第2話
自殺者支援施設における自殺志願者、か。
人が自殺をする理由は様々だ。自己嫌悪、社会的失敗、金銭問題、他者との関係、等々……。その理由は多岐に渡り、それゆえにこの世で完璧な、万人に対する自殺防止策など存在しない。だからそうした人々が出てくることに異論はない。
ただし、信一との会話において、気になる点があった。それは施設内におけるカウンセラーの有無を問いかけたときのことだ。
「自殺をしようとしている……それはわかったけれど、そもそもユーロモーションはそうした人々の支援施設なんだろう? それなら当然、施設内に専属のカウンセラーがいるんじゃないのか?」
仕事を引き受けることに異論はなかった。ただその点についておかしいと思ったのだ。自分で言うと悲しくなるが、僕はそれほど優秀な精神科医というわけではない。能力としては精々平均的と言ったところだ。そんな人間にわざわざどうして仕事を依頼してくるのか。昔馴染みに仕事を斡旋してやろうという思いからか、と思ったが信一は電話口で最初に僕が大学の研究にいまだ関わっていると思っていた。そうであるなら信一はわざわざ仕事がある僕に対して特別にその少女のカウンセリングを依頼してきた、ということになる。これはいったいどういうことなのか。
けれどそうした僕の疑問に対して信一は、
「まあ、うん。確かに施設内にカウンセラーはいるさ。ただ、今回はちょっと、ね。……とにかく、受けてくれるんだろう? それなら詳細は来た時に話すよ」
そう答えるだけで、詳細を説明してはくれなかった。……まあ、そうした疑問は現地で説明を受ければいいだろう。
楽観的に考えながら荷物をまとめる。スケジュールについては先ほど父に連絡したところ問題ないとのことで、とりあえず一か月確保した。
「兄さん。着替えは一週間分でいいんですか?」
部屋で荷造りをしていると義妹が着替えを持ってきてくれた。お礼を言いながら、それを受け取り、バックの中に仕舞う。
「向こうで洗濯するから、とりあえずこれだけでいいよ。ありがとう」
「私も行けたらよかったんですけど」
なぜか、義妹が残念そうな顔でそんな言葉を口にする。
「学校があるだろう」
「それはそうですけど……信一さんとも随分会っていないと思って久しぶりに、と思ったのですけど」
「いずれ、会う機会もあるよ、きっと」
そうですね、と呟き、なぜか義妹はその場で僕を見つめて立ちつくしていた。
「ん? どうかしたの?」
「あ、いえ別に」
その反応、その様子はどこからどう見ても別に、といった態度ではなかった。
「気になるな……光、僕らの間で遠慮はしないって約束したじゃないか」
それは兄妹になった際、僕らがした一つの約束だ。本当の兄妹ではないからと言って、変な気遣いや遠慮をしないこと。僕のその言葉に、目を逸らしながら彼女は小さく謝った。
「そう、でしたね。すみません。……もう一つ、すみません。先ほど印刷されていた資料を見てしまいまして」
「印刷していた資料……ああ、信一から送られてきた患者の」
先ほど信一からカウンセリング対象の簡易的な内容がメールで届いたため、印刷をしていたのだ。「いや、別に謝ることじゃないよ。僕が光の目につくところで印刷していたのも悪いんだし。……ということは、症状を見たんだ」
彼女は僕の言葉に申し訳なさそうに頷いた。
「はい。自殺願望のある少女、と」
もしかすると、彼女としては思うところがあるのかもしれない。意識的に左手を握りしめながら彼女が問いかけてきた。
「兄さんはその少女を救いに行くんですよね?」
「……そう、だね。僕に救えるかどうかわからないけど、僕の手は、そのためにあるモノだから」
そう言って、僕は右手をかざした。そのしぐさに彼女が柔らかく微笑んだ。そして、
「信一さんもいらっしゃいますから危ないことはないとは思いますが、気を付けて、言ってきてくださいね」
彼女の言葉に微笑み、答えた。
「うん、そうするよ。……まあ、君の時ほど危険な出来事は無いことを願っているよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます