もう一人の幼馴染

 武田と春佳が再会した日から一週間が経過した。

 春佳は依然、武田を自分に惚れさせようと次なる作戦を練っている真っ最中だった。

 一方の武田は二度目となる人間の縁のゆるぎなさを感じ取っていた。


「エマ・シュディンバーグです。皆さんヨロシクお願いします」


 宝石のような碧眼に背中へ長く下ろした金砂のような髪、制服のブラウスのボタンが弾け飛びそうな豊満な胸、そして慈母のような笑顔。

 そんな西洋の情緒を纏った金髪の美少女が黒板の前で自己紹介した。


「シュディンバーグ君の席はあそこだね」


 担任が武田の後席を指さす。


「武田君と知り合いだって聞いてから近くに席を作っておいたよ」

「先生、アリガトウございます」


 エマは流暢な日本語で担任に礼を言い、彼女の大きな胸に注目する男子の視線を気にする様子もなく武田の席まで歩み寄る。

 当惑顔の武田と顔が合うと、天使のようににこりと微笑んだ。


「お久しぶりです、ショウゴさん」

「あ、ああ、久しぶりだな」


 返事をしてすぐ武田の背筋が震えた。

 武田の右隣から春佳が憤怒の視線をエマへ飛ばしている。


「あんた、何者?」


 春佳が押し殺した声で尋ねて、エマはようやく春佳の存在に気が付いたように目を向けた。


「はい。なんでしょうか?」

「何者かって聞いてんの」


 いきなり険悪な空気を漂わせる春佳を、意に介さずにエマは微笑む。


「ショウゴさんの幼馴染です」

「へえ、幼馴染ね」


 本心では納得していないような声で春佳が復唱した。

 エマは春佳から視線を切って武田に向き直る。


「こっちでも仲良くしてくださいね」

「ああ、わかった」


 理由もわからずギスギスした幼馴染の板ばさみに、武田は心中穏やかではなかった。



「ねえ、あの女どこで知り合ったの?」


 下校の道を歩きながら、春佳が彼氏の浮気を見つけたごとく武田に迫った。


「あの女って、エマのことか」


 武田は無意識に名前呼びして答える。


「ドイツにいた時に知り合ったんだよ。スクールが一緒で家も近くてな。ドイツ語が話せなかった時から色々世話になった」


 武田は家族の仕事の関係で七年前に日本を発ってから四年間、ドイツのドレスデンで生活していた。


「いろいろって何を世話してもらったのよ?」


 春佳が追及を続ける

 ドイツ在住時代を思い出しながら武田は答える。


「ドイツ語の勉強を手伝ってくれたり、スクールでの生活でもいろいろ助けてもらったし、時々パンを分けてくれた」

「パン?」

「エマの家、パン屋なんだよ」


 ふうん、とどうでもよさそうに春佳が相槌を打つ。


「ドイツって意外とパンが有名なんだ。俺も行くまで知らなかったんだけどな」

「パンなんて久しく食べてないわね」


 何気なく呟いた。

 武田は不思議そうな顔で春佳を見る。


「春佳は朝はパン派だっただろ。それが久しく食べてないってどういうことだ?」

「女の子には色々あるのよ」

「……忍者だからか?」


 忍者のワードを出した瞬間、春佳が鋭い視線で武田を睨んだ。


「私が忍者だってこと誰にも言ってないわよね?」

「なんだよ、突然」

「言ってないよね?」

「言ってない。安心しろ」

「そう、ならいい」


 武田の請け合う返事を聞き、春佳は視線を正面に戻した。

 丁度、二人の分かれ道に差し掛かっていた。


「それじゃあ、また明日な」

「ちょっと待って」


 春佳と離れるのを惜しむこともなく武田がマンションへ向かう道へ入ろうとしたが、春佳に真剣な顔で呼び止められ足を止めた。


「うん?」

「身辺には気をつけなさい」

「は、何言ってんだ?」

「つべこべ言わずに気をつけなさい。じゃ」


 春佳は武田の間抜けな問いには答えずに、自宅への道を早足で進んでいった。


「身辺に気をつけろ言われてもなあ。何をどうすればいいんだよ」


 分かれ道の分岐に取り残されたまま武田は不得要領の顔で声を漏らした。

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