生きていくために必要不可欠な存在だけど大嫌いな恋人との日常

ネオン

回想:卒業式の後

 高校の卒業式が終わり、卒業生たちは各々のタイミングで校舎の外に出る。

 外は暖かな日が差していて、とてもすごしやすい天気だ。

 すぐには家に帰らず、外で話し続ける卒業生たち。

 最後の制服をかみしめながら、写真を撮っている人々。

 涙をぬぐいながら、なんとか笑顔を作る人々。

 それを校門の近くの目立たない位置で、冷めた目で見つめる卒業生が一人。


 いつもとは違う空気を感じながら、友達がいない藍斗あいとは居心地の悪さを感じていた。高校からの解放を心から喜ぶ藍斗には、泣いて悲しむ同級生たちの気持ちがわからなかった。すぐにでも帰りたいのだが、恋人に「待て」と言われているので帰れない。一向に現れない恋人、杏哉に、藍斗は苛立ちを感じていた。


 藍斗が本気で帰ろうと思い始めたとき、玄関が騒がしくなり始めた。ぞろぞろと人が出て来る。大半が女子生徒だ。彼女たちは外に出ても、全く変える気配を見せず、玄関の方に視線を向けている。


 玄関から、ミルクティー色の髪の人目を引く美形の男子が出てきた。それを見た藍斗は嫌そうに顔をしかめて、舌打ちをした。


 注目の的の男子は周囲に群がる人たちと、嫌な顔を全く見せず、さながらスーパーアイドルのような輝くような笑顔で話している。彼は自分の見せ方を理解しているようで、彼の行動すべてに目を引かれる。


 人々の中心にいた彼は、しばらく話したり、写真を撮ったりした後、皆に別れを告げて、その人だかりを抜け出した。人々は彼のことを名残惜しそうに見つめているが、見つめられている彼は一度手を軽く振ると、そのまま背を向けて振り返ることはなかった。彼はそのまま、藍斗の方へ一直線に向かって行った。

「おまたせ。帰ろう」

 藍斗の目の前で立ち止まると、先ほどのようにアイドルのような笑顔で藍斗に声を掛けた。藍斗は大きく舌打ちをすると、何も言わず、さっさと学校の敷地を出て行った。無視をされた彼は、それを気にするそぶりを見せず、藍斗の後ろを追って早足で学校を後にした。


 学校が見えなくなったところで、ようやく藍斗が不機嫌さを隠そうとせずに口を開いた。

「で、何で俺を待たせたんだよ。もっとあいつらと遊んでくればいいだろ。皆『杏哉くんもっと話そうよ。寂しいよ』って目で見てたぜ」

「そんなことより、写真撮ろうよ」

「は? なんで」

 嫌そうにする藍斗を気にすることなく、杏哉はスマホを取り出して、藍斗の肩を掴んだ。

「ほら笑って」

 藍斗は不機嫌な表情のままで、視線をカメラに向けることもしない。杏哉はそれを気にせずに、パシャリと写真を一枚とった。藍斗は肩に置かれた杏哉の手を振り払って歩き始めた。杏哉も後を追って歩き出した。

「なんだよ、いきなり」

「卒業した記念?」

「は?」

「卒業式ちゃんと出たよーっていう証明かな。そういえば、よく帰らなかったね」

「マジで帰りたかったけど、帰ったら、絶対にお前、家に来るだろ」

 杏哉は当たり前のようにうなずいた。

「それが嫌だから、待っててやった。なのに、お前の用事は、写真を撮るとかいう、くだらねぇことなのかよ」

「まあ、それもあるけど、そうじゃなくて、引っ越しのことだよ」

「そんなの、後で連絡すりゃいいだろ。わざわざ、俺を待たせるな」

「恋人っぽいことしなきゃって。それでさ、引っ越しね、三月の三十日になったから。それまでに必要なもの準備しといて。家具は全部用意してあるから、個人的に必要なものだけでいいから。でも、藍斗、そういうのできないでしょ? オレが手伝ってあげるよ。どうせ、荷物ほとんどないだろうけどさ。二十九日にでも行くから」とげを感じられる口調で杏哉は言った。

「ほんとウザいな、お前。あー、これからずっとお前なんかと一緒にいなきゃなんねぇなんて地獄だわ」藍斗は心の底から嫌そうに言った。

「オレもおなじだよ。オレもなんでお前なんかと一緒に住むんだろうって思ってるよ。ほんと、今日で今生の別れだったらいいのに」

 藍斗と杏哉は同じ大学に進学することになっているうえに、同じ部屋に住むことになている。それを決めたのは杏哉で、それを了承したのは藍斗なのだが、二人は乗り気ではないどころか、嫌だと思っている。

 ちなみに、大学の合格発表はまだなのだが、二人は当然受かると思っていて、落ちるなんて考えたこともない。


 無言で並んで歩き続けて、分かれ道に着いた。

「ねえ、明日ピアス開けるから。忘れないでね」

 杏哉はそれだけ言うと、返事も聞かずに自分の家がある方に向かって歩き出した。

 藍斗は何も言わずに、自分の家に向かって歩き出した。


『二人はずっと仲よくしててね』

『一緒にピアス開けたいね』


 帰り道、二人は懐かしい忘れることができない声と笑顔を思い出していた。

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