エキストラの魔法 一詠唱目

「ショウゴさん」


 昼休みになるとエマが武田の席に近づいてきた。

 エマの手には昼食となる菓子パンの入った袋が握られている。


「一緒にお昼食べましょう」

「いいよ。食べるか」


 昼食のお供を誘うエマに武田はにこやかに応じた。

 武田の承諾を得て、エマが武田と席をくっつける。

 通路の邪魔になる位置だったが、誰も目を止めはしなかった。


「こうして二人だけで食べるの。何時ぶりでしょう」

「ドイツのスクールにいた頃は、よく二人でパンを食べてたっけ」

「ワタシは今日もパンですよ」


 そう告げ、袋からパッケージを取り出した。

 パッケージには、たっぷり練乳イチゴ、と書いてある。


「練乳クリームとイチゴクリームを挟んだロールパンなんです。すごく美味しいんですよ」

「でもなんか甘ったるそうだね」

「それがいいんですよ。菓子パンは甘いものですから」


 話しながらパッケージを丁寧に破る。

 ピンクのイチゴクリームが少しはみ出たロールパンが姿を現した。


「ほんとうにたっぷりですよ、ほら溢れてます」

「食べるとき気を付けないと飛び散るんじゃないか?」

「気を付けます。それじゃいただきます」


 武田の懸念をよそに、エマはロールパンにかぶりついた。

 口の中で二種類のクリームの甘さが広がり、頬がとろけると言わんばかりにエマの顔に恍惚が浮かんだ。


「はぁぁぁぁ、生地じゃなくてクリームで勝負するのズルいですぅ」

「大袈裟だな」

「ショウゴさんも食べてみてください。そうすればワタシの言ってることがわかると思います」


 エマは言い切って、ロールパンの自らがかじりついた方を武田に向けて差し出した。


「いいのかっ?」

「どうぞっ」

「それじゃお言葉に甘えて」


 武田はロールパンに歯形を重ねるようにかじりついた。

 間接キスだと気づいていながら、エマは驚いた眼をして頬を赤らめ初心を演じる。


「あっ、ショウゴさん」

「なんだ?」

「ワタシ達、間接キスしてました」

「あー、間接キスね」


 エマの言葉を聞いても武田は平静を保っているように薄い反応だった。

 しかし武田の心臓は俄かに鼓動が早くなっている。

 相変わらず二人には誰も目を止めていない。


「ショウゴさんと間接キスしちゃいました」

「あれは不可抗力だ。許してくれエマ」

「ショウゴさんは悪くないです。ワタシの注意不足です」


 目線を下に伏せ、エマは落ち込んでみせた。


「そんなに気にするな。所詮間接キスだろ」

「ですけど……あっショウゴさん」


 上目遣いに武田の顔を見ると、何かを発見した声を出した。

 疑問符を浮かべる武田にエマは自身の口元を指さす。


「ここにクリームが付いてます」

「えっ、クリーム。ここか?」


 武田はクリームが付着しているのとは反対の位置を指で拭った。


「そっちじゃないですよ」


 世話のかかる子供を相手にしたように、エマは椅子から腰を浮かせて武田の口元についていたクリームを指で滑るように拭き取った。

 椅子に戻りながら、指を自分の口へ持っていく。

 はむ、という擬音語が似合う仕草で指のクリームを舐めた。


「うん、やっぱり美味しいです」


 エマの仕草を目の前にした武田が、キョトンとエマの口元を見つめた。


「なんですか、じっとワタシの顔見て」

「エマ、今なにした?」

「えっ、指についたクリームを……つっーーー!」


 水位が上がるようにエマの顔に赤みが増していった。

 武田の方も恥ずかしくなってゆっくりと視線を外す。


「エマがそんな大胆なことするなんて思わなかった」

「だ、大胆じゃないです。指についてるクリーム見たら、つい口に入れてちゃっただけです」


 両手をワタワタとさせて抗弁する。

 互いに照れて頬を赤らめる二人の様子は傍から見れば自覚なしのイチャイチャカップルなのだが、二人に目を留めるどころかチラ見をする者さえいなかった。



 エキストラの魔法。 主役とヒロイン以外の者は皆がエキストラとなり、エキストラは主役とヒロインを視界にも入れずに場面を構築する。

 故に、武田とエマの二人がエキストラに干渉されることはない。

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