エイプリルフール
朝。杏哉に起こされた藍斗は眠い目をこすりながら、寝室を出た。
リビングにはアイランドキッチンがあり、その他にはダイニングテーブル、ソファ、ローテーブル、テレビが置いてある。
杏哉がちょうど朝食を並べ終えたようだ。
藍斗は何も言わず、自分の席に座った。すぐに杏哉も藍斗の正面に座った。
「ねえ、藍斗」
名前を呼ばれた藍斗は顔を杏哉に向けた。
「好きだよ」まるで好きな人に向けるような優しい笑顔で、甘い声で杏哉は言った。
「キモ」藍斗は顔をしかめて、奇妙なものを見るような目を向けた。
「え? どこが?」杏哉は表情を崩さずに甘ったるい声で問いかけた。
「全部気色わりぃ。お前、俺のこと嫌いだろ」
「うん。もちろん」杏哉は笑顔で迷うことなく即座に肯定した。
「だよな。俺もお前のこと嫌い」
「オレ、お前に好きって言われたら絶対に、確実に鳥肌立つよ。想像しただけで気持ち悪い」恋人に向ける甘ったるい表情で杏哉は言った。
「表情と内容あってねーぞ。お前が嫌がるならぜひとも言ってやりてぇが、無理だわ。嘘でも吐き気がする」
今日はエイプリルフールだ。だから、杏哉は藍斗に向かって『好きだ』なんて恋人っぽく言ったのだ。普段なら杏哉は絶対に藍斗に対して好きだなんて言わない。エイプリルフールなら、すぐに嘘だとわかる。だから言ったのだ。藍斗に対する嫌がらせのために。
「嘘だってばれてたか」驚いた様子も残念そうな様子もなく杏哉は言った。
藍斗は呆れたようにため息をついた。
「お前さ、よく嫌いな相手にあんな顔できるよな」
「だっていつもやってるからね。オレの周りに集まってくる子たちと友好的な関係を気付くためにね。嫌でもそれを感じさせない笑顔くらい容易にできるよ」
杏哉はアイドルのような輝くような笑顔を浮かべた。
藍斗は冷めた視線を杏哉に一瞬向けると、すぐに目をそらして黙々と朝食を食べ始めた。おいしいのがまたムカつく。
杏哉は大げさな作り笑顔を引っ込めて、薄い笑みに変更した。
「お前、大学でもボッチでしょ、どうせ」
「それもエイプリルフール?」
「なわけないでしょ。まあ、めんどくさがりのお前に友達出来ないのはわかってるけどさ。オレみたいに笑顔振りまいてみたら?」
「しねぇってわかってるくせによく言うな。だいたい、お前みたいにしたら、百パー重い女に好かれる。重い男にもな。そんなんぜってーヤだわ」
「うまく扱えばいいんだよ」杏哉は簡単そうに言った。
「そんな下らねぇことに労力使いたくねぇ」藍斗は吐き捨てた。
杏哉は何も言わず、朝食を食べ始めた。
二人とも口を開くことなく、朝食を食べ終えた。
リビングに用がなくなった藍斗は席を立った。
「防音室使うから。入ってくんな。話しかけんな。ほっとけ。ダンスの邪魔すんな」
「エイプリルフール?」
「ちげーよ」
机の上の皿を片付けることなく藍斗は防音室にこもった。
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