早起きの杏哉ともっと寝たい藍斗

「起きろ、藍斗」

 そう言って杏哉は藍斗の布団をはがし、隣のベッドに投げた。

 藍斗は嫌そうに顔をしかめながら、ベッドの上で丸くなった。

「起きろって言ってんの。早く朝ごはん食べて。片付かないじゃん」

「うるさい」

「うるさいじゃない。食べてから寝て」

 藍斗は動こうとしない。杏哉はため息をつくと、藍斗のベッドに乗り、藍斗の上にまたがった。耳に顔を近づけると、

「抱きつぶすよ」

 杏哉は藍斗が嫌がる吐息たっぷりの甘ったるい声で言うと、藍斗のこぶしが飛んでくる前に、上半身を起こして膝立ちになった。

 藍斗は耳を抑えて仰向けになった。苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「目つきの悪さ増してるよ」

 藍斗は舌打ちをして、笑みを浮かべている杏哉を睨んだ。

「てめぇのせいだろ。あんな気持ちわりぃ起こし方じゃなくて、もっと普通に起こせよ」寝起きで少し声がかすれている。

「ちゃんと起こしたのに起きなかったからでしょ。嫌なら早く起きて」

「起きて欲しいならどけよ」

 杏哉は藍斗のベッドから降りた。

 藍斗はしぶしぶといった様子で、上半身を起こした。

「ほら、早く動いて。ご飯食べて。食器洗いたいんだけど」

「俺は、お前と違って、起きてすぐには動けねーの。だいたい、今何時?」

 杏哉は二つのベッドに間にあるサイドテーブルの上のデジタル時計を確認した。

「八時」

「まだ八時じゃねーかよ。早い。あと一時間は寝たい」

「これでも待った方だけど。本当は七時に起こしたいところなんだよね」

「は? それはまじないわ。だいたい、今日は休みで何もないのにそんな早く起きる必要あるか?」

「オレはいつも早起きなんだよ。家事全部オレがやってるんだから、それくらい合わせろ」杏哉は苛立った様子で言った。

「あのさ、俺、寝起き。今殴り合いの喧嘩する元気ねーから」

 藍斗はダルそうに言った。杏哉の普段の口調が崩れて、苛立ちが態度に現れるようになるのは、殴り合いの喧嘩一歩手前の合図だ。流石に寝起きで喧嘩は分が悪いし、喧嘩したい気分でもない。

「そんなこと知らないよ。でも、今すぐに起きたら、今のところは赦してあげるよ」

 杏哉の口調がいつもの調子に戻った。まだ取り繕う余裕はあるらしい。

 これ以上杏哉の機嫌が悪くなったら面倒なので、そうなる前に藍斗は、サイドテーブルにおいてあるピアスを両耳に着けてから、ベッドから降りた。

「これでいいだろ」不機嫌そうに藍斗は杏哉を睨んだ。藍斗の鋭い視線に慣れている杏哉はどこ吹く風といった様子だ。

「まあ、今のところは赦してあげるよ。でも、二度目はないよ」杏哉はいつもの笑顔で言った。

「ほんと、お前心がせめぇな」

「そう? だって、今のところは赦してあげたじゃん」

「“今のところは”だろ? 要するに、“後で覚えてろよ”ってことじゃねーか」

 笑顔のまま肯定も否定もしない杏哉を見て、藍斗はこの後のことを考えてため息をついた。殴り合いの喧嘩になるのか、抱きつぶされるのか。どっちにしろ面倒なことには変わりない。

 藍斗はこれ以上何か言うのも面倒だし、無駄なので、杏哉の存在を視界から消して、リビングに向かった。






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