部屋に靴下が落ちてるんだけど
「ねー、藍斗、靴下、落ちてる。なんで、靴下ポイってするの」
藍斗が横になっているソファの近くの床に、靴下が一組、バラバラに投げ捨てられている。その黒い靴下を散らかした犯人は明白。素知らぬ顔でダラダラしてる藍斗である。
「聞いてる? 藍斗。靴下、投げ捨てないで。拾うの誰だと思ってるの」杏哉は呆れた様子で文句を言った。
「お前」
文句を言われている藍斗は杏哉の方に視線を向けることなく、即答した。全くもって悪いと思っていないのは、誰の目から見ても明らかだ。
「家でもポイ捨てしてたんでしょ」
「いや、するわけねぇじゃん」
「だったら、ちゃんと洗濯機のとこに置いておいてよ。それくらい出来てたでしょ」
昨日まではちゃんと靴下を洗濯物の場所においていたのに。
「めんどかった」
「いや、昨日までポイ捨てしてなかったじゃん」
「あー、たしかに。なんか、今日疲れたから」
藍斗は今日一日中出かけていた。きっと『なんでも屋』の空いてる部屋でずっと踊ってたのだろう。『なんでも屋』とは、ちょっとした知り合いの店だ。怪しくて普通の人間は入ってこようとは思わない店。そこら辺にいる普通に生活している一般人に会うことがなく、二人にとって居心地が悪くない場所だ。ナンパされる心配も、見知らぬヤカラに絡まれる心配もない。
「疲れるからって散らかさないでくんないかな」
「だって、杏哉でしょ?}
問題ないでしょと言わんばかりの言い草だ。確かに藍斗の面倒を見ると杏哉は約束したが、脱いだもの散らかすのはやめていただきたいものだ。仕事を増やすな。杏哉はゆっくりと息を吐き出す。
「あのさ、せめて、まとめておいてよ。クソ野郎」
「お、口悪くなってんな」藍斗は煽るように言う。杏哉が苛立ってるのを理解しながらも、さらに神経を逆なでしている。氷河期の到来。部屋の空気が冷たくなる。
「……外行く?」普段よりも冷めた声、苛立ちを抑えた声で杏哉は藍斗に問うた。
「イヤだ」即答。杏哉の言葉にかぶるくらいの早さだった。
「じゃあ、ベッド?」
「却下。今は寝る」
「……あとで」
「それなら可」
杏哉は深くため息をついた。藍斗の態度の理由がわかってしまった。
「なあ、オレに、イラついたからってやつ当たりやめてくんねえか」
「口悪」
「うるさい。何があったかなんて興味ねえけど、どうせ、どっかのバカに喧嘩吹っ掛けられて、踊る時間が短くなったからでしょ」
「おー、俺のこと好きなのか?」完璧な棒読み。
「なわけないだろ。お前が、機嫌悪くなる理由単純すぎてわかりやすいんだよね」
「人のこと言えねぇぞ。俺にちょっと挑発されるとキレる。ウケる」
杏哉は怒りを逃すように息を吐く。
「……だから、俺をからかうことでストレス発散すんじゃないの。オレが無駄に疲れる」杏哉はため息をついた。
「お互い様だ。お前も俺をサンドバッグにしてるよな」
「否定はしないよ」
「なあ、飯。もうできてるだろ」
「はいはい、今並べる」
氷河期が突然終了。一気に普段の空気に戻った。
杏哉は何事もなかったかのようにキッチンに行った。藍斗も何事もなかったのように、ダイニングテーブルへと移動した。
これくらいのちょっとした言い争いは日常茶飯事だ。日常会話の一部と言っても過言ではないため、驚くほどすんなりと普通の会話に戻る。何も知らない他人が見たら、あまりにヌルっと日常会話に戻っていて、目を疑うレベルだ。
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