第四話:目覚めの時④/迷宮の底にて産声上げて

 かくして、ふたりの少女──スティア=エンブレムとフィナンシェ=フォルテッシモは迷宮ダンジョンの宝箱に入っていた赤ちゃんを見つけ、かつての魔王──カティスの“生まれ変わり”である赤ちゃんはふたりの冒険者の少女に拾われるのであった。


(お、お、おち、おち、落ち着け、落ち着くんだおれ……!!)


 かつての魔王カティスは瞳を閉じて目の前に広がる視覚情報こうけい遮断しゃだんすると、冷静れいせいに頭の中で現状の把握はあくに努める。


(まず──いま此処ここは『現実げんじつ』だ、間違いない。間違いなくおれは人間の赤ちゃんで、転生てんせいちた──)


「たいへんスティアちゃん……!」

「……っ!? どうしたのフィーネ!?」

「赤ちゃんが……泣いてないよ……!?」

「いやそれ生まれた時の話だから!? この赤ちゃん、この宝箱から生まれた訳じゃないよ!!?」


(──いや、うるせえな!?)


「おねがい……赤ちゃん泣いて……!!」

「あうあう……」

「ちょっ!? あたしの話聞いてた!!?」


 フィナンシェは赤ちゃんのお腹を毛布の上から必死にさすっている。


(さするな……! 人のお腹をさするなー!! 泣くよ、泣けば良いんでちゅよね!? よーち、見てろ……!!)


「ば……ば……ば……!!」


あせるなよ……そう、赤ちゃんと言えば『バブー』って泣き方だと相場そうばが決まってる……!!)


「…………!?」

「ば……、ばぁーー⤴⤴⤴ぶぅーーー⤵⤵⤵(棒読み)」


「「うわっ、泣くの下っ手ーー」」


(悪かったでちゅねーー!?)


「うわっ……めっちゃ眼ぇ見開いてガン見してる……」

「よかったー。赤ちゃん、ちゃんと生きてたね」

「もっと早く気付いてあげたら?」


(──なんなんだこいつ等は……!? くそ、考えがまとまらねー)


 ふたりの少女のたたけるような猛攻ボケ上手うまかわし(?)ながら、かつての魔王カティスは頭の中をフル回転させる。


一旦いったん冷静クールになれ魔王カティちゅ……!! 落ち着いて状況を……状況を………………んっ!!?)


 そこまで考えて、赤ちゃんの思考は停止した。


(待て……待て待て待て……!? 何故なじぇ──何故なじぇ、おれは自分の事を『魔王カティちゅ』だと認識にんちき出来ている……!?)


 ここに至って、ようやくその赤ちゃん──生まれ変わった『魔王カティス』は、に気が付いた。


 『魔王カティス』──かつて、世界を震撼しんかんさせた魔界を統べる王、魔族たちを率いる王、魔導まどうを極めし王。


(、おれの城に乗り込んできた勇者ゆうちゃたちを返り討ちにちた後、たち転生術式てんせいじゅつしきを自分に掛けて、穴の空いた天井てんじょうと割れた窓ガラちゅを修繕しゅうぜんちてからんだはず。いや……ちゃっきからなんで脳内の独白どくはく若干じゃっかんちたらじゅになってるんでちゅか!?)


 そう、生前──魔王カティスは、城を訪れた勇者ウロナ=キリアリアとその仲間を返り討ちにした後、生まれ変わりの術を自らに掛け生涯しょうがいを終えた。


(その時──たちかに、『魔王カティちゅ』とちての一切いっちゃいの記憶と能力ちゅペックちゅてたはず…………いや、間違えた──“能力ちゅペック”の一部は引き継ぎちたんでちた……)


 魔王カティスは死の間際まぎわ──自らの『魔王』としての“記憶”と“能力(一部除く)”を放棄ほうきする様に設定していた。


ちゅくなくても──おれは、自分が『魔王カティちゅ』だと“認識にんちき”ちているのはおかちい……!)


 だからこそ、赤ちゃんになったが生前の記憶を有しているのは話であった。


(もしかちて──転生てんちぇいに何か不手際ふてぎわがあった…………?)


 ゆえにこそ、カティスは考慮こうりょしなければならなかった。


転生てんちぇい失敗ちっぱいちて──“記憶”と“能力ちゅペック”が生前のまま……??)


 そうならば、確かめなければならない。本当に自分が生前の──“史上最強”の名を欲しいがままにした『魔王カティス』の記憶と能力スペックを引き継いだままになっているのか。


「た、た、た、大変だよフィーネ!! と、扉が……よーーーー!!」


 そして、その絶好ぜっこう機会チャンスはすぐさまに訪れる。


 ──ズゴゴゴゴ……!!


 けたたましい轟音ごうおんと共に、黄金の棺のあるこの部屋を守っていた“紋章”の刻まれた巨大な石の扉がひとりでに閉まっていく。


 それに気付いたスティアとフィナンシェがすぐに扉に駆け寄るも──


 ──ガコオォン!!


 ──と、スティアとフィナンシェの目の前で大きな音を鳴らしながら扉はピッタリと閉まってしまった。そして、辺りはひっそりと静まり返ってまう。


 空間そのものが静寂せいじゃくに包まれたおごそかな雰囲気ふんいきたたえているのは勿論もちろんそうだが、いま目の前で起きた事態じたいに反応が追い付かないスティアとフィナンシェの思考が停止フリーズしていたのも要因よういんに挙げられる。


「……………………。」


 スティアとフィナンシェは仲良く閉ざされた扉を見つめる。扉が開く気配はない。


「……………………。」


 しばらくすると、今度はお互いの顔を見つめ合う。扉が開く音はしない。


「……………………。」


 もう一度、閉ざされた扉を見つめる。扉が開いているなんて事は──当然、無い。


「や……や……、やぁっっっっばぁぁぁーーーい!!?」


(だから、さっきから五月蝿うるちゃ小娘こむちゅめでちゅね……)


 扉に駆け寄ってスティアは一生懸命いっしょうけんめいに扉を押したり引いたりしているが、扉は固く、硬く、堅く、その場所から動こうとはしなかった。


「どうしよ……どうしよ……どうしようーー!!? 閉じ込められちゃったーー!!?」


 流石に自力で動かすのは『無理』だとさとったのか、スティアはひざを突いて項垂うなだれながら頭を抱えて“この世の終わり”みたいな慟哭どうこくを上げている。


 当然だろう。さっきも扉が閉まってしまったのだ。スティアたちがその扉をからである。


「今日はここでお泊りだねー♪」

「なんでこのこんなに呑気のんきなのーー!!?」


 絶叫するスティアに、カティスは思わず同情してしまう。


(周りが『ボケ』だと、残ちゃれた奴は必然的ひちゅじぇんてきに『ツッコミ』やる運命ちゃだめなんだよなぁ……)


 うんうん、とうなずくカティスを見てスティアは──


「赤ちゃんに同情されてるぅーー!!?」


(人の表情かお見て心を読まないで欲ちいでちゅね!?)


 ──赤ちゃんにまであわれられた自分をなげく。


「スティアちゃんもお布団敷いて一緒に寝よ♪」

「何言ってんのフィーネ!? もしかしたらあたしたち一生いっしょうここから出れないかも知れないんだよ!? あとお布団は流石に持って来てないよ!!?」

「うん……だから、一緒にミイラになるまでここで寝ようね(くもった瞳)」

「いやぁーーー!? まだ諦めないでーーーー!!?」


 ゆさゆさ、ゆさゆさ──スティアが奇行きこうに走るフィナンシェを必死にすって正気に戻そうとこころみている。


(目が回るでちゅ〜〜!?)


 フィナンシェにられて揺れているカティス(※赤ちゃんを揺さぶるのは生命に関わる大変危険な行為なので真似しないで下さい。この赤ちゃんは特別な方法で鍛えられています。)は、目をぐるぐる回しながら──生前の、『魔王カティス』としての記憶きおく辿たどる────。


『ミイラくん、ミイラくん。少し質問良いかな?』

『あ〜魔王カティス様。いいッスよ〜〜何が聞きたいんスか〜〜?』

『わ〜、思ったより流暢りゅうちょうしゃべる上に態度たいどはこの上なく不敬ふけい〜♪ だが許ーす!!』

『光栄ッス! 自分、これでも元々大国たいこくで王様やってたッス!!』

『わ〜すごい♪ 蘇らせて部下にしてゴメンね♪ ……って、どうでもいいわ!!?』

『魔王様、ノリめっちゃ良いっスね!』

『貴様は元王族の癖に態度が軽すぎるんだよ!? ……まあいい。質問なのだが、『ミイラ』をやっていてつらいと思ったり感じたりするものなのか……?』

『いや、そんな事全然ないッスよ。だって自分、ミイラになる時、脳みそくしたから感情が無いんスよ』

『その割にはおしゃべりの表現ゆたか過ぎない!?』

『“魂”があればこれ位は余裕ッス!』

『……本当ほんと?』

本当マジッス。あっ、自分いまから相棒のゾンビっちと銭湯行くからもう行くッス! 魔王様、お疲れ様っシた!!』

『ああ、お疲れー。…………って、ミイラあいつ銭湯入るんかーい!? ふやけるぞ!!?』

『……我が主、そんな事を気にするより前に、お湯に浸かったらミイラ様から色々となのを心配するべきでは?』


 ──────。


(……やっくに立たねぇ思い出でちた……!! あの後、銭湯せんとうはミイラから溢れたのちぇいで封鎖ふうさちゃれたんでちた……!!)


 心底、どうでも良い事を思い出していたカティスだったが、どうでも良い事に気付くとようやく現実に帰ってこれた。


「フィーネ……!! 諦める前にどうやったら脱出だっしゅつ出来るか考えようよ〜!! あたしこんな所でミイラになりたく無いー!!」

「…………そうだ! 肉体をうしなって“魂”だけになれば、あの扉をすり抜けれるかも……!!(死んだ魚の様な瞳)」

「死〜ん〜で〜るぅ〜〜!!? 意味無いよーそれー」


(はぁ……。ちゃわがちい奴らでちゅねぇ……)


 バカ騒ぎするスティアとフィナンシェに、「やれやれ」と言わんばかりに首を横に振るうと、カティスは堅く閉ざされた扉をジッと見据みすえる。


 別段べつだん──閉じ込められたからと言ってカティスに動揺どうようは無い。


 元々、生まれ変わる際に『生きていく上で困らない程度の能力スペック』は引き継ぐ予定を、生前の魔王カティスは目論もくろんでいた。


 具体的な指標しひょうで言うと、「単独で竜種ドラゴンをシバキ倒せる程度」である。これは人間たちの価値観からすると“勇者”や“英雄”と呼ばれる水準すいじゅんなのだが──絶対的な力を有していた魔王カティスには、その辺りの匙加減さじかげんになっていたのはご愛嬌あいきょう


 つまり──、


(この程度の石壁いちかべ、どうって事無いでちゅね……。簡単にブッ壊ちぇまちゅ……!!)


 カティスには脱出の算段はついている。この程度の扉なら容易たやすく破壊できると踏んでいた。


(……ただ、問題なのは……)


 ただし、一つだけ──カティスには懸念事項けねんじこうがあった。


(もしかちたら、生前の……魔王とちての能力ちゅペックを100パーちぇント引きちゅいでいるかもれないって事でちゅね……)


 それは──今の自分、『赤ちゃん』になったカティスが、生前の『魔王カティス』の能力スペック引き継いでしまっていないかと言う懸念だった。


 生前の──『魔王カティス』の振るった力は極めて、凄まじく、ぶっちゃけあり得ないぐらい強大だった。


 その腕力は軽く叩いただけで大地を割り、その肉体は魔界の太陽が放つ摂氏1兆度の超高温を涼しげに耐え、その魔力はほんの少し魔石にたくわえただけで未来永劫みらいえいごう枯れることない永久とわかがやきを放つ悠久ゆうきゅう炉心ろしんとなり、その敏捷びんしょう刹那せつな惑星ほし横断おうだんする程にはやく、その魂はあらゆる因果干渉いんがかんしょうすら弾き無力化できる程に堅牢けんろうであった。


 ──文字通り、『史上最強』にして『絶対無敵』の存在。それが、『魔王カティス』である。


(もち、魔王とちての力をそのまま引き継いでいたら……ヤバいでちゅね)


 もし仮に、今のカティスが生前の『魔王カティス』の力を100%引き継いでいた場合、眼前がんぜんの扉にも攻撃を加えなければならない。


 以前──魔王カティスはと相対した際に、力加減をあやまってしまい、当時の『ヴェルソア荒野』に直径10キロメートル超の巨大クレーターを作ってしまった事があった。


 その時、魔王カティスが込めた力の割合は──0.000001%、100万分の1である。


何億分なんおくぶんの1で攻撃すれば良いでちゅか……?)


 カティスは自身を包んでいた毛布から右腕を取り出して扉に向けてかまえると、力加減を綿密めんみつに計算しながら扉に差し向けた人差し指に金色こんじきかがやきをたたえる漆黒しっこくの魔力を収束しゅうそくさせていく。


 もし、力加減を誤れば──扉どころか、辺り一帯が消し飛んでしまう。そうなれば、自分を抱いて大騒ぎしてるふたりの少女も『ミイラ』どころか即『亡霊ゴースト』の仲間入りだ。


(慎重ちんちょうに……慎重ちんちょうに……!!)


 幸い──スティアとフィナンシェはしていて、閉ざされた扉にもカティスにも意識を向けていない。


(やるなら……今でちゅね……!!)


 そして──ふたりの“意識”が扉と自分かられた一瞬いっしゅんすきを突いて、カティスは収束させた魔力を扉に向けて撃ち放った。


 ──ドッッゴッオォォォン!!!


「ギャアァァァ!? 扉がブッ飛んだーーーー!!?」

「きゃあぁぁぁ!? 何が起こったのーーーー!!?」


 着弾と同時にすさまじい爆発音をひびかせながら堅く閉ざされた扉は端微塵ぱみじんに吹き飛び、その時しょうじた衝撃にスティアとフィナンシェは蹌踉よろけて尻もちをついてしまう。


 静寂せいじゃくな空間を突如とつじょ襲った轟音ごうおんに、スティアとフィナンシェは心臓をばくばくと鼓動こどうさせながら恐る恐る扉の方に目を見張みはる。


 先ほどまでそこに鎮座ちんざしていた重厚じゅうこうな扉は全ての破片はへんが小石程度にまで砕けて飛び散らばっており、立ち込める粉塵ふんじんが破壊の衝撃の強さを如実にょじょつ物語ものがたっていた。


「「……………………!!?」」


 その光景を、スティアとフィナンシェは呆然ぼうぜんと見つめる。


(や……や……や、やっちまった~でちゅ!?)


 その光景を、カティス呆然ぼうぜんと見つめる。


 今しがた撃ち出された魔力の弾丸だんがんは──カティスにとってのつもりであった。


 本来、だったのなら、撃ち出された魔力の弾丸は扉に傷一つ付けることなく雲散霧消うんさんむしょうしていた事だろう。


 逆に、もし生前の『魔王カティス』の能力をなら、撃ち出された魔力の弾丸は──扉を砕けた窓ガラスみたいに木っ端微塵にしていただろう。


 それを試すつもりで、カティスは軽く、弱く、手を抜いて、魔力を撃ち出した。


 結果はどうだっただろう。縦横たてよこ数メートル、分厚さにして2メートル強、重さにして百トン以上は下らない大きな石の扉は、砕けた窓ガラスの如く木っ端微塵になっていた。


 つまり──、


(し、失敗しっぱいちてるでちゅーー!? 転生てんちぇい失敗ちっぱいちて、能力ちゅペックが魔王の時のままになってるでちゅーー!!?)


 そこに居るのは──転生に“史上最強”で“絶対無敵”の『魔王カティス』の能力スペックを完全に引き継いでしまった──“史上最強”で“絶対無敵”の『赤ちゃん』と言う事になる。


「…………スティアちゃん。…………何かした?」

「…………違う。…………フィーネじゃないの?」


 スティアとフィナンシェは粉々に粉砕された扉の残骸ざんがいをあぜんとした表情かおながめている。


 『あなたが扉を壊したの?』と互いに問うているが、お互いがお互いに『あの扉を破壊するだけの能力・魔力を持っていない』のは百も承知している。


「じゃあ、つまり……あの扉を壊したのは……?」

「まさか……そんな……わたしがいま抱いているこの子が……?」


(ぎっくーーーー!! 転生てんちぇい早々そうそうあやちまれてるでちゅーー!?)


 ともなれば、がカティスに向くのは至極当然しごくとうぜんの成り行きだった。


(まずいでちゅ……まずいでちゅ……!! おれは世界ちぇかい片隅かたちゅみで平穏に暮らちたいんでちゅ!! 『魔王カティちゅ』と同じ強さの『赤ちゃん』なんてられたら、第二だいにの魔王とちてかつがれちゃうでちゅーー!!?)


 しかし──自分が“史上最強”の存在だなんて知られるのはカティスの本位では無かった。世界の片隅で平穏無事へいおんぶじに過ごすのが生前の『魔王カティス』のささやかな願いなのだから。


「ねーえ、可愛かわい可愛かわいい赤ちゃん♪ あのおっきな扉を壊してくれたのはあなた?」


 フィナンシェが歌うようなやわらかくやさしい口調でカティスに問い掛けて来る。これがなら、彼女もこんな質問はしないだろう。


 だが、残念な事にカティスは──よりにもよってかの『魔王カティス』の迷宮ダンジョン、それも最深部に安置あんちされた棺の上に意味深いみしんに置かれた宝箱から出てきたのだ。当然──と思われるのは必然ひつぜんである。


誤魔化ごまかちゃなきゃ……誤魔化ごまかちゃなきゃ……!!)


「教えてくれたらお姉ちゃんが『いい子いい子♡』してあげる♪」


「ば……ば……ばぁーー⤵⤵⤵ぶぅーーー⤴⤴⤴(目を逸しながら)」


((…………ぜったいこの子だ!!))


「……ともあれこのクソつよ赤ちゃんのおかげで、この辛気しんきくせー部屋から出られるーやったー!!」

「もう、スティアちゃんったら言葉遣ことばづかいが荒いんだから……! ありがとね~赤ちゃん。はい、いい子いい子♡」


 はしゃいでいるスティアの粗暴そぼうな言葉遣いに文句を言いながらも、フィナンシェは抱いていたカティスの頭を優しく、母親が我が子をあやす様にでる。


くちゅぐったいでちゅね。……でも、悪くない気分でちゅ……。まぁ……小娘こむちゅめにちては上出来だとめてやるでちゅよ)


 一応いちおう一仕事ひとしごと終えた気になっているのか、はたまた王から家臣かしんへのねぎらいのつもりなのか、フィナンシェの『いい子いい子』を満更まんざらでも無い様子で堪能たんのうするカティスであった。


「あっ、この赤ん坊、フィーネにでられて満足そうにしてる」

「うふふ、ほんとだ♪ かわいいー♡」

「良いなー……じゃなかった。フィーネ、早く此処ここから出ないと! ラウッカさんたち心配してるかもだよ?」

「そうだね。ねぇスティアちゃん、この子も連れて行って良い? このまま此処ここに置いて行くなんてわたし出来ないよ!」


(え゛っ!!? 気にちなくて良いでちゅよ! 此処ここにどうぞ置いて行ってくれでちゅ!!)


 フィナンシェの唐突とうとつな「連れて行きます宣言」にカティスは激しく動揺してしまう。


 別に、ふたりに保護して貰わなくても、カティスなら独りで此処ここから抜け出る事も外の世界で生きていく事も楽勝だからである。


(って言うか、おれの事を『』って思っているお前らに連れて行かれる方が都合悪いでちゅ!!)


 しかし、既にカティスの強大な力の一端いったん垣間かいま見てしまったスティアとフィナンシェに保護されてしまうと、が非常に面倒くさくなるの予感をカティスはひしひしと感じ取っていった。


「何言ってんのさ、フィーネ! そんなの決まっているよ……!!」


「ばぶ……(約:頼むぞ……)」


「もちろん、連れて行くに決まってる。こんな所に赤ちゃんを置いたままに出来ないよ!!」

「さすがスティアちゃん! そうと決まれば、一緒に行こうね赤ちゃん♪」


「ばぁぶぅーーーー!?(約:Nooooo(ノォーーーー)!?)」


「あははっ、見てフィーネ! こいつ喜んでるよ♪」


「ばぁっぶぅーー!?(約:違うわーー!?)」


「うふふ……よっぽど嬉しいのね。…………あっ! この子……もしかして……?」

「どうしたのフィーネ?」

「…………う、ううん、何でもないよ。早く皆さんの所に戻らないと……ね?」

「……だな!」


 嫌がるカティスを再び抱き上げると、フィナンシェとスティアはゆっくりと部屋の外へと歩き出す。これ以上、この部屋に長居をしても仕方無いからだ。


(あ〜やれやれ、仕方無ちかたないでちゅねぇ……。取り敢えずこの小娘こむちゅめたちに近くの街まで運んでもらって、適当に縁切えんきりちゅるとしまちゅか……)


 ふたりは崩れた扉の瓦礫がれきを踏み分けながら、名残なごりうれいも残さずに部屋を後にして行く。


(……ところで、)


 ただ、カティスだけはその部屋に少しな事があった。勿論もちろん、そこに残りたいと言う訳では無い。


(さっきまで気にちてまちぇんでちたが、あの黄金のひつぎはもちかちなくても、むかちおれが作製さくちぇいちた『黄金の揺り籠クレイドル・コフィン』でちゅよね?)


 カティスが気に掛けたのは黄金の棺──


(あれがこんな所にあるって言うことは、此処ここは我が居城きょじょう──ヴァルタイちゅト城の地下祭殿ちかちゃいでんって事でちゅよね……??)


 徐々に遠く小さくなっていく黄金の棺と、どこか見覚えのある石室せきしつにカティスは思いをせる。


『レトワイス──我が愛しき人形よ……』

如何いかがされましたか我が主? 晩ごはんならもう済ませたではありませんか?』

『俺はボケた老人か何かか?』

『冗談で御座いますよ我が主。それでご用件は?』

『ああ、お前に頼み事があってな。この黄金の棺を見てみろ』

『うわ〜、びっくりするぐらい趣味の悪い棺ですね』

『…………そうか…………うん』

『分かり易いぐらいショックを受けてますね』

解体バラすぞ貴様!!?』

『……で、こちらの金ピカ棺がどうされたのですか?』

『……あー、俺が死んだらな……』

永久不滅えいきゅうふめつの我が主が何故、死ぬのですか?』

『話の腰を折るなよ……。俺が死んだらこの棺に俺の亡骸を入れて、この城の地下にある祭殿の一番奥に安置しておいてくれないか?』

『えっ……? 自分でやって頂けますか?』

『自分で出来ねーから頼んでるんですけど!?』

『はぁ……我儘わがままな我が主ですねぇ……。はい、うけたまわりました。我が主が亡くなられましたら、この棺に入れて地下祭殿に仕舞しまっておきますね』

『せめてまつってーー!!?』


 ────────。


(ちゃんとレトワイスあいつ仕事ちごとをこなちていたのなら──あの棺には生前のおれの“亡骸ミイラ”が入っているんでちゅよね……)


『魔王様〜〜ミイラは良いっスよ〜〜』


(ちょっと気に……なる……)


『もう肉体が朽ち果てているッスから、見た目のケアしなくて良いっスよ〜〜』


(…………で…………ちゅ…………)


『魔王様も早くミイラになると良いっスよ〜〜』


(……………………。)


『あっ、でも包帯の交換は年一回の方が良いっスよ〜〜』


(……ちゃっきから思い出の中の『ミイラあいつ』がずっっとチラちゅいてるでちゅーーーー!!?)


『魔王様も自分の中身見てみるッスか〜〜?』


(あれはキモかったでちゅ…………)


『魔王様もミイラになったらこうなるッスよ〜〜』


(…………よち、見るのめるでちゅ♪)


 こうして──カティスはついぞ黄金の棺の中をあらためる事なく、スティアとフィナンシェに連れられて石室を後にするのだった。


 そして、石室から人の気配が無くなったのを察知したのか、蒼い炎を灯していた燭台はひとりでに消え、石室に再び心地良い暗闇をもたらすのであった。


 ──黄金の棺に眠るあるじが、再び安眠出来るようにと。


 かくして──迷宮ダンジョンの底にて、“史上最強”の赤ちゃんは産声うぶごえを上げる。


 その先に待ち受ける『運命』も知らずに────。


(そう言えば──この小娘こむちゅめたち、我が城の地下祭殿ちかちゃいでんまで来たって事は…………さては、城の“見学ちゅアー”に参加ちゃんかちた『魔王カティちゅ』のファンでちゅね?)


 自分の城が既に『崩壊』している事も知らずに────。

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