大量の友達がいる杏哉

 杏哉には友達が多い。これは周知の事実である。今日には男女問わず、多くの友人たちがいる。常に杏哉の周りには人がいる。彼らは口を揃えて言う。「自分は杏哉の友達だ」と自慢げに。


 朝。杏哉が大学に行くと、すぐに誰かに話しかけられる。隣にいる真っ黒な服に身を包む藍斗なんて目に入らないと言った様子で。実際、眼中にないのは確かだ。だって、藍斗のような愛想が無くて暗いやつなんて杏哉の興味を惹くわけがないと思っているから。あわよくば恋人になりたい人や、気の置けない友達になりたい人など、さまざまな種類の人間が存在する。杏哉は全ての人に明るい笑顔で、優しく接すから、全ての人に平等に優しいと皆は思っていて、いつかそれが自分だけに向けば良いと思う人間も少なからずいる。


 昼。杏哉は学食に誘われることがある。杏哉はお弁当を持参しているので、行く必要はないのだが、杏哉はその誘いを断らない。だから、運良く同じ授業をとっていた人は、他の人に先を越されないように、授業が終わるとすぐに杏哉を誘う。他愛もない話をしながらの昼食。杏哉にまた一歩近づけた、という喜びを噛み締める。


 帰り。杏哉が帰ろうとすると、引き留めるように話しかける人もいる。一緒に帰りたい人や、どこかに遊びに行きたい人など様々な理由で、我先にと話しかける。帰りの誘いは断られることの方が多い。だから、断られず、一緒にいられることになった人は、少しの優越感を感じる。杏哉と親しくなれた、杏哉について他の人よりも詳しくなった、などと思っている。


 さて、皆に取り合われている杏哉本人は一体どう思っているのか。優しいと評判の杏哉の中身は、本当に優しいのか。


「周囲から持たれる印象は大事だから愛想良くしてるだけ。正直、まとわりついてくるトモダチ、鬱陶しい」


 これが、杏哉の本心である。これを聞いたら、杏哉の自称友達は、ショックを受けるだろうか。いや、受けないと言い切れる。なぜなら、信じないからだ。自分以外の人が鬱陶しいと思われていると考える。自分に都合が悪いことは信じない。見ないふり。


 ある人が「付き合ってる人はいるの?」と問うた。杏哉は誤魔化すことなく「いるよ」と回答した。一瞬だけショックを受けるが、次の瞬間から、「きっと、たくさん告白されるから、恋人がいるだなんて嘘をつくんだ」とか、「誰? 杏哉くんを奪ったの。許さない」とか、「絶対に振り向かせる」などと静かに考え始める。


 杏哉には友達が多い。それも、厄介な感情を持つ友達が多いのだ。




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