第十七話:ギルド試験狂騒曲⑩/エントリー


 ──カヴェレ支部の傲慢ごうまんな支配者・サルカス=ラスヴァーの破滅から数分後、一波乱が終わり先程までごった返していた受付カウンターにも落ち着きが戻っていた。


「はーい、ざんねーんでーす♡ 、あなた達は選抜試験に参加出来ませーん♡」


 受付カウンターに残る人影は5つ──受付嬢であるアイノア=アスターとシト=エスティ、その二人に抗議を続けているスティア=エンブレムとフィナンシェ=フォルテッシモ、そしてふたりの少女に連れられた赤ちゃん・カティスだけだった。


「えーっ、なんで〜!? あんた、さっき──」

「まだ足りませんー♡ 確かに〜、さっきのラスヴァーさんの公開処刑はたのしかったですけど──アイノアちゃんを“その気”にさせるには、あと一つ──“奇跡”を観せて貰わないと納得できませんー♡」


 何とかして今日行われる選抜試験に参加したいスティアとフィナンシェは、必死にアイノアに嘆願たんがんしているが──アイノアはにこやかに笑い返すだけで一向いっこうにふたりの要望を取り持つ様子は無かった。


(アイノア=アちゅターとか言い待ちたか……? 何だか意図いとの読めない女でちゅが、スティアとフィナンシェを試験ちけんから弾いてくれるならそれで結構でちゅよ♪)


 そのアイノアの素っ気ない対応に満足しているカティスは、乳母車の中でひとりニヤニヤとしている。


 このままスティアとフィナンシェが選抜試験に参加できなければ──カティスが観たふたりの“死”の可能性がぐっと減るからだ。


「アイノア、そろそろ選抜試験の支度したくの時間でしょ? 今回どうせ実況解説じっきょうかいせつをするんでしょう……?」

「もうそんな時間ですか? それじゃあ、アイノアちゃん達もそろそろ受付を引き継いで、ワイバーンの準備をしないとねー♪」

たち……? 待て──お前、また私を解説役にする気じゃ無いだろうな……!?」

「する気で〜す♪」

「いやぁあああ、私ワイバーンに乗るの嫌いなの〜!!」


 エスティは頭を抱えて拒絶の意思を示しているが、アイノアはそれをにっこにこで無視しながらエスティの服のえりをガッシリと掴んでいる。


「ちょっと待って──お願いします! あたし達にチャンスを下さい!!」

「わたしからもお願いします……! どうか──わたし達に機会を下さい……!!」


 アイノアとエスティが受付カウンターから席を外そうとした事に気付いたスティアとフィナンシェは──もう時間が無いと悟り、アイノアに深々ふかぶかこうべれて精一杯の懇願こんがんを試みる。


 しかし──、


「はぁ……しつこいですねー。アイノアちゃん、言ったでしょ? 私を納得させたかったら──もう一つ“奇跡”を観せてって♡」


 ──それまでおふざけ一辺倒いっぺんとうだったアイノア=アスターの調が、頭を下げるふたりに重くのしかかる。


「良いですかー♪ 受付は『昨日まで』──これが今日の選抜試験に参加する為の期限です♪」


「それは──重々じゅうじゅう承知しています……!」


「なら──分かるよね〜♡ その期限を越えたあなた達を参加させるのが──だって事ぐらい?」


 アイノアの言う事は正しい──仮に、スティアとフィナンシェが彼女を納得させて選抜試験に割り込んだとしても、それはふたりが設けられたルールに違反した事に他ならない。


「そんな事をして──キチンとルールを守ってくれた他の参加者さん達が納得してくれると思いますかー♪」

「そ、それは……」


(良いぞ、もっと言ってやれでちゅー♪)


「そんな事をすれば、あとうしゆびされるのは──あなた達ですよー♡」

「そ、それでも──わたし達は、冒険者になりたいんです……!!」


 それが──卑怯ひきょうな事と、姑息こそくな事と、悪い事だと自覚しながらフィナンシェは必死に頭を下げ続ける。


 無論、自分の為では無く──スティアの為に、カティスの為に。


「…………はやる気持ちが有るのは、アイノアちゃんも理解しましたー。でも、それなら──なおの事、“奇跡”を観せてくれますか? あなた達が──私が職権を濫用らんようしてでも、今回の試験にねじ込めたいと思えるような逸材いつざいだと──思わせてくれるような“奇跡”を……!」

「思っても職権は濫用しないで……」


 それでも──アイノア=アスターは譲らない。ふたりが“奇跡”すら起こせないほどの矮小わいしょうな──塵芥ちりあくたが如き存在なら、『観る価値』は無いと。


「ん〜、そうだ。良いことを思い付きました。私──アイノアちゃんが此処ここを離れるまでに、あなた達がギルドへの“推薦状すいせんじょう”を誰かから貰ってくれば──アイノアちゃん、『負け』を認めてあげます♪」

「そ、そんな……!?」

「今から推薦状なんて──間に合いっこありません……!」


 その、アイノアの要求は──スティアフィナンシェにとっては無理難題むりなんだいにも等しいものだった。


 アイノアは既に受付カウンターを離れる支度したくを始めている。もう数分もしない内に、此処を離れてしまうだろう。


 そうなってしまえば──ふたりは選抜試験に参加する機会を失ってしまう。


 それ迄に──この場にいる誰かが“推薦状”を書いてくれるのか?


 それ迄に──“推薦状”が書き上がるのか?


 ──間に合う筈がない。


「…………………………っ!」

「あぁ────そんな」


 そんな考えが頭の中をぐるぐると巡り、スティアとフィナンシェは受付カウンターに手をついたまま──床を舐めるように眺める事しか出来なかった。


「エスティさん♪ アスターのクソ野郎……! 引き継ぎの時間ですよー」

「なんかアイノアちゃんへの当たりがきっつ〜い!!?」


 そうしてる間にも──時間は刻一刻と過ぎていく。受付カウンターに近付いてきた交代の受付嬢が、スティアとフィナンシェに“時間切れタイムアップ”を、無慈悲に、冷酷に、容赦なく──宣告する。


「待って──お願いします、お願いします……!! あたし達は──」

「しつこい──アイノアちゃん、言ったよね? “奇跡”を観せろって……!」


 その──アイノアの無慈悲な天使のような冷たい視線に気圧けおされて、スティアはとうとう──その場に膝から崩れ落ちてしまう。


「……分かりますか? あなた達が今回の試験に飛び入り参加するには──『あぁ、彼女たちなら特別扱いも仕方がない』、『彼女たちなら飛び入りでも大歓迎だ』──そう、周りが思ってくれる様な“奇跡”が必要なんですよ……?」

「でも……わたし達に“奇跡”を起こす力なんて……!」


 フィナンシェも、冷酷に振る舞うアイノアに必死にすがりつこうとするが──、


わめくだけなら──それこそ赤ちゃんでも出来ます。『結果』が欲しいのなら、それ相応の『対価』を支払って貰えますか?」

「…………うぅ、………………っ!!」

「奇跡も起こせないなら──お話はここ迄。残念ですが、諦めて下さい♡」


 ──アイノアの無情な宣告に、フィナンシェもとうとう抵抗する心が折れて、その場にへたり込んでしまう。


「…………まっ、次はいつか分かりませんが〜、選抜試験は不定期で〜、開催していますので〜、また〜、奮って参加してくれる事を──アイノアちゃん、首を長〜くして待ってま〜す♡」


 アイノアは笑顔を顔に貼り付けて、何時ものふざけた様子でそうスティアとフィナンシェに伝えると──エスティの襟を掴んで引き擦りながら、受付から離れるように歩き始める。


「まぁ……なんだ……アイノアの言う通り──また機会はある。そう落ち込むな……なっ?」


 アイノアに引き摺られているエスティも、落胆するふたりにはげましの声援エールを送るが──最早、スティアとフィナンシェの耳にその声が届く事はなかった。


「──あたし、嫌だ……! もう、あの村に帰りたくない……!!」


 今日という日に──冒険者になるすべを絶たれ、スティアは悲観的な言葉を口から漏らしてしまう。



『呪われた女──フィナンシェちゃんから離れろ!!』

『きっとあやしい魔法でフォルテッシモさんに取り入ったに違い無いわ──あの淫売いんばいむすめ……!!』

『お前だって分かっているだろ、エクレア……? あの眼は呪われた──“神の仇敵”の証。娘に──フィナンシェに何かあってからでは遅いのだぞ……!?』



(…………スティア、貴様きちゃま……何があったのでちゅか……? 何故、そんなに生き急ぐのでちゅか……!?)


 彼女が吐露とろした言葉に、どれ程の苦痛が込められているか──カティスも感じ取れないほど鈍感でもない。


(ちかち──これも貴様きちゃまたちの命を優先さちぇた結果。悪く思うなでちゅよ……!)


 それでも──乳母車で事態を傍観ぼうかんするカティスは、ふたりに救いの手を差し伸べない。


 アイノア=アスターの望む“奇跡”を起こせば──恐らくスティアとフィナンシェは死ぬ。それは──カティスが望む“奇跡”では無いから。


「さぁ〜て、久々の選抜試験──アイノアちゃん、張り切って実況しちゃうぞー☆」


 項垂うなだれるスティアとフィナンシェから、既に興味を失ってしまったのか──陽気に声を鳴らしながら、上機嫌に脚を弾ませながら、嫌がるエスティを逃さないようにしっかりと捕まえながら、アイノアは脇目も振らずにその場を後にしようとする。


 彼女がスティアとフィナンシェの視界から消える迄時間は──最早、一分いっぷんも無い。


 乳母車で傍観する赤ちゃんは奇跡を求めず、項垂れる少女たちは奇跡を起こせず、去りゆく受付嬢は奇跡に期待せず──無情にも、スティアとフィナンシェの挑戦は始まる事なく幕を下ろす。



「ちょぉぉぉぉぉっと待ったぁああああああ!!!」



 ただ一つ、もしも奇跡が起こるなら──それはスティアとフィナンシェがつむいだ軌跡を辿たどって。


 ギルド支部に響いたのは男性の声。力強く、勇気溢れるその声は、その場にいた全員の意識を引き付け──アイノアの軽やかな足取りをピタリと静止させる。


「──あの人は、確か……?」


 その声に、スティアとフィナンシェはうつむいていた顔を上げて──声の主のいる方に視線を送る。


「────オ、オヴェラさん?」


 そこに──ギルド支部の入口の前に立っていたのは、小太りの小柄な茶髪の男性──オヴェラだった。


 何処からか走ってきたのだろうか、口で大きく息を吐き出し、肩で息をしながら──オヴェラはその姿を表した。


「アイノア=アスターさん、シト=エスティさん……おふたりにお渡しする物があるッス……!!」


 そう言って、ズカズカと足音を鳴らしながらアイノアとエスティに近寄って来たオヴェラは──ふところに抱えていた道具袋から、一枚の紙を取り出す。


 その上等じょうとう羊皮紙ようひしには──綺麗な字で何かが書かれており、あたかも書状のような厳格な存在感を放っていた。


「これ……何ですか? え〜っと……確か??」

「調査ギルドのクラン──『疾駆の轍ルッツ・キルパ』のメンバーだ。一昨日おととい、ヴェルソア平原で新たに発見された迷宮ダンジョンの調査依頼クエストを受注していただろ?」

「あ〜、思い出しましたー♪ そう言えば、そんな名前のクランの三人組が居ましたね〜♪」

「覚えてくれていて光栄ッス! これ、おふたりに読んで欲しいッス……!!」


 アイノアとエスティの意識を引いたオヴェラは、そのままふたりに手にしていた羊皮紙を読んで欲しいと手渡す。


「何ですかこれ〜? 調査の報告書ですか…………っ!! まさか──コレって!!?」


 その紙を手にしたアイノアは、そこに書かれた内容に驚愕の声を上げる。そのアイノアのあまりにも思いがけない反応に強い興味を惹かれたエスティも、震えるアイノアの手を振り払い彼女が持つ羊皮紙に目を凝らす。


「こ、これってもしかして──す、推薦状!!?」


 エスティがその羊皮紙の正体を叫んだ瞬間──スティアとフィナンシェの瞳に輝きが灯りだす。


「オヴェラさん──まさか!?」


(な、何が起こったでちゅか!? スティアとフィナンシェは試験に参加ちゃんか出来ないんでちゅよね!!?)


 その予想外の出来事に──カティスも思わず動揺をしてしまう。


「えー、なになに……『我ら調査ギルド・疾駆の轍ルッツ・キルパは、今回開催される冒険者選抜試験においてスティア=エンブレム及びフィナンシェ=フォルテッシモ両名を、ギルドにとって有益かつ相応しい冒険者として認め、此処に強く推薦するものとする。疾駆の轍ルッツ・キルパ代表──オヴェラ=ヘイヤストス』」

「まさか……そんな……本当に、“奇跡”──起こしちゃったんですか!!?」


 そこに書かれていたのは、スティアとフィナンシェを試験へと強く推薦する言葉だった。ふたりを、ギルドにとって相応しい人材だと強く記したそれは──紛れもなく、アイノアが要求した“奇跡”そのものであった。


「オヴェラさん、どうして……?」

「約束したッスからね、ふたりに推薦状を書いてあげるって。受付は昨日までって思い出して、もしかしたらと思ったッスけど──なんとか間に合って良かったッス……!」


 フィナンシェの問い掛けに、オヴェラただ笑顔でそう返した。約束だったと。


 その言葉に──スティアとフィナンシェは思わず瞳を涙でうるおわせる。


「オヴェラさん……ありがとうございます……!!」

「フィナンシェちゃん、スティアちゃん、礼を言うのはオイラの方ッス。ふたりのお陰で、オイラはやり直せる機会を貰えたッスから」


 にこやかに、晴れやかに──オヴェラはふたりに笑い掛けると、アイノアとエスティに向かって力強い視線を送る。


「さぁ、推薦状は出したッス! スティアちゃんとフィナンシェちゃんの参加──認めてくれるッスよね!?」

「アイノア……お前が出した条件だぞ……?」


 オヴェラの宣言に、エスティの指摘に──アイノアはうつむき身体をわなわなと震わせながら耳を傾ける。


「────ふ、ふふっ、うふふふふふ……!! な〜んだぁ、ちゃんと♡」


 必死に堪えてはいるが──アイノアの口からは徐々に笑い声が漏れ始めてくる。


「あはは、あっはははははは!! はい、分かりました♡ アイノアちゃんの『負け』です♡」


 ひとしきり笑い終えたのか──アイノアはにっこりと満面の笑みを見せながら、スティアとフィナンシェに自らの『負け』を宣言する。


 そして──、


「ギルド支部にお集まりの皆さーん、聴いてくださーい!!」


 ──両手を目一杯に広げて、アイノアはギルド支部にいる者全員に高らかに宣言する。


「今日、この場所で──悪辣なるサルカス=ラスヴァーさんに一泡吹かせて、こちらにられますオヴェラ=ヘイヤストスさんに強く推薦されたふたりの少女──スティア=エンブレムさんとフィナンシェ=フォルテッシモさんの冒険者選抜試験への飛び入り参加を──アイノアちゃんは認めようと思いますー♪♪♪」


 くるくると、その場で踊るように回りながら──アイノアはふたりの選抜試験への参加を歌う。


「つきましてはー、反対の人はブーイングで♡ 賛成の人は万雷ばんらい喝采かっさいで認めてあげてくださーい♡♡♡」


 アイノアは歌う──ふたりの健闘を。アイノアは唄う──ふたりの奮闘を。アイノアは謳う──ふたりが起こした奇跡を。


 歌い終え、ピタリと静止したアイノアは──ただ、結果を待つ。賛成か、反対か。


「そんなもん、決まってるよな……」

「そうね……考えるまでもないわ……」

「あんなの見せられたら……認めるしか無ぇよな!」


 周囲から口々に声が聞こえ始める。冒険者たちは全てを見ていた──スティアとフィナンシェが、サルカス=ラスヴァーの暴虐ぼうぎゃくを跳ね返し、アイノアの無理難題を見事打ち破って見せたそのさまを。


 故に──彼らの答えは満場一致のただ一つ。


「「「「大賛成ーーー!!!!」」」」


 ただ、それだけであった。


 ギルド支部中に喝采が鳴り響く。ふたりの少女が認められた瞬間であった。


「あたし達──試験に参加できるの!?」

「はい、そのとーりです♡ 選抜試験は半刻後はんこくごに開始しますのでー、会場には遅れずに来てくださいね〜♡」

「やった……やったぁああああ!!」


 その朗報をようやく理解したのか──スティアは眼を輝かせてその場で飛び跳ねる。


「オヴェラさん──ありがとうございます……!!」

「フ、フィナンシェちゃん/// て、照れるッスよ///」


 フィナンシェも喜びの余り、オヴェラに抱きつき──彼に深い感謝の意を示している。


「それに──これからが本番ッスよ。頑張るッス──ふたりなら、絶対に冒険者になれるって、オイラは信じてるッスよ!!」

「はい、絶対に冒険者になってみせます。行こう、スティアちゃん!!」

「────うん!!」


 一縷いちるの望みを信じて、そしてたった一つの小さな奇跡を起こして──絶望の淵に垂れ下がった希望の糸を掴み取り、スティアとフィナンシェは再起する。


(いや……いや、いやいやいやいや、何やってるんでちゅか……? なんでこうなるんでちゅか??)


 湧き上がる冒険者たち、歓喜するふたりの少女、喜びに溢れる周りとは打って変わり──乳母車で事態を最後まで傍観していたカティスは顔面蒼白になりながら、ここ迄の事態を──これから起きる事態を悲観する。


(スティアとフィナンシェは選抜試験ちぇんばつちけん参加ちゃんかちたらぬでちゅ……!! なのになんで……なんで……はなちがこんなにも都合良くすちゅんでいるのでちゅか!!?)


(あのキモいおっちゃんを始末ざまあちたのがいけなかったのでちゅか……!?)


 それは一理ある──カティスがサルカス=ラスヴァーに大人気おとなげない報復をしなければ、スティアとフィナンシェはラスヴァーによって門前払いにされていただろう。


(オヴェラに温情を掛けて──死の淵から連れ戻したのがいけなかったのでちゅか……!?)


 それも一理ある──カティスがオヴェラを生き返らせなかったら、スティアとフィナンシェの為に推薦状を書いてくれる者は現れなかっただろう。


(つまり──この騒動ちょうどうちゅべての元凶は…………おれでちゅか!!?)


 そう──スティアとフィナンシェは確かに奇跡を起こしてみせたが、奇跡に至った絡みつく因果いんがの全ては、乳母車の中で“傍観者”を気取っていたカティスが紡いでしまったもの。


 その事実を──カティスはようやく理解した。


(や……や……や……や、やっちまったぁあああああああああでちゅうううううう!!!?)


 因果応報いんがおうほう──ここに来て、カティスは今まで自分のやった行為のしっぺ返しを喰らう事になってしまった。


「あたしもフィーネも、首の皮一枚かわいちまい繋がったーー♪」


(あぁああああああ──繋がってないでちゅ! 参加ちゃんかちたら首の皮が全部落ちるでちゅうううう!!!)


 今さら焦っても──もう遅い。ギルド選抜試験開幕まで、あと30分。スティアとフィナンシェが命を落とすまで、あと1時間。



〜〜〜



「で、どうなんですか、エスティちゃん? あのふたり──見どころはありますか?」


 ギルド支部を後にして、眩しい正午前の日差しが照りつけるカヴェレの街を悠々と歩くアイノアは、自分の右手で襟首えりくびを掴まれてズルズルと引き摺られているエスティに問い掛ける。


「どうって……エンブレム嬢とフォルテッシモ嬢の事か?」

「はい、そうでーす♡ あのおふたりが、果たしてギルドの冒険者として相応しいのどうか──“目利き屋”のシト=エスティなら分かりますよね?」

「……………………」


 その少女──シト=エスティは確かな“鑑定眼かんていがん”を持っている。一目観ただけで──その者がどの程度の実力と素養を持っているか、見極めることが出来る。


「エンブレム嬢もフィナンシェ嬢も──まだまだ発展途上の身だが、恐らくはこの先も大きく伸びるだろう」

「な〜んか、“含み”のある言い方ですね?」

「見どころは──ある。だが、──『勇者ブレイブ』に届く“器”かどうかと聞かれれば、その可能性は限りなく低い」


 その確かな“眼”を以て、エスティは答える。スティア=エンブレムもフィナンシェ=フォルテッシモも──大成する事は難しいだろうと。


「なぁーんだ、残念♪ ラスヴァーさんをギャフンと言わせて、このアイノアちゃんに『負け』を認めさせたから、もしかしてって思ったのに〜♪ これなら、参加させない方が良かったかな〜?」


 エスティの答えを訊いたアイノアは、少し落胆した様子でやれやれと肩をすくめる。


「だがアイノア、真に観るべき相手は──エンブレム嬢とフォルテッシモ嬢

「…………? と、言いますと?」


 観るべき相手が違う──そのエスティの意味深な発言に、アイノアは少しだけ声色こわいろを変えて、エスティにことの続きを要求する。


「真に観るべき相手は──あの赤ちゃんだ」

「──っ!! ヘェ~、エスティちゃんも♡」

「あぁ、間違いない。あの赤ちゃん──恐ろしく強い。それこそ……“殺戮の天使”と謳われたお前よりも遥かにな……!」


 真に観るべき相手は、乳母車で眠っていた赤ちゃん──カティスであると、エスティは見抜いていた。


「あの赤ちゃん──混乱を呼び寄せるぞ?」

「んふふふ、上等でーす♡ うふふ、うふふふふふ──久々に、愉しめそうですね〜♡ アイノアちゃん、胸がドキドキしてきちゃいました〜♡♡♡」


 カヴェレの街を悠々と闊歩かっぽしながら、アイノアは高笑いを始める。


「やっぱり、ギルドマスターにお願いしてカヴェレに籍を移した価値はありました♡」

「──と、言うと?」

「ギルドマスターが教えてくれたんですよー♪ このヴェルソアの地には、あの『魔王カティス』の根城があったって」

「まさか──魔王カティスなんておとぎ話の存在でしょ!? 実際にいる訳なんて……」

「ギルドマスターはって言ってましたし、彼女が嘘をついてなければ──ほぼ、魔王カティスは実在したと言ってもいいでしょう?」

「そんな……まさか……!? って言うか、ギルドマスターって何歳なの??」

「ギルドマスターの年齢は知りません〜♪ まっ、魔王カティスに会ったって話は、アイノアちゃんも半信半疑はんしんはんぎですけどね〜♪」


 アイノアから告げられた衝撃の事実に、エスティは思わず言葉を失ってしまう。


「でも〜、アイノアちゃんの『面白いものを観たい』と言う願望──叶いそうで良かったです♡」


 この地に──魔王カティスの居城があった事、ギルドマスターがかつて魔王カティスとまみえた事があった事、『魔王カティス』が──実在すると言う事実に。


「うふふ♡ 『魔王カティス』の伝説が残るヴェルソアの地に顕れた──恐ろしく強い赤ちゃん。これは──『観る価値』がありますねぇ〜♡」


 殺戮の天使アイノア=アスターは不気味にわらう。おとぎ話の再来に胸を踊らせながら、魔王カティスの再来に胸を弾ませながら。


 天使アイノアは微笑み、波乱を巻き起こす。

 悪魔カティスは嘲笑い、混乱を呼び寄せる。


 波乱と混乱渦巻く『ギルド試験狂騒曲』──間もなく開演。


「ところでさ、アイノア? 鑑定もしたし、私……もう帰って良い?」

「だーめ♡ エスティちゃんは、今日はアイノアちゃんと一緒に実況解説をするんです〜♡」

「嫌ぁああああ!! 放して〜、私は受付で暇してたいの〜!!」

「だーめー♡ アイノアちゃん、絶対に逃さないからね♡」

「あぁああああああ、なんで私──こんな奴と同期なのぉおおおおお!!!」

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