第26話「経験の差」

「おいガキ。何やってんだ?」


 振り返るとそこにはゴリラがいた。

 普通なら萎縮するだろうし日常で会ったら俺もそうなる。でも今は萎縮なんかするわけもなく、ただ一つの感情がこみ上げてきた。


「つーかなんで男がいんだ?いないっつう情報は嘘だったのか?」


「……………………」


「…あ?んだその目は?」


「……………お前か」


「は?俺に向かってお前って、良い度胸してんな!肝がすわゴフッッッッ!!」


 俺がゴリラの腹を殴った瞬間、直線で吹き飛んでいく。


「はあ、はあ、はぁ」


 離れていく姿を見て、落ち着きを取り戻すよう脳に訴える。

 肩で息をする。酸素を全身に送るように。


(………落ち着け、落ち着け。怒りに身を任せるな。よく見ろ。あいつは教師陣をたった一人で蹂躙した。あの爆音と地響きもあいつが主犯格。間違いなく俺よりも格上。じゃあ今俺がすべきことは…………)


「くっは!!オモシレェガキ見つけたなぁ!」


 ゴリラが弾き飛ぶように起き上がる。


(傷ゼロ、か)


「オレはお前みてぇな奴ぁ嫌いじゃねぇ。だが、少しオレを舐めすぎだ」


「当たり前だろ。ぱっと見、脳のない脳筋キャラ。技術があれば圧倒できる」


「……………。さてはお前、戦闘経験ねぇな?」


「それが何か?」


「……はぁ〜。せっかくいい感じの奴と出会えたと思ったら素人かよ。仕方ねぇな。オレが直々に教えてやる」


(歩きながら喋り始めた。コイツ舐めてるな。脳筋キャラの対処法は学園長から教わったんだ。いけ……)


「こうやってのうのうとオレが歩いてるといけるって思うよな?」


「!?」


「クックッ、図星か。所詮お前はその程度ってことだ。初心者にありがちな勘違い。まず見た目だけで相手がどんな奴か、なんて決めつけようとしてる時点で雑魚確なんだよ」


(動揺するな。今俺に出来ることをしろ)


「オレは人を殺す趣味はねぇ。ただモノを壊す快感が欲しいってだけだ」


(みんなはあっちで戦ってる。だがおそらくさっきの爆音と地響きで誰かしらはこちらの様子を見にくるだろう。

 となると、俺が今するべきことは……)


「……オイ。考えんの長えよ、バレバレだ」


「!?」


(速い!いつのまに!)


「教えてやる。戦闘中敵を正面にした時、脳の回転はすでにMAXじゃねえと何もできねぇゾッッッ!!!!」


 いつの間にか目の前にいたゴリラが思いっきり地を蹴り飛び跳ねる。


(クソッ!考えるのに必死で反応に遅れた……!)


「オマエんとこの教師でさえもワンパンだったんだ。素人のガキだと死ぬかもなッッ!」


 そのまま猛スピードで落ちてきて地面に拳を捻じ込ませる。


「カァカッカッ!!地が揺れるぞぉぁ!!」


(ヤバっ……!!)


 その瞬間自然に筋力解放を全身に使い引こうとするが………


「もうオセェよッッ!!!」


「っ………!」


 少し離れたところで俺は地面からの隆起に飲み込まれた。








「な、何よ……これ………」


 音の原因であろう場所に来ました。

 でも、そこの光景はまるで地獄で……。


「が、学校が………」


「半壊してる………」


「し、深奈さんは………」


 そうだ、深奈は………っ。声が…出ない。喉が開かない。


「し、深奈さーん。い、生きてますよねー?」


 日菜ちゃんがなんとか声かけをしてるけど、その声はあと少しで壊れそうで、泣きそうで、苦しそうで………。


「せ、先生達は?なんで先生達もいないの?こっち側にもいるって話だったじゃんか」


 ドサッ


「?」


 急に日菜ちゃんが倒れた。


「日菜ちゃん?」


 呼びかけると日菜ちゃんは正面を指差す。


「な、何かあるの?…………っ!?」


「ぇ…………」


 そこには先生達と思われる人が血で染まっていた。


「ぁ…………ぇ…………」


「せ、先……生?」


 その瞬間、全員がこの場から離れないとまずいと感じた。


 私たちは全員知ってます。

 先生達は強いです。だって私たちはその強い人たちから技術を教わっているから、それが一番よくわかります。

 そして先生達でさえ勝てない敵はそうそういないと思っていました。今まで先生達ほど強い人はいなかったし、見たこともなかった。

 でも、その人たちが束になっても勝てない敵。

 でも一つだけ疑問に思うことがあった。


「………なんでこんなに固まって倒れてるの?」


 そうです。あれだけの地響き、よほどの攻撃でないと起きません。その攻撃を受けて一箇所に固まって倒れてる、なんてことあるわけがないのです。


「もしかしたら、今深奈さんがここに先生達を集めてるのかもしれませんね!」


「…………………違う。集めていたなら、二回目の地響きの攻撃でまたバラバラになるはず…………」


「た、確かにそうですね……」


 だとしたら二回目の攻撃の後にまたここに集めたのでしょうか?

 いや、あれから時間はそんな空いてません。

筋力解放を使えばできなくもないでしょうが、常に温存を考えるのが普通。この作業に力は使わないはず……。

 と、そこで椿さんが異変に気づく。


「ねぇ、なんか聞こえない?」


『…コ……で…ねぇ……よわ………』


「本当だ………」


「深奈さんでは!?」


「かも……」


「声のする方に行ってみましょ………」


「待って」


「っ、え?」


「多分違う。あんな普通に話す感じで独り言言う人間いないよ。しかもこの状況で」


「確かに………」


「じゃあ誰が話してるので……」


「イタァァァァ!!!」


「きゃっ……!」


「ぁん?」


 まずい!


「誰かいんなぁ。誰だぁ?バレてっから出てこい」


 どうする?おそらく私たちは全員、あの男のことをこの校舎半壊の主犯格と見てる。先生達をあの男一人でやったのだとしたら間違いなく私たちに勝機はない。

 とそこで南さんと目が合う。


(言う通りにしよう。もうバレてるし、まだ話せる感じだから)

 

(……了解)


「お!出てきたな。え〜っと、五人いて全員女、か……。はあ、興味ねぇや。失せろ」


 え?失せろって、戦闘にはならない感じでしょうか。


「………殺さなくていいの?」


「あ?殺すぅ?全く最近のガキは物騒なこと言いやがる。オレはな、お前らと違って仕事できてんだ。任務外のことはしねぇし、殺しは趣味じゃねぇ」


「じゃあ、その任務について聞いてもいい?」


 南さん男すぎませんか?この状況であの巨体の男に聞き返すなんて………。


「………そうだなぁ、オレは今気分がいいんだ。少し教えてやるよ。オレが受けた任務の一つに優良な人材の確保、つまり仲間探しがある。初めここには女しかいないって聞いてたから、心底どうでもいいと思っていたが、少し変わってな。つい今確保したんだ」


『ゾクッ!!!!』


 女だと確保する気がなかったってことは、男を見つけた………?


(まずい気がするんですけど………)


 男は一人の人間を瓦礫の中から引きずり出す。


「ほら、コイツお前らと同じ生徒だろ?情報にはなかったが、男がいるとはなぁ」


『深奈………っ!』


 やっぱりあの馬鹿だ。何やってんのよ!


「………つうわけだ。悪いがオレはもう引くぜ。やることは一応全部やった」


「待って。その子は一回置いて」


「…………あ?」


「それ、傷が深いわ。行くなら治してからじゃないと。運ぶ時の振動で傷が広がったら…………」


「黙れ」


「っ……!」


(っ……!圧が人間とは思えない、バケモノですか……!)


「オマエもか?オマエもオレが頭悪そうに見えたか?コイツにもさっき言ったんだが、敵を見た目だけで判断するのは良くねぇぞ」


 そう言って背を向けて走り去ろうとした時。


『………3』


(ん?深奈の指が動いて………。!なるほど)


 とりあえず息があることに安堵する。


「じゃぁな」


『………2』


「待てって言ってるでしょ。逃げるの?」


「…………は?逃げる?オレが?」


『………1』


(圧が濃くなった………!)


 そう言い振り向いてこちらに近づいてくる男。

 私たちは一瞬で男を囲むような位置に着く。


「やるって事か。オレは今少し気分が悪りぃ。手加減はできねぇぞ?」


(くっ………ッ!!)


 逃げたい、怖い、なんで私がこんな目に、という感情、気持ちは拭いきれません。

 でも仕方ないと思います。そこらにいる女子高校生よりは物理的に強いですけど、精神的には変わりません。

 おそらく日菜ちゃんなんかは今の私なんかよりもずっと震えていると思います。それでも逃げずに立ち向かおうとしています。


(全く、私たち全員に貸し一つ作らせちゃって、あいつは本当に馬鹿なのでしょうか)


『0』


(全く。後々どうなっても知らないからね?この貸しはすごく大きいです。だから)


 全員が一瞬で筋力解放をフルで発動する。


(ここで死んだら、許しませんからね?)


 その瞬間、気を失っていた男の本気の反撃が開始した。








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