プロローグ③:光喰む縮退の星 -Blackhole_Eclipse-

 ──そこは、殺風景な大広間だった。窓から入ってくる朱い月明かりに照らされた玉座の間には机や椅子など無駄なものは一切なく、部屋の奥に玉座だけがポツンと置いてあった。


 そして、その玉座には一人の老人が座っていた。


 黒と金を基調きちょうとした貴族がまとうような気品溢れる服装、長く伸びた白髪しらが、蓄えられて伸びた口髭くちひげ、老いてせ細った手足。一見、ただの年老いた貴族階級の老夫ろうふにしか見えない。


 唯一、違うとすれば──角があることだろう。額から生え『く』の字を描きながら後頭部にまで伸びているその大きな角は、その老人が人間ではなく如実にょじつに物語っていた。


「お前が──魔王カティスか?」


 玉座に座る老人に勇者ウロナは問う。何時もの軽薄けいはくな態度ではなく、慎重しんちょうに、神妙しんみょうに、真剣しんけんに。


 彼のそんな普段とは違う素行に、騎士リタと賢者ホロア、そしてキィーラの三人も息を呑み、武器を構えて玉座の老人を見据える。


「────いかにも」


 玉座に座っていた老人は、静かにまぶたをひらき──蛇のごとき黄金の瞳で、四人を凝視ぎょうししながら──。


が──魔王、カティスだ」


 ──そう、名乗った。


 玉座の老人──魔王カティスが名乗った時、玉座の間の重い空気がより一層重くのしかかってくるのを四人は感じた。


 老いてなお、場を押し潰すような重圧を放つこの老人が、魔王カティスであることは最早もはや明確な事実。


 勇者ウロナは重圧を振り払うかのように背中の聖剣を振り抜くと、魔王カティスの金色こんじきの瞳をしっかりと見据えた。


「俺は──お前を倒すために女神から加護を──」

「あー、待て待て。その前にちょっと時間を私にくれんか?」

「────はぁっ!?」


 勇者ウロナがいきおいよく名乗ろうとしている最中さなか、魔王カティスは右手を前にかざして『待って』と言わんばかりの仕草をしてそれをさえぎってしまった。


「……何だよ急に。何かあるのか?」

「ちょっと──な。すぐに終わらせるから待ってくれ」


 全員がきょとんとした顔をしている中、魔王カティスは勇者ウロナたちのかたわらで待機していたレトワイスの方を見る。


「…………レトワイス、此方へ来なさい」

「仰せのままに──我が主」


 そう言うと、レトワイスは玉座の前へと進むと魔王カティスに一礼してかしずく。魔王カティスは一度大きく咳払いすると、目の前で傅いているレトワイスに大きく眼を見開きながら──。


「レトワイス、このアホたれ!! 貴様ぁ、儂の『朱月の空ヴァーミリオン・エンド』の秘密をペラペラと喋りおって!!」


 ──怒った。凄く。


「「「「えーーーーっ、こんな大事な時にお説教!!??」」」」


 向こうの方からそんな驚きの声があがったが、魔王カティスはそんなことお構い無しにお喋りな従者へのお説教を続けていた。


「まさか──聞き耳を立てておられたのですか、我が主?」

「当たり前だ!! お前はいつもいつも儂の事をペラペラペラペラと話おって」

「いえ──我が主、あれですアレ。久々に人間とおしゃべりできる機会でしたので、折角だから我が主の凄ーいエピソードでも紹介しようかなーっと」

「あれは! 完全に! 儂の! ただのお茶目さんエピソードだったではないかー!!」

「それも我が主の魅力かなーっと思った次第であります、わたくしは」

「儂は、“恐ろしい”と思われたいの! あやつら、完全に儂のことをお茶目さんだと思っておったではないか」


 バンバンバンッ──バンバンバンッ──バンバンバンバンバンバンバンッ──!! 玉座の肘掛ひじかけが小気味よく叩かれている。


 レトワイスに文句を言いながらぷんぷんと怒っている魔王カティスに拍子抜けしたのか、騎士リタと賢者ホロアは思わず──。


「…………確かにお茶目さんね」

「…………そうじゃな」


 ──と、小さく呟いてしまった。それを見ていた魔王カティスは二人を勢いよく指差すと──。


「ほらーー!! めっちゃ思ってるじゃん!!」


 ──叫んだ。めっちゃ。


「後世に『魔王カティスは実はお茶目さんでした。』とか残されたら、──恥ずかしくて死んでしまうぞ!?」

「そうですね──ぷぷっ、我が主には──ふっ、に、似つかわしくありませんですね──ぷぷっ」

「〜〜〜〜っ!! この性悪しょうわる人形め!! もういい、後ろに下がっていろ! 俺がいいと言うまで何もしゃ・べ・る・な・よ、いいな!?」

「ぷぷっ──承知致しました我が主」


 吹き出しそうな笑いをこらえながら立ち上がると、レトワイスは玉座の間の隅の方にけていった。


「ところで我が主、先程から爺キャラが抜けておりますよー」

「────はよいけー!!」


 最後の最後のまで主を茶化ちゃかしながら。


「………………。」

「………………。」

「………………。」

「………………。」

「………………。」


 気まずい、微妙なが流れている。しばらく真顔で見つめ合った両者だったが、コホンと咳払いをすると魔王カティスは神妙な面持おももちで勇者ウロナたちを見つめ直した。


「さて──用は済んだ。では、本題に入ろうか」


((((普通に続行しだした!?))))


 ──と、全員が心の中でツッコんだのもつかの間、いつの間にか感じなくなっていた凄まじい重圧が再び四人にのしかかる。


「──っ! 休憩時間ブレイクタイムは終わりってか。じゃあ、仕切り直させてもらおうじゃないか!」


 のしかかる重圧を前に不敵に笑みを浮かべると、勇者ウロナは再び聖剣を構える。


「俺は、お前を倒すために女神から──」

「あぁ、よいよい──言わずとも分かるぞ貴様たちのことなぞ。魔王九九九式──『二次元の閲覧者オープン・ステータス』」


 勇者ウロナの言葉を遮った魔王カティスが謎の文言もんごんを唱えると──魔王カティスの金色こんじきまなこは青白く輝き始めた。


 そして、次に魔王カティスが放った言葉に──勇者ウロナたちは言葉を失ってしまう。


「──ウロナ=キリアリア。聖都オパストス生まれの17歳。女神シウナウスから『祝福ギフト』と『技能スキル』を与えられた──預言の勇者。どれどれ、保有祝福ギフトは……、女神の加護、女神の叡智、女神の幸運、神々の膂力りょりょく、無限の魔力──ほか数種。保有技能スキルは……詠唱完全破棄、武器技術最高熟練、道具作製、結界作製、全状態異常無効、強制即死付与、完全催眠、技能祝福強制解除、情報秘匿、ほう──対魔王特効ねえ。随分な盛られっぷりではないか勇者ウロナよ。しかしこれでは……勇者というよりはインチキまみれの


 勇者ウロナは絶句した。ただ、青い目で観ただけで。それは他の三人も同様であった。


「──リタ=サンライズ。王都アルヴァスク生まれの16歳。平民ながら王立騎士団に抜擢ばってきされた天才騎士。王都の貴族サンクティオーヌ家への望んでいないとつぎ話をウロナに邪魔だてされて、以降は素行に問題のある勇者様のとして彼に忠誠ちゅうせいを誓う……か。なるほどなるほど、中々に物好きな女という訳だな。保有技能スキルは、どれどれ……ほう、これは珍しい──『太陽』属性の魔法持ちとはな、いやさ中々に興味深い」


「次は──ホロア=ジズ。エルフの隠れ里ヒリアイネ生まれのせん……あー、ここは飛ばしておこう。族長アーリアの妹弟子だったがエルフの戒律かいりつに嫌気が差して出奔しゅっぽん、王都の王立学院で魔法学の講師として教鞭きょうべんっていた折りに勇者ウロナと出会い、彼の魔法の師として共に行動するようになる──か」


「最後に──キィーラ。雪原の集落タルヴィ生まれの10才。狐系亜人種あじんしゅでも更に珍しいか。そのせいで盗賊団に捕まり奴隷として貴族に買われそうになった所を偶々たまたま居合わせた勇者様にという訳か。パーティ内での役割は斥候……ていの良い、いざという時のだな、可哀想かわいそうに」


 ただ一瞥いちべつしただけで、自分たちのあらゆる個人情報パーソナルが魔王カティスに筒抜けにされたことに一同は言葉を失う。


「な──何をした!? 言え!! 一体貴様は何をしたんだ!?」


 勇者ウロナは思わず激昂げっこうする。何か攻撃を仕掛けられたのではないか、魔王カティスの行った行為に言いようのない不安を感じたからである。


「……気になるか?」


 魔王カティスはくすくすと笑うと、不気味な笑みを勇者ウロナに向ける。


 挑発ちょうはつ的で、嘲笑ちょうしょうを含んだ、獲物えものを捉えたような蛇のような視線が狼狽うろたえる勇者ウロナの精神に深くするどく突き刺さる。


「なんてことはない。私が使う999の技術スキル一端いったんにすぎないさ。何なら──他にも幾つかの見せてやろうか?」


 そう言うと──魔王カティスは右手を自らの首に添えてトントンと叩いた。


「そら──その女神から与えられた聖剣で、この首級しゅきゅうを斬り落ちしてみろ。大サービスだぞ」

「上等だ……!! 今すぐその首叩き斬ってやる!!」


 魔王カティスの見え透いた挑発に乗った勇者ウロナは勢いよく玉座へと駆け抜ける。


 奴──魔王カティスは──勇者ウロナの“切り札チート”の一つ『対魔王特効カオス・ブレイカー』を見抜いた上で挑発した。油断をしているに違いない筈だ。


 自分ならその程度の効力など無効化出来ると、慢心まんしんしている。


 けれど、この聖剣には女神の祝福が込められている。ための力が。女神が与えてくれたこの力なら──魔王カティスに届く筈だ。


 そう踏んで、勇者ウロナは玉座に胡座あぐらをかく魔王に剣を向ける。


 そして──、


 ──ザンッッッ!!


 勇者ウロナが思いっ切り横に振り抜いた聖剣は──玉座ごと魔王カティスの首を勢いよく斬り飛ばした。


 衝撃しょうげきでくるくると数秒間、ちゅうを舞った玉座の断片だんぺんと魔王カティスの頭は鈍い音を鳴らしながら落下して、魔王カティスの頭はころころと勇者ウロナの足元に力無く転がっていった。


 それを見ていた騎士リタたちは息を呑んで勇者ウロナに視線を送る。


「や、やったのか? ウロナ、魔王カティスを倒したのか!?」


 騎士リタの問いなどまるで耳に届いていないとばかりに、勇者ウロナはうつむいたまま頭の中で今起きた出来事を反芻はんすうする。


 ──大丈夫、殺した。殺した感触は確かにあった。偽物でもあやしい幻覚でもない。倒した、殺した、勝ったんだ──。そう確信すると、勇者ウロナはたまらず高笑いをし始める。


「フ……フフフ…………フハハハハハ!!! どうだ! ざまあみろこの雑魚魔王!! テメェみたいな奴にこの俺が負ける訳ねーだろ!!」


 玉座の間に勇者ウロナの高笑いと魔王カティスを罵倒する声が響き渡る。


 今までの彼からは考えられないその豹変ひょうへん振りに騎士リタとキィーラは言葉を失い、ただただ──勝利のえつに浸る彼を見つめていたが、ただ一人賢者ホロアだけは


 玉座の間の片隅でじっと佇んでいた魔導人形オートマタのレトワイスだ。


 賢者ホロアは彼女の様子をいぶかしんだ。


 何故──主君が殺されたのに彼女は何もしないのか。


 何故──主君が殺されたのに、彼女は


 その答えは、すぐに分かることとなる──。


「いけませんよ、我が主。抜か喜びをさせるだなんて、なんてお人が悪いのでしょうか?」


 そう──レトワイスがささやくと、勇者ウロナの足元に転がっていた魔王カティスの頭から不気味な笑い声がれ始めた。


 それに気付いてしまった勇者ウロナが恐る恐る魔王カティスの首に視線をやると──ぎょろり、と大きく見開かれた魔王カティスのまなこが彼を凝視ぎょうししており、不気味に、邪悪に、勇者ウロナを嘲笑あざわらっていた。


 次の瞬間──勇者ウロナたちの視界に強烈なノイズが入る。その不快感に四人は思わずまぶたを覆ってしまう。痛みは無かったが、言いようのない気色の悪い感覚があった。


 それを必死に抑えながら勇者ウロナが再び瞼を開くと──何故か自分は玉座の間の入口に騎士リタたちと立ち尽くしており、そして玉座には──首を斬り落とされたはずの魔王カティスがに座っていたのだった。


「魔王九九九式──『逆さに遡る時の砂ロールバック・アワーグラス』。……そう驚くな、ほんの少し。ああ、私の権限で記憶はそのままにしてあるがな」


 目の前で起きた不可解な出来事に顔を強張こわばらせる勇者ウロナたちに得意気な顔をしながら、そう魔王カティスは冗談を言うようなかろやかな口調で話す。


「時間を巻き戻した……だと……!? ふざけやがって……だったら、何度でも殺してやるよ!!」


 魔王カティスの挑発的ちょうはつてきな態度に怒りをあらわにしながら、勇者ウロナは再び魔王に対して攻撃の姿勢を見せる。


 携えていた聖剣を背中のホルダーに納めると、勇者ウロナは両手を魔王カティスに向けて精一杯突き出した。


(首を撥ねて死なないなら……今度は端微塵ぱみじんにしてやる!!)


 すると、勇者ウロナの両手に徐々にピンク色の光の球が風船の膨らみながら出現する。


(ほう……純粋な魔力を


 魔力──この世界に住む生命体なら誰もが大なり小なり持ち合わせている魔法のみなもとたる力。この魔力を燃料のように消費することによって、『魔法』と言う名の“奇跡”を実行する。


 但し、魔力とはあくまで魔法の行使に必要な“燃料リソース”であり、魔力そのものには特段の効力は存在していない。


 ──だが、この勇者ウロナは違った。


(ウロナの保有する魔力量は常人の比ではない。ただ、を大砲のように撃ち出すだけであらゆる上級魔法すら凌駕りょうがしおる力がある……!!)


 事実、この魔王城ヴァルタイストの大きな鋼鉄の扉は、勇者ウロナが撃ち出した魔力の弾によって“結界魔法ごと”破壊されている。


 そんな勇者ウロナの魔力の光球が今や1メートル程の大きさにまで膨れ上がっている。


 その溢れんばかりの魔力エネルギーは玉座の間の空気を激しくかき乱し、屋内だというのにまるで嵐のただ中であるかのような暴風を吹き荒れさせる。


(アレを喰らってまともに原型を留めていた魔物はいない……でも……!)


 騎士リタは懸念けねんしていた。勇者ウロナのあの魔力の砲撃は下手な魔法より遥かに強い。


 しかし、相手は魔王カティス──今しがた相手だ。きっと、また何か面妖めんような術を行使してくるに違いない。


「ウロナ──私も合わせる。一緒に魔王カティスへ攻撃を……!!」


 勇者ウロナから少しだけ離れた位置についた騎士リタは剣を構えると、瞳を閉じて“魔法”の詠唱を始める。


「“祖は一振りのけん そらを照らす陽光のひらめき 我がつるぎに宿りて、あらゆる闇を斬りはらえ”──」


 詠唱とは“構築”──秘められた“奇跡”を紐解き、実体ある『魔法』へと昇華しょうかするための儀式。騎士リタの詠唱は──彼女の剣に、闇を祓う『魔法』と言う名の“奇跡”をともす。


「“私は祈る これは命のみなもと 大地の息吹いぶき あらゆる災禍さいかきよただして 一切の不浄、救いたまえ”──」


 賢者ホロアもまた勇者ウロナの横に立つと、静かに魔法の詠唱を始める。


 魔王カティスに向けて構えられた杖の先端──きらめく緑の魔石は淡く輝きながら、魔法陣を形成していく。


 勇者ウロナが撃つ出すは、あらゆるものを力で押し潰す魔力の大砲。


 騎士リタが振るうは、あらゆる闇を切り裂く太陽のごと灼熱しゃくねつ一閃いっせん


 賢者ホロアがはなつは、全ての不浄を清める大地の息吹。


 狙うは魔王カティス──玉座で勇者たちの敵。


 極限まで高められた三人の魔法は一気に集束──ほんの一瞬の静寂の後に、一斉に魔王カティスに向けて放たれる。


「“光系斬撃魔法”──『日輪よ、天を照らせサン・ライズ』!!」

「“自然系最上位魔法”──『神々の息吹ゴッド・ブレス』!!」

「消えろ──!! 『魔砲:集束終光撃スターバースト・ブレイカー』!!」


 騎士リタの剣から振り出された輝く斬撃が、賢者ホロアの杖から放たれた暴風が、勇者ウロナから撃ち出された魔力の砲撃が──魔王カティスに襲いかかる。


(この魔法は──私の最大の必殺技。もし、これが効かなかったら──)

(儂らには、もうどうすることもできん……。だから頼む──効いてくれ……!!)


 騎士リタと賢者ホロアは祈った。魔王カティスがこの一撃で肉片の一片も残さず消滅してくれることを。


「魔王九九九式──『光喰む縮退の星ブラックホール・エクリプス』」


 だからこそ、騎士リタと賢者ホロアは絶望した。魔王カティスがそんな祈りを容易くへし折ったから。


 直撃までの僅かコンマ1秒──その刹那、魔王カティスが指し出した人差し指の先端に真っ黒な極小ごくしょうの球体が出現する。


 勇者ウロナたちが放った魔法は、その空間に空いたあなのような不気味な球体にみるみる内に吸い込まれていき、ほんの数秒の間に小さな球体に完全に呑み込まれてしまった。


「おぉ、こわいこわい。玉座の間を吹き飛ばしてしまう気か?」


 魔王カティスは人差し指の先に浮かぶ漆黒の球体に目を向けながらケラケラと笑っている。


 先程まで空間を覆い尽くすほどの規模だった魔法はあたかもかのように破壊の爪跡すら残せずに消失していた。


「そんな……うそじゃ……! ありえん……儂らの魔法を全部飲み干しおったのか……!?」


 賢者ホロアは目の前で起きた光景に顔を真っ青にしながら驚愕している。


 あの魔法には騎士リタと賢者ホロア、そして勇者ウロナのが込められていた。破壊規模は地球における戦術兵器にも匹敵する。


 それ程の魔法が目の前で忽然こつぜんと消失してしまったのだ。それも、ただ消失したのではなく、


 賢者ホロアはその事実に、これから起こり得るであろう事態に恐怖を感じ震え始める。


「その指先の球体に……さっき俺らが放った魔法が凝縮されているのか?」


 勇者ウロナも流石に事態を察したのか、魔王カティスに恐る恐る問い掛ける。


「その通りだ。これはでな、ここに貴様たちの魔法を吸い込んで圧縮しているのだ」


 それは想定できる中でも。勇者ウロナたちの魔法は消えたのではなく、魔王カティスの指先に


 それは──魔王カティスがその気なら、いつでも勇者ウロナたちにその魔法をことを意味していた。


「もしさっきの魔法を撃ち返されたら私たちは……!! ウロナ!!」

「分かってる!! こうなったらを使ってでも……!!」


 騎士リタの動揺に怒号どごうを飛ばすと、勇者ウロナは再び聖剣を構えて魔王カティスの反撃に備える。幸い、勇者ウロナには防御に長けた魔法がある。


 その魔法でしのげれば全滅は防げるだろう。最悪、この状況を打破できる『切り札チート』もある。勇者ウロナはそう心の中まだ余裕を持っていた。


「まさかを撃ち返されると思っているのか? 馬鹿を言うな……そんなことをすれば結局この玉座の間が損壊そんかいしてしまうではないか」


 だからこそ、魔王カティスの行動は勇者ウロナたちのを更に上回るのだった。


「撃ち返さないならどうするつもりなんだ!?」


 思いがけない言葉に勇者ウロナは語気ごきを荒げる。魔王カティスは指先にある黒い球体をまじまじと眺めてニヤついているだけ。


 を撃ち返すだけで勇者たちに大打撃を与えることができるはずなのに、そうしないのはどう言うつもりなのか。


 勇者ウロナは聞かずにはいられなかった。


「知りたいか……? これをどうするつもりか?」


 勇者ウロナのけわしい顔に満足げな表情を浮かべながら、魔王カティスは人差し指をくるくると回している。その指先で円を描くように回る黒い球体を勇者ウロナたちに見せびらかすように掲げると、魔王カティスはその黒い球体を指先からはなした。


 ゆっくりと──シャボン玉のように黒い球体は緩やかに落下していき、すぐに魔王カティスのてのひらに収まる。


「────っ!! まさか……!?」

「その………まさかさ」


 そう言って──魔王カティスは黒い球体を勢いよく


 一瞬、魔王カティスの拳からまばゆい閃光が漏れる。


 否──


 玉座の間に大きな変化がある訳でもなく、まるで何事も無かったかのように空間は静まり返っている。


「まさか……ご主人様たちの……魔法が凝縮されたあの球体を……に、握り潰したの……?」

「う、嘘だろ……!?」


 あの黒い球体は既に、地球における戦術兵器の破壊力にも匹敵する膨大な魔力を内包した爆弾と化していた。もし、あれが爆発していたら、周囲数百メートルを丸ごと更地にしていただろう。


 それ程の破壊力を有していたあの黒球を、魔王カティスはこともあろうに


 そう──あの強大な爆発をてのひらで押さえつけたのだ。勇者ウロナですら衝撃を防ぐために“防御魔法”に頼らざるをえない程の破壊力を、魔王カティスはその老いた手だけで制してみせた。


「こうすれば……ほら、玉座には傷一つ入っていないだろう……?」


 魔王カティスはにこやかにそう言いながら握った拳を緩め、そこから勇者ウロナたちの込めた魔力の残滓ざんしが粉のように落ちていく。


 凄まじい衝撃を拳の中で発生させたにも関わらず魔王カティスの手には傷はおろかすす一つ付着していなかった。


 それはつまり──魔王カティスにとってあの衝撃まるで意味を成さないであったことを物語ものがたっていた。


 あの黒球を握り潰して無傷なら、最初の自分たちの魔法が直撃しても無傷であったに違いない。


 ただただ、という理由だけで、わざわざをとったのだ。


 そんな、魔王カティスの常軌じょうきいっした行動と、常識を遥かに逸脱いつだつした能力スペックに、勇者ウロナ達は只々ただただ戦慄せんりつ驚愕きょうがくするしかなかった。


「…………んー、せっかくお前達が“とっておき”を観せてくれたのだし、


 動揺する勇者ウロナ達などまるで気にして無いかのように、まるで新しい悪戯いたずらを思い付いた子供の様に無邪気むじゃきに声を弾ませると、眼の前で起きた事態に言葉を失い立ち尽くす勇者ウロナ達に嘲笑あざわらう様な下卑げひた視線を送りながら、魔王カティスは眼前に右手の人差し指を構える。


 すると、魔王カティスの人差し指の先に赤黒く発光する極小の球体が緩やかに浮かび上がる様に出現した。


(まさか──!?)


 勇者ウロナも鈍感どんかんではない。魔王カティスの指先に現れた球体がだとすぐに察知する。


 それこそ、先程魔王カティスが握り潰した勇者ウロナ達の全力が圧縮あっしゅくされた黒球の


 勇者ウロナは背中に携えていた聖剣に迷わず手を掛け、身体を守る盾のように聖剣を構える。


 正直な所、勇者ウロナの思考はこの時点で既に混迷こんめいを極めていた。魔王カティスの考えが全くもって読めないからである。


 人をからかう為に、勇者ウロナ達の攻撃をただ防ぐのでは無くわざわざ圧縮して握り潰したり、かと思えば今しがた握り潰した黒球以上の魔力の塊を精製して何かしようと


 気まぐれ──魔王カティスの性格を端的たんてきに言い表すならこの一言が的確である。


 それ故に、魔王カティスのに勇者ウロナは攻勢こうせいに出ることが出来ず、剣を“盾”の様にしてまで魔王カティスの“次の一手きまぐれ”に後手ごてに回るしかなかった。


 そんな勇者ウロナの焦燥しょうそうした姿に愉悦ゆえつでも感じたのだろうか、魔王カティスは口角こうかくを少しだけ釣り上げてほくそ笑むと、視線を勇者ウロナにしっかりと合わせたまま大広間の片隅で待機しているレトワイスに指示を与える。


「……レトワイス、窓を開けなさい」

「……承知しました、我が主」


 そんな魔王カティスの“思考きまぐれ”を既に察してか大広間の窓の側に移動していたレトワイスは、主の指示を受けるとすかさず窓ガラスに拳を放ち、


 ──ガシャン、と大きな音を立てて窓に人の頭ほどの穴が空き、そこから夜の冷えきった空気が流れ込んでくる。


「……………………なんで割ったの?」

「……? 勿論もちろん、我が主の面白い反応ツッコミを期待してですが、それが如何いかがしましたでしょうか?」

「…………えぇ、いま大事シリアス雰囲気ふんいきなんですけど? 空気読めないの?」

「……? はぁ、わたくしは人形ですので生命体のような“空気を読む”なんて高度な機能は備わってはおりませんが?」

「…………ウソつけ、そんな低スペックで創ってないぞ」

「おや、バレてしまいましたか」

「…………ハァ、らちが明かんな」


 従者レトワイスの“行動きまぐれ”に調子の狂わされる魔王カティスであったが、勇者ウロナ達が神妙しんみょう面持おももちでこちらの一手に構えている以上、ここで巫山戯ふざける訳にもいかないと冷静になると再び勇者ウロナ達に意識を向ける。


 と言いたげな表情でこちらを凝視ぎょうししているレトワイスから目を背ける様に。


「……さて、話を戻そうか。お前達はこう思っているだろう? 『魔王カティスはあの魔力の塊をどうするつもりだ?』と」


 魔王カティスの問い掛けに勇者ウロナ達は何も言い返せなかった。なにせ、彼等は魔王カティスが次にどうするか全く予想出来なかったからである。


 この緊迫きんぱくした状況の中で余裕綽々よゆうしゃくしゃく従者レトワイス漫談まんだんを始めるような人物だ。


 いきなり“悪戯イタズラ”を始めても、あるいは唐突とうとつに“殺し”に来ても


 ──が、ことに置いては、勇者ウロナ達は魔王カティスの次の一手を予想できていた。


((((絶対あの窓から外に飛ばす気だ))))


「我が主、それは言うべき台詞セリフでは? 今から我が主が何をするかバレバレなのですが」


((((あの人形あいつ、普通に言っちゃった!!?))))


「…………あー、そっかぁ……。あー、………………ふふふ、フハハハハ!! どうだ、気になるだろう? 仕方がないから特別に答えを教えてやろう。今から! 私は! この魔力の塊を! あの窓のから! 外に向かって!! 撃ち出すのだ!!!」


((((聞いてないフリした!!?))))


 果たして勇者ウロナ達の、魔王カティスは右腕を窓に空いた穴に向ける。


「特別に観せてやろう。この私の力をな!」


 そう得意気とくいげに宣言すると、魔王カティスは構えていた右手をひねり人差し指に溜めていた魔力の塊を窓の穴から外へと勢い良く射出した。


 放たれた魔力球は朱い夜空を赤黒い輝きを放ちながらまるで流星のごときスピードで飛んでいく。


 そして数十秒後、目算で数十キロメートルほど飛んだであろう魔力球は緩やかに地面へと吸い込まてる様に落ちて行った。


 次の瞬間──着弾点から、天地を穿つらぬく巨大な黒い柱が噴き上がった。


 数十キロメートル離れたヴァルタイスト城の玉座の間からでも視界をおおつくくさんばかりに拡がる巨大な黒い柱。


 飛んだ距離と比較して直径10キロメートルを軽く呑み込んでいるであろうそれは、悠然ゆうぜんと立ち昇る噴水ふんすいの様に力強く、雲すら突き抜けている。


 そして、その黒い柱が観えてから数秒もしない内に、着弾した際に発生した衝撃がヴァルタイスト城にも到達する。


 まるで巨大な台風ハリケーンが直撃したかの様な凄まじい衝撃が玉座の間にとどろき、玉座の間の窓は穴の空いた側はおろか反対側もまとめて吹き飛び、荒れ狂う暴風が玉座の間を瞬く間に包み込む。


「ぎゃーー!! 窓が全部割れたー!!?」

「ですからわたくしは窓を割ったのですよ。どうせ我が主が割ってしまいますからねー」


 よほど窓が気になっていたのか頭を抱えながら慟哭どうこくする魔王カティスとそれに淡々たんたんと受け答えするレトワイスの呑気のんきなやり取りを、勇者ウロナ達は最早もはや聞いている余裕は無かった。


 只々ただただ、眼の前で起きている破壊の光景に眼をらすしか出来なかった。


 どれぐらい時間が経っただろうか、立ち昇っていた黒い柱は徐々にか細くなっていき、やがて朱い夜空の向こう側に消えて行った。


 後に残ったのは破壊の爪跡つめあと、それまで何も無い荒野だった場所に残されていたのは、噴き上がっていた黒い柱と同じ大きさ──直径10キロメートルをゆうに越える超巨大なクレーターだった。


「ば、化け物……!! あやつは──正真正銘しょうしんしょうめいの化け物じゃ……!!」


 その余りの光景に賢者ホロアはその場にへたりこんでしまう。見たことがなかったからだ──彼女が生きてきた1000年、大地をこれ程に容易たやすえぐ穿うがつ程の『破壊』を。


 それこそ──超自然災害でも天上の神々や、勇者ウロナのですらも遥かに凌駕りょうがする程の圧倒的なパワーを。


 だからこそ、次に魔王カティスがは──勇者ウロナ達を、絶望の──更にへと叩き落とした。


「せっかく希少きしょうな素材で作った窓ガラスが粉々に……!! くぅ〜〜、出力を0.000001%に落としても駄目だったか!」

「我が主、それでは。せめてもう半分位の出力にして頂きませんと、この魔王城が持ちませんよ。この城は無駄に頑丈がんじょうな我が主と違って繊細せんさいなんですから」

「俺の扱い悪くない!? 自分のあるじをもう少し丁重ていちょうに扱う気無いの!!?」

「これでも丁重に扱っている方ですよ」

「え゛っ、嘘でしょ!?」


 0.000001%──100万分の1。それが、あの圧倒的な破壊力に有した魔王カティスの力の総量。


 直径10キロメートルを超える規模のクレーターを生み出す破壊力は、地球における核兵器を遥かに上回り、隕石の衝突にも匹敵しうる。


 勇者ウロナ達の100%──文字通りので出せる規模を遥かに上回る破壊を、事もあろうに魔王カティスはまるで指に付いたゴミ屑を弾くような軽い感覚で巻き起こしたのだ。


 その事実に、勇者ウロナ達の目の前はみるみると真っ暗になっていくのを感じた。


 ──自分たちでは魔王カティスには勝てない。


 勇者ウロナの表情にはもう余裕の色は無い。認識が甘かった。勘違いをしていた。勇者ウロナの強さは魔王カティスに匹敵すると誰もが思っていた。


 だが、それは間違いだった。あの魔王は、自分たちが『最強』だと信じていた男の遥か天に居る。


 あり恐竜きょうりゅう喧嘩けんかを挑んでいる様なものだ。


 このままでは、自分たちはす術なく殺される。


 逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ──!!


「ウロナよ……いくらなんでもあやつはメチャクチャじゃ! 今すぐみんなで逃げるんじゃ!!」


 頭の中で警鐘けいしょうは鳴り響く。


 あの時、あの魔導人形オートマタ


 ──“時間を巻き戻す”、“超重量を操る”、これに相当する技能スキルをあと997個所有しており、その躯体くたいは超威力の衝撃ですら傷一つ付かない。更には百万分の一の力で大地に大穴を開けてみせた。


 明らかに常軌をいっした超常の存在──それが目の前にいる魔王。全てを理解してしまい、賢者ホロアは完全に心が折れてしまっていた。


 けれど、命までは諦めまいと、絶望で震える身体を精一杯ふるわして勇者ウロナに撤退をうながす。けれど、勇者ウロナにはその声が届くことは無かった。


「下らない、下らない、くだらない!! そんな小細工で俺は、この勇者ウロナ=キリアリアが負ける筈が無いんだ!!」


 地団駄じだんだを踏みながら勇者ウロナは絶叫する。


 往生際おうじょうぎわは悪く、みっともなく勝ちにこだわる。勇者ウロナは生まれてこのかた、おおよそ『敗北』を味わったことが無かった。


 だから、認めることが出来なかった、理解することが出来なかった。自分が──絶対勝者である自分が誰かに負けることが。


 髪をぐしゃぐしゃにき乱しながら勇者ウロナは、自分に言い聞かすように、俺は負けてない──そう連呼している。


 そんな彼のみっともない姿に怯えたキィーラは嗚咽おえつと涙にむせびながら、勇者ウロナに懇願こんがんする。


「ご主人様……もう……やめてください。もう……無理です……帰りましょう……お家に……帰りましょう」


 そんな、キィーラの幼気いたいけな献身に勇者ウロナは──。


「黙ってろ!! 役立たずの奴隷が!!」


 ──心無き罵倒ばとうで応えた。


「──────っ!! ……ご主人……様…………?」


 言わないと信じていた。自分を一人の『人間』として見てくれると思っていた。


 そんな敬愛する勇者ウロナに、を言われたキィーラは、感情が抜け落ちたような虚ろな瞳で、を見つめていた。


「やれやれ、随分と悪辣あくらつな男だな貴様は」

「なんだと!?」

「粋がるな小僧。? 貴様じゃこの私には勝てない」

「そんな筈はない!! そんなはず、絶対にないんだ!!」


 ──違う、違う、違う、違う、違う──。


 俺はまだ負けてない、そう心の中で叫ぶ。


 俺はまだ全てを見せていない、そう自分に言い聞かせる。


 俺にはまだ切り札チート』が残されているんだ、そう自分を鼓舞こぶする。


「もうやめてウロナ。もう帰ろう。もう戦わないで。もう私を……失望させないで」


 そう言って足元にしがみついてきた騎士リタを蹴り払うと、勇者ウロナは再び魔王カティスに向かって歩みを進める。


「まだ俺は負けてない!! 必ず、お前を殺してやる!!」


 聖剣の切っ先を向けて勇者ウロナは魔王カティスを威嚇するが、魔王カティスはそんなに呆れ果てた顔をすると吐き捨てるようにさとし始める。


「いい加減にしたらどうだ? 軽く遊んでやるつもりだったが、まさかここまでの阿呆あほうだったとは流石に私もドン引きだ」

「な……に…………!?」

「すぐさま分、貴様のお仲間のほうが幾分いくぶん優秀だな。そうだ、そんなかしこい彼女たちにめんじて──貴様がおとなしく諦めるのなら、このまま見逃して家に帰してやるぞ?」


 魔王カティスは、これが最後の慈悲だと言わんばかりに、取りつくろった笑顔を勇者ウロナに向けてそう言った。


 ──『負け』を認めれるのなら生かして帰してやろう。


 それは、絶体絶命の窮地きゅうちおちいった勇者ウロナによってこの上ない最後の機会チャンスだった。


 けれど、勇者ウロナはそんな情けなさ過ぎる『情け』を聞き入れはしなかった。


 自分と仲間の『生命いのち』を護るよりも、自らの『自尊心プライド』を守る事を優先したが為に。


「黙れーーーーーーー!!!!」


 そう叫びながら突っ込んでくる勇者ウロナに小さくため息を吐くと、魔王カティスは心の底から冷たい視線で愚か者を見据えて告げる。


「そうか……──なら、貴様は此処で死んで逝け。勇者キリアリアよ」


 そう言い放った瞬間──魔王カティスの眼前にが出現した。


 辺りの空気が凍り付いたように重くなる。深海に落とされた様に息が出来なくなる。勇者ウロナにくだされた無情な死刑宣言。


 それは、それまでふざけ半分だった魔王カティスの“意思きまぐれ”が冷酷に振り切った瞬間。


 すなわち──

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