リョクの雑談配信

 防音室で、杏哉はパソコンを開いた。マイクを定位置において、配信アプリを開く。配信画面を開くと、待機人数は一万人弱と表示されている。カメラの位置を確認し、画面上に表示された緑の髪のキャラクターが動くことを確認した。

 開始ボタンをクリックして、杏哉は久しぶりの配信を始めた。

「こんばんわー。『リョク』だよ。久しぶり。おー、コメントの量すごい。一か月ぶりだからかな、目が慣れるのに時間がかかるかも」

 コメントがものすごい速さで流れる。『久しぶり!!』『今日を楽しみにしてました!』『寂しかった』『待ってたよ!』などと、杏哉の配信を喜ぶコメントで溢れている。さすが、登録者数百万人を誇る人気配信者といったところか。緑の髪のイケメンのキャラクターを使って配信しているが、多くのVtuberのように何かキャラ設定があるわけではなく、顔を出したくないからキャラクターを使っているのだ。

「……『一か月何してたの?』って、ああ、確か、今度話すねって言ったんだっけ」

 『もしかして忘れてたの?』というコメントが目に留まる。

「いや、全然忘れてないよ。ほんとだって、嘘じゃないよ。えっとね、まず、引っ越しして、あとは、大学行ってる。……『勉強大変ですか?』いや、そんなにじゃないよ。まだ始まったばっかだからかな。オレ、あんまり勉強で困らないんだよ。別に天才じゃないよ。やればやった分だけできるってだけだよ。『天才じゃないですか』オレなんか天才のうちに入らないよ。ちゃんと時間をかけて勉強しないと、成果出ないし。それにね、本物の天才知ってるからさ。オレとは比べ物にならないほど理解が早くて、頭の回転が速いんだ、そいつ」

 『どんな人ですか?』という質問がいくつか見られたが、杏哉はスルーした。悪口しか出てこないため、答えられない。他の大学生活に関する質問をいくつか拾って、話を広げる。できるだけ気軽な、親しみやすい軽い感じを心掛ける。近寄りがたく思われないように、友達のような雰囲気を意識する。

「あ、そうそう、言うの忘れてたけど、今、恋人と住んでるんだ~」

 コメントが一気に早くなる。ピュンピュン流れていく。

「『おめでとうございます!』ありがとね。あれ、知らない人もいるの? そっか。えっと、恋人いるんだよ。で、今同棲してるんだ~。『どんな人ですか?』どんな人だろうねぇ。顔はいいよ。『家事とかどうしてるの?』全部オレ。あいつなんもできないからさ、オレがやるしかないんだよね。『かっこいい』ありがとー。って、そんなことよりさ、みんなに聞きたいことあるんだ。来月くらいに、歌枠でもしようかなって思ってるんだけど、オレに歌ってほしい曲教えて欲しいな。参考にさせて欲しいんだ」

 同接一万を超える配信はこの後も続いた。





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