プロローグ⑤:魔王は最期、人の夢を観る
──竜の咆哮はやがて聴こえなくなり、勇者と魔王の戦いは終わりを告げた。
魔王城を覆っていた巨大な白い魔法陣も、魔王カティスが呼び出した朱い空もいつしか消えてなくなっており、いつもの穏やかな夜と二つの月の
結果は明白──自らを
「流石です、我が主。
決着を見届けたレトワイスは
「それでは我が主……
レトワイスの
騎士リタは、床に
「
そう──彼女たちは既に敗北している。
一番強かった、彼女たちとは天と地ほどに実力が離れている勇者ウロナが
後は、魔王カティスに
「お……お願い……します。どうか……どうか……この
そんな絶望の中で──魔王カティスと目が合った賢者ホロアは、震える声でそう
「この二人はまだうら若い乙女……どうか……どうか二人に慈悲をお掛けください。殺すのは……どうか
それは、無様な『命乞い』ではなく、まだ若い騎士リタとキィーラを庇い立てする、賢者ホロアの決死の『戦い』だった。
身体はガクガクと震えている、声は恐怖で
先程までの『儂』だの『〜なのじゃ』など散々に偉ぶっていた態度はすっかり消え失せ、
そんな賢者ホロアの
「いいだろう、慈悲をくれてやる。但し……
眼前に立った魔王カティスの威圧感に、賢者ホロアは最早喋ることも出来ずにただただ怯えながら魔王カティスを
その条件がどんなものであれ
「王都に戻り、国王にこう伝えろ。……貴様たちが17年間手塩にかけて育ててきた勇者ウロナ=キリアリアは、魔王カティスに一切敵うことなく敗北した。次にこのような事をすれば、魔王カティスは貴様たちの王国の
それはつまり──魔王カティスによる王国への『
また、魔王カティスを倒そうなどと
それなら受け入れられる──
賢者ホロアは魔王カティスの与えた
「──
その思いがけない言葉に賢者ホロアは耳を疑った。
「私も……ですか?」
「二度は言わん。さあ、仲間を連れて
それ以上、魔王カティスは何も語らなかった。
賢者ホロアは魔王カティスにもう一度だけ、
「……………………」
騎士リタは虚ろで焦点の合わない瞳で魔王カティスを一瞬だけ視界に捉えると、涙を流しながら彼に背を向けて歩き出した。
その涙が──愛していた男を殺された『悔しさ』なのか、愛していた男に見限られた『悔しさ』なのか、魔王カティスには気掛かりだったが
「キィーラ……立てるか? 一緒に帰ろう……儂らの家に……」
「……………………」
キィーラも賢者ホロアに手を握られて力無く玉座の間の扉へと歩いていく。
騎士リタと同じく、絶望に打ちひしがれたような虚ろな表情をしていた。
唯一、騎士リタと違った点は──開かれた玉座の間の扉をくぐり、扉が閉じていくその間際に魔王カティスに視線を向けたこと。
「……………………
そう──憎しみと怒りを込めて、吐き捨てて言ったこと。
そんなキィーラの
「よろしかったのですか? 彼女たちを帰してしまっても?」
大きくため息をつきながら玉座に腰掛けた魔王カティスに、レトワイスは問い掛ける。
「ああ……元々、あの三人娘を
魔王カティスは不敵な笑みを浮かべながらそう答える。あの三人にはこの戦いの結末を王国へと持ち帰らせた。
それが魔王カティスの言い分だったが、それだけが全てではない。
「それに……あんな
「まあ、なんてお人が悪いのでしょう我が主は」
「あの三人は勇者キリアリアに振り回された
魔王カティスは語る。賢者ホロアの献身的な姿に心を打たれたから──それだけではない、その姿に確固たる“意志”を感じたからである。
あのまま彼女たちを殺すのは、それこそ“魔王”の名が
だからこそ、
「それにしても……シウナウスの奴、倒された時に何の
「あの勇者様のことですか?」
「ああそうだ。勇者キリアリア──今思い返してもイラッとする。あいつマジ最悪だったな」
「ですね。まるで我が主の様でした」
「……マジ? そんなに俺って最悪?」
「あの戦いで何度、勇者様達に
「……すみません、反省します」
「まあ、それはそれとして、勇者様の
「内心って……お前も結構
魔王カティスは、天井に空いた穴から空に消えていった勇者ウロナを
「あの女神も分かっていただろうに、自分の力の残滓で生み出した存在がこの私に勝てないことぐらい」
「その通りですね。では女神シウナウスは何故そのようなことを……?」
「簡単さ、あの女神は
「……それは我が主が天界を壊滅させたから、ということでしょうか?」
レトワイスに疑問に魔王カティスは静かに顔を縦に振る。
魔王カティスは天界に戦いを挑み、天上の神々を討ち倒した。
勇者ウロナの出現は、魔王カティスに倒された女神の復讐だった。
それを聞いてレトワイスは、戦いの最後に勇者ウロナがとった行動に
「では……あの勇者様の最後の行動は……!」
「
レトワイスもそれを聞いて勇者ウロナに対して幾ばくかの
「だから……最後に自棄になってあのようなことを」
「ああ、その通りだ。私に勝てないのなら、最初から
「生かして帰すことは出来なかったのでしょうか?」
「
「……未来が観えたから……ですか……? あの勇者様が良からぬことをする未来が……」
「ああそうだ……魔王九九九式──『
「何故そのようなことを……?」
「自分が
「……だから……殺す必要があったのですか?」
「ああ……
魔王カティスは語る。勇者ウロナには初めから
「まあ……当然の話しながら、私が“負ける”という可能性は無かったからな」
「……あー、一応お
「私も
そう言って得意気に笑みを浮かべると、魔王カティスは大きく息を吐いて玉座に深く腰をかけ直す。
「だがこれで……
魔王カティスは満足げにそう言うと、清々しい笑顔をレトワイスに向ける。
「本当に……逝かれてしまうのですか……我が主……?」
「そう寂しそうな顔をするな……我が可愛い人形よ。これは
そう魔王カティスは
それでも彼女は
「本来、我が主は不老不死の身。なのにわざわざ自分から死を
「
「我が主が居なくなったら、
「……知らんわ、んなこと」
いつしか天井に空いた穴から射し込んだ月明かりが、玉座で死に逝こうとしている老いた魔王を優しく照らし出している。
レトワイスは
「…………魔王九九九式──『
「……
魔王カティスは自らに人生最期の術を掛ける。
『
「この術式があれば、私は確実に転生できる。
「ただの──『人間』になるのですね……我が主」
「ああ……その通り。ただの人間になって……何の
「……実際は?」
「生きて行く上で苦労しない程度の“
「うわー、セコいですね」
「………………それぐらい許して?」
などと冗談を交わしていたふたりだったが、魔王カティスの手から徐々に熱がなくなっていくのをレトワイスは感じていた。
「
「あらー、思い出したかのように爺キャラに戻りましたね、我が主」
「いま良い雰囲気出そうとしてるから、そういうこと言うのやめて?」
「……失礼しました。コホン……では、改めまして………
「(うわー、やりづら)そう……か……それは……良かった。では……『死』を……選んで……やると……するかのぅ……」
そう言って魔王カティスはゆっくりと瞳を閉じた。疲れて眠るように、明日を待ち望みながらゆっくりと──ゆっくりと──。
「おやすみなさい、我が主。貴方様の観る夢が……素敵な夢でありますように……」
月明かりは
「……あっ、我が主…………せめて天井と窓は直していただけますか?」
「…………………………はい、すぐに直します……」
こうして、(天井に空いた穴と割れた窓ガラスを直してから)魔王カティスの人生は幕を降ろした。
魔界を統べ、人類を恐怖に
この物語は──そこから始まる。
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