【5-7】再会

 長い沈黙の後、ライオネルが「キサラギ?」と名前を呼ぶとキサラギが「なんだ」と返す。嬉しい気持ちとは反面に心配な気持ちでライオネルは立ち上がるとキサラギに訊ねる。


「怪我は大丈夫?」

「ま、あ」


 ぎこちなく返事をした後、ライオネルの後ろにいたフェンリルとスターチスを見る。


「まさかお前達が来ていたなんてな。……で、ここで何をしていたんだ」

「ああ、それがな」

「川の神の動向がどうも怪しいから探っていたんだけど……」

「川の神?」


 もしやキュウの事だろうか? キサラギはそう考えつつ先程までの出来事を思い出すと、三人に話した。

 三人はキサラギの話を聞いて驚くと、スターチスは深刻そうに顎に手をやる。


「完全に操られていないとはいえ、時間の問題だな」

「それもそうだけど、朝霧あさぎりが一度敵に攻められてやられているのは初めて聞いたな」

「だな。雪知ゆきち達からもそんな話聞いてないぞ」

「でも、隠してる感じあったっけ?」

「いや……」


 ライオネルとフェンリルがそれぞれ首を傾げていると、キサラギは「雪知に会ったのか」と聞く。

 それに対して二人は頷くと今までの事を話す。こうして互いに情報を共有したところで、ライオネルはさっきから

黙っていたスターチスを見た。


「何?」


 スターチスは怪訝そうに言うと、ライオネルは視線を逸さず「あのさ」と何かを聞き出そうとする。というのも、昨晩のあの頼み方といい、どうもスターチスはライオネル達に何かを隠している様な気がした。

 そんなライオネルに対してスターチスはより眉間に皺を寄せて嫌そうに呟く。


「お前、妙に勘鋭いよね。すげー面倒くさい」

「勘が鋭いというよりは、アンタが分かりやすいんだよ。んで? やっぱり何かあるんだよね?」

「はー……あります。分かりました。分かりましたよ」


 鬱陶しそうに、スターチスは話をする。その話はやはりというべきか、今回どうしてもスターチスが隠したがっていた理由でもある朝霧家の事であった。

 まだ幼いキサラギが、キュウによって上層に飛ばされたその日。朝霧家を襲ったのは隣の樹月きづきという国だった。元々朝霧は大国であったが、昔の戦で樹月に負けて領地の大半を奪われてからは、気圧されていた部分があったらしい。


「とはいえ、センテンが当主になった頃は樹月から理不尽な扱いをされていたのもあって、ある時彼は樹月からの要求を断った事があるらしい」

「……もしかして断った事で、襲撃を受けたとでも?」

「まあ、そんな感じ」


 それを聞いたライオネルは「まるでうちの隣国じゃん」と呟く。実をいうと桜宮おうみやも隣国の橙月とうつきと上手くいっていないようで、度々小さな戦いが起こっていた。

 それにしても一度要求を断っただけでここまでするだろうかと、キサラギは疑問に思っているとスターチスは言った。


「次期当主であったお前を襲ったのは確かに樹月の奴らだった。けれども屋敷を襲ったのは樹月に見せかけた別の敵である事が最近分かった」

「最近?」

「そう。どうやら記録の魔導書が何者かによって妨害されたみたいで、正確な記憶を見つけるのに時間が掛かったんだよ」


 そんな芸当が出来るのは少なくとも、力のある神ぐらい。だがしかし力のある神ならばスターチスの許可がないと、下層で力は制限される筈である。

 じゃあ神ではなく魔術師か何かなのだろうか。


「と、まあ。そんな謎もあるけれど、とりあえず正確な記録では朝霧家当主及び家臣の何人かは既に死んでる」

「それは確定なんだな……」


 悲そうに少し耳を下げながらフェンリルが言うと、スターチスは頷く。


「残念ながら。でも、昨日お前達が話していた雪知とハレは本物だ。そしてハレの血筋もキサラギと同じ両親から受け継がれている」

「そう、か」

「でもハレくんはともかく何で雪知は?」


 キサラギが頷いた後ライオネルが言うと、スターチスは「記憶いじられてるんじゃないかな」と言った。


「雪知に怪しい点はないし、同じように民の方も記憶を改竄された記録が残っているから、一番怪しいのはやっぱり今の朝霧家当主かな」

「……」


 手を強く握りしめ、キサラギは「どうすればいい」とスターチスに訊ねる。その目には怒りが混じり、刀を持つ手がわずかに震えていた。

 キサラギの様子にスターチスはくすりと笑うと、「変わったね」と言う。


「以前は復讐心に燃えていたのにね。変えたのはやっぱりあの子?」

「……否定はしない」


 あの子がすぐにマコトの事だと分かったのか、キサラギは声が小さくなり顔を赤くすると、ライオネルとフェンリルはぽかんとする。キサラギが今までそんな様子を人前で見せた事がなかったからだ。

 照れ隠しのように頭を掻きながら、キサラギはどうするべきかを聞こうとすると、スターチスはニヤニヤしながら指示を出す。


「まずはその朝霧の当主に会って話をする。その間に俺は川の神の神域に入る」

「神域に入る? 他の神の神域に入れるの?」

「コツはいる。けれど、正直あまりおすすめはできないね。何せ神域はその神唯一の無敵になれる空間でもある。けど、同時に下層は俺の神域でもある」


 神域の中の神域状態ではどちらが勝つかは分からないが、スターチスが中に入り後にやってくるキサラギ達の為に通り道を作るという。

 だが、その通り道を作ったり維持するのにはとにかく力が必要らしく、キュウが暴走した際にはどうなるか分からない。


「それにヴェルダが関わっている以上、ただの神域戦ではなさそうだし、それでお前達に頼りたかったんだよ」


 本来ならば一人でやろうと思えばやれるのだが、スターチスの力を改竄できる以上、逆にやられる可能性があった。

 プライドが高い故に複雑ではあったが、スターチスは苦々しく「今回だけ」と言うと、キサラギ達は仕方ないなといった様子でそれぞれ頷く。


「じゃあ、朝霧家の方は頼んだ。俺は先に神域の方に行って、様子見ついでに通り道を作ってるから」

「了解。ちなみに通り道はここに?」

「屋敷の方に繋げる。ただ、上手くいくかは分からないけど」

「そうなんだ。あまり無理しないでね」

「無理するなよ」

「そうだぞ。無理するな?」

「お前達に言われてもね……」


 三人に言われスターチスは引きつったように笑った後、「じゃあね」と言って離れていく。

 キサラギはスターチスが去ったのを見て、ライオネルとフェンリルを見ると「行くか」と言う。


「……と、その前にフェンリル。頼みたい事があるんだが」

「俺に?」

「ああ。すまないが俺とコイツで当主に会っている間、お前にはマコトの側にいて欲しいんだが、いいか?」

「あ、ああ。分かった」


 フェンリルはキサラギの頼みを引き受けると、ライオネルは腰に巻いていた水色の羽織を投げ渡す。

 この羽織は元々アユから贈られた物だが、それにライオネルが魔術で特殊な加工を施した事で腕に袖を通すと気配を消す事が出来るらしい。

 

「それで、少しは屋敷の中も動きやすいんじゃないかな」

「おお。ありがとな。後で返すわ」

「よろしくー」


 裏手からフェンリルが行ったのを確認した後、キサラギは改めて屋敷を見つめる。

 一度攻められたとはいえ、そんな過去がなかった様に屋敷は平穏とした空気を纏っていた。


「……ライオネル」

「ん? 」

「雪知はどんな奴だった?」


 何となく聞きたくなったキサラギは、雪知の事を訊ねるとライオネルは「そうだなぁ」とトーンを落として言った。


「雪知は優しかった。突然俺達みたいなのが現れても、アンタがキサラギだって事も理解しようとしてくれていた」


 勿論最初は混乱しただろう。そしてキサラギの事情に関して実際ライオネルとぶつかった事はあったが、それでも雪知はどうにか理解してくれようとしていた。

 そうライオネルはキサラギに伝えると、キサラギは「そうか」と言って切なそうに笑う。今からする事は恐らく雪知達にも悲しい思いをさせてしまうかもしれないからだ。


「(いくら偽物だと言っても、雪知とハレにとっては大事な奴だったかもしれない)」


 刀の柄をきつく握りしめた後、キサラギは前を向いて歩き出す。そんなキサラギにライオネルは言った。


「キサラギはこれが終わったらどうするの?上層に戻るの?」

「そうだな。最初はそうしたいと思った。だけど、迷ってる」

「……そっか」


 答えはすぐに出せなかった。このままマコトを連れて上層に行っても心残りがあり、かと言って国の主になるのは簡単な事ではない。

 キサラギは息を吐くと「今は目の前の事に集中したい」と言って歩む速度を上げた。

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