豊胸幻視の術 其の一

「おはよう将吾」


 ある春の晴れた朝。武田が人の少ない住宅街の登校路を歩いていると、狭い路地から栗色のショートカットの少女が笑顔を覗かせた。

 武田は少女を認めると微かに表情を和らげる。


「春佳か。おはよう」

「もうちょっと早く登校した方がいいんじゃない。いっつもホームルームまで余裕ないでしょ」

「いいんだよ。早く学校着いたところでやることもないしな」


 春佳の指摘を軽くいなす。

 それよりも、と続けて、春佳が顔を出している路地を指さす。


「春佳はどうしてそんなとこにいるんだ。食べ過ぎで横幅が広くなって挟まったのか?」

「失礼ね。太ってないわよ」

「じゃあ、どうしてだ?」


 見当のつかない武田が答えを尋ねると、春佳は何やら意味ありげな笑みでチョイチョイと手招きした。

 疑問符の浮かんだような顔をして武田は春佳のもとへ歩み寄る。


「なんだよ?」

「実はね……あたしって胸が意外と大きいの」


 唐突なカミングアウトに、思わず武田は路地の隙間に納まっている春佳の胸部へ視線を移した。

 狭い路地の両壁で制服から溢れんばかりの巨乳が押さえつけられている。

 思わず視線を逸らす。


「なんで目を逸らすのよ。もっと見ていいのよ?」


 SOSを出すような状況にもかかわらず、春佳は誘いかけるように言った。


「もっと見ていい、と言われると余計見るのが恥ずかしくなる」

「あたしと将吾の仲じゃない」

「関係ないよ。というか出られるのか?」


 春佳の胸を見ないようにしながらまともな問いかけをする。


「うーん、どうだろ」

「どうだろって、もしかして出られないのか?」

「かもね」


 おいおい、と武田は呆れた気分になる。


「路地に挟まって身動き取れないなんてシチュエーション、漫画でもあんまり見ないぞ」

「将吾が手で胸を押してくれれば、位置がズレて抜け出せるんだけど」


 言って、懇願するような目で武田を見た。


「他にも方法あるだろ」

「考えてたら遅刻しちゃうね」


 わざと急かすような言葉をかける。

 数秒程だけ思考を巡らせて、武田は諦めのため息を吐いた。


「仕方ないな。すぐに済ませるぞ」

「わかった。けど痛くしないでね」


 とろけるような春佳の声は無視して、武田は路地の隙間へ右手を入れた。

 両壁に圧迫されている春佳の胸へ手を近づけていく――触れた。


「んっ」


 くすぐったさに耐えるような声が春佳の口から漏れ、はたと武田の右手が動きを止めた。

 武田は急に恥ずかしくなって顔を赤くする。


「変な声出すなよ」

「もう出さないから、強くやって」

「……いいのか?」


 あんまり強く押すとより痛いんじゃないか、と武田は思いながら許を仰いだ。

 窮屈そうに春佳が頷く。


「じゃあ、行くぞ?」


 断りを入れてから、春佳の胸を右手で押し込んだ。


「あっ……」


 壁と胸が擦れたのか、春佳が痛みに喘いだ。

 武田はさっと右手を引く。


「変な声出すなっつっただろ」

「だ、だって、痛いんだもん」

「で、でも、これで出られるよな?」


 もうやめにしたい気持ちが湧いてきて、武田は押し切ろうとするように訊いた。

 しかし、春佳は小さく首を横に振る。


「嘘だろ」

「ごめん、今度は下から押し上げて」

「し、下から?」


 武田の目が春佳の腹部と胸部の境目辺りに移動する。


「え、こんなところに入れちゃっていいのか」

「今度は我慢するから、早くして遅刻しちゃう」

「あ、ああ」


 スーハ―と深呼吸して武田は覚悟を決めた。

 春佳の胸下へ右手を挿し入れる。

 そして、力を籠め押し上げた。


「ああっ、隙間ができた!」


 春佳の歓喜する声。

 巨乳が押し上げられて壁との隙間がわずかに広くなった。

 力仕事を終えたばかりのように武田の動悸は早くなっている。


「これで……出られるよな?」

「うん、ありがと」


 春佳は何事もなかった声で礼を言い、するりと路地から脱け出した。


「さあ、急ぎましょ」

「あ、ああ」


 春佳が学校の方角へ駆け出すのを尻目に、武田は不思議な気分で右掌を見下ろした。

 紛い物とは思えない感触は当分忘れられそうにない。

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