回想:告白、恋人の始まり

 高校一年。二月。学校からの帰り道にて。


 藍斗は盛大に舌打ちをして、後ろを振り返った。

「なんで、ついてくるんだよ、杏哉」

「話したいことがあってさ。あ、今からケンカしに行くとこだった?」

「ちげーよ」

「じゃあ、何でこの道に来たの?」

 今二人がいる道は、二人がたまにストレス発散のために行く場所へ続く道だ。明るいはずの昼間でも、なぜか薄暗いような気がする道で、厄介ごとに関わりたくない人間が近寄らない道だ。

「お前が後ろについてきてんのに気付いたからだ」

「あ、言っとくけど、お前と喧嘩しに来たわけじゃないよ。ちょっと話したいことがあって」

 にこやかに笑いかける杏哉を、藍斗はいぶかしげな眼で見た。

「よく嫌いな奴にそんな笑顔向けられるよな。キモい」

「そんなの簡単なことだよ。いつもやってるからね。そんなことより、オレの話聞いてよ。あのさ、オレと付き合ってよ」

「は?」

 藍斗は耳を疑った。雑談のような軽い感じでさらっと言われた内容が理解できなかった。いや、脳が理解を拒否したと言う方が正しいかもしれない。なんで、視界に入ってほしくないほど嫌いな人間に告白されなければいけないのか。

「付き合うって、恋人になるってことだよ」

「なんでお前なんかと」

 藍斗は心底嫌そうに顔をしかめた。

「そもそも、お前、俺のこと嫌いだろ」

「うん。この世で一番嫌い」杏哉は普段通りの笑みを浮かべたまま言った。

「じゃあなんで」

「だってさ、『二人はずっと仲よくしててね』って言われたでしょ」

「ああ」藍斗は頷いた。その言葉は藍斗も一緒に聞いた。

「でも、オレらが仲良くとか無理でしょ」杏哉は、さも当然だというように断言した。

「もちろん」藍斗は即答。仲良くなんてできるわけがない。考えずともわかる。

「だからだよ。『二人はずっと仲よくしててね』って望みを叶えるためには、オレらは一緒にいる必要がある。つまり、恋人になればいいって思ったんだ。いい案じゃない?」

「いい案じゃねぇわ」

「えー、どこが不満なの」

 杏哉は口を尖らせた。それを見て、藍斗は呆れたようにため息をついた。どうして、恋人になるという案が最善だと思ったのか。意味がわからない。

「お前が嫌いだ。一緒にいたくない。顔見たくない。消えろ。メリットがない」

「『二人はずっと仲よくしててね』っていうのは無視するの?」杏哉から笑みがスッと消えて、冷淡な声を発した。

「したくはねぇよ。でもな、仲良くは出来ねえだろ。それはお前もわかってるはずだぜ。嫌々一緒にいても、仲良くしてるってことにはなんねぇだろ。俺だって、出来る限りあいつの願いは叶えてやりてぇけど、無理なことだってある」

 藍斗は少し悲しそうな表情を浮かべ、うつむいた。それを見て、杏哉は再び笑みを浮かべた。

「そうだね。確かに仲良くするのは無理かもしれない。でも、オレがお前と恋人になりたい理由はもう一つある。お前を生かすためだよ。『長生きしてね』って書いてあっただろ? それを叶えるためだ。お前、ほっといたら、近いうちに死ぬだろ」

 杏哉に断言された藍斗は、ばッと顔を上げて、目を見開いて杏哉を見て、ぽつりとこぼした。

「なんで、」

「なんでって、不本意だけど、何回も会ってるからわかっちゃうんだよね。お前はわかりやすいし。めんどくさがりで、生きてるのも面倒って思ってる。お前は、面倒くさいって理由だけで死ねる人間でしょ。もうこの世につなぎとめる人間がいない。残された言葉の力だけじゃ、お前をつなぎとめるには弱すぎる。小さな面倒くさいが積み重なって、簡単にお前は死ぬ。お前に生への執着と死の恐怖がないことはよくわかってる。中学の時、ナイフ持ってる奴に普通に躊躇いなく突っ込んでってたからな、お前。だから、オレが、『長生きしてね』って願いを叶えるためだけに、お前を生かす」

 杏哉の言葉には確かな強い意思がこもっていた。

「……恋人になる必要あるか?」

「オレにはある。お前をオレの物だと認識するためだよ。オレ、自分の物への執着すごいんだ。あと、恋人持ちになれば、告白断る口実になるから」

「俺を生かすって言ったけど、どうするつもりだ」

「高校生のうちは、いつでもオレの家に来ていいよ。それで、同じ大学に行って、一緒に暮らす。お前の世話はオレがする。全部。お前は勉強とダンスと『リーフ』としての活動以外は何もしなくていいから。でも、その代わり、オレはお前の体を貰うよ。オレもお前も、喧嘩でストレス発散するけど、それ以外のストレス発散方法が欲しいからね」

「オレを抱くつもりか?」

「もちろん」

「マジで俺を抱くのかよ。抱けるのか?」

「余裕。お前、顔だけはいいし、それに、お前にどれだけ嫌われても痛くもかゆくもないから、気楽だよ」 

「最低だな」

「お前にだけだよ」恋人に向けるような甘いほほえみを杏哉は浮かべた。

「二度とそのセリフ言うな。あと、その顔も。吐き気がする」藍斗は心底嫌そうに顔をしかめて、吐き捨てた。

「でも、まあ、いいぜ。お前の提案を受け入れてやる。ただし、オレの身の回りの世話は全部しろよ。そうしたら、お前が俺を捨てない限りは生きててやってもいい」

「捨てないよ。じゃあ、契約成立ってことで、よろしくね。今からデートでもする?」

「しねぇわ。今から、無視しようと思ってた呼び出しに行かなきゃいけねぇ。お前のツラ見たらなんか行きたくなったわ」

 藍斗は杏哉に背を向けて薄暗い路地裏を奥に進んでいった。

「やっぱりケンカするんじゃん」



 

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