第7話 異常事態

「うっし。こんなもんかな。」


目の前にはダンボール箱が三箱あった。

それぞれ中身は水、缶詰、そしてトイレや、テントなどのキャンプグッズだった。

何故か電気、水道、ガスはしっかり通っているので、肉や魚なども腐ってはいなかった。まぁ、賞味期限を考えると生ものはもう食べれないだろうが、それは生のままの話だ。

ちゃんとお持ち帰りして燻製なり塩漬けなり保存方法はいくらでもある。

一枚2000円くらいするデカい肉や魚も箱に詰めた。


「よし、じゃあ亮二は水を持って。俺は缶詰とキャンプグッズを持って行くから。」


「え? いやいや、お前絶対持てないだろ。あそこにカートがあるからそれに入れてった方がいいんじゃね?」


「あーそっか。じゃあカート二個持ってきて。一個は水を、もう一個には食料とキャンプグッズを入れるか。」


「了解」


そう言って亮二は近場にあったカートを二つ取ってくる。

俺たちは手早くカートにダンボール箱を乗せた。


「じゃ、戻るか。行くぞ、亮二。」


「はーい。ってうわぁぁぁぁ⁉︎」


「⁉︎ どうした⁉︎」


「いや、今なんか人影が通ったから……」


「生存者っぽい挙動は? なんか聞いたとか。」


「いいや、あれは竜堂で見たゾンビ時と同じような挙動だった。絶対生きてる人間の挙動じゃないな。」


「ならまずいな……お前さっき大声出したろ? ならそいつがよってくる。警戒しとけ!」


そう言って俺は真剣を抜く。

一週間前に大量のゾンビを切り殺したとは思えないほど、刀の刃は輝いていた。

亮二も一緒に手持ちの木刀を構える。

構えて周囲を見渡していると、後ろからコンクリートの地面を歩く音が聞こえた。


「亮二、俺たちから見て6時の方向。約20メートル。お前は右側からいけ。俺は左から行く。挟み撃ちにするぞ。」


「了解!」


そう言って俺は左から、亮二は右から後ろにいるであろう敵に向かって走り出す。

俺の敵への予想はあながち間違っていなかった。が、一つ間違えていたことといえばそいつが普通のゾンビよりも犬歯が大きく、筋肉質だったことだ。

俺は真剣を構え、頭部に振り下ろす。だが、振り下ろし終える前に俺は視界の端に相手の筋肉質な拳が俺の体目掛けて飛んでくるのを確認する。


「っつ⁉︎ ⁉︎」


次の瞬間、俺はその拳を避けきれず吹き飛ばされてしまう。

流石に死ぬことはなかったが、両腕に軽い傷を負ってしまった。


「っつ……痛ってぇ……クッソ、あいつ今までの奴らとはちげぇな……」


両腕から血が流れる。

傷口は浅い。まだ何とか戦えそうだ。


「おい! 悠希! 大丈夫か⁉︎」


「あぁ! まだイケる! 亮二、下がってろ! 木刀で敵う相手じゃねぇ!」


「大丈夫かよ⁉︎ お前怪我してんじゃん!」


「……亮二、うちの家は何をやってる?」


「そりゃ、お前の家は天然理心流の道じょ……あ。」


「わかったな? だから早く下がれ!」


そう言って俺は亮二が下がったのを確認し、剣を構える。

俺の家は天然理心流の道場だ。そして、俺は長男であるために厳しく指導され続けた。今ではオリジナルの天然理心流の派生を身につけていた。

敵との距離は約8メートル。この距離だと余裕で技を食らわせることができる。


「極・天然理心流『陽炎』」


俺はそう呟くと敵の懐に入り込み、腰を落とす。そのまま敵の左の太ももから肩にかけて刀を振り上げる。彼岸花のように血が咲き、敵は倒れる……はずだった。

骨に刃が当たり、胸あたりで刃が止まる。

俺が驚いている隙をつき、敵は左拳を俺に飛ばす。


『パンッ』


亮二が護身用にと駄菓子屋から取ってきた火薬銃を打つ。

瞬間、俺の顔面に飛んできていた拳は、右頬を掠め地面に刺さる。

刀を引き抜き、敵の脇を抜け、背後に周る。


「極・天然理心流『獄扇』」


膝の裏の肉を裂き、敵の右肩を斬り上げ、空中で一回転して左肩目掛けて刀を振り下ろす。

「はぁ……はぁ」

既に緊張感は限界突破し、心臓の鼓動はうるさいくらいにドクドクと鼓動していた。


「ぅヴぁ、うぅウ」


敵は四肢がもげてもなお亮二に噛みつこうとする。

『グサ』

首筋から頭部に向けて刃を進め、トドメを刺す。


「ハァ……よし、亮二。敵は片付けた。帰るぞ。」


俺は刀を振り、刀身についた血を払う。

刀を鞘にしまい、亮二の方を振り向くと亮二はポカンと口を開けたまま立っていた。

何かおぞましいものが目の前にいるような顔をしている。

ゾンビは片付けたし……他に何かいるのか?


「……俺はお前の方がゾンビより怖いかもしれない。てか怖い。」


俺か。俺だったか。

俺は怖くないし、もっと怖い奴がさっきまでいたのに俺の方が怖いって……

どうやら亮二の頭はちゃんと機能していないらしい。


「は? 何言ってんだお前。頭ぶっ壊れたか?」


「いや壊れてはないが……俺はお前が敵じゃなくてよかったって心底思ってるよ。」


普段少し挑発したらすぐキレる亮二がキレてこない……これは本当に重症らしい。帰ったら歩に見てもらはなくては。


「そうか。まぁ、ありがとな。あそこで音鳴らしてくれなかったら俺の頭が吹き飛んでた」


「それよりなんでアイツ動いてたんだ? やばくね? 歩が立てた予想が外れた?」


そうだった。亮二の頭がおかしくなったことで頭がいっぱいだったが本題はそっちだ。

亮二の言う通り、本来ならば昼にしか動かないゾンビが何故か夜でも動いている。これは歩が立てた仮説を覆すものだ。

もし仮説が外れているのなら、俺たちは今まで以上に動きにくくなる。

しかし、歩が何度も観察、実験を繰り返して出した仮説だ。それが本当に外れるのか?

いや、今はそんなことより帰ってこの異常事態を報告することが最優先だ。


「あぁ、たしかに、アイツの予想が外れているとは考えにくい。だが動いていたのも事実。警戒しながら帰るぞ!」


「ああ!」


俺たちは急いでカートの元へ行き、警戒しながら拠点へと帰り始めた。


━━━━━━━━━━━━━


怪我で腕が痛むのを我慢し、段ボール箱を抱えながら山道をゆっくりと登る。


「おい、亮二。周りにゾンビは?」


「いないな。というかこの辺りは流石に歩たちも警戒してるっしょ。ていうか、お前腕大丈夫なのか? 血は止まってるけど痛そう……」


「めっちゃ痛い。ズキズキするわ。でも、こんなことでゴタゴタ言ってる場合じゃねぇんだ。もうそろそろ上に着く。そしたら手当してもらうよ。」


俺たちはゆっくりと山道を登っていく。その間にも出血は止まらず、血が少しずつ俺の腕をつたっていた。

山頂のキャンプの明かりを視界に捉えた時、すでに出発から3時間以上が経過していた。


「ふぅ……やっと着いた。」


腕に抱えていた段ボール箱を足元にドサッと落とす。

周囲にはもう寝ていたり、会話をしていたりなど様々だった。

その中で歩は、ベンチに寝っ転がってボケーっと上を見上げながらダラダラしていた。



「おい、歩。帰ったぞ。こっちが戦闘で両腕怪我したっていうのに、お前は呑気だな。」


「呑気な訳ねぇだろ。今後の作戦を考えてんだ。━━って戦闘⁉︎ 誰と? ていうかお前怪我してんじゃん⁉︎ 早く清水に見てもらって! 亮二は? 一緒に行動してたんだろ?」


「亮二は無傷だ。俺が戦った敵はゾンビ。しかも今までのとは格段に違う。体格も動きも。詳しいことは亮二に聞いてくれ。俺は治療を受けにいく。」


「あぁ、わかった。清水! 救急箱を持ってきて手当てしてくれ!」


遠くで矢野とイチャついてた清水が不満そうにこちらを向く。

最初は不満そうだったが俺の傷を見るなり、慌てて駆け寄ってきた。


「どうしたのこれ⁉︎ どうやったらこんな傷できるのよ⁉︎ あーもう! 矢野くん! 手伝ってくれない? ほら、あんたもこっちにくる!」


「こんな中でも矢野にべったりなんだな」


「うるさい! いいでしょ別に! そんなこと言ってないで早くして!」


そう言って腕を引っ張られながら矢野のいる方に連れて行かれる。

ブルーシートの上に座り、矢野と清水に傷を見せる。


「うわぁ……これはひどい。どうしてこうなったの?」


矢野が包帯と消毒液を救急箱から取り出しながら聞いてくる。


「ゾンビとの戦闘があった。場所はいつも食料調達に行っているショッピングモールの外。」


「待ってくれ。ゾンビとの戦闘だって? 歩君の話だと、夜、ゾンビは活動しないんじゃないのか? 実際に竜堂からこっちに移動したときに何体かゾンビは見たがどいつも僕たちを襲っては来なかったぞ。」


矢野が遮る。

矢野が持つ疑問はここにいる誰もが考えることだろう。


「確かに、今までのやつは夜には襲って来なかった。だが、俺が戦った奴は普通のやつの2倍。いや、3倍はパワーがあった。なんとか倒すことができたが、正直亮二がいなかったら今頃俺も奴らの一味になっていただろうな。」


「……あの悠希君でもダメなのか。これは作戦を見直さないといけないかもね。」


「そうだな。多分変異種だと思うけど……」


「ねぇ、さっきから私蚊帳の外じゃない?ずーっとこいつの腕の治療ばっかりやってるんだけど?」


清水が不服そうにこちらを睨んでくる。

先ほどからずっと消毒液をつけた綿をペタペタと俺の腕に押していた。


「いやーごめんごめん。背が低くて見えなかったわ。」


「は?今あんたどういう状況かわかってる?」


そう言うと清水は消毒液をつけた綿を俺の腕に強く押し当てる。


「痛ってぇ! 何すんだお前! 腕が焼けたかと思ったぞ!」


清水によって痛みが増した腕を引っ込め、立ち上がる。ジンジンする腕を庇いながら俺は清水を睨んだ。


「ふん!次同じことを言ったら弓でその腕射抜くから。」


「さ、さーせんでした……」


もと座っていた場所に座り直し、もう一度清水に腕を見せる。清水にはどうやら冗談というものが通じないらしい。


「もう消毒は終わったわ。あとは包帯を巻いたら終わり。よかったわね。傷が浅くて。これが深かったら次の駐屯地制圧作戦にあんたは参加できなかったわよ。」


「そうか。清水には感謝しねぇとな。」


「そう。私の寛大さにはひれ伏してでも感謝すべきね。」


ドヤ顔でこちらを見る。こいつの悪い癖だ。何にも言わなければいいものを一言余計に足すせいで俺の中で悪いポジションに位置している。


「今のその発言で感謝したくなくなったわ。」


「なんて? もう一回言ってみて。」


「な、なんでもないっす。」


隣で矢野がクスクス笑うなか、清水が俺の腕にグルグルと包帯を巻く。

清水に治療してもらった腕はまだ痛むものの、多少痛みは収まった……気がする。


「はい、これでおしまい。もーほんと気をつけてね。治療するのも一苦労なんだから。」


「うっす。清水、矢野ありがとうな。じゃあ俺は歩に戦闘の報告をしてくる。」


そう言って清水と矢野に一礼すると俺は踵を返して歩の方に歩いていく。歩は亮二から詳しい話を聞いていた。


「歩、どこまで聞いた。」


「一通りな。おそらく敵は特異性のゾンビの可能性がある。とにかく、今後の方針についてもう一回話し合う必要があるかもな。」


「そうだな。ま、それは明日だ。俺はもう疲れた。飯食って寝る。」


「お前なぁ……まぁいいや。見張りも交代でいるし。ほら、これ食っとけ」


そう言って歩は先程俺たちが運んできたダンボールの中から鯖の味噌煮缶と缶パンを俺に向かって投げてきた。

それをうまいことキャッチした俺はそのままベンチへと向かう。

一度缶詰をベンチの上に置き、俺は歩の目を盗んでタブレット端末を持ち少し山を降りる。

タブレット端末を起動し、俺はレポートを書く。非常事態の為、内容は簡潔に書いた。

前回とは違い、特に足音等も聞こえずに10分もかからずに書き終えることができた。それを本部に送信してまた頂上のベンチに戻る。

ベンチに戻ると、そこに俺がもらったはずの缶詰が姿を消していた。


「おーい、歩ー。ここに置いといた俺の缶詰知らないかー?」


近くでまだ作業をしていた歩に缶詰の行方を聞いてみる。

すると、振り向いた歩の顔に鯖の味噌煮の破片がついていた。


「んあー?いや、お前がどっか行った間に食ったぜ。10分も放置してたんだしいいだろ。」


「あのなぁ……お前、置いてある人の物をとんなよ……」


「いや、10分もお前に見捨てられた缶詰の気持ち考えたか? 可哀想すぎるだろ! だから俺が缶詰を食べたんだよ! 可哀想だったから!」


歩が必死な顔でこちらに訴えかけてくる。こいつがこんな顔するのは大体自分の意見を押し通す時だ。

絶対にその手には乗らんぞ。


「そう言って自分が人もん食べたこと正当化するんじゃねぇ」


「ケチだなぁ……」


歩がぶつぶつと文句を言う。

歩はここ最近ずっとみんなのために作戦なんかを考えていたりしていた。周りから見たらただベンチの上で唸っているだけの人間だが。

しかしよく考えたらこいつがいたおかけで色々事が早く進んだのはある。と、いうか俺だけだったら絶対に進まなかった。

感謝の意を示すためにもここは一回引くか……


「まーわかったよ今回は普段のお前に働きに免じて許してやるよ。じゃ、おやすみ」


「おやすみー。……チョロw」


最悪だ。最後になんか聞こえたがもう聞かなかったことにしよう。それがいい。

俺は歩になんのツッコミも入れず、ベンチの上に横たわる。

明日、俺たちは生きているのだろうか。俺はそんなことを考えながら目を閉じた。


━━━━━━━

緊急事態 変異種の確認


本日11時ごろ、夜間に動くXP感染者を確認。これは今までに見たことのない事例である。

その感染者は他の感染者とは違い、尋常じゃないパワーを持っていた。

我々は変異種と推測。


なんとか倒すことはできたが、相当苦戦した。

そちら側も十分に警戒しておくよう。


また、変異種の正体も掴め次第報告を求む。


また、進展があり次第連絡する。


以上



━━━━ WUAO 日本支局抜刀課 5番隊隊長 浅井悠希 ━━━

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る