D-アノン・ミュージアム

シューギュ

もものはな

「SNSで太宰を悪遊戯(おちょくる)と、ミュージアムが襲来(く)る!?」

授業の終わった帰り道。なんだそりゃ? と叫ぶ葉蔵に、僕はチャットアプリで画像を送信した。

「教科書にも載ってる太宰治の故郷に、そんな施設があるんだってさ。そこではSNSで流れてくるつぶやきを『太宰』とかのキーワードで選び出して、モニターに映しているらしい」

通話越しに説明している間、葉蔵は相槌を打つ声が聞こえる。

「あー、なんか知り合いが言ってたな。『だから、太宰でBでLな妄想をするときは最新の注意を払わなきゃいけないのよ!』って」

「うん。過去の文豪をキャラクター化した漫画が、アニメになった時はその話で散々界隈が荒れたらしいね……」

口調を真似たつもりなのか、音声通話している葉蔵はいつも通りの大きな声を高めの音程で誇張して話している。その、腐女子(かのじょ)にとって敵性存在(かいしゃくちがい)の勢力に聞きつけられたら炎上&叩き(がっきゅうかい)待ったなしの発言であることに気づいているのだろうか・・?

心配でこちらはヒヤヒヤしてるのだが、当の本人は全く気にせず、湯田〜? どうした?? と屈託のない笑顔で、急に黙った僕に話を急かす。

「誰も聞いてねえから安心しろって。で? トウキョーよりずっとに遠くにあるはずのミュージアムが、なんでこんな田舎に襲来するんだ?」

僕は仕方なく話を続ける。

「うん…ここからはもっと、ホントかウソかもわからない噂話なんだけどね…『太宰治の印象を著しく悪くした奴らを取り締まる』ための、過激派じみた集団がいるらしいんだ」

葉蔵は相当困惑したようで、ポカンと喋らない長い間が発生していた。

「…湯田、それマジで言ってるのか……」

「………」「……」

しばらく無言の、かなりいたたまれない黙りあいが発生した。

「いや! そんな筋書きの無茶苦茶な小説を、最近読んだんだよ!! いや〜やっぱ、シャレにならないよねぇ。面白くないし、あはは、は…」

古くからの親友の印象とは違う、真剣で冷ややかな声に。僕はとっさにそんなデマカセを言った。

葉蔵はそれを聞いて心底ホッとした顔で、

「そっかーーーー。お前はそっち側じゃ、ないんだなーーーーー。よかったよかった。名前だけで『駆け込み訴へ』みたいに、主を裏切ると、決めつけなくてよかったよ」

「そのネタもう何回めだよ。ユダの話は別に太宰治でなくたって、書いてる人はたくさんいるだろうに」

「いーや、あの作品が、1番の出来さ。葉蔵の出てくる『人間失格』も悪くないけどな。ところで湯田、そのはなし…他のやつに喋ってないなら、あんまり言わないほうがいいぜ。いくらフィクションでも、実在の施設を貶めるのはあぶねーからな」

「うん、わかった。それじゃあ」

「じゃあね〜♪」

そういって「俺」は通話を切る赤いマークをタップした。

「さて。俺たち『Dazai-アノン』のことを探った落とし前、払ってもらおうか?」

目の前には椅子に縛り付けられ怯える「太宰毀損者」の口につけられたテープを剥がす。

とはいえ、そいつは俺が真似たのより数段高い音程で、俺たちは何者だの、なにも描かないから許してくれだのと捕縛テンプレなことしか言わなかったのでとっとと『作業』に移ることにした。


「ただ、一さいは過ぎて行きます。自分がいままで阿鼻叫喚で生きて来た所謂『人間』のせかいに於いて、たった一つ、真理らしく思われたのは、それだけでした。ただ、一さいは過ぎて行きます。」

作業がおわり、「太宰毀損者」を「展示品」にしたところで、俺は同志とその場を後にした。



後日、僕はいつになく早起きできたので、いつもは見ない時間帯のニュースを見た。

「D-アノン」と名乗る、猟奇殺人者がとうとう、うちの学生に手を出したらしい。

Dが何の略かは報道されていないが、「生きたまま切り裂いた遺体の中に、桃の花を詰めて、川に水没させてあった」という手口に気分を悪くし、すぐさまチャンネルをかえてしまった。


「葉蔵のやつも、嫌な思いしてないといいなぁ」

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D-アノン・ミュージアム シューギュ @syugyu1208

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