第4話
灯と海に行って以降、わたしの夢には灯が出てきた。
真っ白な世界でわたしが佇んでいる数歩先で、灯は最初わたしに背を向けている。
声を掛けるでもなくただ呆然とその背中を見ていると、不意に灯が振り向く。
太陽のような眩しい笑顔を見せながら、そうしてゆっくりと口を動かす。
よっつの音を紡ぐ唇からはしかし音声は聞こえない。
だから、読唇術などを心得ていないわたしには、灯が何を云っているのかは判らない。
何を云っているのかが気になって、知りたくて。
一歩近寄ろうとしたら、踏み出した足を捕らわれる。足元を見れば、黒い何か。
それはどろりとわたしの脚を這い上がってきて腰に絡み付く。
身を捩ればそのどろりとした黒いものは尚更上へと這い上がってきて、首にまとわり付き顔を、視界を塞ぐ。
嫌だ、怖い。そう声なき声で叫ぶのと同時に、わたしは目を覚ますのだ。
「また、同じ夢……」
何度も繰り返すこの夢が示唆するものは何なのだろうか。
ただひとつ、この夢から覚めるのは必ず真夜中で。
何故だか衝動的にカッターを握らないではいられなかった。
深くは傷付けないけれども。
浅く白い線は夢を見る毎に何本も増えていった。
灯の眩しい笑顔を見ると、それに照らされる自分の存在が陰を濃くする気がして、何だか醜いもののように思えるのだ。夢の中でわたしにまとわりつく黒いものはその醜さのような気がする。
だから、汚いものを少しでも排除したくてわたしは何度も腕に血を滲ませた。
夏休みは早々に課題を終わらせてしまったし、友人が居ないから出掛ける予定もない。つまり、暇人。
そんなわたしは夏休みに入る少し前からインターネットのとある掲示板に入り浸っていた。
そこはメンタルヘルスの掲示板だった。
メンタルの病気を抱えながら毎日を過ごしている人たちが日記代わりに、或いは同調者を求めるように書き込む場所だった。
とはいえ、重症患者が集まっているという訳でもなく、わたしのように病み切っていないけれどもメンタルに不穏があるという人たちが多く集まる掲示板だ。
死にたい、消えたい、またリスカしてしまった。
そんな本音や報告を日記のように短文で打ち込むようになったのは、一種の自己顕示欲かも知れない。
自分もこんな環境の中で生きているんだと誰かに知っていて欲しいというだけの。
そんな掲示板にはレス機能がついている。
しんどいね、とか、がんばれ、とか。
同調する人たちがたまにコメントを残してくれるような、そんな簡単な機能。
夏休み半ばのある日、いつもコメントをくれる人がメールのやり取りをしないかと誘ってきた。
正直気が進まなかったが、断る理由が探せなくて、掲示板のメールアドレス記載欄に初めてメールアドレスを打ち込んだ。
一通目のメールが来たのは数時間後。
開いてみて、あれ? と思う。
名乗っている相手が違うのだ。
しかしその人も掲示板では面識のある人だった。コメントをもらうこともあれば、送ることもたまにはあるその人は同い年の男の子だった。
『いつもコメントありがとう。メールアドレスが書いてあったから思わずメールしてしまいました。良かったら掲示板外でも仲良くしてください』
そんなメールに、まさかわたしとメールを交わそうとする人が居るだなんて、と思った。意外だった。
その旨を正直に話したら、ここの掲示板って意外と同い年って居ないから、勝手に親近感を持っていたんだ、と。
掲示板ではTのイニシャルで通していた彼の名前は司といった。
司は人当たりの良い優しい男の子だった。
口頭での喋りだけではなく、文章で喋ることも上手くないわたしの話をきちんと整理し直して理解してくれる。
口癖はわたしと一緒で「死にたい」。
同じように自傷癖があり、学校なんてクソ食らえ。なくなってしまえば良いのにと愚痴り合うような仲になった。
司と話すのは気が楽だった。
自分を偽らなくても良いから。
どんなに醜い本音を吐き出しても引かれることなく受け入れてくれる存在は、私にとって大きな存在だった。
思えば、こんなにも波長が合った人間は司が初めてだったかも知れない。
司とは毎日メールをした。
愚痴から他愛ない話、少し真面目なメンタルの話など。話題が尽きることはなかった。
司とメールをしている瞬間だけは黒いどろどろに身を包まれている感覚がしなくて、とても息がしやすかった。
さて、そんな司とのメール交換の傍ら、初めに声を掛けてきてくれた人からもメールが届いていた。
歳はわたしよりふたつ歳上のお姉さんだった。
どうしてメール交換をしようと思ったのかを問えば、電波越しでも相手が笑っているのが判るような文体で、何となく、と返ってきた。
『何となく昔の自分見てるみたいで放っておけなくて』
悩みがあったら幾らでも話聞くから相談しておいで、と云う彼女はすじこさんという人だった。
すじこさんもとても良い人だった。
軽くイジメられていた話をしたら、自分の友達でもイジメに遭っていた子が居た、と。
その子は悲しくも自殺してしまったらしい。すじこさんはその友達を助けてあげられなかったことに酷く後悔していて。
だからこういう場所で知り合った人にはなるべくそうなって欲しくなくて声を掛けるのだそう。
ちょっとだけお節介かな、と思った。
自殺出来るものなら今にでもしてしまいたいと思うわたしと、それに同調する司とは少し住んでいる世界が違うような気がしてならなかった。
この掲示板において、わたしはあくまで共感者と馴れ合いたいだけであって、いつ訪れるかも判らない明るい未来に向けて生きることを説かれることは望んでいなかったのだ。
だから司とは気が合った。
彼とはまさしく馴れ合いながら、お互いのどちらかが飽きるまでだらだらと世界に不満を云い合い共存していくような関係性だったからだ。
それでもすじこさんを無碍に出来ないのは、ネット上の付き合いだとしても、一度関わってしまったら波風を立てたくないという理由からだった。
住んでいる世界が少し違う、とは思うけれども、すじこさんの云っていることは的外れではなかった。
だから、灯のことについてはすじこさんに話すことにした。
相談とまではいきませんが、と前置きしながら灯との出会いから先日の海へ行った時の話までを淡々と文章にしてみた。
たまにお昼を食べるだけの関係。
何故だか好きだと云われている現状。
何の目的も明かされずにただ海へ連れて行かれたこと。
ひと通りを文章にすると、大したことでもない気がしてきた。
しかしそれは灯のことだけを綴った結果で。
それに付随するわたしの中のどろどろとした感情を織り混ぜれば、見事に気分の悪くなる話になった。
すじこさんは、それってもう友達じゃん、と云ったけれど、わたしの中では何かが違う。
だって、友達ってもっとこう、信頼し合える関係じゃない?
わたしは灯に「信じなくて良い」と云われている。
それは裏を返せば友達にはならないという意味ではないか。
そこまで考えて、ふと首を傾げる。
友達なんて要らない。深い人付き合いはしないと決めて高校に入学したのに、どうしてだろう。いつの間にやら灯のペースに呑まれて、まるで友達一歩手前のような関係になっているではないか。
『本当は友達が欲しいんじゃない?』
すじこさんの台詞に、わたしは全力で否定したけれど、実際のところはどうなのか、正直自分の中で境界線があやふやになり始めていた。
他の誰かと必要以上に仲良くなる気はない。これは揺るがない。
けれども灯に関してだけは……。
そこまで考えて、いやと首を振る。
違う。わたしと灯の関係は決して友達という関係には当てはまらない。
灯から寄せられている好意の真意は未だ謎に包まれたままだけれど、彼女は確かに云ったのだ。「信じなくて良い」と。
友達とは信じ合うところから始まる関係だと思っている。
信じ合っていないで友達と云っている間柄は上辺だけの友人という皮を被せた知人でしかない。
そうだ。わたしと灯の関係は、云うなれば知人だ。それがしっくりくる。
『リスカしてることは云ってないの?』
すじこさんの問いに、当然だと答える。
その答えに「何故?」と追及され、わたしは微かに困惑した。
何故、と云われても……。リストカットをすることはまず普通ではない。自分が普通ではないことを知人に明かす必要があるだろうか?
それに、リストカットをしている事実を明かしてみろ。どうしてそんなことをしているのかと訊かれるに違いない。
イジメられていたことはほんのり明かしてあるけれども、死を切望していることを知られたくはなかった。それもまた、普通ではないからだ。
灯もイジメられていた経験があると云っていたけれど、それでも恐らく彼女は明るみの世界で生きる人間だろうから、灯がわたしが抱える暗い世界を見る必要はない。
『自分ならそんな風に接してる相手のことなら何知っても受け止めるけどなぁ』
それはすじこさんの場合であって、灯に当てはまるかどうかは不明だ。
大体がわたしは灯に自分の薄暗い部を受け止めて欲しいとは思ってもいない。
『何だか双方の認識がすれ違ってそうな関係だね』
どうなのだろう。確かに認識は多かれ少なかれ噛み合っていないかも知れないが、人間関係というものは概ねそういうものになるのではないだろうか。
『ひよりちゃんはもう少し他人を信じてみたら?』
それは土台無理な話だ。何度でも云うが、わたしはもう誰かを信じて裏切られるのは勘弁なのだから。
しかしすじこさんは度々「人を信じろ」と云う。
だから無理なのだ、と繰り返したのは一度だけ。
不毛な押し問答は面倒臭いから好きじゃない。
だから、そう云われる度、わたしはそうですね……と曖昧に濁すのだった。
すじこさんに、度々見る夢の話はしなかった。
司と話していると、死にたいという気持ちが増長した。
それはどちらかと云えば前向きな死の切望。
世間なんてクソ食らえ。ワンツージャンプで飛び降りてしまおうか、と。そんな話までした。
ある日、司が真面目な文面を送ってきた。
『企画書を作ったんだ。もしこの計画に同調してくれるのであれば是非一緒に計画を進めていきたい』
メールにはテキストファイルが添付されていた。
何だろう、とテキストファイルを開けば真っ白な画面。
首を傾げて、試しに全選択してみたら、色が反転した文字が現れた。
司が送ってきた企画書は、共に自殺をしようという計画書だった。
死に場所を探すところから始まる計画書だった。
ふむ、とパソコンの前で腕を組む。
悪くはない話だ。共感者として目的を同じにし、計画実行に至る。一人では勇気が要るが、誰かと一緒なら勢いでイケるかも知れない。
『その計画、乗るよ』
わたしはゆっくりとキーボードを打って、その短い文面を電波に乗せた。
こうしてわたしと司はある種共犯者となった。
何となく、このことはすじこさんには云わないでおいた。
メールをしている間に、わたしも司も都内住みだということを知っていたから、東京からは遠いところにしようという話になった。
どこが良いだろう。二人で考えて、夜行バスで大阪に行くことにした。
理由は簡単なもので、交通費が高額でないこと。単純に行きやすい場所であるというだけだった。
夏休みも終わり間近。わたしは司と死に場所を探しに行く旅に出ることにした。
親への云い訳は単純に「友達の家に泊まってくる」というもの。
親はわたしが友達を作ることを止めたことを知らない。
リストカットをしていることも知らない。
何ならイジメられていたことさえコトが終わってから知ったような、そんなわたしに興味の薄い人たちだったから、繕った笑顔で「友達と遊ぶ」と云えば、簡単に了承してくれた。
よもや自分の子どもが死に場所を探しに行くなどとはこれっぽっちも予想だにしていないだろう。
ある意味では憐れな人たちだ。
夜行バスを使うのに、わたしは夕方頃からターミナル駅近くにあるファーストフード店の奥で本を読んでいた。
待ち合わせは二十一時だったが、そんなに遅くから「友人の家に行く」というのは不自然だろうと思ったからだ。
夏だから荷物は少ない。財布の中には貯めたお小遣いを一応全額突っ込んできた。
目印になるよう、わたしは全身真っ黒なコーディネートにした。黒のブラウスに黒いスカート。靴下もおでこ靴も黒。まるで喪服のような出で立ちだ。
司は金髪を目印にしてと云っていた。
だから時折本から顔を上げては金髪の少年を探した。
「あ、」
フロアに金髪の少年を見付けたのは二十時頃だった。
きょろきょろしている彼がきっと司だろうと思って、彼に軽く手を振って見せたら、少年はパッと顔色を明るくさせてわたしに駆け寄って来た。
「ひより?」
「司くん?」
名前を呼び合って、頷き合って、二人でニコリと笑う。
「ひより、早かったね」
「司くんこそ早いじゃん」
「いや、何か家に居るの落ち着かなくてさ」
「わたしもそんな感じ」
ふふ、と笑って、わたしは氷が溶けて薄まったアイスティーを啜った。
バスの時間まではまだ大分ある。
ご飯食べた? と訊かれて、飲み物だけと答えたら、ファミレスにでも行こうかという流れになった。
リーズナブルなチェーンのファミレスだ。
こういう時、大人だったら居酒屋とかに行くんだろうな、なんてどうでも良いことを考える。
司は線が細い癖に大食いだった。わたしは食が細い方だから、食べ残しを片付けてもらったくらい。
「ひより、もっと食べないと折れちゃいそう」
「そんなに細くないし、折れちゃいそうなのは司くんの方だよ」
くすくすと笑い合うそんな時間が少し楽しかった。
『共犯者』だからなのかも知れない。友達というには希薄で、だけど知人というよりはもう少し近い存在。奇妙な距離感がわたしたちを繫いでいた。
バスの発車時刻を見計らってファミレスを出る。
トランクのような大きな荷物はなかったから、そのままバスに乗り込んだ。
三列シートで、二席隣同士。メールで遣り取りはしていたとは云え、初対面の男の子とこんな風に出掛けることになるなんて思いもしなかった。
しかもお互い初めての大阪だ。
初めて踏み入れる地で、良い自殺場所は見付かるのだろうか。
夜行バスはすぐに消灯になった。
暗闇の中での携帯操作は目立って良くないと思って電源を落とす。
窓際に座らせてもらったわたしは、ちらり、カーテンをほんの少しだけ開けて外界を覗き見る。
尾を引くテールランプがどんどんわたしたちを未開の地へ連れて行くのかと思ったらドキドキした。
何度かサービスエリアで休憩があったけど、司はずっと眠ったままだった。
睡眠薬を飲んで寝ていると云っていたから、その所為かも知れない。
わたしもわたしで別にトイレに行きたいとかは思わなかったから、停車する度に起きては浅く寝てを繰り返した。
トントン、と肩を叩かれて目を覚ます。
目を擦りながら隣を見れば、もうシャンとした顔の司がわたしを見てもうすぐだよと笑った。
夜行バスが目的地に着いたのはまだ六時にもならない早朝。
ターミナルの近くのファーストフード店に入って時間潰しのついで、朝食にした。
朝限定のメニューに齧り付きながら、ねぇと司を見る。
「わたし何にも考えて来なかったけど、アテはあるの?」
純粋な疑問に、司は大きく頷いた。
「滝がね、あるみたいだよ」
「滝……」
「山の奥で、ここからだと二時間近く掛かっちゃうかも知れないけど」
「成る程……」
司の計画では滝壺へダイブ、といったところなのだろうか。
「もう少しゆっくりしてから電車、乗ろう。行き道は調べてきたから」
「うん」
何とも頼もしい限りだ。
そうしてわたしたちはコーヒーでひと息ついてからゆっくりと行動を開始した。
慣れない電車を乗り換え乗り換え、最寄りの駅に降り立つ。
暫く田舎道を歩いてから、山道に入る。
獣道ではない。一応ちょっとした観光名所にでもなっているのか、小さな看板は出ていた。
だから高校生が二人で山道に入っても訝しむ人は居ないだろう。ちょっと珍しいな、くらいは思われるかも知れないけれど。
山道は緩やかな勾配だった。おでこ靴じゃなくてスニーカーにすれば良かったな、なんて思わず唇を舐めたけど、今更過ぎるし、そもそも行き先を前もって聞かなかった自分が悪い。
三十分くらい黙々と司の一歩後ろを歩いたら、遠くに水の落ちる音がし始めた。
「もうすぐだ」
司の歩幅が大きくなる。
それをわたしは一生懸命追った。
もう十分くらい歩いたら、視界が開けて大きな滝が目の前に現れた。
「綺麗だね」
光を弾く水流は空の色を映してほんのり水色。穏やかな水面と落下してくる水流がぶつかる部分は真っ白な飛沫。
「ここ、自殺の名所なんだってさ」
「へぇ……」
「どこから飛び込むのが一番なんだろう……」
ふむ、と顎先に手を遣った司のTシャツの裾を控えめに引く。
「あっちに上に行く道があるみたいだよ」
「成る程ね。行ってみよう」
司の声に頷いて、二人で滝の上へと向かう。
滝の上は少し大きな川になっていた。
その川の水が、切り立った崖を急落下しているのだ。
「川に入って、そのまま流れに身を任せるのが一番なのかな……」
「そうだね……下で滝壺に飛び込むよりは、確実性がありそう」
わたしが呟いてから、司はきょろきょろと辺りを見回した。
そして小さく肩を竦める。
「ワンチャン、とか思ったけど、駄目だね。人が少し居るや」
司の云う通り、辺りは無人ではない。観光客なのか地元の人なのかは判らないけれど、数人滝の上にも下にも人が居た。
「やっぱり真夜中じゃないと駄目か」
「そうだね……今回は下見だけ、だね」
今朝大阪に着いたばかりだけれど、わたしたちはまた今夜夜行バスに乗らなければならない。
「うん、でも成果としては上々かな」
これで下見しないで来て、明らかに無理そうだ、とかだったら悔しいしね、と肩を揺らす司。
「結構、高いね」
滝の下を見下ろしながら呟いたら、怖い? と返ってきて、ううんと否定を返す。
「上手く飛べたら気持ち良さそう」
悪戯っぽく笑ったら、司も確かにと頷きながら笑った。
「今日は無理だけど、計画のおさらいをしておこうか」
そう云って司が人差し指を立てる。
睡眠薬を飲んでフラフラになった状態で川に飛び込む。
折角二人での計画だから、手首同士を紐で繋いでおこう。
そのまま川の流れに身を任せて、滝壺へドボン。
どう? と首を傾げられて異論はないと大きく瞬く。
「それにしても……」
「うん?」
「手首同士を繋ぐなんて、純文学の中の心中みたい」
わざとおどけるような声で云ったら、司はそうだよと片目を瞑って見せた。
「志を同じくして死ぬんだから、心中と変わらないよ」
それに、と司がわたしの髪の毛を一房手に取った。
「おれ、ひよりのこと好きだし」
なーんてね、と冗談めかしてわたしのの髪の毛から指を解いた司の台詞は本当に冗談として捉えることにした。
わたしのことを好き、だなんて、もし本当にそう思っていたとしてもそれはきっと気の迷いだろうから。
そうしてどれくらいか無言で二人、滝を眺めてからふらりと岐路を辿った。
帰りのバスの時間まではまだまだある。
わたしたちは朝とは別のファーストフード店に入って、だらだらと時間を遣り過ごすことにした。
遺書はどうしようか、なんて話から、お互い左腕を見せ合って「汚いね」って笑って、普段のどうでも良いような話をしたりして。
何を喋ったかもろくに覚えていないくらい本当に些末なことを喋り続けた。
「決行はいつ頃にしようか……」
「ここまで来るのにお金、結構掛かるからね……」
夜行バスは新幹線より安いとはいえ、高校生には充分高い旅費だ。
「秋、はキツイかな……」
渋い顔をする司にそうだねと舌先を噛む。
「お年玉貰ってから?」
「あー、それが一番か」
わたしの提案に司は大きく頷く。
「お年玉でとびっきりの死装束買って、それ着て飛び込むのはどう?」
今度は司の提案。
「良いね。普段は我慢して買ってなかった服買っちゃうのもアリか」
「な、アリだよな」
「うん、アリだね」
うんうんと頷き合って、わたしたちはひっそりと笑い合った。
そうしてわたしたちはまた夜行バスに乗って東京へと戻った。
わたしと司が使う路線は違う。バスを降りて、朝ご飯だけ一緒に食べて、別れ際に軽く小指を絡めた。
「またメールはするけど、冬休みに必ず」
「うん、冬休みに。わたしもメールする」
じゃあね、と。わたしたちは軽く手を振り合って別れた。
家までの帰り道は何だか不思議な気分だった。
昨日一日大阪に居ただなんて嘘のよう。
電車の揺れに身を任せながら目を瞑れば滝の光景が鮮やかに蘇る。
冬、わたしはあそこで命を断つのか。
そう考えたら唇の端が少しだけ上がった。
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