第30話「保健室」

「…………………白い」


 目が覚めたら目の前は真っ白で、夢の中なのか現実なのか一瞬分からなかった。


「……保健室か………」


 横を向いたらカーテンが自分に迫り込むように上から垂れている。

 それと同時に点滴の道具らが目に入った。


(全部俺に繋がってるし…………)


 右腕やら左腕やらに繋がる線。どうりで動きずらいと思った。


「痛っ」


 まあ痛くてろくに動けないんですけどね。


 結局あの後どうなったのだろう。

 俺の最後に残っている記憶は、敵のお姉さんに何か言われたこと。

 ゴリラがあっさりやられたのはしっかり覚えてる。


 あの時羽咲さんが来ていなかったら本当にまずかった。あの技をまた直接受けていたら間違いなく死んでいた。

 あの時点で筋肉はかなり疲労してたし、体力も僅かだった。初めて死に直面した。

 でもあの技を片手で止めた羽咲さんって化け物すぎだろ。不意とは言え教師たちを一発で沈める威力だぞ?教師の中でもかなり強い方なのではないだろうか。


(色々聞きたいことがあるけど、まずはみんなの怪我と学校が戻ったらかな)


 ガチャ


「ん?」


 ドアの開く音。

 誰か来た。保健室の先生かな。


 何者かがカーテンを開く。


「…………………はぇ?」


「あ」


「……………ぁ、………ぇ?」


「ご心配かけました、神田深奈でうぶふっ」


「じんなざぁぁぁぁぁぁぁん!!!」


 泣きじゃくりながら飛び込んできたのは寮内の唯一の癒し、日菜だった。


 来てくれたのは嬉しい。来てくれたのは嬉しいけど、


「痛い!痛いって日菜!!」


「いぎでだあ……。いぎでだぁぁぁぁぁ」


「生きてるから!痛い!そこ痛い!離れて!」


 痛すぎるため動きたくないけど無理矢理離す。


「うっ、ずびまべん……。ずっ」


「大丈夫。俺は大丈夫だから一旦落ち着こう」





 —————落ち着く時間———————





「ふぅ。落ち着いたか?」


「はい。すいませんでした」


「痛かった」


「すいませんでした」


 心配してくれてたのだろう。


「ところで俺ってどのくらい寝てた?」


「えーっとー」


 そう言いながら指折りして数える。

 そのまま真顔で言い放った。


「ちょうど二週間ですかね」


「ああ、そんな寝てな二週間!?痛っ」


「ちょっと大声出したらダメですよ!まだ傷は塞がってませんから!」


 そう言い焦りながら身体を支える。


 いやでも瀕死っちゃ瀕死だったからそんなもんなのか?


「二週間って、俺そんな酷かったの?」


「治療した人に聞いたら血が足りてないとか傷が深いとか皆んなずっとあわあわしてて、本当に大変だったんですから!」


「…………マジ?」


「マジです!だから皆んなずっと心配してたんですよ!」


「それはマジですいませんでした」


「あ、いやっ、あのっ深奈さんは悪くないですし、謝らないでください!」


「いや、俺がここまで怪我しなければよかったって話だし、色々迷惑かけたのは本当だし、すいませんでした」


 さっさと起きれば良かったのに無駄に長く寝てたから余計心配させてしまっただろう。

 後でみんなにも謝らないとな。


「てか、日菜は足大丈夫なの?」


「筋力解放に関する怪我は特効薬があるので

すぐ治りましたよ」


「そうか。他の皆んなは?」


「同じ感じなので無事です!」


「そうなのか。それは良かった………」


 なら気を使わず普通に話しても大丈夫か。


 ガチャ


「あ、誰か来たみたいです」


「そうだな」


 来訪した人に聞こえないようコソコソと話し出す。


「カーテン開けますか?」


「………そうした方が来客は楽かも」


「分かりました」


 日菜がシャッとカーテンを勢いよく開く。

 目の前にはビクッと震えながら丸くこっちを覗く青い髪がいた。


「えっ?……………………」


「……………何か言えよ」


 戸惑って声も出ないか。


「な、でも、え……し、深奈?」


「はい。深奈ですが?」


 視線を右往左往した後、熱くなった顔の口元を右手で隠しながら———


「…………な、何生きてんのよバカ」


「酷いっ!おかしいだろ!怪我人だぞ!もっと優しく接しろよ!」


「うるさいわね!本当に死んだかと思ったんだから!心配したんだから!全く目は覚めないし意識は戻らないし、女の子にここまで心配させるなんで最低よ!ここ最近は全く寝れてなかったんだから!」


「え」


「はっ」


 寝れなかった?

 なんか卑猥だな。ツンデレでムッツリさんってことですか?


「……………………………」


「いやっ、違っ、普通に寝れてたし心配もして無か…………」


「そうです聞いてください深奈さん!春ちゃんったら深奈さんのことが心配すぎてご飯もろくに食べれてないし授業の合間があったらすぐここに来…………」


「あーーーあーーーあーーーー!!うるさいうるさいーーー!!!!」


「分かってる。俺は分かってるよ七瀬さん」


「うぅ……ほ、本当?」


「七瀬さんがリアルツンデレで本当はムッツリだってことは」


「なんでムッツリなのよ!寝れなかったってのはただ心配してたからで、変な気なんか無いわよ!」


「心配してたんですね。ありがとうございます。俺のことを考えてて寝れなかったんですかぁ。それははしたな、いえ、仕方なかったですねぇ」


「はしたないって言いかけてた!ねえ!はしたないって言いかけてた!」


 涙目で訴えてくる。

 と、そこで冷静な言葉が入る。


「あのー先生来ましたよ?」


「「え?」」


 横を見ると白いロングコートを着たいかにも保健室の先生らしい人物が呆れた顔で覗いていた。


「………はぁ。ほら七瀬ちゃん、一応そこの人怪我人だから離れて」


「す、すいません………」


「そうだそうだ、怪我人だぞー!もっと優しあいだっ!!」


 怪我人の俺がぶっ叩かれた。しかも保健室の先生に。


「あなたもう元気そうだから叩いても大丈夫よね?」


「痛い!すいませんでした調子乗りすぎましたすいませんでした!!」


 そういうと先生は叩くのをやめた。

 仁王立ちのまま呆れた顔で口を開く。


「全く………。神田君、君の傷はまだ全く治って無いの」


「はい………」


「また私にあんな面倒な手術しろっていうの?」


 面倒なっていう言葉は職業上あまり使わないほうがいいと思うが、ここは黙っておこう。


「い、いえ……」


「なら静かに寝てなさい」


「は、はい………」


「治っても無いのに私に喧嘩をうむうむぐ」


 俺に挑発的なことを言おうとしたであろう七瀬さんの口を後ろからぷるぷると背伸びをして日菜が抑える。


「まあ元気なのは良かったわ」


「そ、そうっすね……」


 そう返すと先生は日菜達の方に顔を向け、


「ほら、あなた達ももう寮に戻りなさい」


「「はい」」


「それと羽咲さんには既に至急ここに来るように伝えてるからおそらく寮にはいないわ」


 やっぱり仕事が早いな。まあ当然っちゃ当然か。


「いないって、今日はずっと寮には戻らないってことですか?」


「いや、そんなことはないわ。ただ生徒に関することだから寮母にも来てもらいたいの」


 そういうと先生は「さあ行った行った」と言いながら二人をドアまで連れて行き手を振った。


「………さて」


「痛っ……!」


「……はぁ、全く。麻酔が切れる頃に起きるからよ」


 そう言うと先生は急ぐこともなく麻酔の薬を手に取る。


「起きる時間なんて自分じゃ制御できないっす……」


 白い布に液を少し出しながら言う。


「出来る人は出来るのよ。自然とね。ほら、左腕出して」


 俺の手を取ると麻酔と思われる液が入った注射針が腕を刺す。


「少しの間腕が熱くなると思うけど、副作用みたいなものだから気にしないで」


「すいません、ありがとうございます」


 そう言うと先生はたわわなものを持ち上げるように腕を組む。

 空気が変わったのが分かった。先生の鋭い眼差しが胸を射抜く。


「じゃあ詳しく身体のこと話すわね。さっきも言ったけど、まだあなたの傷は全くと言っていいほど治ってないの。筋肉に関しては特効薬があったから治ったけど、外的な傷は全然。というか全身の筋肉もかなりボロボロだったのよ?」


 分かってた。既に限界だったから動けなかったし、焦っていたから頭が回らなかった。

 だから自分勝手な行動をして迷惑をかけたこの人には何も言えない。


「だからまたこのくらいの傷を負って来た時は、少し無理矢理にでも対応させてもらうことにするわ」


 そもそも、生徒がここまでの傷を負って来られると学校側が責任を負うことになる。だから元々の作戦自体に生徒が真っ向から戦うことは無かった。サポートで、経験でという意味で俺たちはあの場に短時間だけいさせられたのだろう。

 しかし、自分勝手な行動をする生徒がいた。


 俺は、俺たちは学校にかなりの迷惑をかけただろう。


「………というのが学校としての意見よ。分かった?」


「………はい」


(少し自重しろってことか。自惚れていたのかもしれないなぁ)


「……………………」


「………はぁ。落ち込みすぎよ、そんな顔しないの。あなたの顔死んでるわよ?」


「………すいません」


 全く……

 と言いながら先生はゆっくり自分が寝ているベッドに座る。


「あのね?学校からしてみればあなたはまずいことをした人間って思われているかもしれない。でもあなたの周りには学校しか評価してくれるものはないの?」


「………え?」


「少なくとも私は、君をヤンチャな子………だとは思うけど、心から悪い子だとは思わないわ」


 さっきな鋭い視線は嘘だったかのように思わせるほど、優しい笑みを浮かべながら言う。


「私がもし君と同じ寮にいる女子だったら、君をヒーローだと思うわ。だって自分より強いのは明らかに分かる相手に怯まず一人で立ち向かえる人間なんて、ヒーロー以外の何者でも無いでしょ?」


「…………………」


「その年で、この短期間の訓練の中で、君は自分を犠牲にしながらも人を守るほどに強くなった。実際に守れたかは別として、その行動に出たってだけでも十分誇っていいことだと私は思うわ」


「…………………」


「……だからそんな顔しないで、胸張って皆んなに会いなさい」


「………はい」


「じゃあ私は体拭くために水とタオル持ってくるわね」


 先生はそう言いカーテンを開けて出ていった。


 


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