回想:藍斗の引っ越し準備
杏哉と藍斗が2人の部屋に引っ越す前日のお話。
午後2時、杏哉は藍斗の家を訪れた。広すぎず狭すぎずの二階建ての一軒家だ。
杏哉はインターフォンを押した。しかし、何の反応もない。ピンポーン。もう一度、インターフォンを押して、少し待つ。やはり、反応はなかった。藍斗は確実に家にいるはずなのに。無視されてるのか、寝てるのか。
杏哉は片手に持っていた小さなカバンの中から、鍵を取り出した。そして、藍斗の家の扉の穴に差し込んだ。抵抗なく、鍵は穴に入った。ガチャっと扉を開けると、杏哉は躊躇いもなく、家の中に入った。
「お邪魔します」
一応声はかけたが、返事がない。しっかりと鍵を閉めてから、杏哉は2階へと向かった。藍斗の部屋は階段を上ってすぐのところにある。その部屋の扉をガチャリと開けた。右を向くと、杏哉の予想通り、藍斗はベッドの上で丸まって寝ていた。明日引っ越すと言うのに、荷物をまとめた様子はない。
「藍斗、起きて」
藍斗は小さく唸るばかりで、動き出す様子は見られない。よく寝ているようだ。杏哉は、藍斗に近づくと、軽く肩を揺すった。
「藍斗、起きて、引越しの準備するよ」
藍斗は杏哉の方を見て、眠そうに目をゆっくりと開けた。
「かってに、はいってくるなよ」
「お前がオレに鍵渡したんでしょ。覚えてないの? 卒業式の後、一回会ったでしょ。そのとき、お前がオレに鍵渡したの。あと、別に勝手に入ってないから、ちゃんと二回はインターフォン鳴らしたよ」
「きこえねーよ」
「知らないよ。寝てる方が悪い。今日、この時間に、オレが来るのわかってたでしょ。ほら、早く起きて。せっかく来てやったんだから、早く」
杏哉が急かすと、藍斗は眠そうにしながらも、ゆっくりと体を起こした。
「のどかわいた。お茶」
「はいはい。勝手に冷蔵庫開けるね。オレも飲みたいから持ってくる。もう寝ないでよ」
杏哉の念押しに、藍斗は鬱陶しそうに返事をした。
杏哉は一階に降りて、お茶をくむと、再び藍斗の部屋に戻った。藍斗はしっかりと起きていて、ベッドに寄りかかりながら、机の前に座っていた。杏哉は机にお茶が入ったコップを二つ並べると、藍斗の正面に座った。
藍斗は手を伸ばしてお茶を飲んだ。
「で、何すんの」
「何って、引越しの準備」
「あっそ、がんばって〜」藍斗は他人事のように言った。
「いや、お前がいなきゃ、何がいるのかとかわかんないし。あと、お前の荷物入れるバッグとかないの?」
「えっと、たしか、リビングに置いてあるって、母さんが言ってた」
杏哉は立ち上がると、再び一階に降りて、黒いボストンバッグひとつを持って、藍斗の部屋に戻った。
「これ?」と言って、杏哉はボストンバッグを藍斗の近くに差し出した。
藍斗はチラッと見て、「ああ」と首を縦に振った。
「これだけでいいの? 旅行じゃなくて引越しだけど」
「そんな荷物ねーから」
「服は?」
「クローゼット」
杏哉は藍斗の横にバッグを置くと、藍斗から離れて、ベッドがない方の壁のところにあるクローゼットを開けた。
目に飛び込んできたのは黒一色。ズボンもパーカーも上着も全て黒い。しかも、必要最低限しかないようで、スカスカだ。服をたくさん持っている杏哉とは正反対のクローゼットだ。
「少なっ」
「そんくらいで十分だ」
「あっそ。まあ、服だけなら、そのバッグで十分だな。そのほかに持ってくもんないの?」
「パソコンと勉強道具と大学の書類とか、そんな感じ」
「そこのリュックに入る?」
杏哉は、ベッドの横に置いてある黒いリュックを指差した。
「入る」
「わかった。勉強道具って何入れればいい?」
「てきとーにやっといてー」興味なさそうに藍斗は言った。
「後で文句言わないでよ」
藍斗は軽く返事をすると、ベッドの上に戻って横になった。杏哉は、呆れた目で藍斗を一瞥した後、藍斗の引越し準備をテキパキと始めた。
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