豊胸幻視の術 其の二
「……春佳?」
春佳は保健室のベットでゆっくりと目を開けた。
ベットを囲む白い仕切りカーテンに目がチカチカする眩しさを覚え、すぐに目を細める。
カーテンの向こうから微かな陽光とともに武田の声が耳に入ってくる。
「……まだ、起きてないのかな」
武田の声が心配そうに沈む。彼以外に人の気配はない。
春佳は口を開いて返事をしようとする。喉がやけに乾いていた。
「しょうご。いるの?」
「……春佳。起きてるのか?」
カーテン越しに訊いてくる。
入っていいか、と続けて尋ねた。
「うん、いいよ」
「じゃあ、入るぞ」
声と同時に春佳の背後のカーテンが開けられた。
武田はカーテンの外側に立ったまま、案ずる視線でベットで背中側を向けている寝ている春佳を見つめる。
「体育の時に倒れたって聞いてぞ。大丈夫か?」
「え、うん」
身体がどうなったのか春佳自身でもわかっていなかった。けど、武田の声を聞くと何故か安心した。
「怪我とかしてないか?」
「大丈夫、だと思う」
「話してるの辛いなら出てくけど?」
「あ、気にしないで。むしろそこにいて」
ちょっと的外れな優しさが身に染みる。
そうか、と武田は口にし、継ぐ言葉を探すように目を伏せた。
「朝から、具合悪かったのか?」
「え、ああ。どうなんだろ?」
将吾はきっと身体の不調を気づいてやれなかったことに呵責を覚えている。
そう思い、春佳は苦笑交じりの声を返した。
「…………」
「…………」
二人の間に沈黙が生れる。
「授業、戻らなくていいの?」
春佳がいつもの声のトーンになるよう努めた。
「いいよ。今から行ってもどうせ遅れるし」
「もう次の授業始まってるのね」
「ああ、だからお前の容態を見てから戻ろうと思ってた」
「いいのに気にしなくて」
わざと軽い口調で言った。
武田を誘惑するために忍術を使い過ぎて体調不良を来したと自覚し、だから武田の優しさを受けるのはバツが悪かった。
はあ、と武田の溜息が漏れる。
「全く昔から変わってないな」
「何が?」
「すぐに無理するところ」
「……」
春佳には返す言葉がなかった。
図星だった。
「どうも数日前からおかしかったんだ。春佳の胸があんな大きいはずがないのに、いつの間にか春佳の胸が大きいと脳が思い込んでた」
「胸が大きい、胸が大きいって、嫌味?」
「違うよ。気に障ったらならごめん」
配慮が足りなかったばかりに謝った。
再び沈黙が降りる。
「将吾はさ……」
春佳が躊躇の滲んだ声色が沈黙を破った。
武田は幼馴染の言葉をじっと待つ。
「……どっちが好きなの?」
「え、どっちって?」
「……大きい方か、小さい方」
「ええっ」
武田の声に俄かに焦りが混じった。
「どっち? やっぱり大きい方?」
「どっちと言われても。それ答えないといけない?」
「うん、答えて」
急かすように言いながら、春佳の顔は恥ずかしさで赤くなっていた。
武田は腕を組んで生真面目に考え、答える。
「どちらかと言えば、大きい方がいいかも」
「……しょせん」
「でも大きい人の方が好きというわけではないよ。一般論からして大きい方がいいのかなって思ってるだけで。ダメかな、こんな答えじゃ?」
「…………」
春佳は返答に困った。
ダメもなにも、その答えでは武田の好みが明確になっていない。
「お前は大丈夫そうだから、そろそろ俺は行くぞ」
会話するのが急に恥ずかしくなって、武田はカーテンに手を掛けて告げた。
「待って」
春佳の声にカーテンを閉めようとした武田の手が止まる。
「なんだ?」
「はっきり、させてみる?」
覚悟の籠った声が狭い空間に溶けた。
春佳がベットの上で身を反転し、武田と向かい合う。
「え。どういうこと?」
「どっちが好きなのか。はっきりさせたくない?」
恥ずかしさと緊張で色っぽく火照った瞳が武田を捉えた。
武田の息が詰まる。
「ど、どうやって?」
「……確かめないの?」
互いに見つめ合い、言い様なく張りつめた静けさが際立った。
「直せ……」
ガラガラガラッ。
その時、保健室のドアが廊下側から開けられた。
武田と春佳は身体をびくりとさせて、慌てて見つめ合っていた視線を逸らす。
「本澤さん、具合はどう?」
カーテンの外から養護教諭の緩い声が聞こえる。
「あ、だ、大丈夫です」
なんとか返事を絞り出す。
「授業に戻れる?」
「もう少しだけ休ませてください」
「そう。いいわよ」
承知し、庶務机の椅子に腰かけて本を読み始める。
「それじゃな、春佳」
武田は春佳に軽く手を挙げて告げると、養護教諭に会釈をして保健室を出た。
教室に戻ると、かろうじて息詰まりは治まっていた。
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