【6EX-3】対神器

「(対神器たいじんき……?)」


 吹き抜けの窓から小鳥のさえずりを聴きながら、先程センリが言っていた言葉をキサラギは思い返す。

 神器という言葉は知っているものの、それに対が付いている事に疑問を感じていると、アイザックが茶と練り切りを持ってくる。


「大通りにある名店の菓子だ。食べてくれ」

「ああ。ありがとな」

「いただきます!」


 紅葉に作られた練り切りを、二人は竹の和菓子切で切り分けて食べる。

 優しい餡子の甘みと緑茶の苦さが程よく合わさり、無意識に表情が緩んでいると、カイルがアイザックに話しかけた。


「アイザック。さっき言っていた神器について知りたいんだけど……」

「ん? 神器か? いいぞ」


 角に置いていた大きな木箱を引きずり出し、その上に座るとアイザックは説明する。

 

「神器というのは、世界各地にある対神用の武器でな。神器っていっても、武器によって持っている力が違うんだが、ある伝説上の話だと『神器を三つ揃えれば【あおの城】が現れる』って言われているらしいぞ」


 とはいえ、神器は物にもよるが決して珍しいものではないという。


「力が込められていて、尚且つ長年使われている武器が神に認められたら神器になる。ま、値は張るが普通に市場でも取引されてるぞ」

「へえ……」

「だが、そんな神器をはじめ、様々なものを無効化させる武器もある。それが、キサラギの持っていた聖切ひじりぎりもだが、それらの武器を【対神器】と呼ぶんだ。正直、そっちの方がかなり珍しいな」

「そうなのか?」


 対神器の話題に、キサラギがそう訊ねるとアイザックは頷く。


「そもそもお前の家がどんな家かは知らないが、対神器を作れる家ってかなり限られていると聞いてるぞ。何せ、聖園守神みそののまもりかみの血を引いてる家だけだしな」

「聖園守神の……?」


 首を傾げると、センリが聖切を手にして戻ってくる。


「少なくとも、対神器を作れる職人はこの橙月とうつきにはいない。いたらとっくに橙月の当主が作らせているはずだからな」


 そう言って、センリはキサラギに聖切を返す。

 刃こぼれは綺麗に無くなり、研ぎ澄まされていた。


「おお」


 思わずキサラギが感激の声を漏らすと、センリは腰に手を当てて言った。


「傷が酷かったからな。全体的に研いでみた。刀は硬いようで意外と繊細だから、折れないように気をつけろよ」

「ああ。分かった。……ありがとう」


 代金を払おうとすると、センリは「いい」と言って受け取らなかった。


「いいものを見せてもらったからな。大事にしろよ。……アイザック、弓はどうしてる?」

「ああ、もう出来てますぜ」

「ならいいが」


 アイザックは立ち上がり、奥からカイルの弓を取りに向かう。その間に、センリはキサラギに忠告する。


「対神器について知ってる者はあまり多くはないが、それを狙っている奴らが橙月にはいるからな。……気をつけろよ」

「あ、ああ……」


 耳打ちされ、キサラギはこくりと頷く。

 センリ曰く、橙月の町は表向きは普段とは変わらないが、時折何かを探る様に笠を深く被った男達が店を訪ねてきたりするらしい。

 

「対神器を狙う奴ら……か。何のために」

「さあな。その珍しさからの金目当てかもしれないが、それ以外の理由もあるだろう。特にここ橙月には霊術にまつわる家もある」


「アイツらは怖いぞ」とセンリが言うと、キサラギは「だろうな」と返した。


「それと関係あるかは知らないが、厄介な奴と何度か刃を交えた事がある」


 キサラギの言う厄介な奴というのはマンサクの事である。

 ヴェルダの件以降、その男がどこに行ったかはキサラギも分かってはいないものの、聖切が対神器と言われた事で、キサラギの中で何かが繋がった。


「(対神器……朝霧あさぎり、か)」


 昔起きた朝霧の襲撃。最初は隣国にある樹月きづきの仕業だと思われていた。

 だが、それは何者かによる妨害によって、スターチスの魔導書が書き変わっていた事で、本当は樹月以外の者達による仕業だと分かった。

 その後、センリュウと話して、朝霧の襲撃に橙月が関わっているのではないかという所で止まっていたが……。もしかしたら対神器である聖切を狙って、襲撃してきたという可能性もある。

 とはいえ、それらに関する確実な証拠は、まだ出てきてはいないのだが。

 

「(……ま、今後はその点も探ったほうが良さそうだな)」


 行方不明になった橙月の当主達もだが、この国にはどうやら様々な疑念があるようだ。

 そうキサラギは思っていると、カイルの弓を持って戻ってきたアイザックの姿が目に入り、意識はそちらに向けられた。


「よおカイル。出来たぞ……って、どうした?」

「ん、ちょっと難しい話聞いてて」

「難しい話?」

「橙月には怪しい奴らがいるから、気をつけろよって言ってただけだ」

「ああ。成る程な」


 カイルとセンリに言われてアイザックは納得すると、キサラギは聖切を帯に差して立ち上がる。


「すまないな。突然訪ねたのに研いでもらって。助かった」

「いいってもんよ。これが俺達の仕事だからな! なあ、師匠!」

「研いだのは俺だがな」


 自慢げに言うアイザックにセンリがツッコむ。

 キサラギはそんな二人に小さく笑むと、「さて、と」と窓を見る。


「使いもあるし、そろそろ行くか。次は客としてくるよ」

「ああ。待ってるぞ」

「いつでも来ていいからな‼︎」


 二人に言われた後、キサラギはカイルを見る。カイルはまだこの店にいるようだ。


「またな、カイル」

「はい! また明日!」


 湯呑み片手にカイルは大きく手を振って見送る。キサラギも軽く手を振り返すと、引き戸を引いた。

 

「……菓子は練り切りでいいか」


 食べた練り切りの味がまだほんのり舌に残っているのを感じながら、キサラギは店を出て菓子屋のある通りへと向う。

 すると、細い路地裏から通りを窺っていた男が一人、キサラギを目で追うと、気配を消してキサラギを追いかけた。





 茶葉に練り切りと複数の包みを抱えながら、キサラギは走ってマシロの社を目指す。

 秋という事もあり、日が沈むのが早く、辺りは既に薄暗くなっていた。


「……」


 慣れた様に走っていたキサラギだったが、時折背後を気にして振り向く。だが、そこには何も居ない。けれども、前を向けば必ず何かの気配が背後にはあった。


「(……まさかな)」


 上層には幽霊はいない。そうマシロからも聞いていたが、それが何度も続くと流石に気味が悪い。

 再び前を向けば、今まで通りに背後に気配が現れる。それにキサラギはうんざりしたのか、ため息をついて遂に足を止めた。


「何だよ一体……」


 ぞわぞわと背筋が寒くなるのを、苛立ち混じりに呟いて恐怖を発散させながら、恐る恐る来た道を振り返った。


「……誰もいない、よな」


 山に日が沈み、明かりが無くなった事で、辺りが静まり真っ暗になる。

 と、突然耳元で「お兄さん」と声が聞こえた。


「っ⁉︎」

「あら、いい驚きっぷりね♡」


 恐怖がキサラギの限界を一気に飛び越え、全身の毛が逆立つのを感じた。

 声は出なかったが、大きく飛び跳ねると、それを見た何かは満足げに呟く。


「若い子の驚く顔は本当、可愛いわね」

「お、お前は誰だ‼︎ ってか、俺に何の用だ⁉︎」


 聖切を手にして突き出すと、影みたいな真っ黒いそれはゆっくりと人の形を作り始める。

 しばらくして、現れたのは路地裏にいたあの男の姿だった。


「あたしは、大妖怪。まあ、アキやケイカからはガマズミって呼ばれてるわね」

「アキ、ケイカ……って、橙月の」

「そう。ま、そういう事でよろしくね」


 少しだけ警戒を解くが聖切は握ったまま、キサラギは不信げにガマズミを見つめる。


「それで、その大妖怪が俺になんの用だ」

「んー、特にないわよ? ただ、変わったものを持ってるから気になって付いてきただけ」


 そうガマズミは言いながら、キサラギの持つ聖切を指差す。

 センリが言っていたように、対神器を狙う者達が橙月にいるとは聞いていたが……。

 聖切を持つ手をそっと背後に回して隠すと、眉間に皺を寄せるキサラギに、ガマズミは瞬きした。


「お前……、本当にアイツらの知り合いか?」

「ええ。そうよ。証拠が見たいかしら?」

「いや、別に」


 敵意は感じないが、怪しさ満載のこの妖怪の男に、キサラギは一歩ずつ後退する。そして聖切を鞘に戻し、回れ右すれば、キサラギはそのまま社目指して逃げた。

 いきなり逃げたキサラギにガマズミは驚くが、すぐに影になってキサラギの後を追いかける。


「待ちなさい!」

「ついてくんな‼︎」

「もう、なんで逃げるのよ〜!」


 ペースなどを気にせずに、全速疾走するキサラギに軽々と追いつく影。

 気付けばいつの間にか社のある森に入っていたが、依然ガマズミもついて来ていた。


「(くそ、マシロの力効果ないのかよ!)」


 妖怪である以上、神の治める地に入ったらどうにかなりそうだが。

 そう思いながら、キサラギは社の鳥居を潜る。境内に入れば流石にガマズミは止ま………


「らないわよ‼︎」

「何でだよ‼︎」


 抵抗なく鳥居を潜ってきたガマズミに、キサラギはその場に崩れるように座り込む。ペース配分を考えずに走ったがために、息がきれていた。

 しかし、そんなガマズミの気配を察知したのか、キサラギの背後からマシロの声が聞こえてくる。


「とてつもない邪気を感じると思ったら……ガマズミ何をしておる!」

「ま、マシロ……」

「あら〜! 久々ね、マシロ様♡」


 満面の笑みで話しかけるガマズミに、夕飯を作っていたのか割烹着姿のマシロは、持っていた壷に手を突っ込む。そして無言で塩を振りまいた。


「ちょ、ちょっと、いきなり酷いじゃない⁉︎」

「キサラギに襲いかかった上に、無遠慮に社内に入ってきおって!」

「お、襲ってないわよ!」


 塩を振りまくマシロから逃げ回るガマズミに、キサラギは呆然と眺めていた。

 少しして、疲れたのかマシロがため息を吐いて「それで」とガマズミに問う。


「そこまでして逃げないのは、何か用があるのか?」

「そ、そうよ……だから話を聞いて頂戴」

「ほう」


 へたり込むガマズミをマシロが見下ろす。

 騒ぎを聞きつけ、同じく夕飯を作っていたマコトがお玉片手に外に出てくると、キサラギと目を見合わせて首を傾げた。

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