ族の秘術を一般に漏洩ろうえいちてるのでちゅか!!)


 何故なら、その秘術を知りうるのは──限られたエルフか魔王カティスだけであったから。


『外道で結構……!! オヴェラ、フィナンシェは“魔法使いソーサラー”だ。詠唱できない様に口を塞いで、“紋章術式クレスト・アーツ”で悪さ出来ない様に両手も潰しときな!!』


(通りで──ラウッカが『紋章術式クレスト・アーツ』をっていて、たかだか小娘こむちゅめのフィナンシェの両手を念入りに潰ちた訳でちゅ……!!)


 だが、実際にただの人間であるアイノアが『紋章術式クレスト・アーツ』を行使した以上、何らかの理由でエルフの秘術が漏洩ろうえいしたのは明白だった。


(まぁいい──今は目の前のことに集中ちゅるでちゅ……!!)


 しかし──今のカティスにとってその議題ぎだい些細ささいなこと。浮かぶ疑問を棚上たなあげして、来る時を待ち構える。



(ん〜、さっきの“歌”──あの赤ちゃんにはようにしたんですが……耳を塞がずともピンピンしてますねぇ♡ んふふふふ、アイノアちゃん──ますます興味が湧いちゃいました♡)


 先程の“歌”を耳すら塞がずに平然と受け流したカティスに──より深い興味を抱きながら、アイノアは再び高らかに声を張り上げる。


『さてさて、アイノアちゃんの信者ファンがお騒がせしちゃいました〜☆ それでは気を取り直して〜選抜試験のルールを説明しっまーす♪』

『アレはあんたの“ファン”じゃなくて──“アンチ”だ……!』


『今回の舞台はこのラスヴァーさんの旧邸宅の敷地全て!! そしてそして〜、今回のルールはぁ〜、ズバリッ──魔物モンスター討伐でーす♪』


『参加者の皆さ〜ん♡ 旧邸宅の敷地の中をご覧下さーい♡』


「「「「へいが高くて中が見えねーぞ!!」」」」


『あ〜、…………ハイ♡ 失礼しました〜♪ アイノアちゃんが説明してあげますね〜♡』


『この旧邸宅には〜アイノアちゃんが洗脳──こほんっ、アイノアちゃんが仲良くなった魔物モンスターがあちこちに放出ほうしゅつされていま〜す♡』


(今、洗脳って言いましたわ!!?)


『そして、魔物モンスターにはアイノアちゃんじるしの“タグ”を取り付けていまーす♪』


(アイノアちゃんじるしってどー言う事だよ!?)


『その“タグ”は魔物モンスターの種類によって1から3ポイントが割り振られていまーす♡』


『皆さんはその魔物モンスターをぶっころ──こほんっ、やっつけて、その“タグ”を集めてくださーい♡』


(いま凄く物騒な言い方をしましたわ!!?)


『その“タグ”を制限時間──2時間以内に20ポイント集めれれば〜♡ 晴れて合格♪ ギルドの“許可証ライセンス”──ゲットで〜す♡』


「2時間に20ポイントって結構キツくない? 最低でも7匹でしょ?」


『それぐらいの勢いで倒せないと──ギルドの冒険者の看板は背負わせませんよ〜♡』


「だって。とにかく精一杯頑張ろうね♡」


『ルールはご理解いただけましたか〜♡ それでは……いよいよ皆さんの目の前の“門”を開いて──選抜試験を開幕しま〜す♪』


 ルールを一通り説明し、アイノアがいよいよ開幕を予告した瞬間──参加者たちの空気がピリッと張り詰める。


『皆さん準備は万端ばんたんですね〜♡』


 その貼り付けた空気をワイバーンの上から観たアイノアは、嬉しそうににやにやと笑うと──再び喉元に“紋章”を浮かばせながら、左手をラッパのように口元に添える。


そして──、


紋章術式クレスト・アーツ──“天使の歌声テウラストス・アーニアルト”』


 術式を唱えると共に、アイノアは小さくささやく。


『“破裂音ラプチャー・サウンド”──Pan♪』


 愛らしく、可愛らしく、憂いらしく──ただ、“パンッ”っと──。


 次の瞬間──、


 ──パアァァン!!──


 ──と、けたたましい“破裂音”と共に、門の錠前じょうまえが粉々に破裂し──鍵を失った門はゆっくりと、開かれていく。


(なんと──……!? 錠前の破裂によって破裂音が発生ちゅるのを──逆さにして──と書き換えたのでちゅか……!!)


 カティスだけは目の前で起きた異常を見抜いたが──他の参加者たちはアイノアがした行為を理解出来ずに立ち竦んでいる。


『さぁー、もう試験は始まりましたよ〜♡』


 しかし、アイノアの急かすような実況に促され──参加者たちはそれぞれの武器を取って、勢い良く──戦いの場へとなだれ込む。


「行こう──フィーネ!!」

「うん……一緒に冒険者になろうね、スティアちゃん!」


(はてちゃて──鬼が出るか、蛇が出るか……どうなる事やら)


『さぁ〜、いよいよ始まりましたギルド冒険者選抜試験♪ 果たして──ギルドの冒険者になるのは一体誰か!?』


『愛と勇気──希望が織り成す“狂騒曲カプリッチョ”!! いま──開幕で〜すっ!!』


 かくして──波乱と混乱渦巻く『ギルド試験狂騒曲』は幕を上げる。参加者たちはまだ誰も知らない。


 まさか──あんな大惨事が起こり得るなどとは、まだ誰も。



〜〜〜



『すいませ〜ん♪ 観客席向かってのそのそと走ってるオヴェラさーん♡ 鍵を上から落としますので〜、アイノアちゃんが壊した門に──鍵を掛けておいて下さーい♡♡♡』


「ハァ!!? ふざけんなッス、この人間の屑ーー!!」


『じゃあ、アイノアちゃん……実況で忙しいので〜、これにて失礼しま〜す♡』


「待てやこの…………クッソあまぁあああああああ!!!!」

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