今夜は寝かせないからね

「ねえ、藍斗、『今夜は寝かせないからね』みたいな言葉ってあるけどさ、あれ、言った方が良い?」

「は?」

「なんか、言った方が良いのかなっていうか、恋人っぽいかなって」

「無理。やめろ。気色悪い。キモイ。吐き気がする。絶対やめろ」

 藍斗の口から拒絶の言葉がバンバン飛んで来る。断固拒否といった様子で、顔をしかめている。

「えー、なんで?」

「恋人っぽいって言われるとなんか無理。あと、言われなくとも、十分わかってるからいい」

「そう? けど、お前ちゃんと寝てるじゃん」

 夜三時前には寝ようと杏哉は決めているので、朝までということはない。だから、杏哉は藍斗をちゃんと寝かせているつもりでいる。だが、藍斗の顔には「お前何言ってんの?」と、誰の目にもわかるほど、はっきりと書いてある。

「確かに寝てる。それは否定しねぇ。だがな、あれは、眠りについてるっつーか、意識が急に落ちてる気がすんだよ」

 藍斗は思い出して顔をしかめる。ぼんやりとしか覚えていないが、眠りにつくという表現はふさわしくない。絶対に。

「あと、もっと早く寝たい。何時に始めようが、いつも二時すぎだろ、どうせ、オレが寝てるのって」

「うん」

「それなのに、朝、八時に起こすって、バカじゃねぇの。眠すぎて死ぬ」

「大丈夫。毎日じゃないから」

 杏哉は短い睡眠で十分だから、藍斗に共感は出来ないし、理解するつもりもない。それをわかっている藍斗は、舌打ちをするだけで、これ以上は何も言わなかった。無駄なことはしたくはない。

 藍斗が黙ってしまったので、再び、杏哉が会話を始めた。

「ねえねえ、藍斗。『今夜は寝かせないからね』」

 杏哉に群がる人間たちが見たら、一瞬で打ち抜かれそうな笑みを、藍斗に向けた。ちゃんと声も甘ったるく、杏哉大好き人間たちが聞いたら腰を抜かしそうな声色だ。だが、藍斗には逆効果。ゴミを見るような目をむけて、それはもう大げさに、不快感を見せつけるように舌を打った。杏哉はニッコリと笑顔を浮かべる。

「キモイ。やめろ。まだ普段の作り笑いのがましだ。そう言う笑顔はお前の取り巻きどもにでも向けとけ」

「そんなことしたら、みんなオレのこと好きになりすぎちゃうから無理」杏哉は恥ずかしげもなく、さも当然のことのように言った。

「はいはい」藍斗は軽く流した。

「でさ、『こん……」

「やめろ」

 藍斗は瞬時に杏哉の言葉をぶった切った。これ以上聞いたら耳と頭がおかしくなりそうだ。もう少しで手が出てしまうかもしれない。いや、確実に手が出る。

「答えて」

「本気なのかよ。ただの嫌がらせかと思ったわ」

「それもあるけど、一回朝までってのもアリかなって。明日、午後授業だけだし」

「拒否権」

「無いよ」

「そんなら聞くな」

「一応」

「勝手にしろ」

「文句言わないでね」

「言うに決まってるだろ」



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