第八話:ギルド試験狂騒曲①/少女は昏い闇より帰還する


『全く──死者蘇生の術を使わせるどころか、俺に外まで運ばせるとは──とんだ不敬者ふけいものの小娘たちだ……!!』


 暗い暗い闇の底で──スティアは、誰かの声を耳にする。


(…………だれ? …………だれが喋っているの……??)


 まぶたを開けても真っ暗闇で、スティアにはその声のぬしの姿は見えない。


『しかも──あの盗賊たちと同様に、俺の集めた宝物ほうもつふところに隠しているときた……!!』


(…………すいません、それあたしじゃなくてフィーネの方です)


 どうやら、何か怒っているらしい。それだけしか、スティアには感じ取れなかった。


『まぁ良い──宝は没収ぼっしゅうだ。次は、


 叱咤しったしているが、激励げきれいもしている。そんな、遠い昔の『誰か』と似通にかよった不思議な感覚をスティアは感じていた。


(…………あっ、あったかい///)


 不意に──スティアは身体が暖かくなっていくのを感じる。それと同時に、自分の身体に触れるも分かるようになってきた。


(この感触は──フィーネ? ううん──たぶん違う)


 何処どこかで、遠い昔に感じた事のある暖かな感触。


(……………………お母さん…………?)


 きっとそうだろうと、スティアは確信する。


(お母さん……迎えに来てくれたの……?)


 きっと、死んでしまった自分を迎えに来てくれたのだと、そう思う。


たわけ──貴様はまだ死んでいない。いや──、俺が


(…………どう言う……こと?)


 その質問に、声のぬしは何も言わない。どうやら、自分で考えろって事らしい。


 すると──スティアの目の前が徐々に明るくなってくる。遠くの方で見えた小さな白い光が、ゆっくりと大きくなっていく。まるで暗がりのトンネルから抜け出るように。


『さぁ、そろそろ目覚めの時間だぞ。俺をたのしませた褒美ほうびだ、今度は精々せいぜい──?』


 そう言い残して──声の主は次第に消えて行った。少なくても、スティアにはそう感じられた。


(待って──あなたは……だれ?)


 返事は返ってこない。もうすぐ、視界が真っ白になる。目覚めの時が近いようだ。


『────そうそう、言い忘れていた』


(まだいたーーーー!!?)


『いや、ツッコむなよ……。俺もあそこまで言った手前、恥ずかしいんだからさ』


(えぇ……、普通に会話できてるし……!?)


『黙って聞いてろ莫迦者ばかもの。良いか──おれ……いや、貴様たちが拾った赤ちゃん──あれは何処かに預けよ、お前たちでは?』


 声の主は言う。あの迷宮ダンジョンで拾った赤ちゃんを何処かに預けるようにと。


『あれは強大な力を持っているが、平穏な時を過ごしたいと思っている無垢なる赤子だ』


(なんで平穏に過ごしたいって断言だんげんしてるんですか……?)


『ギックーーーー!? いや、あれだ、そう──そう思うからだ。あの子は平穏な暮らしを望んでいる。きっとそうだ、うんうん……!!』


(めっちゃ動揺どうようしてる……)


『だからな──孤児院こじいん何処どこかに──』


 分かってる。声のぬしはきっと、あの赤ちゃんの行く末を心配しているんだろう。


 しかし、スティアには「分かった、何処かの孤児院に預けます」──なんて台詞セリフ


(…………ダメだよ……)


『────なんで?』


 知っていたからだ。あの赤ちゃんが──これから歩むであろう“人生じごく”を──。


(だって……あの子、…………!)


『…………えっ、それはどう言う──あっ、しまった!! もう時間がない、ちょっと待って、あと一つ質問が────』


 ──頓狂とんきょうな声をあげて、そのまま声の主の気配は完全に消えてしまった。


(いやタイミング悪ーーーー!? あとめちゃくちゃかっこ悪ーーーー!!?)


 そんな事を考えてる間もなく──スティアの意識は薄てれいった。


 しかし──今度は暗く冷たい闇の底へではなく、明るく暖かな白い光の中へと──。


〜〜〜


「────なさい。おき──い」


 スティアの耳に誰かの声が聞こえてくる。先ほどの謎の声とは違う、小鳥ことりさえずりのような心地良く響く少女の声だ。


「────なさい。起きなさい。〜〜〜〜っ、いい加減かげんに、起きるのですわーーーー!!」


「ぴ、ぴゃい!!」


 突然の怒鳴どなり声におどいたスティアは、寝坊ねぼうに気付き飛び起きた時のごとく慌てて身を起こす。


「やっっと、お目覚めですわね?」


 急いで目覚めたスティアの目の前に居たのは、声のぬしであろう金髪の少女だった。


「………………えっ、あの……お、おはようございます……?」


 身体を大きくかがめて、目と鼻の先──今にもくちびるくちびるが重なり合ってしまいそうな至近距離しきんきょりから、金髪の少女はスティアの顔を緑柱石モルガナイトのようなあわく透き通るピンク色の瞳でまじまじと眺めている。


 長く伸びた綺麗な金色の髪はいくつもの縦ロールに整えられており、貴族が着飾るようなきらびやかなドレスに無理やり金属プレートを当て込んで見繕みつくろった様な騎士の甲冑かっちゅう、背にはお人形のような華奢きゃしゃで小柄な身体には似つかわしく無い程に大きなつるぎ


 そんな──誰がどう見ても、『騎士』の真似事まねごときょうじているどこぞの貴族のご令嬢としか感想の出てこない少女が、スティアの事をしかめっ面で凝視していた。


「はぁ、やれやれですわ。赤黒い光の元に野次馬やじうま──失礼、駆け付けてみれば、まさかこんな所ですやすやしてらっしゃる方がもいるなんてわたくし、思いもしませんでしたわ……!!」


「…………こんな所? あの──此処ここは天国ですか?」


 自分はたしか死んだ筈。今だに夢見心地ゆけみごこちのスティアは、目の前の少女にそう問い掛けるが──、


「はぁ……天国? 何を観ておっしゃっているのかは存じませんが、此処ここはヴァルソア平原ですわ」


 ──そう、きっぱりと否定の言葉を投げ掛けられた。


 スティアは慌てて周囲の風景に目をらす。確かに、其処そこはヴェルソア平原で間違い無かった。


 陽はいつの間にかかたむき、夕焼けに照らされた黄金色こがねいろの穂がそよ風に揺られて揺蕩たゆたっている。


「平原の木陰こかげで気持ち良さそうに寝ていたどころか、挙げ句──『此処は天国?』とは、随分ずいぶん危機管理ききかんりがなっていないのではありませんこと?」


 金髪の少女が言うには、どうやら自分はヴェルソア平原にある木陰でうたた寝をしていたらしい。


(ヴェルソア平原……? 確かあたしとフィーネは、平原に見つかった迷宮ダンジョンに潜って……それで…………?)


 ぽかんとして状況を飲み込めていないスティアに対して、姿勢を正した金髪の少女は腕組みしながらブツブツと文句を言っている。


(…………死んだ筈。生きてるの……あたし?)


 スティアは混乱する頭の中で必死に記憶を辿っている。


 すると──、


「おっ……! なんだ、よーやく気が付いたのか?」


 ひょこり──と、山吹色やまぶきいろの瞳と群青色ぐんじょういろの髪をしたイヌ耳の少女が、スティアの視界の端から顔をのぞかせ、おもむろにスティアの身体中の匂いを嗅ぎ始めだした。


「きゃっ……!?」

「これ、トウリさん……! 彼女がびっくりしてるではありませんか! そういうはしたない事はおやめなさい……!」

「ちぇー、分かったよ! 全く、ラウラは厳しいんだから……」


 金髪の少女・ラウラにとがめられたイヌ耳の少女・トウリは渋々とスティアから離れたが、両手を後頭部に回しながらつまらなさそうな表情かおで尻尾をパタパタとはためかせている。


 重厚じゅうこうな服装をしたラウラとは打って変わり──トウリと呼ばれたイヌ耳の少女は身軽な軽装をしており、鍛え上げられたしなやかな太腿ふとももや二の腕、はては腹部までをも惜しげも無く見せびらかしている。唯一、重厚な部分は拳を覆うようにはめられたグローブのみであり、その格好は拳で戦う『武闘家』を彷彿ほうふつとさせていた。


「…………亜人種あじんしゅ…………?」

「おっ、そのとーり。おれは犬系の亜人種なんだ」


 トウリのイヌ耳と尻尾に気を取られたスティアは無意識に彼女に質問を投げ掛けてしまったが、トウリは『待ってました』と言わんばかりに自身の出自を語りだす。


 亜人種──この世界に住む数多あまたの種族の一つで、『けもの因子いんしを持った人間ひと』と定義されている。


 見た目こそ人間ひとと大差は無いが、身体の一部分──耳や尻尾といった箇所が動物になっているのが特徴である。


 この亜人種と対極の存在として──『人間ひと因子いんしを持ったけもの』の種族として、獣人種じゅうじんしゅが存在しているが、詳細はまたいずれ。


「そう言えば、自己紹介がまだだったな。おれはトウリ、でこっちが──」


「ラウラ、ラウラ=ヴァル──いいえ、ただの『ラウラ』とお呼び下さいませ」


 そう、思い出したように自己紹介したラウラとトウリは、地べたに座り込んでいるスティアににこやかに笑顔を送っている。


「あの……えっと、あたし──スティアです。スティア=エンブレム……」

「スティアさんですね……宜しくですわ。ところで──」

「となりですやすや寝ているピンク髪の子はあんたの友だちなのか?」

「…………ピンクの髪……まさか……!?」


 トウリに言われて、スティアが慌てて隣を視ると──そこには自分に寄り添うように眠っているフィナンシェの姿があった。


「────フィーネ……!!」


 その姿を観た瞬間──スティアは無意識に涙を流していた。


 死んだと思っていた。あんなに傷を負わされたのに──でも、生きていた。


「良かった…………フィーネ…………あれ?」


 急いで抱きしめようとしたスティアだったが、寝ている彼女を見てに気付いて動きを止めてしまう。


(………………傷が、なくなってる……?)


 寝ているフィナンシェの身体には傷一つ無いどころか、着衣ちゃくいにも汚れや乱れが一切残されてなかったからである。


(確か──フィーネはあの時、両手と右太腿みぎふとももをナイフで刺されて、それから──あの人形に左腕を……)


 スティアの記憶では、フィナンシェは盗賊オヴェラによって両手と右太腿に刺創を、その後に現れた『魔導人形オートマタ』によって左腕を切断されていた。


 ──だがどうだろう、フィナンシェの身体のどこにも傷が無いどころか、うしなった筈の左腕すら──綺麗なまま彼女の身体と共にあった。


(──どうなってるの? そう言えば、あたしも……!?)


 フィナンシェの身体に傷一つ残っていない事に気が付いたスティアは、と思い上着をめくると自分の腹部に目をみはる。


「まぁ、急におへそなんて見せつけてどうしたんですの? 破廉恥ハレンチですわ……!」

「……おい、へそ見せて破廉恥ハレンチだったら、常にへそが出てる服のおれは常に破廉恥ハレンチなのか……!?」

「えっ……? トウリさんは『歩く破廉恥ハレンチ』では無いのですか?」

「何だよ『歩く破廉恥ハレンチ』って!? ただの変態じゃねーか!!?」


 目の前でぎゃあぎゃあと騒いでるふたりに苦笑いしながらも、スティアは自分の腹部にを確認する。


(…………あたしのお腹も……傷が無くなっている?)


 フィナンシェと同じく、スティアもまた盗賊ヴァラスによって腹部に刺創を──それも死に直結ちょっけつする程の傷を負わされた。


 しかし、彼女もフィナンシェと同じく、腹部の刺創は跡形も無く消え去っており、綺麗な身体を維持いじし続けていた。


(どう言う事? 誰かが治してくれたの??)


 ふたりの傷は確かに重傷だったが、『回復魔法』で治癒ちゆをする事は可能であった。


 しかし──スティアにはそもそも『魔法』は使えず、フィナンシェも切断された腕を復元するなんて高等な回復魔法を扱う事は未だ出来なかった。


「あの……ふたりは回復魔法って使えますか?」


 なら別の可能性を、そう思いスティアは目の前のラウラとトウリに尋ねてみるが──、


「いいえ、恥ずかしながらわたくし、『魔法』は攻撃系統しか修得しゅうとくしておりませんわ」

「おれも覚えてねーぞ? それがどうしたんだ??」


 ──結果は検討違いだった。


(目の前のふたりでも無いなら……一体、誰が……?)


 そこまで考えて、スティアは先ほど語り掛けてきた謎の声の主に思いをはせせようとしたが、何故かさっき迄の夢のような場所の記憶が


「…………う、う〜ん…………」

「…………!! フィーネ、しっかりして!!」


 ──と、スティアが物思いにふけっていると、すやすやと眠っていたフィナンシェも意識を取り戻したのか、小さくうめき声を上げ始める。


「フィーネ、起きて……!!」

「う〜〜ん……パンのおかわりですか……? はい、スティアちゃんをオカズにあと20個はいけますーーZzzzzz」

「何の夢見てるのーーーー!? しかもおかわりが妙に多いーーーー!!?」

「まぁ……/// 貴女達あなたたち、そんなただれた関係なんですわね///」

「ちょっ、ちが…………/// フィーネやめて、起きてってばー!!」

「Zzzzz──えへへ、スティアちゃんはわたしのオカズだから、わたしが口移しで食べさせてあげるね〜♡」

「なっ……////// ちょ、フィーネ、くちびる近付けないで!? か、勘違いされちゃうーー!!」

「ハ、破廉恥ハレンチですわ! 不健全ですわ!! いけませんわーーーー!!!」

「すげー///」

「フィーネ起きてーーーー!! あたしの名誉の為にも今すぐ起きてぇえええええええ!!!」


 ──この後、フィナンシェが完全に起きるまでの5分間が、スティアは凄まじい羞恥心しゅうちんしんで死にそうになったと言う。

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