藍斗の服って暗いよね

 昼下がり、上下黒のスウェットを着た藍斗が淡い緑のソファにあおむけで寝っ転がりながらダンスの動画を見ていると、寝室で何かをしていた杏哉がリビングに戻ってきた。

「藍斗、服何とかしてくれないかな」

「んだよ急に」

 一人の時間を邪魔された藍斗はスマホの画面から目を離すことなく、不機嫌そうに声だけで反応した。

「だってさ、お前の服全部黒いんだよ。全部だよ、全部。ありえないでしょ」

「お前、それ、引っ越しの準備しに家に来た時と、引っ越してきた日と、今日の朝にも言ってたよな。飽きねぇのかよ」

「飽きる飽きないじゃなくて気になるんだよ」

「お前が気にすることじゃねぇよ。オレが何着てようが、お前は一ミリも興味ねぇだろ」藍斗はうっとうしそうに言った。

「確かに、お前がどんだけダサくても気にならないよ。でもね、一応、今、お前は、オレの恋人なんだから、黒以外の服も着て欲しいんだよ」

「知るかよ」

 藍斗は取り付く島もない様子で、杏哉に見向きすることなく、目の前の動画に集中している。杏哉は大きくため息をついた。

「ていうか、どうして黒ばっかなの。黒いパーカーと黒いTシャツと黒いズボンしかない。しかも、同じやつ三つずつだよね。毎日同じ服着てるみたいなんだけど。気にならないのかね。まあ、気にならないか。他人の目とか気にしたことないだろうし、服に興味関心ないもんね。それにしても、これ、中学の時から変わってないような気がするんだけど」

 藍斗にしっかりと聞こえるくらいの大きさの声でペラペラと喋り続ける杏哉。しっかりと藍斗に対する煽りも忘れない。

 無視してても気にしないようにしても杏哉の声が耳に入って来てしまい動画に集中できない藍斗のイライラが募る。

 我慢できなくなった藍斗は動画を止めてがばっと起き上がると、杏哉に冷徹な視線を向けた。

「うるせぇ黙れ」

「やっとこっち見た」

 藍斗の冷淡な目と鋭い言葉を一切気にすることなく、笑顔で杏哉は言った。

 不機嫌さをアピールするように藍斗は大きく舌打ちをした。

「お前、俺のこと嫌いだよな」

「もちろん。この世で一番嫌いに決まってるじゃん」当然のように杏哉は言った。

「なら、そのかまってアピールやめろ。いつもしつこい。ウザい。無駄にイラつく。疲れる。うっとうしい」

 藍斗の全身から不機嫌オーラがあふれている。

「ただの嫌がらせだから気にしないでね」

「たちわりぃ」

 平然としている杏哉にさらに藍斗は顔をしかめた。

「そんなことより、服買いに行こう」

「よくこの状況で、そんなことが言えたな」

「お前の感情とかどうでもいいからね」杏哉は笑みを浮かべたまま言った。

「そんな事十分わかってるわ。俺からの好感度なんて気にしてねぇもんな」

「もちろん。お前にどれだけ嫌われようが、オレは痛くも痒くもないからね。だから好き勝手出来るんだよ」

 一切悪気がない様子の杏哉を視界から消すように藍斗は目をつぶると、大きく深呼吸をした。そして目を開けて、右手に持ったままだったスマホをポケットに突っ込んだ。

「あー、スマホ投げつけるところだった。お前のその作り笑い見てると殴りたくなる。寝るから話しかけんな」

 藍斗はソファに横になると、目をつむった。

「服は?」

「きょーみねー。話しかけんな」

 杏哉は特に何も言わずに寝室へと戻っていった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る