黒ローブの人物
深夜の公園で武田は仰向けの状態で目を覚ました。
下校していたはずだが、春佳と別れてからの記憶が欠落している。
慌てて首だけを動かして辺りを見回す。
滑り台、ブランコ、砂の山が崩れかけた砂場などが敷地内に点在する頼りない外灯の光を浴びている。
「ここは、公園か」
大よその現在地を推測すると武田は立ち上がった。
そして、ふと自分の周りだけが妙に明るいことに気が付いて足元を見遣った。
武田の顔に未知と遭遇したような怪訝が浮かぶ。
「な、なんじゃこりゃ」
彼の足元から約半径五メートルの周囲が、地面に幾何学な文様を描き込んだ魔法陣が地光を出している。
「あと少しでショウゴさんはワタシのものです」
武田の正面の円の縁に黒い布のようなものが屹立していた。
声は布から発されている。
「誰かが中にいるのか?」
見覚えのない大きな黒い布に目を凝らし、武田は恐る恐る歩み寄る。
ザク、と武田の靴が芝を踏む音が響いた。
黒い布が虚を突かれたように反転した。
「動いちゃダメです」
布が喋った。
否、反転した布からは白っぽい人間の顔が覗き、形も人間の身体をなぞらえている。
武田は人間の顔と思われる部分を凝視する。
あれ知ってる顔かな、と内心で首を傾げた。
「あの。すみませんがどなたですか?」
武田が問いを発すると、布を被った人物はしまったという顔をして逸らした。
「そ、そんなことは今どうでもいいです」
これ以上の詮索を断とうするかのように言う。
その声を聞いて武田は金髪の幼馴染の顔が浮かんだ。
「もしかしてエマか?」
少しの安堵を混ぜた声音で尋ねる。
布を被った人物は押し黙り、しばらくしてからゆっくりと武田を振り向いた。
「わ、わかりますか?」
「声を聞いてはっきりしたよ。ところでエマはこんなところで何をしてるんだ?」
武田は頷き、重ねて問いかける。
黒い布を被った人物もといエマは、自分のお菓子の分け前少なかった子供のように情けない顔になる。
「それを聞かれると弱いです」
「そうか何をしていたかは聞かないことにするよ、じゃあ代わりに……」
質問を考える間を空けてから不思議そうに問う。
「その格好はなんだ?」
「え、この服ですか?」
エマの被っている大きな黒い布は世間一般の呼び方をすればローブだ。
エマはローブの有り余った袖部分を見せつけるように腕を上げた。
「ローブです。ワタシの装備なんです」
「装備?」
「はい」
こくんとフードを揺らして頷いた。
「装備ってどんな役柄の?」
「魔女です」
「魔女か、なるほど。って訳にはいかないな」
エマがえっ、と驚いて目を見開く。
信じてくれると思ってたんだ、と武田の方も驚愕の目でエマを見た。
「魔女ですよ?」
「ああ、聞いた」
「魔女ですよ。信じてください」
「信じてくださいと言われてもな」
懇願するような声で頼まれ、武田は後ろ頭を掻く。
魔女だと信じろというのは無理がある。
「コスプレって言うなら納得できるんだけど」
「コスプレじゃないです。ホンモノの魔女です」
冗談ではない口調でなおも主張する。
つい先週も同じような弁明する奴いたな、と武田は呆れたようにエマの全身像を眺めた。
「まあ、一応そういうことにしておくよ」
「一応ってなんですか。ホンモノの魔女なんです」
「それよりも今何時だ?」
「え、時間ですか?」
「ああ、わかるか?」
「ワタシがここで魔法陣を描き終えたのが八時ぐらいだったので、おそらく十一時ぐらいかと」
不意な質問でもエマはきちんと答えた。
「もう深夜だな。帰らなくていいのか?」
「ショウゴさんを魔術で……」
そこまで言いかけて口が止まった。
「俺を魔術で?」
武田が優しい視線とともに言葉を促す。
エマは夜陰にもわかるほど頬を赤く染めて、フルフルと首を振った。
「ええと、それは言えません」
「無理に言わなくてもいいよ」
「あ、はい。と、とにかく、そろそろ帰ろうと思ってたところなんです」
恥じらいを誤魔化すように言った。
武田は納得して親切心で尋ねる。
「帰るなら家まで送るけど、家どこ?」
「一人で帰れますよ」
「魔女のコスプレしてるとはいえ気を付けた方がいいよ」
「だ、大丈夫です。魔女ですから」
言って、武田の親切を振り切るようにローブの裾をはためかせて公園の出口へ足を向けた。
いずれは魔女だって信じさせてやります、とエマは駆け出しながら誓った。
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