プロローグ②:朱月の空の邂逅


 レトワイスと名乗ったその魔導人形オートマタは姿勢を正すとメイド服のスカートの裾を両手でつまんで少しだけ横に拡げると、小さく頭を下げて勇者ウロナの一行にしずしずと自己紹介をする。その様を四人はただ唖然あぜんとしながら見つめているしかなかった。


 別段、彼等が初めて魔導人形オートマタを見た訳ではない。


 ただ、彼等の知っている、今まで戦ったことのある魔導人形オートマタに比べて、目の前にいるレトワイスなる魔導人形オートマタが余りにも高性能だったからである。


 彼等が認識にんしきしているは単調な作業を繰り返すだけの、からくり仕掛けの人形程度でしかなかった。


 だが目の前に居るは全く違う。流暢りゅうちょうに人の言葉をはっし、自らを名乗ってみせた。


 四人が知りうる魔導人形オートマタに比べて、余りに不思議で、余りに不気味で、余りに不可解な存在が、目の前でまるで客人をこころよく出迎えるできたメイドのように佇んでいたからである。


「…………その魔王のが俺たちに何のようだ?」


 最初に静寂を打ち破り口火くちびを切ったのは勇者ウロナだった。


 不気味な人形におくすることなく啖呵たんかをきってみせたが、である以上、人形が取るであろうが一つしかないのをその場に居る全員が理解していた。


 勇者ウロナは背中に携えた女神より授けられら聖剣に手を掛け、騎士リタもよろいの腰に掛けたつるぎに手を伸ばし、賢者ホロアは大振りの杖を両手で持つと杖の先端に装飾そうしょくされた水晶を人形の方へと向ける。


 微動びどうでもすれば、即攻撃を加える。その為のととのえると、四人は息を止めて、


 しかし、目の前の人形は彼等の予測とは違い、微動だにせず静かに先程のことつむいでいった。


「──今宵こよいはこのヴァルタイスト城ヘご足労そくろういただまことにありがとうございます。わたくしは我が主のめいを受けて皆様をお迎えに上がった使いの者にございます」


 それは、極度きょくど緊張きんちょう状態にある四人にとっては不意打ちのような言葉だった。


「…………迎えに来たとはどう言う意味じゃ? お主は儂らを排除はいじょしに来たのではないのか?」


 たまらず、賢者ホロアがレトワイスに問いただす。


「いいえ、わたくしは皆様を……勇者様御一行を我が主の元へと案内するために此方こちらに参りました」


 間髪かんぱつ入れず、レトワイスは賢者ホロアの問いかけに答える。


「勇者様御一行ね……。つまり魔王カティス、貴方の主は私たちが会ってくれるということかしら?」


 冷汗ひやあせを額かららしながら、騎士リタはレトワイスに魔王の意思を問いかける。


「その通りで御座います。我が主は皆様を歓迎かんげいされるとおっしゃられております」


 身動みじろぎ一つせず、レトワイスは騎士リタに主君しゅくんの意思を通達つうたつする。


「…………分かった。なら案内して貰おうか」

「ウロナ!? 正気なの、罠かも知れないのよ!?」


 騎士リタがとがめるのを気にせず勇者ウロナは握っていた聖剣を背負いなおすと、目の前で自分たちの返答を微動びどうだにせずに待つ人形にをしてみせた。


「ありがとうございます。では……我が主の元へとご案内致しますのでわたくしの後に続いて下さい」


 にっこりと──まるでひんのあるお嬢様のようなおしとやかな笑顔を向けると、レトワイスは勇者ウロナたちに背を向けて奥に続く通路に歩みを進めていく。


「ご主人様……大丈夫……なのでしょうか……?」


 勇者ウロナの半歩後ろに隠れていたキィーラは不安そうな表情で訴えかける。騎士リタも賢者ホロアも同じ懸念けねんを抱いている。


 もし──これが罠なら、あの人形は何処かで自分たちに闇討ちを仕掛けるかもしれない。


 仮に──罠じゃなかったとしても、自分たちはあの人形に導かれるまま魔王と対峙しなくてはならない。


 いずれにせよ、あの人形に着いて行くという行為はことを意味していた。


 騎士リタも賢者ホロアもキィーラも──それぞれがを想像してしまい足がすくんでしまう。


 こちらには勇者ウロナがいる。女神に愛された、最高の祝福ギフトと最強の技能スキルを与えられた男が。


 しかし、相手は世界を滅ぼしかけている史上最悪の魔王。


 勇者ウロナが一捻りしたドラゴンを、魔王カティスは五体まとめてほふっている。


 勇者ウロナが幾度いくどなく魔王の軍勢を打ち破ったように、魔王カティスも幾度も差し向けられた討伐隊をことごとく壊滅させている。


 勇者ウロナが数え切れない程の人命や街を救ったように、魔王カティスは数え切れない程の人命や街を落としてみせた。


 彼我ひがの差は──恐らくほぼないと言って差し支えない。如何いかに勇者ウロナが周りから『チート勇者』だと言われていようとも、これから挑む魔王はきっと今まで通り圧勝出来るような相手ではない。


 万が一、魔王カティスが勇者ウロナに対して卑怯な搦手からめてを使ったのなら、それを彼は打開できるのだろうか。


「ウロナよ……本当にあやつを信用する気か?」

「私は反対だ。……みすみす相手の思惑に乗ることなんて無い筈だ」

「ご主人様……わたし……怖いです」


 それまで、成り行きとはいえ自分たちの意思で行動出来ていたからこそ彼女たちは言いようのない不安を押し殺すことが出来ていた。


 しかし、魔王の使いである魔導人形オートマタに案内されるという、自分たちの意思にのっとった行動ができない立場に立たされてしまい、彼女たちが抑え込んでいた不安は心のふたから一気にあふれ出してしまう。


 ──不安だ、嫌だ、怖い、怖い、怖い────。


 頭の中でネガティブな感情がぐるぐるしている。足がなまりのように重い。構えた武器が下ろせない。身体が緊張で震えている。


 そんな、見動き一つ出来なくなってしまった彼女たちに、少年は、優しく、力強く、何時ものように、声を掛ける。


「大丈夫だって。何かあっても俺が何とかしてやるからさ」


 それは彼女たちがよく聞いた、何時もと変わらない声だった。


 何時もそう言って、彼は涼しそうな顔で窮地きゅうちを乗り越えてきた。


 何時もそう言って、私たちを救ってくれた。


 そんな、彼から見れば何の変哲へんてつもない、けれど彼女たちにとってはこの上ない優しい言葉。


 その言葉を聞いて、ほんの少しだけ安堵の息をらすと、強張こわばっていた肩からようやく力が抜けていくのを彼女たちは感じた。


「分かった……貴方がそう言うなら彼女に着いていきましょう。その代わり────」

「何かあったらお主が儂らを守るんじゃぞ」


 勇者ウロナにそう言うと騎士リタと賢者ホロアは構えていた武器を下ろして、先行するレトワイスを追って朱に染まった廊下を歩いていく。


「キィーラ……歩けるか?」


 勇者ウロナが震えるキィーラの肩にそっと手を添える。その優しい言葉は、その優しい手は、キィーラに巣食すくう恐怖を少しずつ取り除いていき、徐々に彼女の身体の震えは抑えられていった。


「…………もう大丈夫です。ご主人様……わたしたちも……お二人に続きましょう」


 キィーラがそう言うと、勇者ウロナは彼女の手を握りって騎士リタと賢者ホロアの後を追って歩き始めた。


 しばらく四人は朱い月明かりに照らされた城内を先頭で案内をしている人形から離れすぎないように着いて歩く。


 人形は何も語らず黙々と歩みを進め、一行も会話を聞かれないように極力きょくりょく黙ったままそれに続いていた。


 どれぐらい歩いただろうか、ようやく上の階層に上がる階段に到着すると、レトワイスは右手で階段を指してここを登るように、と一行に無言で知らせる。


「……質問、していいか?」


 レトワイスに続きながら階段を登っていた勇者ウロナは、今まで黙って歩き続けていた彼女に言葉を掛ける。


 他の三人は“だめだめ”とジェスチャーで勇者ウロナに抗議こうぎしていたが、どうぞ──とレトワイスは立ち止まらず、振り返らずに、そう言うと、ため息じり頭を抱えた三人を尻目に勇者ウロナは言葉を続ける。


「外が急に朱くなったけど、これはあんたのご主人様の仕業しわざか?」

勿論もちろん、我が主に御業みわざに御座います。これは『朱月の空ヴァーミリオン・エンド』と言う我が主が起こされる現象げんしょう──と言うよりかは所謂いわゆる技能スキル』と言ったものでしょうか」


 聞き覚えるある現象だったのか、賢者ホロアも意を決した様に眼を見開くと会話の環に交じってくる。


「二十年以上前──魔王カティスの動きが活発だった頃に頻発ひんぱつしていた異常現象じゃ」

「心当たりがあるのですか、ホロア様?」

「あぁ、そうじゃ。朝であろうが夜であろうがお構いなしに今の様な朱い夜になる現象──魔王カティスが活動する時にこれが発生しているという見解けんかいじゃったが、どうなのじゃレトワイスとやら?」

「フフッ──まさしくその通りで御座います」


 レトワイスは嬉しそうに声をはずませると、小さく笑い声を上げる。あるじである魔王カティスを誇りに思っているからか、レトワイスは揚々ようようと言葉を続ける。


「我が主はでして──魔王カティスが出たぞー、っと世界に知らしめるためにこのような大規模だいきぼな干渉を行っておられるのです」

「ハァッ!? じゃあ空を朱くするのはなのか!?」

「ええ、その通りですよ」

「…………なんと、かの魔王は意外とお茶目ちゃめさんだったのか」

「ええ、我が主はお茶目さんなのです」

威張いばることではないと思うのじゃがのう……」

ちなみに──この空を朱くする干渉は一体どれぐらい範囲はんいに影響を及ぼしているのかしら?」

「…………? 勿論、

「ぜ、全世界!?」


 レトワイスがのように言った内容に一行は驚愕きょうがくする。


 自分の出現を知らせるためだけに、空を朱く染め上げるような軽い動機どうきに、なのに全世界に軽々と干渉を仕掛けるその馬鹿げた規模の大きさに。


「今ごろ皆様の国は大騒ぎでしょうね。なにせ、二十年振りに空が朱くなったのですから。いよいよ、魔王と勇者が相対したのかとざわついている頃だと思いますよ」


 レトワイスは主である魔王カティスのことを嬉々ききとして語っている。それが勇者ウロナには少し気に食わなかったのか少ししかめっつらをしながら、足取り軽やかなレトワイスに続けて質問をする。


「じゃあ、もう一つ。この城には魔王の配下は居ないのか?」


 確かには騎士リタたちも気になっていた。


 城に足を踏み込んでから今の今まで、遭遇していなかったからである。


 魔王の配下は確実に存在している。何故なら、勇者ウロナたちは今まで幾度なく魔王の配下と戦ってきたからである。


 なのに、その配下の者たちがこともあろうにのはおかしいからである。


 だから、勇者ウロナはその疑問を唯一、城にいた魔王の従者であるレトワイスにぶつけた。


「配下の者ですか? 彼等なら我が主からいとまを与えられておりますので、現在城には誰も居ませんよ」


 答えは至極しごく単純たんじゅんであった。


 単に魔王から休みを与えられただけで、だから城にはいないのだと。


 ただ、それは勇者ウロナの“プライド”にいちじるしく傷を付けた。


「俺らが来るのを分かったうえで、配下を城から退かせたのか?」

「はい、その通りですよ。の我が主の配慮に御座います」


 ──舐められている。そう、勇者ウロナは感じた。


 普通なら大量の部下を配置して侵入者に備える筈。それを魔王カティスはこともあろうに、に城から遠ざけたとのたまったのだ。


 なら今この城には、ということになる。その事実を知らされた勇者ウロナは思わずこぶしを強く握り締めてしまう。


 だから、つい──勇者ウロナはレトワイスに語気ごきを強めて問うてしまう。


「あんたは──自分の主人が俺にやられる心配はしていないのか?」

「いいえ、ちっとも。勝つのは我が主に御座います」


 即答した。疑うことなく、不安に思うことなく、レトワイスは主の勝利を確信していた。


「少なくとも、“”ではなく“”と言うような自己中心的な貴方にはね」

「へぇ……言ってくれるじゃないか」


 そう、勇者ウロナの自己中心的な性格をなじったレトワイスは、ゆっくりと立ち止まると顔だけを後ろにいる勇者ウロナに向けて血で染まったような朱い瞳で一瞥いちべつした。


 階段を登り終え、再び長い廊下を歩いていた四人と一体の間にピリピリとした雰囲気ふんいきが貼り詰める。


 騎士リタが必死に勇者ウロナを抑えたお陰で一触即発いっしょくそくはつの事態は回避できたが、挑発されたことが余程気に食わなかったのか勇者ウロナはそのまま黙ってしまった。



 〜〜〜



「さて──到着しましたよ皆様。この扉の先の玉座の間で我が主が皆様をお待ちされています」


 それから数分後、大きな扉の前で立ち止まったレトワイスはくるりと身をひるがえすと一行に目的地に到着したことを伝える。


「此処に……魔王カティスがいるのか」


 そうは言ったものの、そんなことは騎士リタは分かっていた。


 玉座の間に続く堅く閉ざされた扉から溢れ出る恐ろしい迄のに押し潰されそうであったからである。


 それは他の三人も同じだった。キィーラの自慢の三本の尻尾は軒並のきなみ毛が逆立っており、賢者ホロアも額から冷汗をだらだらと垂らしている。


 ただ一人、勇者ウロナだけはそんな重圧に屈することなく扉をじっと睨みつけている。


 そんな彼等をほんの僅かな時間だけ見つめ、レトワイスは躯体くたいを扉へと向けると深々とこうべを垂れる。


「我が主、勇者様御一行をお連れ致しました」


 そうレトワイスが言うと、一拍いっぱくの間を置いて大きな扉はゆっくりと──ひとりでに開いていく。


 確実には近づいてくる。勇者ウロナが生まれて17年、王国の人々が待ち望んだが。


 すなわち、勇者が邪悪な魔王を討ち果たす時を。


「ご主人様……」


 キィーラは勇者ウロナの手を今までに無いぐらい強く握った。


「ウロナ……絶対に勝つんじゃぞ!!」


 賢者ホロアは、愛弟子である勇者ウロナに激励げきれいを送る。


「ウロナ、絶対にみんなで生きて帰るぞ」


 騎士リタは、忠義ちゅうぎを誓った、愛すべき勇者と約束を交わす。


 勇者ウロナは三人の方を向かず開いていく扉の奥をじっと見据みすえたまま、何時ものように、優しく、力強い口調で彼女たちに言葉をかける。


「大丈夫だって、絶対に俺が勝つから」


 そう言うと、玉座に入っていくレトワイスに続いて勇者ウロナは開いていく扉へと向かっていく。


(なにせ、俺には3つの“切り札チート”があるからな──)


 意気揚々いきようようと少年は歩みを進める。17年間待ち望んだ、女神に託された魔王の討伐を果たす時。にやりと不敵な笑みを浮かべると、勇者ウロナは扉をくぐり玉座の間に足を踏み入れる。

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