第十六話:ギルド試験狂騒曲⑨/“ギルド支部長”サルカス=ラスヴァーの破滅


 目の前で傍若無人ぼうじゃくぶじんに振る舞う貴族の男・サルカス=ラスヴァーの“(社会的)公開処刑”を決行したカティスは──包帯の下に隠された右の瞳をあおく輝かせ、瞳に紋章を浮かばせる。


魔王九九九まおうきゅうひゃくきゅうじゅうきゅうちゅき──『真実の碧トゥルー・エメラルド!!』)


 魔王九九九式まおうきゅうひゃくきゅうじゅうきゅうしき──『真実の碧トゥルー・エメラルド』、その瞳に映るあらゆるものに隠された真実を暴く魔眼系統の『紋章術式クレスト・アーツ』。


 その眼で観測した対象に隠された真実を暴き出す碧い魔眼。例え──悪魔が人間に完全に擬態しようとも、難解な手順を踏まなければ解除出来ない技能スキルを有していようとも──この瞳の前には、『真実』を隠し通すことなど不可能。


(ちゃーて、こいつの弱みを握ってやりまちゅか……!!)


 カティスは、目の前でフィナンシェを罵り悦に浸る男に視線を送り──その醜悪しゅうあくな身体に隠された『真実』を見抜く。


(……………………っ!! なるほど、こいつは──愉快でちゅね!!)


 そして──ラスヴァーが隠している『真実』を浮き彫りにしたカティスは、乳母車の中でニヤリと口元を歪める。


(──ん? 笑ってる……さては──あの赤ちゃん、……!! むっふっふっ──このアイノアちゃんの眼は誤魔化されませんよー♪)


 カティスが放つ不穏な気配に勘付いたアイノアは──愉悦ゆえつたのしむような好奇こうきの視線をラスヴァーに送る。


 そして──カティスは伸ばした右手の人差し指に紋章を浮かべ、さらに術を行使する。


かちゃねて、魔王九九九まおうきゅうひゃくきゅうじゅうきゅうちゅき──『亡霊達の晩餐会ポルターガイちゅト・パーティ』!!)


 魔王九九九式まおうきゅうひゃくきゅうじゅうきゅうしき──『亡霊達の晩餐会ポルターガイスト・パーティ』、物体を意のままに操る干渉系統の『紋章術式クレスト・アーツ』。


 所謂いわゆる念動力サイコキネシス”と呼ばれる力であり、カティスの指先から放出される特殊な魔力に当てられた対象の自由を奪い、カティスの支配下の元で自在に動かす事が出来る。


(フハハハハハッ!! 貴様きちゃまが如何に隠ち事をちようとも──このおれの眼はあざむけんぞ!!)


 迫りくる魔王の“魔の手”に気付くことなく──ラスヴァーはスティアとフィナンシェに悪辣な毒牙どくがを近付けていく。


「──そっちの小間使こまづかいもどうだ? 私の屋敷でメイドでもやらんか?」

「──っ!! 誰がアンタみたいな奴のメイドなんかするもんか!!」

「そう言うな。こっちの娘共々──たっぷり可愛がってやるぞ? ハッハッハッ──!!」

「この変態──ブフォ!!?」

「──なんだ? 何故、今のタイミングで吹き出すんだ??」


 唐突に、スティアが吹き出した事をラスヴァーは怪訝けげんに思う──『今の話に驚くような事でもあったのか?』と。


 しかし、スティアが吹き出したのはラスヴァーの“話”では無く、彼の身に起こったとんでもない“現象”のせいであった。


「お、おい……アレ……プ、プププッ……どうなってるんだ……?」

「ウッソでしょ……プププッ……まじウケるんだけど……」


 スティアだけでは無い──周囲を取り囲んでいた冒険者一同からも驚きや嘲笑ちょうしょうの声が漏れ始めてくる。


「な、なんだ……? 何故、何故こいつ等は私を見て笑っているんだ……!?」


 周囲の好奇の眼に動揺したラスヴァーは、オロオロと眼を泳がしてしまう。


 右を見れば嘲笑あざわらう冒険者が、左を視ても嘲笑う冒険者が、正面を観れば顔を真っ赤にしながら笑いを堪えているふたりの小娘の姿が。


 その男──サルカス=ラスヴァーは、“人を嘲笑わらう”ことは好きでも“人に嘲笑わらわれる”ことを非常に毛嫌いしている。


 そんな、自己中心的で他人をおもんばかれない──“自尊心プライド”の塊のような男が、今まさに嘲笑われているのだ。さぞ、心中穏やかではないだろう。


 最早、平静を失ってしまったラスヴァーは、ぐるぐると眼を回し──最後に受付カウンターに立つアイノアとエスティに眼を向ける。


「くっ、くっくっくっ……あっはっはっはっ!! 最高さいこー♪ 最高さいこーですよラスヴァー支部長〜♪」


 アイノアは腹を手で押さえながら、涙を流すほど大爆笑している。


「ラスヴァー支部長……頭が……!!」


 エスティはほうけた表情かおでラスヴァーの頭上の視線を送っている。


「頭……? 頭がどうかしたのか……?? ──ま、まさかっ!!?」


 その──エスティの視線で、ラスヴァーは慌てて自分の頭に右手をかざす。


 自分の頭には自慢の、高貴なる身分に相応しい金色の髪が──無い。


 ペタペタと、自分の頭皮の触感を確かめてしまったラスヴァーは、瞬時に顔面が蒼白くなっていく。


 ある筈のものが無い、あらなければならない物が無い、


 その事実に気が付いたラスヴァーは──恐る恐る、上を見上げる。


 そこにあったのは──黄金に輝く『頭髪』。ラスヴァー自慢のきらめく金色の髪が、まるで風船のようにふわふわと浮かんでいた。


「あ、あぁ……私の……私の……!!」


 その光景に、ただ一人──サルカス=ラスヴァーは絶望する。


「私の──カツラがぁあああああああああ!!?」


 長年、隠し続けてきた『真実』が──途轍とてつもなく恐ろしいタイミングで、暴かれてしまったのだから。


「あっはっはっはっ──ラスヴァー支部長、ヅラだったんですね〜♡ アイノアちゃん、貴方に始めて愉悦を感じましたー♡」


 アイノアがその事実を指摘した瞬間──周囲から“ドッ”っと笑いの声がき起こる。


 そう、サルカス=ラスヴァーはハゲである。


「普段から『どうだね、エスティ君? 私の自慢の金髪は美しいだろう??』──とか何とか言っていたくせに──あ、ダメだ、笑う……ぷっふふふふ〜〜!!」


 しかも──それを隠すためにカツラをしていたにも関わらず、普段からカツラで偽った金髪を自慢気に見せびらかしもしていた。


 その分だけ──今まで悪態あくたいをついてきた分だけ、ラスヴァーを嘲笑わらう声が鋭い槍のように彼の精神に突き刺さる。


「何故、何故──私のカツラが浮いているんだぁあああああ!!?」


 ラスヴァーは慌てふためき、必死にカツラを取り戻そうと手を伸ばしてもがき始める。


(フフフッ、フハハハハハ!! 莫迦ばかめ──この魔王カティちゅを怒らちぇるからそうなるんだ!!)


 そのラスヴァーの無様な姿に、カティスはケラケラと笑い声をあげる。


「──ねぇ、フィーネ。乳母車で赤ちゃんがずっと笑ってる……」

「うん、分かってるスティアちゃん。多分……この子……」


((──何かやっちゃった……!!))


 そんなスティアとフィナンシェの悪い予感を他所に──乳母車で大惨事の糸を引くカティスはさらに、その追撃の手を加速させていく。


(フハハハハ!! さぁ、もっと足掻あがけ!! 貴様きちゃまが隠くちた『真実』──まだまだ晒ちてやろうじゃないか!!)


 悪い人間は、より悪い人間の喰い物にされる。


 まさしくその教訓通り──サルカス=ラスヴァーと言う“悪人”は、乳母車で眠るカティスと言う“極悪人”の餌食にされていく。


「届け……! 届け……! 届いて……くれぇえええ!!」


 額から汗を滝のように流しながら、ラスヴァーは浮かぶ金色のカツラに向かって必死に跳ねて手を伸ばしている。


 しかし、ラスヴァーの身体能力では届かない絶妙ぜつみょうな位置に浮かんでいるカツラに、彼は何度もピョンピョンと飛び跳ねる事になってしまう。


「まるでウサギさんみたいですね♪」


 そうやって、その無様なさまを周囲が嘲笑っていると──ひらりと、ラスヴァーのコートの内ポケットから一枚の紙が落ちてくる。


 いや、カティスの『亡霊達の晩餐会ポルターガイスト・パーティ』によって操られた紙切れが、ラスヴァーのポケットから取り出されたと言う方が正しいだろう。


 ひらひらと舞い落ちる紙切れは、数秒後には受付カウンターに立つエスティの前に落ち、彼女の手に拾われるのだった。


「──────────っ!!?」


 そして、エスティがを拾ってしまった事に気付いたラスヴァーは、飛び跳ねる事も止めてしまい──顔面蒼白を通り越した、土気ない顔色でエスティを見つめていた。


 メッセージカードだろうか──名刺大の大きさの紙に書かれた文字に気付いたエスティは、朗読ろうどくするようにその紙に書かれた文字を読み起こしていく。


「え〜、なになに……『ラスヴァー様♡ 今日は来てくれてありがとうございます♡ また、私たちで気持ち良くなって下さいね♡♡♡ 忘れじの花──ルッコ=マーニ&キリヤ=マーニより』。……何これ??」


 そこに書かれていたのはふたりの女性と思わしき人物からラスヴァーに当てられたメッセージだった。しかし、何やら淫靡いんびな気配のするその文言に──その場にいた一同は疑惑の眼差しをラスヴァーに一斉に向ける。


 そして──、


「あーそれ、アイノアちゃん知ってますよー♪ 『忘れじの花』のマーニ姉妹と言えば──トイスタで最も有名な娼婦しょうふですね〜♡」


 ──アイノアの狙いすましたかのような一撃で、静まり返った場の空気は嵐のように一気に荒れ始める。


「ラスヴァー支部長!! 貴方、トイスタには『視察』で向かった筈ですよね!!? まさか──ただ娼館で女遊びして来ただけなのですか!!?」


 エスティの睨み付けるような瞳と鋭いナイフのような追求の声に怖気おじけづいたラスヴァーは、体勢を崩し尻もちを突きながら必死に弁明をし始める。


「ち、違う……!! 視察は本当にやった、その──娼館には、あ、余った時間に偶然ぐうぜん、寄っただけだ!!」


 ただ時間が余ったから──そう、ラスヴァーは必死に弁明している。


「嘘ですねー♡ マーニ姉妹って──超人気の嬢でぇ、予約は一ヶ月先までパンパンに埋まってるんですよ〜♡」


「ハァ!!? じゃあ、ラスヴァー支部長は一ヶ月前には予約を取っていた……? そして、トイスタの視察が決まったのは二十日前……つまり!!」


「ハイそうです♪ この娼館目当てで、視察をねじ込んだに違いありませんね♪ いや〜ん、アイノアちゃん名探偵〜♪」


「そ、そうだとしても──視察は一泊二日で……」


「それも嘘ですねー♡ マーニ姉妹がこのメッセージカードを贈るのは──『24時間、朝までハメハメVIPビップコース』を利用した上客じょうきゃくだけってアイノアちゃん知ってますもんね〜♡」


「な……なんて品の無いコース名なの/// いや、そこじゃない──それが事実なら一泊二日での視察もほぼ不可能……!!」


「ですね♡ 恐らくは〜、トイスタのギルド支部に顔を出して挨拶を交わしただけで──じゃないんですかね〜♡」


 アイノアの推察は正しい。ラスヴァーは、視察のついでに娼館へとおもむいたのではなく──娼館に行きたいから視察を適当にでっち上げたに過ぎなかった。


「ア、アイノア〜!! 貴様、何故……そんなにも娼婦について詳しんだ……!!?」

「んふふふー♡ だってアイノアちゃん、も・の・し・り、ですからー♡」

「ぐぎぎっ……お、おのれ〜〜!!」


 その事実を指摘され、悔しさのあまり激しく歯軋はぎしりをし始めるラスヴァーだったが──、


(クックックッ、そぉら──まだまだ終わりじゃありまちぇんよ……!!)


 ──魔王による、破滅への攻撃はまだまだ終わらなかった。


「おのれ〜おのれ、おのれ、おのれ、おの──のわぁああ!!?」

「な、なに!? いきなりラスヴァー支部長がぶっ飛んだ!!?」


 ラスヴァーが悔しさのあまり床を殴ろうとした瞬間──カティスの『亡霊達の晩餐会ポルターガイスト・パーティ』の支配を受けた彼は駒のようにくるくると回転スピンしながら吹き飛ばされる。


「フィーネ!!」

「うん、分かってるよスティアちゃん!」


「「この子、また何かやっちゃった!!」」


 アイノアとカティスが下卑た視線を送る先で、みっともなく回ったラスヴァーはその場にうつ伏せに倒れ込む。


 そして──とどめの一撃と言わんばかりに、ラスヴァーのズボンのポケットから一枚の紙切れはずり落ちてくる。


「なんだろ……この紙切れ……??」


 何かが書かれたその紙を拾ったスティアは首を傾げているが、その紙を見たエスティはスッとスティアから紙切れを取り上げると、目の色を変えて紙切れを食い入るようにみはる。


「これ──『忘れじの花』の料金明細……!! ご、5万ルーツだって!!?」(※1ルーツ=10円)


 そこに書かれていたのは娼館のプレイ料金。5万ルーツ(※日本円で約50万円)と言う超高額な料金にエスティは驚きを隠せない様子で声をあげる。


 それも、


「アイノア!! 私、執務室しつむしつから帳簿ちょうぼを取って来る!!」

「大丈夫だよエスティちゃん♡ 帳簿は──なんとアイノアちゃんがいま持ってまーす♡」

「なんで!!?」


 何かに勘付いたエスティが“帳簿”を取りに行こうとした時──狙いすましたかのようにアイノアが受付カウンターの下からお目当ての帳簿をぬるりと取り出してきた。


(このアイノアとか言う小娘こむちゅめ──隙がないでちゅ……!?)


 アイノアの行動に驚愕するカティスを尻目に、アイノアから受け取った帳簿を食い入るように凝視するエスティは──しばらくすると、まるで人を殺したかの様な鋭い視線で──ラスヴァーに糾弾きゅうだんを始める。


「ラスヴァー支部長……いや、サルカス=ラスヴァー!! 貴様、娼館の料金を視察の公費に計上しているな!!?」

「え〜、お金持ちの貴族様なのに経費で娼館に行くなんて〜、超☆みみっちい〜♪」

「────なっ、そ、それはぁ……!!!」


 その一言は──サルカス=ラスヴァーなる醜悪な貴族へのトドメの一撃となった。


「言い訳は許さんぞ!! この5万ルーツもの大金──貴様、トイスタの!!」


 語気を荒げるエスティが広げた帳簿には、ラスヴァーのトイスタ視察の項目の部分に──“接待費:5万ルーツ”と書かれた表記が毎度のように記されていた。


「あがが……あががががが!!」


 その──揺るぎない事実に、ラスヴァーは右手を口でガシガシとかじりながら震え始める。


「これは──……立派な『汚職』だ!!」

「は〜い♡ その通りでーす♡ ではでは〜、ー、出番ですよ〜♡」


 エスティによる罪の告発と、アイノアによる合図がされた瞬間──何処からともなく現れたがへたり込むラスヴァーを取り囲んだ。


「ひっ──ケ、『狐の嫁入りケット・シー』!!」

「サルカス=ラスヴァー、汚職の告発があった。さぁ、ギルド本部にご同行願おうか? ギルドマスターがお前を待っているぞ……?」


「み、見ろ──『狐の嫁入りケット・シー』だ……!」

「まさか……ギルドの粛清部隊の……?」


 その集団──『狐の嫁入りケット・シー』こそ、ギルドの不正に眼を光らせる組織であり──ギルド内での不正の抑止力よくしりょくとなる存在。


 この集団に捕まったが最後──ギルドマスターの元へと連行され、そこで制裁を受ける事となる。


「い、嫌だ……!! 私は──あの女狐めぎつねの蒼い炎で焼かれるなんてまっぴらだ……た、たのむぅ──た、助けてくれぇえええ!!!」


「「「「………………。」」」」


 ラスヴァーの必死の命乞いに──応える者は誰もいない。


 身体を拘束され、『狐の嫁入りケット・シー』に引きられて──ラスヴァーはずるずると建物の出口へと向かって行く。


「済まなかったぁ! 反省するから、謝るから──私を許してくれぇえええ!!」


「ラスヴァー支部長♡」


 最後に──無様な断末魔をあげるラスヴァーに──、


「悪いことをするならー、、ダメですよ〜♡ それじゃあ、ラスヴァー“元”支部長、さようなら~♡♡♡」


 ──アイノア=アスターが無慈悲な餞別せんべつの言葉を送って。


「い、嫌だぁああああああああああ!!!!」


 そして──サルカス=ラスヴァーは出口から差し込む光の中へと消えて行き──二度と姿を見せることは無かった。


 こうして──サルカス=ラスヴァーは破滅した。


「ラスヴァーさーん♡ ん〜、ざまぁ♪」


(あ〜、ちゅッキリしたでちゅ♪ おれを怒らちぇるから、そうなるんでちゅよ……!)

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