回想:カフェ『約束』を初めて訪れた日
高校一年。3月。杏哉と藍斗は『約束』を初めて訪れた。若い女性で溢れる店内を見て、二人は帰りたくなったが、杏哉はなんとか我慢して、嫌そうな藍斗の腕をつかんで、店に入った。
若い男性が一人、カウンターの中で料理を作っていた。いかにも好青年といった感じで、爽やかな笑顔で客と会話をしている。藍斗は、その顔を見て、数年前の出来事を思い出した。中学2年生になったばかりのころ、喧嘩をした後に話しかけてきた胡散臭い青年と、目の前で料理を作る好青年が重なった。
「なあ、杏哉」
「うん。わかってる。そういえば、この店の名前言ってたね」
「店出ねぇ?」
「いや、もう遅いよ」
藍斗が青年の方に目を向けると、彼も藍斗の方を見てニコリと笑みを浮かべていた。藍斗はため息をついた。絶対に面倒なことになる。
「いらっしゃい! そこの2人、カウンターちょうど2席空いてるから座りな」
杏哉に腕を引かれるがままに、藍斗は椅子に座った。椅子に座ってもなお手を離さないので、杏哉の腕を振り払った。
「久しぶり。やっと来てくれたね」
「しょうがなくだよ。名前、なんだっけ?」完全なる作り笑いで対応する杏哉。
「ノアだよ。忘れられてたか。残念。君たちの名前は?」
「オレが杏哉で、隣のやつが藍斗。一応恋人同士だよ」
「そうなんだ。そんな風には見えなかったな。そういえば、何食べる?」
「なんでもいいよ。ノアのおススメで」
「わかった。ちょっと待ってて」
一見、仲良さそうにイケメン同士が話しているように見える。だが、二人の裏を知っている藍斗は、作り笑い同士の地獄の会話だと感じていた。藍斗は関わりたくないので、無言を貫いていた。
「藍斗くん、ひさしぶり」
「きも」
藍斗は思わず口に出してしまったが、ノアは気にせずに、会話を続けた。
「来てくれないと思ってた」
「お前には関係ねぇ」
「そっか。たしかにそうだな。ゆっくりしてってね」
藍斗は小さく舌打ちをして、杏哉に小さな声で話しかけた。
「なあ、もう帰ろうぜ」
「だめ。ちゃんと何か食べてから帰らないと。
杏哉の言う通り、このカフェを訪れる客の中には、ノア目当ての人も少なくない。お近づきになる機会を虎視眈々と狙っているハイエナも多い。そういう、いわゆるガチ恋的な人たちから反感を買うと、ろくなことがない。
「今すぐこの場を離れてぇ」
「まあまあ、我慢ね」
「何二人でこそこそ話してるの」
小声で話していると、ノアが首を突っ込んできた。
「なんでもないよ。気にしないで」
やんわりと拒絶を示す杏哉に気にせずノアは話しかけた。藍斗はもちろん無言だ。
「そんなこと言うなよ。もっと仲よくしよ。あ、そうそう。これ。見といて」
ノアはそういって一枚の片手におさまる程度の紙きれを杏哉に手渡した。そこには、『閉店後 いい話あるから』とだけ書いてあった。杏哉は藍斗に紙きれの文字を見せながら、ノアに話しかけた。
「ノア、いいバイト知らない? 最近探してるんだよね」
「知ってるよ。あとで教えるね」
「というわけで藍斗、付き合ってね」
「拒否権は?」
「ない」
「だろうな」
藍斗は諦めたようにため息をついた。
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