杏哉にカフェからの連絡

 杏哉は防音室においてあるパソコンで作業をしていた。

 その作業の合間の休憩がてらスマホを見ると、ノアからメッセージが届いていた。ノアは、駅の近くにある若者に人気のカフェ『約束』の店員である。杏哉と藍斗が中学生の時に知り合った。ノアは喋り方が丁寧で優しい雰囲気を持っていて話しやすい、親しみやすいと評判だ。そのさわやかなルックスから女性人気が非常に高く、ノア目当ての客も多い。

『明日、カフェよろしくお願いします。誰もいないので鍵は自分で開けてください』

 これが先ほどノアから送られてきたメッセージだ。文章は丁寧だが、杏哉に拒否権はないように感じられる。実際、断られるなんて微塵も考えていないのだ。ノアからの頼みは、頼んでいるようで命令に近いものだと、彼をよく知る人間は理解している。いつでも人に好かれる笑顔を浮かべている人間は信用できない。

『わかった~! バイト代はしっかりとちょーだいね』

 杏哉は適当に返信すると、いつものごとくソファに寝っ転がっている藍斗に声を掛けた。

「藍斗、明日、オレいないから」

「ふーん」全く持って興味なさそうに藍斗は返事した。

「ノアから呼び出し食らったんだよね」

「あー、お前、バイトしてんだっけ?」藍斗は思い出したように言った。

「そうだよ。たまにね。休日の激混みのノアのカフェで一人で働いてる」

「うわ、よくあんな胡散臭いやつのとこで働けるな」

 藍斗は心底理解できないといった様子だ。

「お金はくれるし、怪しい仕事じゃないからね。まあ、金額だけ見ると怪しすぎるけど、儲かるからいいかなって感じ」

 ノアからのバイト代は普通ではありえないほど高額であり、普通にバイトするよりもはるかに儲かる。

「つーか、ノアいねぇのに店開けてるって、あたまおかしいよな。料理人がいないんだぜ。どんだけ金好きなんだよ」藍斗は呆れたように言った。

 カフェ『約束』は店員がノアが一人しかいない。正確にはもう1人いるのだが、その人がカフェで働くことはなく、ノアが一人で料理、接客、清掃、すべてを行っているのだ。

「それは思う。俺に全部のレシピ覚えさせて、接客とかお会計とか掃除とか開店準備とかいろんなこと覚えさせて、ノアが本業で忙しいときに俺に押し付けるんだよ。素直に休めばいいのにね」

「お前が断らねぇからだろ」

「だって、お金貰えるし」

「金持ちの癖に」

「自分のお金は欲しいんだよ。それに、お金はいくらあっても困らないからね。金とか宝石に変えたりもするけどね」

「お前もノアと同じで金の亡者だな」藍斗は馬鹿にしたように冷笑した。

「いや、あそこまで金に執着してないわ、さすがに。金が最優先のあいつと一緒にされたくないよ」

 杏哉はノアと一緒にされたことが気に食わないようで、即座に否定した。何があっても金が最優先のノアと一緒にされるのは嫌なのだ。

「あっそ」

 藍斗は生返事をすると、眠そうにあくびをして、ソファの上に丸くなった。

「まって。あした、オレがいなくても、昼ご飯ちゃんと食べてね。あと、水分補給も忘れずにね。水稲は準備しておくし、ゼリーは冷蔵庫に入ってるからね」

「うるせぇ」

「お前が喉乾いてもめんどくさがって水飲まないし、お腹空いてもめんどくさがって食べないから言ってるんだよ。どうせ、明日もずっと踊ってるんでしょ。忘れないでね。いい、絶対に忘れないでね」

 杏哉がしつこく念押しをすると、藍斗は大きく舌打ちをするだけだった。これ以上話しかけても藍斗からの反応がない事がわかっているので、杏哉は防音室に戻った。




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