第三話:目覚めの時③/ヴァルタイスト地下迷宮


 ──ふたりの少女は迷宮ダンジョンに足を踏み入れる。迷宮ダンジョン入口いりぐちはまだ外からの日差しを受け入れており、日の当たらない奥の方は少女たちの目からは良く観えない状態だった。


 スティアとフィナンシェはすで迷宮ダンジョンに足を踏み込んでいる。いま彼女たちの足で踏みしめている場所はもう只中ただなかだ。


 未知の体験に胸踊らせながら突入した二人も、差し込む日差しの向こう側──エサを捕食するの様に、どこまでも吸い込まれそうに続いている不気味な暗闇にようや此処ここが『危険な場所なんだ』と言う実感を感じて、おもむろに立ち止まってしまう。


 暗闇に足を踏み込むには“勇気”が少し足りない。スティアとフィナンシェは恐怖におびえる小動物みたいに、互いの手を取り合って暗闇を不安そうな表情かおで見つめていた。


「大丈夫──心配しなくていいよ。ここには俺たちがちゃんと居るからね」


 そんなふたりの少女に欠けていた“ほんの一欠片ひとかけらの勇気”を与えたのは、続けて迷宮ダンジョンに足を踏み入れた『疾駆の轍ルッツ・キルパ』の面々だった。


 優しく語り掛ける声に、スティアとフィナンシェはわらにもすがる思いで振り返る。そのふたりの少女の迷える子羊の様な不安げな表情に、ヴァラスは優しく笑顔をかけると──震えるふたりの肩にそっと手を添える。


 たましく力強い男性ヴァラスの手がふたりの身体のふるえを、まるで吸い取ったかの様にピタリと止めてみせた。


 ──あぁ、この人たちといるなら自分たちは安心できる。


 そんな安堵感あんどかんがふたりの緊張を解きほぐし、なまりの様に重たかった足も何時しか軽やかになっていた。


「もう大丈夫かい? 歩けるかな?」


 にこやかに少女たちを気遣う優しい声に、スティアとフィナンシェは──


「はい……もう大丈夫です。ありがとうございます」


 ──そう答える。


 ただ一つだけがあるとするならば、それは優しくスティアとフィナンシェの肩に触れたヴァラスが──


(かぁ〜〜!! 若い柔肌やわはだたまんねぇ〜〜!! はやく、ふたりの身体をたっっぷりもてあそんでヤりたいぜ!!)


 ──などと、下衆げすきわまる、低俗ていぞくで、下劣げれつで、よこしまな事を考えている事である。


 “接触ボディタッチ”を許してしまった段階でヴァラス達の、スティアとフィナンシェへの毒牙どくがが、ふたりの知らぬ間に首元くびもとに突き付けられたと言っても過言では無い。


 事実──ヴァラス達の下心したごころにスティアとフィナンシェはまだ気が付いていない。


 次に、彼等がふたりの少女に“行動アクション”を起こしたのなら──その時はスティアとフィナンシェが欲望にまみれた汚い大人のになってしまうだろう。


 迷宮ダンジョンを地下へと降りていき、徐々に徐々に空間が冷え切っていく。それと同時に──ドス黒い欲望は、よだれらしながら肥大化していく。


〜〜〜


 しばらく──と言っても迷宮ダンジョンに足を踏み入れてから恐らく数分しか経ってないと思われる僅かな時間だったが、迷宮ダンジョンの中は日の光も届かない暗闇に包まれた空間となっており、オヴェラがたずさえていた“道具袋”から取り出した松明たいまつあかりが無ければ一行は目の前の数センチメートルも視認できない状態であったであろう。


 其処そこに広がっていたのは、長い廻廊のような石造りの通路だった。所々ところどころが崩れており、時には人がギリギリ通れる位の幅しか無いほど崩落した部分も見受けられた。


 歩けども歩けども──迷宮ダンジョン最奥さいおうには至らない。これ程の規模ならば、この崩落した何かの建造物は貴族の豪邸ごうていよりも遥かに巨大な規格スケールの建造物──巨大な以外考えられなかった。


「すごい……」


 スティアの口から出た感想は。崩落していても、既に過去の遺物となっていても、綺麗に積み重ねられた白い彫刻ちょうこくの様な石材は──かつて此処ここに、繁栄はんえい栄華えいがきわめたが建っていた事をスティアに肌で感じさせていた。


「はぇ~、すっごいね兄貴。これなら……」

「あぁ……! これだけの規模だ、ここが魔王カティスの迷宮ダンジョンだろうがなかろうが……相当ながするぜ……!!」

「全くだねぇ……。ここの情報をくれたには感謝しないとね……」


 只々ただただ、この迷宮ダンジョン内包ないほうする力強さに目を奪われるスティアとフィナンシェとは裏腹うらはらに、『疾駆の轍ルッツ・キルパ』の三人は増々ますます欲望を掻き立てられていく。


 しばらくすると、迷宮ダンジョン内が一気に冷え込んでいくる。スティアとフィナンシェはどちらも寒くない程度には服を着込んでいたが、それでも迷宮ダンジョン内の冷え切った──まるで死者をまつ霊廟れいびょうの様な空気に思わず身震いを起こしてしまう。


「寒かったら上着を貸してあげるよ、スティアちゃん」

「あ、ありがとう……ございます……」


のどかわいたろ? 水でも飲みなフィナンシェ」

「ありがとうございます、ラウッカさん」


 ヴァラスとラウッカは、そんなスティアとフィナンシェの緊張感きんちょうかん警戒心けいかいしんほぐす為にあの手この手でふたりを接待している。


「オイラも……あのー、おふたりさん? 良かったらオイラが買ってきたお菓子でも食べるかい」


 自分も会話のに入りたいのか、オヴェラは“道具袋”から砂糖菓子を取り出してふたりに差し出す。


「汚いから触らないで!!」(スパァン!!

「ごめんなさい……このローブお気に入りで……」

「なんで!? オイラ対してだけやたら辛辣しんらつ過ぎるーー!!?」


 スティアに腕をはたかれ、フィナンシェに露骨ろこつに距離を取られ、オヴェラは叫ぶ。


 ──そもそも、


((そりゃおめぇ小汚こぎたねぇデブがニヤニヤしながら菓子差し出してきたら誰でもそんな反応するっつーの))


 ──オヴェラ自身に問題が有るのだが。


「ところで──『疾駆の轍ルッツ・キルパ』は“調査クラン”って言ってましたけど、その調査って言うのは具体的には何をするの?」


 寒さに慣れたのか、我慢がまんしたのか、あるいは寒さに意識をのか、スティアは思っていた疑問をヴァラスたちにぶつける。


 迷宮ダンジョンなんだったら、冒険者らしくそのまま“探索”してしまえば良いのでは?


 それがスティアの率直そっちょくな意見である。


 そもそも、『疾駆の轍ルッツ・キルパ』の正体は盗掘とうくつ強盗ごうとう生業なりわいとしている「盗賊ギルド」の集団クランである。


 ──が、『盗み』なんて言う“犯罪行為”を行う“集団クラン”なんてものを流石にギルドが容認ようにんする筈も無く──ヴァラスたち『疾駆の轍ルッツ・キルパ』も“調査ギルド”と言う『表の顔』はしっかり用意しており、調査と言うは行いつつ、裏で盗みを働くのである。


 つまり──


「そうさねぇ……アタシたちの仕事を簡単に言えば、その“迷宮ダンジョン”にどんな魔物モンスターが生息しているか? どんな鉱石こうせき魔石ませき採掘さいくつできそうか?」


「そう言った迷宮ダンジョンの様々な情報を誰よりも先んじて調べて、それをギルドに報告──最終的にギルドにその迷宮ダンジョンの危険度……『階級ランク』を決定して貰うのがオイラ達の役割ッス」


「へぇー、なるほど」


 ──では彼等はを出さない、という事だ。


 今回の依頼クエストで言えば──ヴェルソア平原でつい最近発見されたこの迷宮ダンジョン、ここに関する“情報データ”をギルドはだ持っていない。


 情報がない以上、その迷宮ダンジョンが“判別”出来ないのである。


 そこでギルドは手始めに、未知の迷宮ダンジョンの調査を『依頼クエスト』として冒険者をつのり、依頼クエストを受け調査におもむいた冒険者から得た情報データを元に──その迷宮ダンジョン階級ランクを決定するのである。


「そうやって迷宮ダンジョンの“階級ランク”を決めてもらう事で、今後の迷宮ダンジョン探索の時にそこの難易度ランクに見合った“階級ランク”を持った冒険者を派遣出来るって訳さ」


「今日の調査でこの迷宮ダンジョンも、冒険者になるお嬢ちゃんたちでも探索出来る低い階級ランク迷宮ダンジョンになるか、はたまた──ギルドに最高位の階級ランクを持つ『勇者ブレイブ』しか探索する許可が下りない“超高難易度”の迷宮ダンジョンになるかも知れないって事さ」


 ヴァラスたちの説明にスティアとフィナンシェは息を飲む。


 彼等の役割は迷宮ダンジョン階級ランク見積みつもる事。低いか、高いか。安全か、それともに危険か。


 安全ならそれに越した事はないが、なにせ今調査している迷宮ダンジョンは──『魔王カティス』の居住跡だ。恐らくは──“最高階級ランク”に相違ないだろう。


「ここが本当に魔王カティスの迷宮ダンジョンなら──かなり危険な場所じゃないの?」

「……だな。その代わり、


 ヴァラスは得意気な顔で鼻息を荒くすると、人差し指を教鞭きょうべんに見立てて、スティアとフィナンシェに悠然ゆうぜんと語り始める。


「兄貴……女の子にデレデレしておしゃべりしないで、少しは迷宮ダンジョン調査手伝ってくださいッス」


 ──と、不満げな表情でうったええかけているオヴェラなどお構い無しだ。


「調査依頼クエストの利点は二つ! 一つ──調査の結果、迷宮ダンジョンに与えられた“階級ランク”によって報酬が上がる事。もし、ここがあの『魔王カティス』の迷宮ダンジョンならその時点で最高階級ランクは確定、何年も遊んで暮らせる大金が報酬として支払われる筈だ!」


「そしてもう一つの利点──調査依頼クエストで得た戦利品は事だ」


 ──“階級ランク”の決定された迷宮ダンジョンは後日、ギルドから“未踏領域ダンジョン制覇”の為の正式かつ公式の「攻略依頼クエスト」が編纂へんさんされる。


 この際、この攻略依頼クエストを受注し迷宮ダンジョン攻略に赴いた冒険者たちは、ギルドに報告する義務がある。


 何故か──理由は簡単。万が一、ギルドが管轄かんかつしている迷宮ダンジョン内からが冒険者によって持ち出され、それによって住民の生活圏せいかつけんに悪影響をおすぼす被害が出るのを未然に防ぐ為である。


 また、戦利品をと言う不埒者ふらちものに対する“粛正しゅくせい機構システム”をギルドは有しているが、この“粛正しゅくせい機構システム”が何であるかについては別の機会に語るとしよう。


「アタシたちは“調査ギルド”は、未踏の領域の調査って言う依頼クエストを受ける代わりに、その迷宮ダンジョン内で起きたあらゆる出来事については罷免ひめん、または黙認もくにんされているのさ」

「つまり……どう言う事なんですか?」

「つまり、ここの調査で俺たちが『何をしても』、逆に『何かあっても』──ギルドはそれにって話さ」

「そう……例えば、この迷宮ダンジョンでとんでもない量のお宝が見つかって、それをアタシたちがふところに仕舞い込んでも、ギルドはそれをってこーと♪」

「じゃあ、あたしたちがお宝を見つけたら……!!」

当然とうぜん、ふたりの物になるッス。ギルドの連中にも口出しさせないッスよ」

「やった……!!」


 『お宝』と聞いてスティアとフィナンシェは目を輝かせている。迷宮ダンジョンに潜って、お宝トレジャーを見つける──冒険者の“夢”だ。


 そんな話に、故郷から飛び出して数時間で巡り会えるなんてなんて運が良いんだろう。スティアとフィナンシェはそう感じずにはいられなかった。


 ──まさか、を見つけてしまうとは、この時のふたりは“夢”にも思っていなかった。


〜〜〜


 崩れ落ちたかつての城塞じょうさいくぐり、一行いっこうはさらに迷宮ダンジョンを地下に地下にと潜って行く。


 冷え切った空気はさらにつめたく、こごえる冷気れいきが肉を絶たんと肌に立てられた刃物はものの様に五人に容赦無ようしゃなく突き刺さる。


 体感温度は氷点下ひょうてんかに近いだろうか──まるで様に、彼等かれらから体力と気力を奪って行く。


「……魔物モンスター、いないッスね」

「…………そうだな」


 『疾駆の轍ルッツ・キルパ』の面々は、迷宮ダンジョンに突入してから随分ずいぶん経つというのに──いまだに魔物モンスターの一体とも遭遇そうぐうしていない事にを覚える。


 一般的な迷宮ダンジョンなら、普通は大なり小なり魔物モンスターが巣食うものだ。


 人喰い魔獣が潜む洞窟どうくつ人拐ひとさらいのゴブリンたちが隠れる洞穴ほらあな死霊ゴーストたちが彷徨さまよ墓所ぼしょ、邪悪な魔女が棲む迷いの森、屈強くっきょうなゴーレムが護る遺跡──人が足を踏み込まない領域は、の領域だ。


 ──だが、ここはどうだろうか。誰もいなければ、何かがいた痕跡こんせきすらない。まるでかのように。


「流石に魔物モンスターの一匹でも居てくれないと、例えここが『魔王カティス』の迷宮ダンジョンだったとしても査定が低くなっちまいそうだね」

「そうスッね……今のところ目ぼしいお宝も見つかってませんし」

「…………チッ! あー、つまらねぇ」


 そんな魔物モンスターの居ない不気味な静けさの中で、『疾駆の轍ルッツ・キルパ』の三人は愚痴ぐちをこぼしながらいらつきと焦燥感しょうそうかんつのらせていく。


「なんだか……怖いね」

「…………うん」


 ヴァラスたちとは対照的に、スティアとフィナンシェはただの一つも生命いのち介在かいざいしない空間に、言いようのない不安と閉塞感へいそくかんを感じていた。


「あ〜〜、もういいや」


 一番最初にしびれを切らしたのは、ヴァラスだった。オヴェラの持つ松明に照らされた迷宮ダンジョンの天井をあおぎながら飽き飽きしたようにつぶやくと、視線を少し前を歩いていたスティアとフィナンシェにさだめる。


「ヴァラスあんた、もうおっぱじめるのかい?」


 ラウッカの問い掛けに、何も語らず──エサを前にした獣ようなで答えた。


 それを合図に、『疾駆の轍ルッツ・キルパ』の三人はスティアとフィナンシェとの距離を少しずつ──ふたりに気取けどられない様に詰めていく。


 一歩、また一歩。少女を喰い物にせんとする獰猛どうもうな“獣”の鋭牙えいがが迫りくる。


 そして、今まさにふたりの少女の身体に牙が勢い良く伸びようとしたその時──


「……見て! あの奥、何かあおく光ってるよ」


 ──スティアの声に、獰猛な“獣”はすんでの所で理性を取り戻した。


本当まじだ……!! おい、ラウッカ、オヴェラ! すぐに確認するぞ!!」


 ついさっきまで、ふたりの少女を狙っていた“獣”は──とばかりに、スティアとフィナンシェを素通りして──その先にまばゆかがやく“蒼”へと駆けて行く。


 間一髪かんいっぱつ──“獣”の毒牙どくがを逃れたスティアとフィナンシェだったが、本人たちは自分たちがあと数秒で『穢い大人けもの』の餌食えじきにされていたとは知るよしもなく、慌てて駆けて行った『疾駆の轍ルッツ・キルパ』を追いかけて行く。


「おいおい……なんだよこりゃあ……!! スゲェ……まじですげぇ……!!」

「こりゃあたまげた……!! なんて綺麗なんだい……!!」

「なに……これ……?」

「すごい……こんなにキレイなの初めて」


 迷宮ダンジョンの奥できらめく“蒼”に吸い込まれる様に駆けて来た5人を待っていたのは──燭台しょくだいはなあお灯火ともしびに照らされた広大な一区画。


 入り口から崩れた廻廊を下りること数百メートル。恐らくはこの迷宮ダンジョンの最深部なのだろうか──これ以上“おく”へと続く道は無く、それまでの崩れ落ちた城の跡とは打って変わって、綺麗にととのった空間が眼前に広がっていた。


 だが、一行いっこうの視線を、興味を、心を釘付くぎづけにしたのはではない。


 ──金銀財宝きんぎんざいほう、色りの宝石、希少な鉱石で打たれた業物わざものる者の心奪う美しい彫刻ちょうこくや絵画、ヒト寸分違すんぶんたがわない精巧せいこう人形オートマタ


 誰が見ても、誰が手にしても、誰がどうやっても──巨万きょまんとみを、勝者の栄光えいこうを、きぬ幸運こううんを、与えるであろう宝物ほうもつ所狭ところせましと散りばめられていた。


「や……や……や、ぃやっったーーーー!! 大当たりだー!!」

「アタシたち大金持ちよー!!」

「うっひょー、すんげーッス!!」


 『疾駆の轍ルッツ・キルパ』の三人は手を取り合って大はしゃぎしている。目に見えている範囲だけでも、向こう50年は贅沢三昧ぜいたくざんまいしても尽きぬであろう財が転がっている。区画を隅々すみずみまで調べれば、“”遊んで暮らせる程の富が手に入るだろう。


「王家の宝物庫ほうもつこにだってこんな量の財宝はねー筈だ!」


 ヴァラスは興奮こうふんを抑えきれず──


「つまり此処ここは──がいた場所って事っスね!」


 オヴェラはき上がる多幸感たこうかんに包まれて──


「本当にあった……──『魔王カティス』は……!!」


 ラウッカは奇跡をの当たりにした感動に心震わせる。


 ──間違いない。此処こここそが『魔王カティス』の迷宮ダンジョン、これこそが『魔王カティス』が遺した遺産、『魔王カティス』が実在した紛れもない証明。


 『疾駆の轍ルッツ・キルパ』の三人は、それぞれ心惹こころひかれた財宝に向かって、蜘蛛くもの子を散らす様に走り出してしまった。


「ねぇ……フィーネ。この財宝ってあたしたちも貰って良いんだよね……?」


 スティアは目の前の財宝に、「自分は夢でも観てるんじゃないか?」と勘繰かんぐりを入れてしまい、隣りにいたフィナンシェに恐る恐る確かめる。これが“現実”か“夢”かどうか──。


「あ〜ん、全部持って行きたい〜〜。これとあれと……これもきれーい。魔王カティスさん、素敵な『贈り物プレゼント』をありがとうございます♪」

「わ゛っーーーー!? フィーネがもうお宝ごっそり集めてるーーーー!!?」

「スティアちゃーん、見てみてーわたしたち大金持ちだよー♪」

「落ち着いてフィーネ!! そんなにいっぱい持てないでしょ!?」

ナニッテルノ、スティアチャン? 全部ゼンブッテイクンダヨー?(眼がぐるぐるしている)」

「フィーネの眼がぐるぐるしているぅーー!? あとなんか片言かたことだーーーー!!?」


 フィナンシェの豹変ひょうへんっぷりに頭を抱え狼狽うろたえるスティアを余所よそに、フィナンシェは宝物庫の奥へとふらふらとを進めて行く。


「アッチニモット、オタカラ気配ケハイガスルー♪」

「あぁ、待って!? フィーネ、あなたは清純派せいじゅんはヒロインでしょー!? せめてあたしの前では清純派ヒロインのままでいてーー!!」


〜〜〜


 しばらくしてようやくフィナンシェをなだめたスティアは、フィナンシェと共に宝物庫のさらに奥へと向かっていた。


「ごめんね、スティアちゃん。あんな量の財宝見た事なかったからつい興奮コウフンシチャッテ……!」

「まだちょっと影響が残ってる!?」

「あっ//// いけないいけない……落ち着かなきゃ」


 そう言いつつフィナンシェは辺りに散らばる財宝を凝視ぎょうししながら物色ぶっしょくしているが、スティアは流石に


 財宝に一瞬で心奪われた『疾駆の轍ルッツ・キルパ』の三人とフィナンシェと違い、スティアは考慮こうりょしていた。


 ──これ程の財宝を安置しているのは、此処ここが本当に『宝物庫』だから? それとも、があって此処に財宝を置いているんじゃないか? そう──まるで


 スティアがそんな事を考えるのには、理由があった。


 ──だ。宝物庫には何体もの人形が飾られていた。長い年月放置ほうちされていたのか、ところどころ部位パーツ損壊そんかいものほとんどがげているが──スティアの目には、それらは「」の様に思えて仕方なかった。


 メイドと言えば、あるじに使える従者だ。あるじの身の回りの世話をする者だ。間違っても──宝物庫に飾られるでは無い。


 勿論もちろん、ここのあるじのそう言った“趣味しゅみ一品いっぴん”の可能性はいなめない。


 しかし、あのメイド服を着た人形たちが──「身の回りの世話をする者」だったとしたら──ここは宝物庫では無く──。


「スティアちゃん……見て、あれ……」


 不意ふいにフィナンシェの声でスティアは現実に引き戻される。ハッと我に返ったスティアは、フィナンシェが指差す方向に目をやる。──そこには、朱い“紋章”の刻まれた大きな扉があった。


 大理石だいりせきの様な鉱石で造られた大きな扉は、堅く閉ざされている。まるで、その先に何人なんぴとたりとも通さない様に。


「ここが迷宮ダンジョンの一番奥なのかな?」


 フィナンシェは不用心ぶようじんに近付いて、ぺたぺたと扉を触って感触を確かめている。


 スティアはこの場所の危惧きぐし、フィナンシェを止めようと彼女へと近づいて行く。


 その時──


「──────ッ!!!」


 ズキンッ──と前髪で彼女の『右眼』に激痛が走る。


 まるで眼球に刃物を突き刺された様な激しい痛みがスティアを襲い、たまらずスティアはその場にうずくまってしまう。


「スティアちゃん!? 大丈夫!?」


 スティアの異変に気付いたフィナンシェはすぐさま彼女に駆け寄って、蹲る彼女の身体を支える。


「──ッ、──ッ……だ、大丈夫……ちょっとチクッとしただけだから……」

「本当……?」

「うん……それより……あの人たちに?」

「大丈夫だよ……。みんなあっちの方でお宝に夢中で、スティアちゃんの事なんて誰も見てないよ」

「そっか……良かった……」


 を気にしていたスティアは、フィナンシェのその言葉で安堵すると、痛みも引いたのかゆっくりと姿勢を立ち上げる。


 その時だった。


「スティアちゃん……扉が……」

「紋章が……輝いている……?」


 先ほどまで、沈黙ちんもくを守っていた扉──そこに刻まれていた紋章が、あかく、あやしく、辺りの蒼い灯火ともしびを打ち消すように輝く。


 そして、煌々こうこうとした輝きと共に、堅く閉ざされた扉は──ひとりでに開いていく。


 大きな地鳴りを響かせて、まるでふたりを奥へと続く道をあらわにしていく。


 ──さっきの右眼の激痛のせい……? そう考えるスティアだったが、すぐに首を横に振ってと、フィナンシェのローブの裾をギュッとつかむ。


 その手をそっと掴むと、フィナンシェはスティアの手を引く。


「……行ってみようスティアちゃん」


 ──どうしても気になる。果たして、この奥に何があるのか?


「うん……。行こう、フィーネ」


 意を決したのか、スティアはフィナンシェと共に扉の奥へと進んで行く。


 そこは──殺風景さっぷけいな空間だった。崩れた石壁、土埃にまみれた白い石造りの床面。大きさにして、畳二十帖程の手前の区画に比べれば小さな部屋。


 スティアとフィナンシェが足を踏み入れたのを確認したかのように、部屋の四方しほうに掲げられた燭台は蒼い炎をともし、ふたりにこの部屋の全てをさらけ出す。


 そこにあったのは──黄金のひつぎ。大の大人おとなスッポリと入りそうな、綺羅きらびやかな粧飾しょうしょくの施された荘厳そうごんついの『揺り籠』。を見て、スティアの思っていたが“疑惑ぎわく”から“確信かくしん”へと変わる。


 ──此処ここは『宝物庫』じゃない。此処ここは──『墓所』だ。


 この迷宮ダンジョンが本当に『魔王カティス』の城だったのなら──この棺に入っているのは──。


 スティアの鼓動こどうが、自分の耳に届く程──強く、早く、かす様に脈を打つ。


 思わず息を飲む──。


「あれ……? なんだろう、あの箱……?」


 いきなり棺に駆け寄ったフィナンシェの大胆な行動に、思わず息を吹き出す──。


「ぶーーっ!? 何やってんのフィーネ!!?」

「見て、スティアちゃん。これ……何かしら?」


 慌ててフィナンシェに駆け寄ったスティアが見たのは、黄金の棺の上にポツンと置かれた小さな小さな『宝箱』だった。


 大きさにしておよそ50〜60センチメートル。直下ちょっかの棺に比べればどうと言うことはない──ありふれた箱だが、荘厳たる棺の上に無造作むぞうさに置かれたは、ハッキリ言って黄金の棺よりも強いを放っていた。


「中に何か入っているのかな……?」


 そう言いながら、フィナンシェは宝箱を大きくガタンと揺らす。


 コツン──とをフィナンシェは感じる。


 瞬間──フィナンシェは宝箱に手を掛け勢い良く開けようとこころみるが、あわててスティアが止めに入った。


「────本当にこれけても大丈夫なの? あたし嫌な予感がするんだけど」


 スティアはフィナンシェに冷静になる様にさとす。単に『宝箱』と言っても、中に入っているのが必ずしも


「これが罠だったら……擬態魔物ミミックとかだったらあたしたち一巻いっかんの終わりなんだよ!?」


 だからリスクに備えるように警告けいこくする。


「────大丈夫だよ。何かあったらふたり仲良く死ぬだけだから怖くないよ♪」

悲観的ひかんてきなコメント明るく言うのやめて!? コワイよ!?」


 ──駄目だ。全然、気にしてない。


 スティアがフィナンシェの精神メンタルの強さにあきれつつ感心かんしんしていると、我慢できなくなったのかフィナンシェは宝箱に再び手を掛けて、パカッと開いてしまう──開いてしまった。


 そこには──


「…………え?」

「…………あら?」

「…………ふえ?」


 ──ひとりの赤ちゃんが入っていた。


 毛布にくるまれた黒い髪の赤ちゃんがまじまじとこちらを、夜空に輝く星のような金色の瞳で見つめている。


 生きている──、あまりにも不可解な状況にスティアの頭はパニックを起こしてしまう。


(……赤ちゃん……? なんで赤ちゃん……??)


 無理もない、宝箱から──それも誰もだ足を踏み込んで居ない筈の迷宮ダンジョンの宝箱から何故──が出てくるんだ?


 ──分からない、理解できない、考えたくない──


 スティアの頭の中であらゆる可能性がぐるぐるしている。


「わぁ~、赤ちゃんだー」


 そんな“心配性しんぱいしょう”なスティアを尻目に、フィナンシェは赤ちゃんに明るく話し掛ける。


「どうしたのー、こんな箱の中に入って? いまお姉ちゃんが出してあげるからね」


 なんだったら、躊躇ちゅうちょもせずに宝箱の中の赤ちゃんを優しく抱き上げてしまった。


遠慮えんりょがなさ過ぎる!?)


 そうは思いつつも、スティアは目を丸くしながら赤ちゃんを見つめる。


 毛布に包まれた赤ちゃんは、をしながらフィナンシェやスティアの事を見つめている。


 ──本当に赤ちゃんだ。宝箱から赤ちゃんが出てきた。いや、ありえる? ありえないよね?


 だから──スティアは叫ぶしかなかった。


「あ……あ……、赤ちゃんが宝箱からドロップしたーーーー!!?」


 この時、スティアとフィナンシェは知らなかった。まさか、目の前の赤ちゃんが──


(ど……ど……、どうなってるんでちゅかーーーー!!?)


 ──なんて、スティアとフィナンシェ以上に慌てふためいた状況におちいってた事を。

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