藍斗は『なんでも屋』に行く
藍斗は『なんでも屋』を訪れた。『なんでも屋』とは、その名の通り、店に来た人の欲望を何でも叶える店だ。店主のムゲンは、面白いから色んな人間の事情に首を突っ込んでいるだけで、相談主が幸せになろうが、破滅しようが、面白ければどっちでもいい、というヤバい男だ。
藍斗が店に入った瞬間、ムゲンは藍斗を上から下まで眺めると、吹き出した。ムゲンは、椅子に座って、カウンターに足を乗せている。
藍斗は不愉快そうに顔を歪めたが、何も言わずに、いつものように、ムゲンの正面の椅子に座った。目の前に足があるが、いつものことなので、もう慣れた。
「藍斗、お前、なんか杏哉みてぇだな。あ、もしかして、ラブラブなの?」
「やめろ、気色悪りぃこと言うな」
ニヤニヤしながらからかってくるムゲンに、藍斗は大きく舌打ちした。
「えー? ちがうの?」
「ちげーわ」
「んじゃ、なんで、同じような、つーか、同じ服着てんの。お前が黒い服以外を着てんの、制服以外で初めて見たんだけど」
「あいつが、服買ってきた。俺の服が真っ黒で気に食わないんだと」
ムゲンは「なるほど〜」と納得した様子だ。ムゲンは脚を下に下ろすと、机に肘をついて、にやつきながら、藍斗の顔を見た。
「で、今日は何しにきたの?」
「バイトまでの暇つぶし」
「今夜?」
「ああ」
「まだ3時だよ。……ああ、なるほど。機嫌が悪い杏哉に捕まる前に、家を出てきたのね。そっかそっか。杏哉のバイトもうすぐ終わるもんね」
ムゲンは全てを理解したようだ。杏哉の連休中のバイトは今日で最後だ。つまり、バイト中に溜まったストレスが全て藍斗にぶつけられるということ。
「ああ、ノアからの仕事あるから、会うのは困る。ぜってー、めんどい」
「今日の仕事は何?」
「そこら辺のバカどもの掃除」
「殺し?」
「いや、ボコして、縛る」
「お前くらいだもんね、殺さないで捕まえられるやつって」
「ほんと、なんであいつら、殺さないことができねぇんだろな。手加減出来ねぇバカなのか?」
藍斗以外の、ノアからの仕事を受けている数名は、殺さず捕まえることを苦手としている。倫理観というか、人として大事なものが何か欠けている、なんて思っている藍斗も人のことは言えない。そもそも、ノアの仕事を受けている時点で、倫理観が欠如していると言っても過言ではない。
「あいつらは、手加減できねーバカじゃなくて、ついついヤっちゃうバカだろ。アイツらは殺ししか出来ねぇバカ。つまり、殺しをしない俺は、天才! ってことだよな」
「うるせー。お前も同じだ」
藍斗は、なぜか自信満々のムゲンをバッサリと切り捨てた。ノアに仕事を頼んでいる時点で、ムゲンも同類である。
「だいたい、お前が殺しをしない理由って、汚れるからとか、後処理めんどー、とか思ってるからだろ。あと、お前は、人に頼んで殺してるから、アイツらとかわんねぇだろ」
「そーかな? 俺、直接手出してないよ」
「はいはいそーですか。んなことより、服あるよな」
服とは、藍斗がいつもバイトのときに来ている真っ黒いフード付きの服である。喧嘩を売る先に顔を見られたら、後で大変なことになるのは目に見えているから、フードでしっかりと顔を隠して仕事に臨む。相手が生きているというのは、殺しではないことによる最大のデメリットだ。
「あるよー。洗ってもらっといた。フードあるのに帽子までかぶるって、顔そんなに隠したいんだね」
「そりゃな、殺されるのはごめんだ」
「えー、死にたがりの藍斗くんが?」
ムゲンは意外そうにしている。
「死にたがりっつーか、生きるのが面倒なだけだ」
「変わんなくない? 殺されてラッキーじゃねぇの?」
「誰かに殺されるとか、ムカつくだろ。ケンカに負けるのは嫌いだ。殺されるくらいなら、自分で死ぬ。つーか、自分で死ぬ以外の方法で死にたくねー」
「へー、よくわからん」
「だろーな。死って概念がねぇお前には、わかんねぇだろうな」
藍斗は、椅子から立ち上がった。
「俺、あっちの部屋にいるから、時間になったら呼べ」
「何時」
「あー、8時に起こせ。もし、万が一、杏哉が来ちまったら、帰ったら思う存分付き合ってやるから、我慢しろって言っとけ」
「へー、いいんだ。杏哉が満足するまで付き合ってやるなんて、優しいねぇ」
「別に優しくねぇよ。杏哉のためじゃねぇ、俺のためだ。じゃ、寝るから、ちゃんとおこせよ」
そう言うと、藍斗は奥の部屋に入っていった。
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