番外編「風邪」
トントン
部屋のドアを優しくノックする音がした。
「どうぞ」
少しガラガラの声で返事をすると来訪者はガチャ、と暗い面持ちで入ってきた。
手に持っているお盆の上にはお粥とゼリー、スポーツドリンクがのっている。
「どう、体調は良くなった?」
来たのは羽咲さん。 と、部屋には入ってこないが外から申し訳なさそうにジッと見ている皆。
「ゲホッ、ゲホッ…。まあ朝に飲んだ薬がちょうど効き始めた時間帯なので、朝ほど辛くはないです」
「そ、そう」
さっきも言ったが、今皆はずっと申し訳なさそうな顔をしている。
でも、こんな状況になっているのには理由があった。
遡るは昨日の夕方。
俺は家に帰って晩御飯のメニューを考えていた。
(今日はすごく暑かったから、涼しいものでも作ろうか)
そう思い、選んだメニューは冷しゃぶサラダと冷たい蕎麦だった。買ってきた乾燥した蕎麦は茹でて終わりだし、冷しゃぶサラダも何回も作った経験があったからすぐに作れた。
皆んなが疲れ切った顔で次々に帰ってきて、全員が食べる準備ができてる頃には既にご飯は作り終わっていた。
「今日はお蕎麦ですか!暑かったので涼みますねぇ〜」
「暑い時に食べたいのなんだろうって考えたら蕎麦だったから」
「完璧なチョイスだよ!流石うちの寮母!」
「ちょっとー、寮母は私ですよー」
と、羽咲さんが南さんに反論する。が、
「でも最近寮母の仕事大体神田くんがやってない?」
「たしかに、最近は掃除する姿すらあんまり見ない気が………」
「最近はちょっと忙しいんです!あと掃除はしてます!」
ぷくーと頬を膨らませながら怒る羽咲さん。
「まあそんなに責めないであげましょうよ。ご飯に関しては話し合った結果俺がやることになったんですし。まあ掃除くらいはして欲しいですけど」
「だから掃除はしてますって!!」
ふんっ、と完全に怒って拗ねてしまった。
大人のはずなのに子供のような人だ。まあそこがかわいいところではあるんだが。
なんだかんだ話していたら皆んなご飯を食べ終わっていた。
羽咲さんは拗ねているのにも飽きたのか、今度は冷蔵庫から缶ビールを3本ほど持ってくる。
「ちょっ、飲み過ぎじゃないですか?」
「いいんです!私は大人なので!」
(いや大人でも飲み過ぎはいけないだろ…)
羽咲さんはプシュッといい音で開け、ゴクゴクと喉を鳴らしながら豪快に飲んでいる。
「あーこれはダルくなるよー」
「わ、私眠いから寝る」
足早にこの場から逃げようとする美坂さん。過去に何かあったのだろうか。
「え、この後デザートにかき氷あるんですけどいらないですか?」
「「「いります!!!」」」
「お、おぅ」
想像以上に食べたい欲が伝わってくる返事だった。
だがこの時の俺はまだ知らない。このかき氷が後に自分に地獄を与えることになることを………。
「え〜深奈くん出来過ぎだって〜。なんで私が今食べたいと思ったものが分かっちゃうの〜?これって運命?」
一本飲み干して二本目に入ろうとしていた酔っ払いがだる絡みしてくる。
「そんな飲んでないのにガチの酔っ払いみたいなこと言ってるし……」
「深奈さん、かき氷の味って何味があるんですか?」
「あるのはイチゴとブルーハワイだけだな」
「イチゴあるならなんでもいいや」
「えーレモンはー?」
「ちょっと椿さん、我儘言わないの」
満足そうな南さんとは逆に不満げな椿さん。
「すいません、予算的に買えなかったので……」
そう、と納得してくれた様子の椿さん。
本当ならレモン味とメロン味も買う予定だったのだが、予算が無く買えなかったのだ。
「ではすぐに作りましょう!!手伝います!」
「助かるよ」
そう言い俺と日菜はキッチンに向かった。
十分ほどガリガリとブロック型の氷を削り、全員分出来たのでリビングに氷オンリーの皿を持っていく。
「削り終わったのであとはそれぞれでシロップかけて食べてください」
「今回は私も手伝ったんです!是非是非早く食べて下さい!!」
「「「………………………」」」
「?」
どうしたのだろう。全員下を向いたまま食べようとしない。
「はっ!?」
「え?日菜?」
「………………………」
え、日菜まで下向いて黙っちゃったんだけど………。
「ちょっ————」
「深奈」
急に名前を呼び始めた七瀬。
「ど、どうした?」
「あのね、かき氷を夏に食べるっていうことは、毎年の恒例行事になってるの」
「そう、この寮ではね」
「は、はあ……」
だからってこんな感じになることはなくないか?
「でもね、この恒例行事には一つ、普通じゃないことが混ぜられてるの……」
「そうなんですか。そ、その普通じゃないことってなんですか?」
「それは———」
「それはジャン負け♡エンドまでかき氷大食い!?よ!!!」
七瀬が続けて言おうとしたところに、酔っ払いが突っ込んできた。
「じ、ジャン負けエンドまでかき氷大食い?」
「そう!その時買ってある氷が全部なくなるまでジャンケンし合って負けた人が食べるってゲーム!」
「う、うぅぅ」
おい美坂さんが唸り始めたぞ。
「な、なんか美坂さんが辛そうにしてるんですけど………」
「まあ去年は美坂が可哀想な役を背負ってくれたからねぇ…………」
「う、うぅぅぁぁあああ!!」
「み、美坂さん!?」
あの静かで温厚な美坂さんがここまで…!?
「ちょっ、そんな辛いんですか!」
「いいえ?負けなければいいのよ、ジャンケンで、ね?」
こ、怖い……顔が完全に悪魔だ……。
で、でも流石に俺が苦手って言えば、優しい皆ならやめてくれるよな。
「あ、あのー、僕そういうのはちょっと苦手で、今年からは普通に食べません?」
「は?」
「ヒィッッ!!!」
こ、怖いィィ!!
ど、どうしよう。俺マジでこういうの苦手なんだけど……。い、い、
「い、嫌………」
「………何ですって?」
「イ、イヤダァァァァァァァァ!!!」
「ちょっ、深奈くん!」
「ターゲットが逃げだぞ!捕まえろぉぉぉ!!!」
「「「イエッサァァァァ!!」」」
俺は逃げた。本気で逃げた。もちろん筋力解放もしたさ。でも流石に酔って加減を忘れた一人の大人からは逃げられず寮から出ることすらできずに捕まった。
そのあとは地獄。俺はずっと羽咲さんに付きっきりで見られ、変な動きを見せた瞬間に飛びついてくる。
そしてしっかりとジャンケンには参加させられ、しっかりと負けまくっていた。
「も、もう無理です………お願いします………も、もう………」
「ほ〜らまだ君の3皿分余ってるわよ〜?」
何があったのか分からないがSに目覚めた七瀬に無理矢理食べさせられる。
「ゴクッ……はぁ、はぁ、さ、寒いィ……」
なんでこんな性格まで変わるんだよ。
「さぁて、そろそろ氷も無くなってきたし、次が最後かな〜」
まって、なんか皆んな顔赤い気がするんだけど、俺だけか?
「ハ〜ぁ〜。な〜んか身体熱くなってきちゃったァ。ね〜神田く〜ん?」
そう言いにじり寄ってくる南さん。
(こ、これは………)
流石におかしいと思いテーブルの上をよく見てみると空の缶ビールが6本ほどあるではないか。
「ちょっ、皆これ飲んでたの!? ダメだって!未成ねウグっ———」
口が後ろからきた羽咲さんの手で覆われしゃべれなくなる。
羽咲さんが俺の耳元に吐息が掛かるほどの距離で囁いてくる。
「いい?深奈くん、よく聞いて?」
「ひ、ひゃい!」
(ち、近い!)
「ここは、警察なんて来ないの。だからそんな事を気にする必要はないの」
「いや身体が心配だから言ってるんです!」
「………もぉ〜そういう事ナチュラルに言わない方がいいよ?女は怖いからね?」
変な事を言いながら離れていく。
(な、なんかすげぇ疲れた………。マジで寒気してきたし早く寝よう)
そのあとは最後のジャンケンをしてギリギリ勝てたので、それまでストックしてたかき氷を無理矢理口にかき込み酔っ払いどもは放って寝ようかと思っていた。
「じ、じゃあ自分寝ますからあとは皆さんで楽しんでください」
そう言い俺だけ抜けようかと思い立ちあがろうとしたら足に力が入らずその場に倒れる。
「ぇ?」
な、なんか目眩が………。
バタッ
「え、ちょっ、深奈くん?」
水を飲んで少し酔いが覚めた様子の羽咲さんが寄ってくる。
「だ、大丈夫?って熱!?」
な、なんだ?おかしい。身体が一気にだるくなってきた……。
そこで皆んな酔いが一気に覚めたのか寄って心配してくる。
「深奈、大丈夫?」
「ちょっとやりすぎたかしら」
「まあずっと酔っ払い達の世話しながら無理矢理かき氷食べさせられてたからね」
「ていうか私はお酒なんて飲んだ記憶無いんですけど………」
「あーそれは羽咲さんが全部のかき氷にお酒かけてたから、それで皆んな酔っちゃったんでしょ」
「そ、そんなことが……!」
衝撃の事実を聞いてガックリしてる七瀬を最後に俺はそこで意識を手放した………。
そして今に至る。
幸いにも金曜の夜に熱を出したので土日を使ってゆっくり休む時間はあるが、想像してた以上にキツイ。
「ということで、羽咲さんはこれから二週間お酒禁止です」
「うぅぅ、はい。すいませんでした」
「皆んなもこれに懲りたら変なことは強要しないように」
「「「はい、すいませんでした」」」
マジで危ないことになっていてもおかしくなかったし、少しは反省してもらおう。
そこで皆んな部屋に入ってきた。
椿さんが口を開く。
「申し訳ないわ。寝ている間汗かいただろうし身体は私が拭いてあげるわ」
「い、いや大丈夫。そこまでしなくていいですから」
「ダメ。私がしないと気が済まないの」
そう言い無理矢理布団を剥がそうとしてくる。
だが、俺には絶対にこの結界を守らなければならない理由があった。
俺は今の今まで寝ていた。そう、寝ていたのだ。男の諸君ならもうお分かりだろう。この理由が。
だって起きたら美少女数人に囲まれてるんだぜ?そんなことが起きてるのに『そう』ならないわけがない。
だから俺は本気になって守る。この結界を………!
「つ、椿さん?今は楽だなぁ、一人で風呂場に行けそうだなぁ?」
「いや、ダメよ。その間にまた倒れたらどうするの?」
クソッ、ダメか。
それならっ!
「い、いやぁタオル持ってきてくれたら自分で身体くらいは拭けそうだなぁ」
「いいから布団を離しなさい」
「絶対に嫌です」
それだけは出来ない。死んでも。
もしバレたら死んでも死にきれない。
「なんでそんなに嫌がるの?私が嫌いなの?」
「嫌いってわけではないです!プライベートなので別にいいじゃないですか!」
「男の子なんだからしゃんとしなさい!」
そう言い思いっきり布団を剥がした。
「ぇ」
「ぁ」
「「「っ/////////////」」」
全員の視線が一点に集中する。
(はあ神様、どうか私目に死に場所を今すぐ作ってください)
「へ、へへへ、変態がぁぁぁぁ!!!」
「ぶべへぇぇっ!!!!」
椿さんと羽咲さん以外は全員顔を真っ赤にして出ていった(七瀬は俺の顔面を殴ってから出ていった)。
まあ残った二人も顔は真っ赤ですけどね。
「…………………あの、理不尽だと思いませんか?」
「ご、ごめんなさい。気づいてあげられなくて」
その優しさが一番心にきますっっ!!
「こ、ここここれがおお男の人のおおお、おおおち………」
椿さんおかしくなっちゃった。
「それ以上は見ない方がいいですよ。ほら羽咲さん、大人なんですし早く椿さんをどこかに置いてきてください」
「は、はい」
そう返事をして椿さんの両肩を持って廊下に出て行こうとする羽咲さん。
だが俺は一度引き留める。
「あ、一ついいですか?」
「な、何ですか?」
「あとで包丁を俺のところに持ってきて下さい」
「深奈くん!?」
————————————————————
あとがき
こんにちはこんばんは。
今回ははじめての番外編ですが、この話は時系列的には関係ないのでただ楽しんでもらいたい一心で書きました。
楽しんでもらえたらうれぴぃです。
では、また。
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