成人式と私
穂麦むぎ
成人の日
携帯から目を離してのびをしつつ顔を上げる。
せっかくここまできてなぜ私は独りなんだろう。
ザ・陽キャたちがステージの上に掲げられたきれいな「成人式」の文字のよこで楽しそうに記念撮影をしている。
周りの席を見る。
残念ながら、声を掛けられる範囲には誰もいない。
少し離れたところで、なんとなく見覚えがある顔が何人かで談笑しているが、わざわざ席を立ってそこに行くのは気が重い。
誰かとここまでくればよかったなとは思うが、同じ高専に通う男と待ち合わせをして会場の前で落ち合ったところまではよかったが、すぐに中学のときの仲間達の間に消えていってしまった。
はぁ、きょろきょろさせていた視線を前に持ってくる。
すると、さっきまでステージのまえで撮影会をしていたグループが真ん中の通路を通って移動していた。
一人ずつ顔をうかがってみるが中学校から全く会っていないのと、化粧がかなり濃いのとで誰なのか予想をすることもできない。
だが振袖の集団の中で1人だけ、赤いドレス姿に薄い緑色のストールという姿で目立っていた彼女に、ちょっと見惚れてしまった。
オリーブネックもあってストールの間から覗く肩がエロい
パチっ
「あっ、、、」
一瞬の過ちに「やっちまった」というわかりやすい顔をしてしまう。
むこうは一瞬驚いたような顔をしたがすぐに表情をなくしてとなりのともだちになにか告げると、ツカツカとこちらにやってきた。
振袖とは違ってボディラインがはっきりとでるその姿を観察しているともう話せる距離までやってきていた。いつのまにかくだけた表情になっている。
「陸翔(りくと)、こっち見すぎ」
彼女は肩を突くようなしぐさをしてなじる。
久しぶりに下の名前で呼ばれたことが懐かしく、永遠に思えた独りの時間が終わったのがうれしい。
「えっと、、、きれいだね」
と、声を振り絞って返す。
彼女は、吹き出すように笑う。てとてととその場とまわってみてくれる。
自然と立ち上がっていた私は、その行動に甘えてじっくりとその美しい容姿を観察させてもらう。
彼女こと、来海麻衣(きうみまい)さんは、私白上陸翔(しらかみりくと)と小学校に転入してから中学卒業までの6年間が同じクラスだっただけのふつうの同窓生だ。しかしちょっとくらいは思い入れがある。彼女はきょうヒールを履いているせいでちょっとだけ私よりも背が高くなっている。
彼女が着ているドレスは朱色を基調にした和柄で、足元から腰にかけて黒紅で川が表現され、優雅に水辺で羽を伸ばす鶴、空を優雅に舞う鶴たちが刺繍されている。凄くかっこいい。さらに、オブリ―ネックが大人っぽさを引き立たせている。残念ながら、若葉色だろう厚いストールが肩を覆っているのでその肌色を拝むことはできない。若葉色も様になるものだな。
さて、彼女のアピールタイムも終わり、今度は私が感想を言う番である。感想をがんばって伝える。
「・・・すごく、似合ってるよ。」
彼女はこの言葉に「、で?」という顔で返してきたので、先の感想をしどろもどろに話す。
どうやら満足してくれたみたいですぐそばのパイプ椅子に腰を下ろした。それを見て私もさっきまでいた席に座る。
一瞬の沈黙
おたがいに顔を見つめあう
私は彼女が歩いてきたときから聞きたかった質問をすることにした。
「結婚・・・した?」
「まぁ、、、ねぇ~」
おずおずと彼女は照れと幸せと惚気が溢れているようなにへら顔で答えた。いわゆる”おずデレ”である。
「マジか、、、」
「えへへ」
「いつ」
「いやぁ~」
「・・e?」
「ねぇ~」
彼女は私の質問に対してへらつくばかりで一向に話をしようとしていない。
私は前列の椅子を蹴り飛ばしたい衝動が溢れそうになるところをクソでかため息でごまかす。
彼女の回答を見つめながら待つ。
まだまだ顔は緩みっぱなしだが、ゆっくりと惚気話が始まった。
――って感じでさぁ~」
「なるほどぉ~」
どうやら彼女の旦那さんは高校からの同窓生で高1の夏から付き合い大1で永遠を約束して彼女の20歳の誕生日に入籍したらしい。さらに旦那はかなりの高スペックらしく高校ではバレーを全国に連れて行ったそうだ。実在するのか?そんな人間。
お互いの近況報告を終え、私はもっと話せないかなと思っていた。
しかし、腕時計をみると彼女と話し始めて十分くらい経とうとしていて周りを見ると人もだいぶん増えたようだった。話もひと段落ついたしほかの同窓生に会うのも考えるとここらへんでおひらきだろう。
「あんたさあ、きょうはどうするの」
おそらく同窓会やらのことだろう、私はちょっとだけ考えるふりをして
「配信を見ながらお酒を飲むかな。家で、独りで」
と答える。私が同窓会で独り酒を煽る様子を見越しての英断である。
「・・・まじ?」
「おん。」
「うわぁ~。ヤバ、、、。せっかくの機会なのに。」
「まあ、その、話したいひともいないし、話したいこともないし」
「私はもっと話したいことあるけどな。あー。残念。」
「それはありがたいけど・・・もう断ったから。」
「じゃあ、サシ飲みしよ!う~ん。そうだな、相談のるよ!恋愛の。既婚者の私が直々に」
「それは―相談って。恋バナなんてにやり方わかんないよ。」
「恋バナするかはさておき、どうする?」
「――っ、お願いします。」
「よしっ決まりぃ!じゃあ何時からにする。あっ、連絡先交換しとこっか」
携帯を取り出して連絡先を交換すると、話はどんどんと進んで19時半にカフェで落ち合うことになった。
一軒目は私が選んだ。浮いた話にはブラックコーヒーが最適だろう。
そのあとは、彼女の親の知り合いが経営をしているバーに連れて行ってくれるらしい。
「バーか、あんまり行ったことないな」
「ハタチになったばっかりでそういうところに行き慣れてるほうが怖いよ」
「大丈夫かな」
「そんなに気にしなくても、なんとかなるでしょ」
「なんとかなればいいけど」
「じゃあ、またあとでね」
「おう、よろしく」
彼女はそう言って席を立つと女子のグループに姿を消していった。
それを見送った私は、また辺りを見回して中学で仲良くできていたと思っているグループに向かった。
―――
いつもは砂糖とミルクを入れて飲むコーヒーをきょうはブラックでもらう。
カウンターのお姉さんは表情を変えることなく渡してくれたが、そのときに「待ち合わせ?」と近くで言われてしまって、私は「まあ」と苦い顔で返した。
このカフェは有名な観光スポットにあって、落ち着いたおじさまおばさまもおおいがカップルがよく利用しているように思う。ここ以外のカフェはほとんどいかないからわかんないけど。
まあ、暖色系の照明で雰囲気がいいし、街道の途中にあるから休憩にもちょうどいい。ほんとにいいデートスポットだ。
私はひとりでもたびたびきているし、たまに友達とはなすときにもここを選んでいる。
カランコローン
手を挙げて彼女をまねく。彼女は流れるように私のとなりに落ち着いた。
「ここってホントカップル多いよね~」
「わかる」
「あらあら、あなたたちもカップルじゃないの」
「ちょっと、私もう結婚してるひとがいるんですけど」
「冗談よ、冗談。あなたが結婚したって話も聞いたし」
「きょうは、こいつの恋愛相談にのってあげるんですよ。」
そう言って、麻衣は私の背中をたたく。お姉さんは小さく笑うと麻衣の注文をとっていった。
コーヒーがくるまでのあいだ、彼女のプロポーズされたときの話を聞くことにする。
同い年の現役大学生の告白はいったいどんなものなんだろうか。
デュズニーランドでの告白なんてあらゆる乙女の理想なのではないか。
彼女は一度空を仰ぐとかみしめるようにして話始める。
「――クリスマスのデュズニーランド、カップルで手を放してしまうとすぐに離れ離れになってしまいそうだ。きゅっとつながれた手に力を加える。彼もそっと握りなおしてくれる。
彼にひっぱられてシンデレラ城を眺めることが出来る湖の端についた。ライトアップされたシンデレラ城がきれいだった。
カップルがこの場所のすきを狙っているのもわかっている。ここに来ればなにがおきるのかも。タイミングがよかったのか、2人の会話を聴けるような距離にだれもいない。彼がここに膝をついてもだれの迷惑にもならなさそうだ。
彼はどうしてわたしをここにつれてきたんだろう。期待と違ったときのギャップが怖いからそんな問いを考えてみてもやはり期待してしまう。そんな複雑な思いのままに彼の顔を見上げると、彼は顔を赤く染めていて、手もかすかにふるえているようだった。わたしはとっても穏やかな気持ちで彼に一歩近づいた。――」
なるほど、彼女の語るシンデレラストーリーに彼女の旦那さんを感心する。女だったらだれしもあこがれるようなシチュエーションだなとも思う。私も女だったら、、、なんて。
「あんたには無理そ~」
麻衣はからかうようになじってくる。いや、からかっている。
「完敗だよ。あと10年は勝てないかも。」
私は旦那を褒め、彼女は旦那の自慢をしているとカップは空になった。
―――
バーはさっきのカフェよりもっとうすぐらくて大人っぽい雰囲気だ。
実はこんな本格的なバーにくるのは初めてな私は、かなり緊張している。
彼女にならって席に座る
彼女がカウンターの一番奥で私がその隣だ。
すぐにバーテンのお兄さんがやってきた。
「かなとさん、注文いいですか」
「麻衣さん、こんばんは。おうかがいします」
「彼にホワイトルシアンを、私にはトムコリンズをお願い」
「かしこまりました」
彼女とバーテンの華麗なやりとりが私は彼女がずっと年上のように感じれた。
「一杯目はお祝いだから。」
「あ、ありがと。」
「ひとを見る目だけは天才だから」
彼女にそのコツなどを習いながらカクテルを待った。カクテルの名前を聞いただけではさっぱり味も色も予想できなかった。
「かなとくんが私の旦那かもね」
「えぇ・・・」
かなとさんのほうに驚いて目をやると彼はグラスをこちらに運んできていた。
「おまたせしました。」
かなとさんがグラスをならべる。そのロックグラスををしげしげとながめる。黒いお酒の上に白いクリームがきれいに浮かんでいる。甘いコーヒーの香りを感じる。
彼女が私の横からステアして声をかける。
「かんぱい」
「かんぱい」
私は特に気にしなかった、お互いにふわりと掲げる。
カフェオレのようで素直に美味しいと思った。だけど、のどを通るときに度数の重みを感じた。
まろやかでどんどんと口に運びそうになるそれをこらえて、彼女と話の続きを始める。
ちょっとすると、かなとさんが新しいカクテルを持って私のもとにやってきた。ちょうど私のグラスも空きそうだった。
「おまたせいたしました。バージン・チチです。チェイサーを挟むともっと楽しめますよ。そのつもりですよね、麻衣さん。」
「酔いつぶれられてもめんどうみれないから」
バージン・チチは、パイナップルの酸味とココナッツミルクの甘味が絶妙でいくらでも飲めそうだった。
おたがいに知っている同窓生のことを話しながら酒を進めていく、ソフトドリンクを挟みながら飲んでいるからか、かなり飲んでいるのに平気でいられている。2杯目からは、かなとさんのおすすめを持ってきてもらったりした。カクテル初心者の私にはどれも新鮮でおいしかった。
「陸翔ってさ、変わったよね」
「そう?」
「なんか別人と話してるみたいだよ」
「そうかな、自分じゃわかんないや」
「なんか落ち着いてるっていうか。勢いがなくなったっていうか。なんか。ねえ、元気?」
「体調は万全だけど。というか中学校から5年も経ってるんだからおたがい変わってて普通なんじゃ」
「それは外見とかでしょ。あんたは、、、外見もめっちゃ奇抜になってるけど、内面のギャップがありすぎるよ」
「そんなにかな」
「高専でなにがあったり、した」
「いや、(精神科に行ったり、お薬飲んで気分を落ち着けたりするようになったくらいで)特には」
「う~ん」
彼女は首をかしげる。
「時間が止まったような感覚になることってある?」
「それって、どういう」
「え~っと、ぼーっとしているような、何も変わっていないような、時間だけが進んでいる様な感覚になるみたいな」
「お風呂に入っているときみたいな?」
「それかも」
「どういうこと、」
「なんかそういう感覚になること多かったときがあってさ。んで、また時間が進み始めたって思った時からかな。今の私みたいな感じになったの」
「ふ~ん、まああのまま大人にならなくてよかったね」
「早めにおちついたからよかったよ」
「なんかよくまだわからないんだけどさ、たぶん今のほうがいいよ」
「私もそう思う」
彼女はグラスを持つ、それをみて私もグラスを握る
そっとグラスをかかげた。
「いまの自分を忘れないようにしなよ。戻らないように」
「いつも気を付けてるよ」
「いまの陸翔ならすぐに結婚できそう」
「――ありがとう」
一気にグラスを空けて、目を合わせる。二人で小さく笑いあった。
彼女の女の口説き方講座は楽しかったしためになった、、、と思う。話しかけ方、話の内容、隙の見つけ方や作り方、あとファッション。終始穏やかな時間だった。笑いあったりからかいあったり、ふざけたりと中学校のような若さと幼い大人っぽさがあったように思う。
――時計に目をやるともう夜が遅くになっていた。タイミングもいい感じだったのですんなり帰ろうかという話になった。彼女は彼氏に連絡を入れる。いまから迎えに来るそうだ。こんな夜遅くに迎えにきてくれるなんてほんといい男だな。
個々に会計を済ませた後、揃って外へ出る。空気は刺すように冷たかったが酒で温まったからだがそれを跳ね返してくれた。
さっき彼女は、いまぐらいならちょうど暇してる同窓生もいるだろうから連絡してみようか、と提案してきたりしたが、私はさっさと帰ることにした。
ほどなくして彼女の旦那はやってきた同窓会に行ってきたみたいで歩きだった。麻衣が私を旦那に、旦那を私に紹介する。旦那さんは私よりも数倍大人っぽい雰囲気で優しそうでかっこよかった。ファーストタッチは軽やかな挨拶と握手で短く終わる。
「じゃあ、またね陸翔」
「また会おうね麻衣さん」
二人は手を握って背を向けて歩き出した。
彼女は数歩いったところで半身を向けてこっちに投げキッスをしてきた。私は吹いてしまったが胸の前で小さく手を振って見送った。
見送りが済んだあと、私は大きくのびして帰路に就いた。
成人式と私 穂麦むぎ @neoti_2020
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