【6EX-4】四人で夕飯
大きな里芋の入った旨煮に、ふっくらと焼かれた銀鮭。そして味噌汁が台に並べられる中、キサラギはちゃぶ台越しにガマズミをジト目で見つめる。
ガマズミはガマズミで、見つめてくるキサラギに笑みを浮かべて見ていると、席に着いたマシロが咳払いをした。
「つまり、お主はキサラギの持つ短刀が気になって来たという事じゃな?」
「そう」
「成る程。で、何故じゃ?」
「何故って、興味あるからよ」
「それ以外には?」
「かなり疑ってるわね……」
続くマシロの質問に、ガマズミはげんなりしてぼやく。
マコトがそっとガマズミの前にも夕飯を用意していると、キサラギが「マコト」と名前を呼んで手招きした。
「どうしたんだ?」
「いや……その」
「?」
ガマズミはマコトを一瞬見るが、すぐに目の前の夕飯を見て、マシロに訊ねた。
「食べて良いのかしら?」
「わしらだけ食べても気分的に良くないからの」
「じゃあ、いただきます」
手を合わせた後、箸をとる。
キサラギ達もそれぞれ食べ始めると、ふとガマズミが言葉を漏らした。
「……マシロ様はどこまで分かっているの」
「どういう事じゃ」
「
「ああ」
口にしていた里芋を飲み込み、マシロは箸を握る手を下ろす。
キサラギは何も言わず、静かにマシロの言葉を待った。
「そういうお主こそどこまで知っているのか知らぬが、少なくとも対神器が理由でキサラギを保護したわけではない。……あの魔術師に頼まれたからじゃ」
「魔術師? もしかして、ライオネルか?」
「ああ。今まで隠しておったが、前のお前はあの魔術師の事を恨んでおったからな」
「……」
あの時のキサラギに言った所で。とマシロは思っていたのだろう。今となっては素直に受け取れるものの、同時にそれまで恨んでいた自分にも罪悪感を感じた。
鮭を箸で切り分けながら、「あの時は色々知らなかったからな」と呟き、切り身を口に入れる。
「(とはいえ、今はむしろ知りすぎた感があるが……)」
鮭に続いて白米も口に含みながら、キサラギは今までの旅を思い返す。
と、マシロとキサラギの話を聞いていたガマズミは、マシロに向かって「マシロ様らしくないわね」と言った。
「人に頼まれて人助けだなんて。そういうの苦手じゃなかったかしら?」
「……そうじゃな」
味噌汁を啜り一息吐くと、マシロは目を伏せる。
「神……特に、人に近い存在である程、そういう行為は痛みを伴うからの」
「痛み……ですか?」
「ああ。そうじゃ」
マコトの言葉に、マシロは頷く。
「お主ら人間は、神は絶対的な力を持っていると思われている。願えば助けてくれる、と」
助けられるものならば助けてあげたい。そう、思ってはいるものの、その力には限りがある。
確かに人と比べれば力はある。出来る事も多い。だが、それでも全員の願いを叶えられる事は出来ない。
「神としての立場や、人々の期待。……それは、とてもじゃないが、耐えきれなくなる時はある」
「マシロ様……」
マコトが気をかけていると、マシロは苦笑混じりに言った。
「まあ、そんな感じで今まで後悔ばかりであったが、お主らを助けた時、不思議と後悔はなかったのじゃ。立派に、自らの道を歩んで……またこうして帰ってきたからの」
「……んだよ、それ。まるで親みたいな事言いやがって」
思いがけない言葉にキサラギは小さく目を見開いた後、顔を赤らめて目を逸らす。不思議と目頭が熱くなった。マコトに至っては、目が潤んでいる。
そんな様子にガマズミは引き気味に、「ちょっと」と声を掛ける。
「あたしを置いて、三人で良い話風に盛り上がらないで」
「ああ、すまぬな。それで、結局なんだったかの」
「はあ……。貴方らしくないわねって話からだけど、いいわよその事は。それよりも、対神器」
「そうじゃったな」
ガマズミによって話は戻り、対神器の話題になる。
「対神器は昼に仲間の知り合いから聞いた。神器の力を無効化させる武器だとな。だが、それを作れるのは
「そうじゃな。それは
「えっ。それじゃあ……私の家は」
「そう。お主達の家は聖園守神……
「⁉︎」
「やっぱりか……」
知らなかったマコトは驚愕するが、キサラギは驚きもせずに普通に受け入れていた。
しかし、マシロが言うには一番濃く継いでいるのは朝霧家らしく、特にキサラギは
「瓜二つとまではいかぬが……それでも、一目で紅様と関わりがあると分かるぞ? 以前そう言わなかったか?」
「……言ったか?」
「そう言われた記憶がないぞ」とキサラギが言うと、マシロはキョトンとして「そうだったか?」と返す。
「ふむ、もしかしたらまだお主が幼い頃に言ったかもしれぬな」
「多分そうだろうな」
村の襲撃で負傷して、マシロに預けられた数ヶ月の記憶は、キサラギの中では曖昧になっていて、あまり覚えてはいなかった。
何せ、大怪我と記憶喪失で弱っていたからというのもあるが、きっとその時に言われたのだろうと、互いに納得していると、マコトが訊ねる。
「あの、マシロ様。そもそも神器って一体……」
「その事ならあたしが説明するわ。良いわよね?」
「ああ。良いぞ」
マシロが頷いた後、いつの間にか完食していたガマズミはマコトに神器の説明を始める。
その間にキサラギは説明を聞きながら、旨煮に手を伸ばしていると、マシロに声を掛けられた。
「そういえば、今日の使いなんだが」
「……菓子が潰れてたか?」
「潰れてたな。だが、それは別に良いとして」
マコトとガマズミに見えないように、マシロはキサラギにある物を渡す。それを見て、キサラギはハッとすると慌ててそれを奪うように手に取った。使いの途中に買った
柄からして、明らかにキサラギが自分で使うものじゃないとマシロは分かっていた為、「青春じゃのう」と笑顔で言った。
「キサラギ? どうした?」
振り向くマコトに、キサラギは櫛を隠した。
「な、なんでもない。それよりも、神器の事分かったか?」
「あ、ああ……とりあえずは」
自信なさげにマコトは頷く。キサラギは「そうか」と軽く返した。
すると、マシロが食べ終わった食器を重ね、立ち上がる。
「さて、話もそこまでにして。わしは食後のお茶にするかの。ガマズミ、手伝ってくれ」
「えっ、客に手伝いさせるの」
「お主を客として招いた覚えはないぞ」
「一飯の恩を返すのじゃ」とマシロは言って、ガマズミを引っ張っていく。
二人きりになったキサラギとマコトは、二人が向かった台所の方をしばし見つめていると、キサラギは息を吐いて頭を掻く。
と、マコトがキサラギの手に持っている櫛に気付き、「それは?」と指差して聞いた。
「? ……あ、そうだったな。その、使いの途中で買ったんだが」
照れながらも、櫛をマコトに手渡す。
差し出された櫛にマコトは目を丸くして、両手で受け取った。
「これ、私に……?」
「ああ」
「わぁ……! すごく嬉しい……! ありがとう、キサラギ!」
嬉しげに目を細めながら礼を言われ、キサラギはホッとしながらも、照れ笑いをする。
縁側から涼しげな風が吹き、マコトの髪が揺れると、キサラギはふと手を伸ばした。
だがその手はマコトには届かなかった。
「はーい、さっさと夕飯済ませちゃいなさーい」
「……」
空気を読まずに入ってきたガマズミに、キサラギがジロリと一瞬睨んだ後、ため息をついて夕飯を食べる。白米はとうに冷めて、固くなり始めていた。
※※※
夕飯も済ませ、練り切りと茶を楽しんだ後。湯浴みをしたキサラギは、一人縁側に座って星を見上げていた。
「眠れないのかしら?」
「お前か」
まだ居たのかと言わんばかりに、疎ましそうにガマズミを見ると、ガマズミは笑みを絶やさず隣に座る。
「橙月の王子の所に帰らなくていいのか?」
「ええ。普段からあまり帰らないから、心配しなくていいわよ」
「……」
それを聞いて、キサラギは特に反応する事なく、胡座をかいて頬杖を付くと、ガマズミが訊ねた。
「言っとくけど、あたしは対神器を狙う輩じゃないわよ。あくまでも、貴方の対神器に興味があったから。それだけ」
「興味、か」
その言葉を信じて良いものかと、キサラギは思ってしまったが、これ以上は何も言わなかった。
視線をガマズミから空に戻し、はっきりと見える天の川を眺めれば、ガマズミも同じく空を見る。
「星が沢山見えるわね」
「そうだな」
「星を見るのが好きなの?」
「いや別に。今日はたまたまだ」
「たまたまねぇ」
意味深に笑みを作ると、キサラギは「何だよ」と低い声で言った。
「ま、人の恋愛事情にはあまり口を出してはいけないわね」
「?」
「さっきも彼女に手を伸ばしてたし、てっきり『一線』越えたかったと思ったのだけれど」
「一線……?」
言っている意味が最初はよく分からなかったが、しばし間が空いた後、キサラギは沸騰したように顔を紅潮させる。
「ばっ……! んな訳ねえだろ‼︎」
「そんなに顔真っ赤にしてー。可愛いわねもう♡」
「からかうんじゃねえ‼︎」
両肩を掴んで、ガマズミを激しく揺さぶる。
ガマズミは笑っていたが、次第に気持ち悪くなってきたのか、キサラギの手首を掴み謝り始めると、キサラギは揺さぶるのを止めた。
「はぁ……調子が狂うな」
「ふふふ」
溜息混じりに呟き外を見る。すると、夜空に白い光が長く尾を引いて走っていった。
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