【5-8】偽者の正体

 屋敷に着くとキサラギの姿に驚いた家臣達が駆け寄ってくる。それをキサラギは手で制しながら「問題ない」と言う。

 と、家臣の一人がキサラギの腕の存在に気付き、訊ねてきた。


「チハル様、その猫は」

「さっきそこで拾った」


 黒猫は鳴きもせずにキサラギにしがみついていたが、建物の中に入った途端キサラギの腕の中から飛び出す。

 足元を通り過ぎ走り去る黒猫に、家臣達が騒がしくなるがキサラギが「人馴れしてないんだ」と言って、黒猫を追いかける。

 実はこの黒猫の正体はライオネルであった。普通に入ってもいいのだが、フェンリルがマコトの側に行くまでは屋敷内を混乱させたくないのもあり、一番疑われない姿……という事で猫に化けたのだが、どうやらうまくいったようだ。

 

「チハル様、黒猫は……」

「厄除けになるんだろう。折角だから連れてきたんだよ」

「厄除け、ですか」

「違ったか?」

「い、いえ……」

「まあ、魔鏡まきょう領域では不吉だと言われている様だがな」


 そんな他愛のない話をしつつ、キサラギは屋敷内を走り回るライオネルを眺める。

 少ししてセンテンのいる部屋に向かうと、センテンは特に疑いもせずに顔を上げて笑みを浮かべた。キサラギの手にある刀を見るまではだが。

 

「その刀……チハルお前一体」

「ちょっと素振りしに行ってきたんだ。それよりも少し話がある」

「話をするなら刀は要らぬだろう」

「それはそうだな」


 どかりと胡座をかくように畳の上に座ると、刀を畳に突き立てる。センテンの顔が徐々に顰めっ面になるのを他所に、キサラギはジッとセンテンを見つめる。

 年老いて白く濁りだした瞳が不審そうに見返すと、低い声で呟く。


「話とは何だ」

「素振りしてる際に聞いた噂が少しばかり気になってな。俺がいなくなった時、屋敷が一度襲われたらしいんだが、知ってるか?」

「襲われた? はは、そんな訳がなかろう。それとも何だ、変な事でも吹かされたか?」

「どうだろうな。ま、それはともかくだ。十年前の俺の襲撃の件はどうなっている? 何処が攻めたって分かっているんだろう?」

「別に言っても良いが……後悔すると思うぞ?」


 センテンは口角を上げて言うと、手に持っていた扇子を掌に叩きながら話し始める。


「犯人は小刀祢ことねだ。かつての恩を仇で返したんだよ」

「……」

「あの小娘がお前に媚び売ったのか知らんが、あの小娘の家はお前をこの家から引き離した逆賊でもあるんだぞ。だからあまり関わるな」

「……」


 キサラギは思った。もし仮にセンテンが言っていた事が合っていたとしても、きっとこの人を父と呼ぶ事はなかっただろうと。

 愛しい人をバカにされ危うく側に刺さっていた刀を抜きそうになったが、何とか怒りを堪えて息を吐く。


「そうか。小刀祢が、な」

「ああそうだ。可哀想にな、チハル。もしあの襲撃が無ければあんなに離れて苦労する事もなかっただろうに」


 センテンは立ち上がり、キサラギの元に歩み寄る。そして皺の目立つその手がキサラギの肩に触れようとした時、その腕を掴んだ。

 するとぼとりと畳に何かが滑り落ちる。小柄だった。


「っ……き、さま、いつから」

「いつからだろうな」

「く、くそ……おい! 誰かいないか⁉︎ 誰か……!」


 センテンが廊下に向けて呼ぶが、人は一向に来ない。だが、しばらくして足音が響く。


「なっ」


 現れたその人物にセンテンは唖然とする。それは家臣でも無ければ女中でもない。先程まで黒猫として走り回っていたライオネルだったからだ。

 ライオネルは笑顔のまま、「何か御用ですか?」と言うと、センテンは尻餅をついて背後に退がっていく。


「アンタの家臣達は眠ってもらってるよ」

「な、な……これはどういう事だ⁉︎ 何故、三大魔術師がここにいる⁉︎」

「あれ? 俺のこと知ってるんだ?へぇ……」


 ライオネルの事を知っている。それで決定打がついた。一体どこでライオネルに出会ったかは知らないが、キュウが言っていた通り少なくともこの男は上層にいた事があるらしい。

 墓穴を掘った事に気が付いたのかセンテンの顔が青くなった後、キッとしてキサラギを睨む。


「このまま何も知らずに、大人しく次期当主になっておれば良かったものを……」


 小柄に向かってセンテンが手を伸ばそうとするが、すぐさまキサラギがライオネルに向けて滑らせる。

 それをライオネルが手にした後、キサラギは畳に刺していた刀を抜いた。


「聞きたい事はたくさんある。だが、今は時間がないから一つだけ聞くが、本物のセンテンは死んだというのは間違いないな?」

「……っ、そう、だが……今更主を暴いた所で、この国に混乱をもたらすだけだぞ!」

「そうだな。だが、どちらにせよお前がこの座にいるのは残りわずかだろう?」

「ぐ、ぐぅ……!」


 見上げたままセンテンは恨めしそうに声を漏らす。キサラギは静かに見下ろしたまま、刀の刃先を向ける。

 長い間の睨み合い。だが、次第にセンテンは諦めた様に脱力して項垂れた。


「もはや、これまでか」

「?」


 声色が優しくなり、姿勢を正す。キサラギとライオネルはキョトンとすると、センテンは改めてキサラギを見る。

 その目は先程と違いまるで実の息子を見る様で、毒気が抜かれたキサラギは刀を下ろした。


「いつかそんな日が来るのではないか。そう思いながら十年間を過ごしてきたが……同時に、それが怖くて仕方がなかった」


 そうセンテンは言うと、少しずつゆっくりとだがセンテンは話し始めた。


「私はヴェルダから派遣された魔術師だった。かつてはグラスティアに仕えていたが、あの戦争でな」


 十年前。上層と下層それぞれを繋ぐ川の神であるキュウがヴェルダに入ってきた。

 その事でヴェルダの中では、下層の進軍について計画が上がっていたらしい。


「下層に進軍? ……待て十年前という事は」

「俺がいた頃だね。腕輪壊されて記憶が曖昧だけど、思い返してみればそんな事があった気はする」

「ヴェルダにいたと言っても、人数が多かったからな。その大半は戦争で居場所を失った者ばかりであったが」


 男曰く、ここに来るよう頼んだのはキュウだったらしい。キサラギはキュウからは朝霧あさぎり当主が死んで、代わりにセンテンを名乗る者がいる事しか聞いていなかったが、話を聞いているうちに襲撃者がセンテンを名乗っているという感じではないようだ。

 ちなみに男は朝霧を襲撃した者は知らない様だが、小刀祢を悪者にしたのは、自分が朝霧の者ではない事と襲撃した事を隠したかったからだという。


「小刀祢家は朝霧家と長い付き合いだと知った。そして、武器によってはどんな魔術や呪いすらも切り裂くという。それを聞いて警戒していたのだ」

「成る程ね……とはいえ、まだ疑問は残る」

「そうだな。襲撃者が誰なのかという疑問だが」


「本当に知らないのか」とキサラギが訊ねると、センテンは間を空けて呟く。


「正確な情報は分からん。が、強いて言えばヴェルダとはまた違う勢力の可能性がある」

「違う勢力?」

「ヴェルダの他に、か。確かに怪しい組織はいくつか覚えがあるけど」


 現時点で二つの領域で悪評高いのはヴェルダだが、センテンの考えでは聖園みその領域にある橙月とうつきが怪しいという。

 その国名にキサラギは驚くが、ライオネルは「やっぱりか」と納得して頷きながら言う。


「何だ、知ってたのかお前」

「知っていたというよりは、何となくだよ。確証がないから今まで黙っていただけで、あの国は桜宮おうみやと何度かやり合ったからさ。それに不安要素もあるし」

「不安要素?」

「橙月には魔術とは別に霊術があると言われているな」


 霊術とは橙月の地に伝わるもので、主にその地に住む狐や狸の半獣人、そして妖怪などが習得している。

 その霊術は神の力や加護にも影響を与える事ができ、やろうと思えば今回の様にスターチスに気付かれずに下層に忍び込み、朝霧家を襲撃する事も可能だ。


「魔術の様に攻撃に特化した力等は無いんだけど、場合によっては魔術が効かなかったり、惑わされたりして厄介なんだよね。それにしても何故下層に……」

「……ライオネル」

「ん? 何?」

「マンサクという男は、何者なんだ」

「……アイツは」


 マンサクの名を口にした途端気づいたライオネルは、目を見開きセンテンを見るとセンテンは頷く。


「けどアイツはヴェルダの……」

「今はな。だが、彼奴あやつは果たしてヴェルダだけに仕えていると思うか?」

「っ……橙月だとでも?」

「いや、それ以上に大きな存在だろう」


 国よりも大きな存在。となると、領域神?

 ライオネルはしばらく考えていたが、キサラギは息を吐いた後うんざりした様に呟いた。


「それで、話は戻すが……お前は、キュウに頼まれてここにいるんだよな。それで、今まで何を」

「何をと言われてもな。キュウ様からは私がかつてグラスティアのまつりごとにも関わっていたからという理由で朝霧を任された。ただそれだけだ」

「……ヴェルダからの命令は」

「無いな。だが、だからこそ守りたかった。この国を。余所者が言えたものじゃないが……少なくとも、私はあの子の父親であり続けたかった」


 そう男は言うと、キサラギは男から目を逸らした。そこにいたのは、朝霧家当主の偽者とかそんな悪者ではなく、ただ一人の『不器用な』父親だったからだ。

 そして、男のいうあの子というのはきっと……。


「(ハレの事、だろうな)」


 血の繋がりがなく、そして恐らくその事すらも何も知らずに『朝霧家次期当主』という重荷を背負った弟。

 少しずつだが男がやろうとして来た事の本質に気づき始め胸をひどく痛めると、キサラギは絞り出すように「そうか」と言った。

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