第5話 レポート

 暗闇は古来より人に恐れられてきた。

 それは、夜行性の肉食獣から身を守るため。

 それは、視界が悪く怪我をするのを防ぐため。

 夜を寝て過ごすのは、自分の身を守るためであった。

 しかし、先程の例は全て、“夜より昼の方が安全”な場合に限ったことである。人間が生きていく上で、サバンナの中だったらそれは夜の方が危ない。

 さて、今の状況は?

 夜の方が圧倒的に安全だ。昼はゾンビが活性化し、味方が敵になると言う異例の事態。

 そこで俺たちは、人がいる平野を離れ、山で暮らす決意をした。

 今はその山に昔建っていた、山城の跡地に向かっている。

 その山城の名は鳶ヶ巣城とびがすじょう

 この山城は戦国時代に実際に使われていて、一国一城が発令されるまでの間、ずっとこの山を守り続けていたいわば守護城的存在だった。


「なぁ、鳶ヶ巣城なんて何年も前に城跡になったんだろ?なんで今更あんなとこなんだ?別に他の山の中でもいいだろ。」


 亮二が不意にそんなことを言い出す。


「は?古の知恵舐めんなよ?戦国時代に実際に使われていた城だぞ。それなりに立地も考えられて建てられている。それに変なところで拠点を立てても迷子になって逸れるのは目に見えてるだろ。」


 歩が返答する。

 その答えはもっともだったが、少し声が大きかった。

 音に反応するゾンビに聞かれたら囲まれてジ・エンドだ。


「おい、いくらゾンビが行動していないからって喋りすぎだ。奴らは音で反応する。もしこの会話に反応して囲まれたら流石に勝てない。それがわかったら少し黙ってくれ。」


「あ?あぁ言ってなかったか。こいつらは植物と同じだ。反応して場所が分かっても光合成しなけりゃ動けねぇよ」


 歩が割と、いやかなり重要な情報をさらっと告げる。


「で、でも昼のエネルギーを貯めてたら…」


「呼吸に使ってるよ〜」


 即答。

 そこまでの情報をどうやって集め

「たかっていうと、清水に頼んで血液を採取してもらってポケット顕微鏡でチラッと見た」


 ……また心を読まれた。

 もはや思考にまで入ってくるの怖すぎだろ。

 というか、清水も清水で躊躇なしかよ。


「いやー清水も躊躇はしてたけどまぁ取ってきてもらったよ」


 ……もうテレパシーの能力者じゃん。

 歩の説明でみんな安心したのか移動の間、会話に花が咲いていた。


「なぁ、今更なんだがお前はなんでゾンビに対して恐怖心を抱かなかったんだ?」


 歩が亮二と同じことを聞いてくる。


「いやーなんかさ、ゾンビ映画とか見まくってたら恐怖心より好奇心が優先されちゃって……」


「ほーん」


 歩が含みのある返答をしてくる。何かを怪しんでいるようだ。


「なんか怪しげな目でこっち見てんな」


「いーや。別になんでもねぇわ。てか、もう着くぞ。」


 木々が生い茂る山の中、正面に少しひらけた場所が出てきた。

 ここが、北山の山頂に位置する鳶ヶ巣城。

 備え付けてあったベンチに座ると、出雲市を一望できる。近くのは木造の小さな小屋もあった。


「うん。ここならあいつらも登ってこないだろ。」


「よし。ここに拠点を張るか。俺はブルーシート敷いとくから、悠希たちは木材集めてきて。万全の状態を築いてから駐屯地攻めるぞ。」


 歩が着いて早々、バッグに詰めてきたものを取り出しながら指揮を取り始める。

 取り出したのは、人数分の毛布とブルーシート10枚。


「悠希、お前はこのブルーシートをここのあたり一体に敷いといて。俺は寒がってるみんなに天使の羽衣を渡してくるよ。」


「なんだその言い方……まあいいや。じゃあよろしく頼むわ。あ、後食料もよろしく。」


「へいへーい。」


 歩は俺に手のひらをひらひらさせながら近くの小屋に集まっているみんなの元へと行った。

 俺も素早く作業に取り掛かる。

 ブルーシートを広げ、近くにあった大きめの石で固定していく。


「……ざっとこんなもんかねぇ」


 作業を始めてから30分後。全てのブルーシートを敷き終えた。


「おーい。歩ー。終わったぞー」


「おーお疲れさん。みんなお前が敷いたところから順番に上がってあーやって雑魚寝してるぜ。はい、コーヒー。」


 そう言って歩は俺の大好きなブラックコーヒーの缶を渡してくる。


「ん。あぁ、サンキュ。てか、どこでこんなん手に入れてきたん?」


「職員室に何か使えるものがあるか探しに行った時にたまたま見つけてよ。お前が好きなん思い出して掻っ攫ってきたわ。」


「なるほどね。てか、なんか使えるものあったの?」


「ないんだなーこれが。山の中だからパソコン持っていこうにも使えずによ。結局ライトと地図。後クマ避けの鈴とかだけ持ってきた。」


 チラリと、歩夢のカバンの中を覗いてみる。

 中にはたしかに懐中電灯と地図。そして単3電池が何本か入っていた。


「じゃ、アニメや映画みたいにチェンソーやらはなかったってわけだ。」


「そゆこと。てか、チェンソーなんてあってもあれ映画の中だけだから振り回せれるわけないじゃん」


「それもそうだな。じゃあ、俺はやることがあるんで。歩、お前に今日は助けられたよ。ありがとう。おやすみ」


「へいへーい。この借りは俺たちの生存で返してくれー」


「また借りを作らせて……そういうとこやぞ。」


 そう言い残し、俺は隠し持っていたタブレット端末を手に、足早に物陰に身を潜める。


「さて、今日のレポート書きますかね。」


 タブレット端末を起動させ、メモのロックを解除し、レポートをまとめる。

 黙々とレポートを書いていると、後ろから木の枝が折れる音がした。


「!?」


 俺は焦って後ろを振り向く。が、そこには雑魚寝をしているクラスメイトたちの姿しかなかった。


「なんだ……歩じゃなかったか……」


 歩にレポートの内容をみられてないことに安堵し、再びレポートを書き始める。

 レポートを送信すると、今日一日の疲れがドッと体を襲ってきた。


「ふぅ……疲れた。夜の間はゾンビは絶対に襲ってこないし、安心して寝よっと」


 そう言って俺は歩からもらった毛布にくるまってゆっくりと眠りに落ちていった。




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 レポート

 20201201 0037


 昨日1130午前11時。謎の怪物(以下、XPと呼称。)と接触。

 なんらかの条件を元に人がXPに変化していると推測。

 また、映画等に出てくる「ゾンビ」とは違い、夜の行動できなくなることから植物と同じような組織を持っていると推測。


 XPは、No.8と特徴が類似。

 しかし、XPの弱点が頭部であることを確認。

 No.8と親密な関係はない可能性が浮上。




 また、私と行動をしている者たちはヒロシマに行くと主張。

 ヒロシマ支部へ行くよう誘導している。

 ヒロシマ支部に私の原隊を生き残っている者達全員を集めるように要請。

 四週間以内には必ず現着。

 現着しなかった場合、即時5番隊を解散。



 また、現着と同時に新たに「出雲抜刀隊」を編成。

 メンバーはこちらの人間と私の原隊の生き残りで構成。




 そして、私と行動を共にしている、「斉藤 歩」「矢野 日向」「清水 真弓」「真柄 翔」らをWUAOの公式職員に推薦。及び、「斉藤 歩」のWUAO研究科第三班構成員に推薦するものとする。

 こちらも現着と同時に公式の手続きを済ませるものとする。


 我々はネットワークが存在しているうちにわかっていることを最大限そちらへ送信する。

 そちらの研究班でXPの解析及び、解明を早急に願う。


 進展があり次第、随時報告をする。



 以上。



     ━━━━ WUAO 日本支局抜刀課 5番隊隊長 浅井悠希 ━━━

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