回想:ノアとの出会い
ノアとの出会いは、杏哉と藍斗が中学二年生になってすぐ、場所は薄暗い倉庫だった。この時からすでに杏哉と藍斗は互いに憎悪を向け合っていたが、互いのことは顔と名前を知っている程度だった。共通の友達が望まなければ、二人が会話することはない。そんな二人が同じ時間に同じ場所に居たのは単なる偶然だった。
その日、藍斗と杏哉は別々に『果たし状』とかいう時代遅れなものを受け取っていた。その頭の悪そうな紙切れを見たとき、藍斗は顔も知らない差出人を軽蔑したし、杏哉は心の中で嘲笑った。だが、二人とも、その呼び出しには応じた。ちょうど、二人ともストレスが溜まっていて、手ごろな不良くんを見つけて、ボコそうと思っていたのだ。
そして、無事、指定された倉庫の近くで鉢合わせした。お互いの顔を視認した途端、二人の口から舌打ちがこぼれた。でも、『果たし状』を出したバカが目の前の人間であるとは思わなかった。なぜなら、目の前の相手がわざわざ嫌いな人間を呼び出すような性格ではないことだけは知っていたからだ。そして二人は同じ結論にたどり着いていた。
杏哉と藍斗を喧嘩させて、二人が弱ったところを袋叩きにしようとした人間が、確実にこの近くの倉庫の中にいる。
杏哉も藍斗も不良の中ではそこそこ有名人だ。勝てないなら、最強とうたわれる二人に潰し合わせて、弱ったところを叩きつぶそう、とか考える人間がいてもおかしくはない。おかしくはないが、そんなことを考える人間は絶対に雑魚だ。どうせ、人数で押し切ろうとか考えているのだろう。
この時の二人には大人数の不良が集まっているというのは好都合だった。サンドバッグが目の前に現れたのだから。
二人は同時に倉庫に入った。予想通り、中には数十人の不良くんが集まっていた。おそらく、いや、確実に雑魚である。群れを成すのは雑魚だと相場が決まっている。二人は、別々の方向に走り出し、ひとり、ふたり、さんにん、とそれはもう楽しそうに殴り倒していく。中には骨のあるやつもいたが、二人の敵ではなかった。
あっという間に、立っているのは二人だけになった。死屍累々。
二人は地面に転がる人々に目もくれず、倉庫の扉をくぐった。
「すごいですね、君たち。よければ私のところで働きませんか?」
突然の聞きなれない声に驚いた二人は、警戒心をあらわにしながら声がした方を見た。そこには、笑顔を浮かべた青年がいた。二十代前半くらいの優しそうな雰囲気をまとった男性。
「断る」
「オレも、もちろん断るよ」
「そんなこと言わずに、仕事の内容だけでも聞きませんか?」
食い下がる男に、鬱陶しく思っている思っていることを杏哉は隠すことはしなかった。取り繕う必要性を感じなかったのだ。
「どうせ、ヤバい仕事でしょ。オレらがあの雑魚たちをぼこぼこにしたの見てスカウトしに来るなんて、お前、普通の人間じゃないよね」
「否定はしません。でも、あなたたちには最適な仕事だと思いますよ。私に雇われたら、お金を稼ぎながらストレス発散が可能になります。いかがですか?」
男はさわやかな笑み、もとい信用できない笑みを浮かべて二人を勧誘した。
「やんねぇよ。あんま喧嘩すんなって言われてるからな」
「あなたたちが人の言うことを聞くような人間だとは思えませんけど」
男は不思議そうに首を傾げた。
「お前の言ったことも間違ってないよ。でも、オレの大事な人の言うことだけはちゃんと聞くんだ。だから、お前のヤバそうな仕事は受けないよ」
男は興味深そうに目を細めた。
「わかりました。では、何かありましたら、駅の近くのカフェ『約束』へお越しください。あと、私のことはノアと呼んでくださいね」
男はそれだけ言うと、恭しく一礼をして背を向けてどこかへ去っていった。
これが、ノアと杏哉と藍斗の出会いだった。
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